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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
81/173

それぞれの日・前編

 バーデン平原へと到着したエイミーは決戦への準備を手早く済ませると、そこで最後の休息を全員に与えた。決戦を目前に控える中、誰もがこの休息を噛みしめながら過ごした。


「王国の突撃を粉砕する兵器。こうして並ぶと壮観だな」

「威力はバイロイトで経験済みですから。王国に同情しますよ」


 丘の上に並べられたそれを眺めながら言葉を発したアレクシスに、身を持って威力を経験したべティーナが顔色を悪くしながら答えた。何せあの時と今では並んでいる数が違うのだ。それを思うと敵に同情したくなるのも当然のことであった。


「確かにこれだけの火力があれば突撃する王国軍を一網打尽に出来るわ。それに決定打を与えられなくとも足並みは確実に乱れる。効果的な突撃にはならないでしょうね」


 騎士による突撃は確かに脅威である。だがそれは統率が執れた突撃の場合だ。足並みが乱れた突撃など容易に撃破可能であり、各個撃破の対象でしかないのだ。その状況に持って行けば、帝国は確実に勝利出来るはずなのだ。


「…………しかし考えてみると誰でも思いつくはずのことだったな。既存の兵器を有効的に使う。策を凝らした斬新な作戦では無い。正面から叩き潰す。シンプルな作戦だ」


 決戦において実行される作戦は簡単である。強力な火力によって突撃する王国軍を粉砕して、残った残存する戦力を精鋭によって掃討する。ただそれだけなのである。

 そしてアレクシスの言う通り、エイミーが用意した物は帝国では珍しい物では無い。大都市には必ず置いてある代物であった。だがそれはあくまでも防衛用として設置されている物。それを野戦で使うなど誰も考えなかったのである。


「時には奇策を。そして正々堂々と。エイミーの頭の中は計り知れないな」


 一つの考えに固執すること無いエイミーはまさに理想の指揮官だ。状況に合わせて対応出来る能力は、誰もが簡単に身に付けられるものではない。だがそれを快く思わない者たちも存在する。


「エイミー様は不満を抑えるためにこの作戦を立案したのかもしれないわね」


 騎士団長に就任して以降、エイミーは各地で王国軍を撃退していった。その結果、今や帝国臣民で彼女の名を知らないものは存在しない。騎士団長として盤石な地盤を築いていく彼女。だがバイロイトでの一件がやはり反感を買った。

 ――――正々堂々と戦わない騎士は騎士では無い。そんな声が上がったのである。


「戦争に正々堂々など存在しないというのに……困ったものね」


 騎士として盗賊などを相手にしてきたアンナは、戦いが綺麗事では済まされないことを知っている。時に相手を騙すことも必要なのだ。そうでなければ、とても騎士としての誓いは果たせないのだから。


「名誉を履き違えた連中の戯言だ。気にする必要などない」


 アンナの言葉をバッサリと切り捨てるように言葉を発したアレクシスだったが、すぐにそれを聞いたべティーナが反論した。名門貴族出身であるが故に、彼女の下にはエイミーを批判する声が集まっていたのである。


「戦争が終われば彼らは動き出すでしょう。それこそあらゆる手段を用いてエイミー様を騎士団長の座から引きずり降ろそうとするでしょう。この帝国の体制を守るために」

「体制では無く自らの権益だろう? 帝国は変わるべきだ。なぜそれに気付かない」

「認めるのが怖いのよ。認めてしまえば変わらなければならないのだから」


 その場にいた三人はしばらく無言で過ごしたあと、大きなため息を吐き出した。この戦争は停滞していた帝国に風を吹かせた。それは新たな時代へと続く風である。だが新たな時代を前に立ち塞がる者たちが存在する。伝統を守る貴族や変わることを良しとしない道楽貴族である。


「…………まぁ何とかなるだろう」


 重苦しい沈黙を破ったのはアレクシスだった。彼は遠くに見える若い騎士たちに目を向けながら優しげな声でそう呟いた。そこには食事を取りながら談笑する騎士たちが存在した。


