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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
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鉄の暴風雨

「王国軍が……装甲騎士団が動きましたわ」


 王国軍の本陣を観察していたミリアムの言葉を聞いて、本陣に詰めていた騎士たちは一斉に先頭に立つ二人に視線を集中させた。この戦争において常に先頭に立ち帝国に勝利をもたらし続けた二人の女性騎士である。


「覚悟は良いかしら?」


 帝国初の女性騎士団長――――エイミー・ベンフォードが静かな口調で問い掛ける。それに帝国の第二皇女――――ディアーナ・ハウゼンは彼女の目をしっかりと見据えて答えた。


「母上の覚悟を無駄には出来ません。決着を着けましょう」


 ランスを持ち上げたディアーナとエイミーは、互いに合わせると同じ言葉を発した。


「「ザールラント帝国に勝利を!」」


 ここから先は別行動になる。エイミーの無事を女神に祈ったディアーナはすぐに号令を発した。


「新生アテナ騎士隊は私に続けっ!」


 その言葉と同時に軍馬を正面から左に向け進めたディアーナ。そんな彼女の背中を無言で見送ったエイミーもすぐに命令を下した。


「新生アルテミス騎士隊も移動開始。突撃準備を整えろ!」

「アルテミス騎士隊は私のあとに続きなさい」


 エイミーの命令を聞いたマルガレータが号令を発してアルテミス騎士隊が一斉に右へと動きだす。


「射程に入り次第、攻撃を開始。私たちが突撃を行う直前まで続行しろ。装甲騎士団の動きを止め、可能な限り敵を粉砕しろ」


 馬上から指示を飛ばしたエイミー。そんな彼女をアレンはしっかりと見つめた。長く綺麗な金色の髪と透き通るような青い瞳。騎士服から覗くその太股は白く美しくて、正直言えば扇情的である。平穏な世の中であるのならばきっとエイミーは少女として幸せに生きたはずだ。

 だがその彼女はベンフォードの紋章が刻まれた鎧を着込み、腰には至高の一振りを吊るして軍馬に跨り死地に向かおうとしている。様々な覚悟を決めて。だから彼は心からその言葉を送った。


「ご武運を」

「ありがとう。あなたにも女神アスタロトの加護があらんことを」


 戦場では滅多に見せない柔らかな少女らしい笑みで言葉を返したエイミーは、迷うことなくアルテミス騎士隊を追っていった。その姿をアレンは最大限の敬意を払って見送った。

 これから行われる攻撃は、確実に最前線で戦い続けるテレージアとセリーヌを巻き込むことになる。一歩間違えれば皇族殺しの汚名を被ることになり、そんなことになれば処刑は免れないだろう。


「ディアーナ様もエイミー団長も覚悟を決めた。俺も覚悟を決めないといけないな」


 命令したのはエイミーであろうとも、それを実行するのはアレン自身である。ならば同罪であり、その時は潔く死を賜ろう。英雄と死ねるのなら本望というものだ。だからこそ躊躇うことは無かった。


「我々の出番だ。この帝国の未来のため、この会戦に勝利するために。何よりも我らが女神たちの道を切り開くために」


 アルテミス騎士隊とアテナ騎士隊が左右に分かれたことにより姿を見せたそれ。アレンは戦場を見据えてその時を待った。そして突撃してくる装甲騎士団が、最前線で戦うテレージアとセリーヌの目前にまで迫った時、彼はテレージアが槍を下ろしたの目撃した。


「テレージア様…………ありがとうございます。どうかご無事で。セリーヌ……生きて帰って来い」


 この時のために最前線で戦い続けたテレージアとセリーヌに感謝と祈りの言葉を捧げたアレンは、躊躇うことなくその言葉を口にした。もう後戻りは出来ないのだから。


「砲撃始めっ! 敵を殲滅しろ! 弾の続く限り撃ちまくれっ!」


 アレンの命令と同時に、本陣に並べられていたそれが一斉に火を噴いた。バイロイトで帝国軍に恐怖を与えた大砲である。その数は計二十門に及び、バーデン平原を揺るがす轟音と共に鉄球を発射したのだった。そしてそれはすぐに戦場を地獄絵図に変えたのだった。




「……一体…………何が……っ……」


 勝負を決めるための突撃だったはずだ。そして王国の勝利で全てが終わるはずだった。だが轟音が聞こえて来た次の瞬間には目の前で大量の土砂が舞い上がり、続いて軍馬と共に王国騎士が宙に舞い上がったのである。


「……私は………何をしているの………」


 激しい痛みと耳鳴りのせいで全く状況が判別出来ないクラリスだが、まだ生きていることだけは理解出来た。痛みを感じるのは生きている証拠であるし、何より先程から背中に振動が伝わってくる。


