血戦・後編
前線で槍を振るっていたテレージアは、目の前の敵が矢に貫かれたことに驚きを隠せなかった。矢は背中から刺さっている。それはつまり王国からの攻撃であるということである。
「まさか…………」
上空を見上げればそこには迫りくる矢が無数に存在した。敵味方が入り乱れた戦場において、そこに矢を放つのは普通ではあり得ないことである。味方すら巻き込む危険があるからである。だが現実は目の前の光景が全てである。
「矢が来る! 全員気を――――」
危険を知らせるために大きな声を上げたテレージアだったがすでに遅かった。矢は敵味方関係なく降り注いだのである。矢に貫かれて倒れる帝国騎士たちと、味方に攻撃され悲鳴を上げる王国軍の将兵たち。
しかしそれで攻撃が終わることは無かった。第二射、第三射と矢は次々に飛んで来る。さらにそれに混じって赤く燃える火球が複数飛来する。
「〈暴風よ 全てを阻め〉」
直撃寸前のところで軌道を変えたテレージアだったが、運が悪いことにその火球は後方に展開していた味方に落下したのであった。火だるまになった騎士が悲鳴を上げ地面を転げ回る。その中には昔から知っていたヘスティア騎士隊の仲間も存在した。
一瞬、水魔法で消火を試みようとしたテレージアであったが、すぐにその考えを捨て去り槍を彼らに向けた。消火に成功しても、すでに皮膚は焼け爛れているだろう。それを治療する術は無く、結局は苦しみを長引かせることになるのだ。
「……っ…………眠りなさい」
風の刃で火に包まれた騎士たちを殺したテレージアは、槍を持つ手に力を込めて王国軍本隊を睨みつ
けた。王国軍の将兵を観察した限り、これは彼らも知らない作戦であったことは明白であった。味方からの攻撃に逃げ惑い怯えているのだから。
「捨て駒とは…………随分と味方に冷たいわね」
戦争は綺麗事では済まされない。この二十年、剣は交えないが腹黒狸たちが腹を探り合う社交界を生きて来たのだ。そこはまさに政治という名の戦争である。皇妃として戦い、時には非道な手段も行使して来たことも確かにある。だがこれは明らかに限度を超えていた。
「あなた達には人の心が無いの?」
味方すら死に追い込む王国軍に明らかな嫌悪感を見せるテレージアだったが、アルフォンス側から見れば当然の報いでしかなかった。彼らはこの戦争で数多くの罪を犯し、王国を危機的状況に追い込んだ存在なのだ。だからこそ最後くらいは役に立つべきである。その理論で先陣を任せたのだから。
「テレージア様! 敵が突撃してきます!」
矢と魔法の攻撃で混乱している帝国軍。アルフォンスはそこに本命である第二陣を投入した。レアーヌ王家に絶対的な忠誠心を抱く精強な伝統貴族の領主軍である。
「帝国軍を蹴散らせっ! レアーヌ王国に勝利を!」
混乱した帝国軍に強力な騎乗突撃を阻止することは不可能だった。先陣を任されていた三隊の騎士隊は、抵抗虚しく突破されたのであった。だがそれで勝負が終わることは無い。
「第二陣に前進を命じる。速やかに先陣の隊と合流してこれを救助しろ。敵の本命が来る」
王国軍の味方を巻き込んだ攻撃を見て、エイミーはすぐさま第二陣の投入を決定した。第二陣は五大貴族のアウレールとウォルターが率いる六千の騎士と各地から集まった領主軍の混成軍だった。
「無茶はするなよ? もう歳なんだから」
「若造が偉そうに、誰に向かって言っている?」
憎まれ口を叩く二人は、互いにランスを合わせるとすぐに号令を発した。
「我々の相手は突っ込んでくる騎士共だ。殺す必要はない。馬上から突き落とせば先陣の隊が始末してくれる。確実に突き落とせ!」
「間違っても敵の本陣まで突っ込むなよ? どうしてもあの世が見たいなら止めないがな」
