血戦・中編
激動の時代を生き抜き繁栄してきたレアーヌ王国。そのレアーヌ王国の繁栄を支えてきたのは伝統貴族の領主軍と王家直轄の装甲騎士団である。幾多の戦場において勝利を重ねて来た彼らは、心のどこかに慢心があった。逆境から転じて王国軍を追い詰めた帝国軍ではあるが、所詮その相手は新興貴族が率いた弱兵ばかりの軍であり、勢いだけの帝国軍など敵ではないと。
だが実際に開戦が始まれば、誰もがその認識を改めていた。前進する帝国騎士は統率が執れており、ゆっくりではあるが確実に王国軍へと迫りつつある。
「……厄介な防御陣形ね」
馬上から戦場を見据えるクラリスは迫る帝国軍の様子を見て顔を顰めた。四千程の軍勢が三隊に分かれ接近中であり、王国軍は矢を以って敵の進軍を阻止しようと試みた。
だが敵はその手に持つ大型の盾を有効的に使用して矢を防いでいた。帝国は隊列を組み、先頭が正面を防御して後衛が上を防御するという方法で前進していたのである。その結果、矢の殆どは盾に弾かれ運よく隙間を通りぬけても重装甲の鎧に阻まれることとなった。
ならば魔法で阻止しようと試みたが、どうやら隊列の中に防御魔法を行使している者がいるようで全てが障壁によって防がれてしまうのである。
「くっ! 忌々しい」
飛来してきた樽が着弾して近くで大きな爆風を生み炎を生み出す。その爆風に煽られたクラリスは体勢を立て直すと目を細めて帝国軍の本陣を睨みつけた。フロストで威力を発揮したカタパルトでの攻撃は、この会戦においても健在だった。王国軍の飛び道具は魔法と弓だけ。しかし敵はそれよりも遠くから攻撃を仕掛けて来る。幸い大きな損害は出ていないが、それでも確実に被害は出ている。
「…………まずは敵の進軍を阻止する。先陣に進軍開始を伝達しろ。少しは働いて見せろとな」
それまで無言で戦況を見据えていたアルフォンスがそばに控えていた騎士にそう命令すると、騎士はすぐに馬に飛び乗り前線へと駆けて行った。その騎士を目で追っていたクラリスは、前衛に配置されていた軍を思い出して眉間にシワを寄せた。
アルフォンスが前衛に配置していたのは新興貴族で構成された敗残兵の軍である。帝国からの追撃を逃れて合流して来た彼らに、アルフォンスは先陣を命じたのである。
『今王国に帰還しても、待っているのは国王陛下直々の断罪だぞ? 少しは役に立ってみせろ。貴様たちが招いた失態だろ?』
敗走してきた新興貴族に対して、アルフォンスはどこまでも冷酷だった。ライナス王太子を戦死に追い込んだ新興貴族は、彼にとっては許し難い存在であった。すぐにでも首を刎ねてやろうとも考えていたのだが、結局はこうして役に立ってもらうことにしたのだ。
「奴らは進軍を阻止出来るでしょうか?」
「無理だろうな。まぁ敵の数を減らして死んでくれればそれで構わないさ」
新興貴族など死ねばいい。そう切り捨てるアルフォンスの言葉にクラリスも迷うことなく同意した。そこには新興貴族と行動を共にした騎士や兵も当然含まれていた。新興貴族に同調して好き放題やって楽しんだのだ。彼らも無関係ではない。
「奴らは王国の名誉と誇りを穢した。せめて最後くらいは役に立ってもらおうじゃないか」
動き出した先陣を冷めた瞳で見据えるアルフォンスだったが、正直言って捨て駒である彼らに大した期待はしていなかった。
「各諸侯たちに伝達せよ。敵に隙が生まれ次第、行動を開始すると」
本命へと指示を出したアルフォンスは、そのまま変わらぬ表情で迫って来る帝国軍を見つめた。しばらくするとあとの無い新興貴族の軍が帝国軍の先陣と衝突した。それはすぐに乱戦へと発展していったが、戦況は彼の想像通りの展開になって行った。