「……っ……とにかく起きないと……」


 体を動かすと激痛が走るが少なくとも死ぬほどの傷はない。何とかそれだけを感覚で確認したクラリスは、ゆっくりとした動作で立ち上がった。そしてすぐに戦場の光景を見て絶句した。何故なら彼女の瞳に映ったのは王国最強の装甲騎士団が次々と吹き飛ばされていく光景だったからである。


「…………」


 あまりに信じられないその光景をただ呆然と見つめるクラリスの耳に、再び轟音が届いた。音のする帝国軍の本陣に視線を向ければ、横一列に並んだ黒い塊が閃光と共に轟音を発して硝煙を上げているのが分かった


「……大砲……くっ……」


 間近に落ちた砲弾が大地を抉り、大量の土砂が宙に舞い上がる。まるで地面から土柱が生まれるかのようなその光景は、これまで戦ってきたどの戦場とも合致しない。激しい轟音と、発射された砲弾が地面に落下して巻き起こす衝撃。経験の無い攻撃は騎士の心に恐れを生み出し、その恐れはそれぞれの愛馬へと伝染していく。怯えた馬は進撃を止めて立ち往生し、中には暴れて騎士を振り落とす馬まで存在する。

こうなっては効果的な突撃など望めず、幸運にも猛烈な攻撃を掻い潜った騎士たちは、その先で待ち受ける帝国軍によって討ち取られていく。


「……これでは…………」


 完全に崩壊したことを悟ったクラリスであったが、すぐに自身のやるべきことを思い出す。帝国軍がここで追撃の手を緩めるはずがない。あのエイミー・ベンフォードという人物が報告通りなら、この勝機を逃すはずなどないのだから。


「攻撃は中止だっ! 後退して隊列を立て直せ! 全軍戻れ!」


 砲撃の音にかき消されないよう声を張り上げて指示を出すクラリスだが、その声は殆ど届いていなかった。


「戻れ! 全軍後退しろといっている!」


 降り注ぐ砲弾の雨の中クラリスは必死に声を上げ続け、時にはその中に飛び込んで仲間に声を掛けて後退を指示した。早く体勢を立て直さなければ、敗北は確実なものになってしまう。だが混乱したこの状況を立て直すことは、もはや不可能に近い状況だった。




「王国は確かにこの動乱を勝ち抜き生き抜いてきた。だがそれはあくまでも弱者に対して強者の力を振るってきたからに過ぎない。王国は対等な国との決戦を戦ったことが無い。故に今まで通りの方法が通用すると思った。装甲騎士団と精強な領主軍で蹂躙出来ると」


 馬上から戦場を冷ややかな目で見つめるエイミーに、隣に並んでいたマルガレータは恐怖の感情を抱きながら話を聞いていた。そこに普段の優しい彼女はいない。そこにいるのは突き刺さるような視線で崩壊していく王国軍を冷静に眺める歴戦の騎士である。


「王国はこの決戦を挑むべきでは無かった。戦争に絶対の勝利は存在しないのだから。大人しく退けば対等な条件での講和もあり得たのに、今まさに王国はそれを失った」


 どこまでも冷静に語っていたエイミーだったが、次の瞬間には雰囲気を一変させた。左側に展開していたディアーナ率いるアテナ騎士隊が動き出したからである。


「すでにテレージア様は多大な戦果を上げられた。そしてディアーナ様も動き出した。皇族の方々に後れを取ったとあっては、臣民の笑い者にされるぞ! 進めぇぇぇっ! 我らアルテミス騎士隊が王国に引導を渡してくれる! 全騎突撃! 王国軍を殲滅せよっ!」


 エイミーは号令と共に、漆黒の軍馬を前に進め一気に丘を駆けだした。これに負けじとマルガレータも声を上げ丘を駆け出した。


「エイミー騎士団長自らの出陣です! 今こそ、最高の奮起を! 我らアルテミス騎士隊が帝国最強であることを王国に知らしめるのです!」


 マルガレータの声に怒声に近い声で答えた騎士たちは、次々と丘の斜面を下り始めた。その間も猛烈な砲撃は続いており、降り注ぐ砲弾は確実に王国軍を崩壊へと追い込み敗北へと導いていく。

 王国軍は後退することも前進することも出来ず、その砲火によって隊列を整えることも叶わない。そんな混乱状態の敵に対して、エイミーは決着を着けるべく突撃を敢行した。


「ザールラント帝国に勝利を!! 一気に敵軍を殲滅しろっ!」


 戦場に現れた帝国騎士団長――――エイミー・ベンフォード。前線で戦っていた帝国の騎士たちは駆け抜けて行く彼女にしばらく見惚れたあと、今が好機なのだと悟り全員が一気に反撃を開始したのだった。

 こうして、バーデン平原における最後の幕が上がったのであった。


 






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