作戦を確認するウォルターと冗談で緊張を解すアウレール。対照的な性格の二人だが、武に関して言えばどちらも確かな腕を持つ。そんな彼らが率いる軍の士気はかなり高い。
「では行くぞ! 先陣に後れを取るな!」
「皇妃様を助けて英雄になろうぜ野郎ども!」
どこまでも対照的な二人に率いられた軍は、その号令と共に丘を駆け出して行った。その丘の途中で、アウレールとウォルターは先陣に迫る王国軍を見つけた。
「ちっ! 間に合わねぇな」
距離的に王国軍が先陣とぶつかる方が早い。それに気付いたアウレールは思わず舌打ちしたが、すぐに考えを改めた。少なくとも騎乗突撃で味方を巻き込むことは無くなったのだ。
「頼むから死んだりしないでくれよ」
問題は前線で戦う皇妃テレージアの存在であった。彼女は確かに強く、簡単に戦死するような騎士ではない。だが戦場に絶対という言葉は存在しないのだ。戦場において死という存在は気まぐれであり、前触れもなく襲い掛かってくる。
仮にこの決戦に勝利したとしても、皇妃を失えばエイミーは騎士団長の地位を追われることになるだろう。そうなれば変革に向けて動き出していた流れも閉ざされてしまうことになる。
「頼む。もっと速く走ってくれ」
手綱に力を込めたアウレールは、そんな願いを呟きながら丘を駆け抜けた。だが前線ではさらに予想出来なかったことが起こっていたのである。
王国軍の騎乗突撃に対して果敢に反撃を試みる帝国軍の先陣隊であるが、既に多くの敵の突破を許していた。このまま行けば前線が崩壊するのは間違いなく、誰もが王国軍の侵攻を押し留めようと必死に剣を振るった。
「…………潮時だな」
敵の突破を許してしまった以上、包囲されるのは時間の問題である。戦況を冷静に観察していたアレクシスはその言葉に続いて指示を飛ばした。もはやこの場に留まることは死を意味する。
「後退するぞ。信号魔法を上げろ」
「了解です」
控えていた騎士が手を掲げて魔法を放つ。高々と舞い上がった火球は、晴天の青空に見事な華を咲かせた散っていった。
「後退信号だ。慌てずに下がれ。後方は魔法で援護しろ! とにかく相手の進軍を止めるんだ!」
舞い上がった信号魔法を見て援護を指示したロイドは、最後尾で剣を振るい後退を支援したが、そこで予想外の出来事が起こった。一部の騎士が最前線で孤立したのである。
「一体誰が……」
想定外の展開に険しい表情を浮かべるロイドだったが孤立した騎士の名を聞いてその表情は驚愕に変わった。
「何であの二人が孤立しているんだ! 一体何をしている!」
新米騎士なら起こりえる話であったが、その二人は経験を積んだ騎士であった。後退信号を見落としたとは到底考えられない。あまりの出来事にどう動いていいのか分からず、ロイドは思わず本陣へと視線を向けたのだった。
「私以外にも無謀なことを考える騎士がいたのね」
完全に周囲を囲まれた状況でも微笑みを崩さないテレージアは、小柄な女性騎士にそんな言葉を掛けて反応を窺った。もしかしたら単純に孤立しただけかとも思ったからである。
「ここで戦えば、確実に敵を捉える事が出来ます」
だがその女性騎士は冷静にそう答えた。これを聞いてテレージアはこの騎士が同じことを考えているのだと察してやや呆れた表情を浮かべ呟いた。
「鉄の嵐に巻き込まれるわよ」
「仕方がありません。気付いてしまったのですから」
「そう。なら仕方がないわね」
諦めにも似た表情で言葉を紡いだテレージア。二人が気付いたのは、戦場に刻まれていたはずの目印が消え去っているということであった。それは敵の主力である装甲騎士団を粉砕するために設置されていたものであったが、王国軍の魔法攻撃によって消えてしまっていたのである。
「あなた名前は?」