「隊列を崩すな! 一人たりとも後ろに通すな!」
テレージアの命令にヘスティア騎士隊は、隙間なく並ぶと盾を正面に構えて抑える手に力を込めた。猛烈な勢いで突っ込んで来る王国軍は、降り注ぐ矢で仲間が倒れようとも怯むことなく、さらに速度を上げた。まさに玉砕覚悟の突撃である。
「来るぞ! 衝撃に備えろ!」
テレージアの言葉と同時に、突撃してきた王国軍は次々と体当たりを敢行してきた。中には打撃力を誇るメイスを振り上げ盾を吹き飛ばそうとする者まで存在した。この攻撃によって、完璧な防御陣型の一部が崩れる結果となり、崩れた場所から乱戦が始まることとなった。
「盾は破棄しろ! 敵を討ち取れ!」
もはや防御に固執するのは得策ではないと判断したテレージアは、すぐさま攻撃に移るよう指示を出すと自身も盾を捨てた。大型の盾は動きが制限されるため攻撃に際には邪魔にしかならない。特に踊るように戦う彼女にとっては、無用の長物でしかないのである。
「くたばりやがれっ!」
重装甲の騎士に有効的なメイス。そんなものを生身の人間が喰らえば一撃で戦闘不能である。骨は砕けて内臓すら破壊されることになる。だがそんな攻撃にも『槍舞の華』が怯むことは無い。顔面すれすれを横切ったそれに怯えることも無く、テレージアは足を踏み出して突きを繰り出した。
「下品は方は嫌いですよ」
相手の首に迷うことなく槍を突き刺したテレージアは、目の前の敵の瞳から生気が失われて行くのを見つめながら槍を引き抜いた。
(……確かに魔獣を殺すのとは大違いね)
感情というのは厄介だ。あの目だって、捉え方によっては色々な意味を持つのだ。戦場が人を変えるというのは間違いではない。夜になればきっと今の光景を思い出してしまうだろう。
(槍舞の華ね…………殺戮皇妃の方が似合うかもしれないわね)
少し物思いに耽っていたテレージアであったが、鍛え抜かれた彼女が敵の接近を許すことは無い。すぐに槍を振り抜き剣を振り下ろそうとしていた王国兵二人の胴を払った。血飛沫を上げながら崩れ落ちて行く二人に用は無いと言わんばかりに、彼女は次の獲物に視線を向けて槍を振るった。圧縮された風の刃が、一瞬にして目の前の騎士を鎧ごと真っ二つにする。
「でもあまり変わらないものね。集まったところで雑魚は雑魚ね」
もっともテレージアはそんな脆弱な精神の持ち主では無い。今の彼女にとって王国軍は魔獣そのものなのだ。帝国の臣民を虐殺して、帝国の富を搾取した人の皮を被った魔獣。それが王国軍なのだ。
彼女は再び槍を構えると戦場に響き渡る声で名乗りを上げた。
「私の首を落とせる者はいないのか! 私の名はテレージア。この帝国の皇妃である!」
名乗りを上げて敵を屠るテレージアに、ヘスティア騎士隊の面々も奮起してその剣を振るった。
「怯むなっ! 奴らは魔獣だ! 帝国の富を、帝国の臣民をその醜い牙で食い荒らしてきた魔獣だ! そして我らの任務は魔獣を殲滅すること。今がその時である! 一匹残らず狩り尽くせっ!」
勇猛にして獰猛なテレージアの言葉に士気を高めるヘスティア騎士隊は、彼女の言葉通り次々とその魔獣共を血祭りに上げたのだった。
「皇妃様に後れを取ったとあっては臣民の笑い物だ! 敵を殲滅しろ!」
新生カッセル騎士隊を率いるロイド。そんな彼の言葉を体現するかのように、セリーヌは鬼の形相を浮かべながら奮戦していた。彼女にとってこの戦争は特別なものである。彼女は失ったのだ。かけがえの無い親友を。
「死ねぇぇぇえ!」
振り下ろされた剣を右手のガンレットで受け止めたセリーヌは、亡き戦友の無念を晴らすべくその剣を振るう。優しかった彼女が復讐を望むとは思えない。だから、せめて彼女が願った想いのためにその剣を振るうのだ。
「死ぬのは貴様だ!」
左手に持った剣で相手の顔を突き刺したセリーヌは、そのまま体当たりを食らわして敵を地面に押し倒した。
「私は負けられないのよ。ロッテのためにも」
立ち上がったセリーヌは敵を右足で押さえながら顔に突き刺さった剣を引き抜き、そのまま右腕に視線を向けた。この世にはもういないはずの親友。だが親友の意思がこのガンレットに宿っている。時折りそんな風に感じる時があった。それは彼女の妄想かもしれないが、このガンレットによって救われてきたことは事実である。
「叶えてみせる。だからお願い…………力を貸して」
そんな想いを込めてセリーヌは魔法を発動した。かつては苦手だった攻撃魔法も、今ではある程度使いこなすことが出来る。しかもそれは戦友が得意とした攻撃魔法である。激しい音を立てながら輝くその剣は雷を宿した魔法剣――――触れる者全てを感電させ死に至らしめる剣である。
「私は必ず果たす。お前たちをなぎ倒してだっ!」
そう宣言したセリーヌの顔にはもはや少女らしさは存在しなかった。騎士として成長した彼女は、願いのために剣を振るい続けた。この帝国を守護するために。
やがてその場に残ったのは、焦げて変わり果てた王国軍将兵の死体だけとなった。
「死にたくない奴は退きやがれっ!」
ハルバートを振るうアレクシスは、相手の足を引っ掛けて倒すと全力でそれを振り下ろした。すぐに鈍い嫌な音と共に地面に鮮血が飛び散る。鍛え抜かれた体から放たれるその一撃はまさに必殺の威力を誇る攻撃なのだ。
「どうした? 王国軍には臆病者しかいないのかっ! 死にたくないなら死に物狂いで必死に足掻いて見せろや!」
騎士とは思えない乱暴な言葉であるがこれがアレクシスの地である。元々は盗賊の取り締まりを専門にしていた騎士であり、そんな彼が敵に対して容赦するわけがない。
「数々の非道……ここで悔い改めなさい」
豪快に敵を屠るアレクシスのそばで剣を振るうアンナ。その手に持つのは帝国ではパンツァーシュテッヒャーと呼ばれる武器である。鎧通しや鎧刺しの意味を持つその武器は重装甲騎士に威力を発揮する武器であり、刺す貫くことを目的としたものである。どの様な鎧であろうともそこには必ず隙間が存在する。その僅かな隙間を彼女は的確に刺し貫いていく。まさに芸術的な戦いぶりであった。
「本当に凄いな」
「あれは敵に回したくない夫婦だ」
力と技で王国軍を次々と血祭りに上げていく二人の騎士の姿に、仲間たちはそんな感想を漏らしていた。もっとも、その感想は刃を交える王国軍将兵たちも同じであった。
一方、本陣を置く丘の上から戦況を見据えていたディアーナは、先陣を任された三つの隊の活躍に目を見張っていた。正直、ここまで一方的な戦いになるとは思っていなかったからだ。
(これなら勝てるかしら)
このまま押し込めば勝てるかもしれない。思わずそんな考えがディアーナの脳裏に過った時だった。エイミーが諭す様な口調で言葉を発した。
「戦いはこれからよ。敵の本隊も動いていないのだから。その緩んだ表情を引き締めてね」
苦笑しているエイミーを見て、ディアーナは自分の表情が緩んでいたことに気付いた。この分では先程まで考えていたことはエイミーにも筒抜けだったはずである。
恥ずかしさから顔を逸らして前線に視線を戻したディアーナは、その時あるものを見つけて目を見開いた。そして同じようにそれを見つけたエイミーも、厳しい顔つきで言葉を発したのだった。
「やってくれる。先陣は捨て駒だったのね」