背中を預けて正面を見据えたテレージアは、小柄な女性騎士に名前を尋ねた。
「カッセル騎士隊所属セリーヌ・スタインです」
「カッセル騎士隊…………」
その名を聞いてテレージアは胸に微かな痛みを覚えた。カッセル騎士隊はこの動乱の初期から戦い続けてきた騎士隊であり、生存しているのは僅かに三名だけとなっていた。
『最北の英雄』――――絶望的な状況で奮戦し続けた彼らは、今では騎士たちにそう呼ばれる存在である。
「ではセリーヌ殿、背中をお任せします」
「光栄ですテレージア様」
二人がそんな会話を交わした瞬間、本陣から信号魔法が二発舞い上がった。その合図は『作戦を予定通り続行せよ』である。これを見てテレージアは小さな笑みを浮かべた。
(王国軍……あなた達に引導を渡してやるわ。愛する国を傷付けた裁きを受けなさい)
ここにいれば攻撃を躊躇う可能性がある。それだけが心配であったが今のでその心配は無用となった。ならばあとは力尽きるまで奮戦するのみである。帝国に侵攻すればどうなるのかを、しっかりと教えてやればいい。二度と侵攻などする気が起きないように。
「ヘスティア騎士隊指南役テレージア・ハウゼン・ザールラント。私の名をその身に刻め」
槍を構えたテレージアはすぐに魔法を発動すると、その槍は全てを断罪する聖槍に変わった。
「カッセル騎士隊セリーヌ・スタイン。私を侮れば死ぬぞ? 心して掛かって来い!」
同じように魔法を発動したセリーヌの剣が激しい音を立てる。これを見た王国軍の騎士たちは、目の前の二人が今までにない強敵だということを理解した。そしてしばらく睨み合いが続いたあと、ほぼ同時に両者は動き出したのだった。
「この戦況……どう見る?」
平原で繰り広げられる戦闘は一進一退の攻防が続いていた。本命である領主軍を投入した王国軍は帝国軍の先陣を突破したが、帝国軍の第二陣によってそれ以上の進軍を阻まれる結果となった。完全に乱戦となった戦場はもはや血で血を洗う展開であり、最初に退いた方が崩壊することは確実だった。
「こちらが押しているように見えます。問題はあの二人です。未だに戦っています」
王国軍がゆっくりではあるが確実に戦線を押し上げていたためクラリスはそう答えた。もちろん問題点も見逃すことは無かった。最前線で戦う帝国の女性騎士が二人。完全に包囲された状況にあるにも関わらず、彼女たちは確実に屍の山を築いていた。あれだけの実力者がいたとは、正直計算外ではあった。
「確かにあれは問題だな。恐ろしく強い。だがそれもここまでかもしれない」
単眼鏡で戦場を見据えていたアルフォンスは、帝国軍の第二陣が後退を始めたのを見逃さなかった。それは均衡が崩れた瞬間だった。すぐに帝国の本陣に視線をやれば、あの少女はどこか苛立った様子で戦場を見据えていた。
「…………ここが分岐点だな。出るぞ」
アルフォンスの言葉に、クラリスはその時が来たかと心を躍らせた。ようやくその時が来たのだ。忌まわしき帝国騎士団長を葬り去る時が。そしてそれが達成された時、ようやく証明することが出来るのだ。王国の女性騎士は、決して男性騎士に劣りはしないと。
「装甲騎士団の精強さを教えてやれ。行くぞ」
軍馬を進めたアルフォンスに続いて、クラリスも軍馬を前へと進めた。目指すは帝国軍本陣。狙うは帝国騎士団長エイミー・ベンフォードの首である。これを討ち取れば戦争は終わる。王国の有利な条件で講和を結ぶことが叶うのである。
だが二人は気付いていなかった。その先に待つのが地獄の入り口であるということに。二人はもう少し考えるべきだったのだ。帝国騎士二人が最前線で戦う理由を。何故ならその二人が戦っている場所こそが地獄への入り口だったのだから。