「ここにいる若い騎士たちは自らの力で道を切り開いてここまで来た。心配することはないさ」


 帝国の困難に立ち向かった騎士たちを眺めながら言葉を紡ぐアレクシス。そんな彼に寄り添ったアンナは微笑みながら彼らを眺めたあと、べティーナに視線を向けた。


「これからはあなた達が帝国を動かしていく。仲間たちと共に頑張りなさいね。私たちはそんなあなた達を陰で支えていくから」

「…………もちろんです。アンナ様」


 帝国騎士として大先輩であるアンナの言葉に、べティーナは背筋を伸ばすと見事な敬礼でそれに答えた。そんな彼女の姿に二人はこれなら何も心配はない思った。だからこそ、決戦では彼女の様な若者を守るために戦おうと心に誓ったのだった。




 侯爵令嬢であるミリアムはその腕を生かして料理を皆に振る舞っていた。ステラ騎士隊からの生き残りであった男性騎士が、どうしても彼女の料理が食べたいと懇願したからであった。


「これだよ。あぁ懐かしい味だ」

「美味いな。料理なんて誰が作っても一緒だと思っていたが全く違うな」


 穏やかな日々を思い出しながら表情を緩めて食べる騎士たちを見て、興味を示した他の騎士たちも列に並びあっという間に大行列が出来た。 

 ミリアムが作ったのは騎士隊では一般的に食されているスープであり、彼女のオリジナル料理という訳ではなく帝国では割と知られた料理であった。だがそこにアレンジを加えたその料理は、戦場で食べれる様な代物では無く、騎士たちは笑顔でそれを口にしていた。


「ミリアムは完璧よね。料理も出来て武にも優れている。本当反則よね」


 手伝いに駆り出されたマルガレータは、騎士たちが持ってくる器に料理を入れながら小声でそんな言葉を洩らしていた。マルガレータから見てミリアムは完璧なお嬢様である。お淑やかで笑顔を絶やさず聞き上手。貴族令嬢としは完璧なのだ。騎士としては張り合えてもその点では大きく差が付いていたのである。


「…………私の顔に何か付いている?」


 マルガレータの視線に気付いたミリアムは、いつものように笑顔を向けながら尋ねた。そんな顔をしばらく眺めていたマルガレータは小さく首を横に振った。


「何でも無いわ。気にしないで」


 その言葉に小さく首を傾げたミリアムだったが、すぐに次の騎士が来たためそれ以上の追及を行うことは無かった。


(私はあの家が嫌で騎士になった。ミリアムと比べるなんて違うわね)


 全てを人に任せた生活。親の決めた結婚相手。それが窮屈で家を出るためにマルガレータは騎士になったのである。一方のミリアムはそうではない。だた三女として生まれたため、自分の夢を追いかけたに過ぎない。憧れは感じても、嫉妬を感じることはないのだ。


(私は騎士として生きると決めた。迷うことなんかないわよね)


 言い聞かせるように心の中で呟いた時、マルガレータは列にとある人物を見つけた。それは最近仲間になったエルナ・べスラーだった。べティーナ騎士長の同期であり、王国軍によって精神的に深い傷を負わされた女性騎士。だがその顔を見る限り、周りの騎士たちとはすっかり打ち解けたようで笑顔で談笑していた。


「彼女…………強いわね」


 同じようにエルナを見つけたミリアムの言葉に、マルガレータも無言で頷いた。正直言って彼女がまともな騎士隊に所属していれば、敗北することも屈辱を受けることも無かったはずであった。それほど、彼女の技量は優れていたのである。

 もっともミリアムの言う強さとは単に力だけのことではない。どちらかと言えば精神力の方であった。今でも二人は時折り考えることがあった。それはエミンゲルにおける蛮族との戦いである。あの時は偶然助けられたが、それは運が良かっただけのこと。これから先も無いとは言えない。戦い続ける限りは同じような状況に陥る可能性はあるのだ。


「私たちももっと強くならないとね」

「そうね。そうしないと追い付けないからね」


 かつて一緒に行動していたディアーナは遥か先を進んでいる。この国を守る皇女としての責任。騎士としての誇り。戦場での経験とエイミーとの出会いが彼女を強くした。大人になりつつある彼女に追い付くには努力を重ねるしかない。もう一度、対等な立場で語り合える日を実現するためにもだ。

 

「私たちもそろそろ休憩しましょう」

「賛成。私もお腹が空いたわ。ミリアムの料理は最高だもの」


 様々なことを考えながらいつものように一緒に過ごす二人は気付いていなかったが、実際のところ二人の名前も帝国中に広まっているのである。魔法を駆使して敵を蹂躙して帝国を守護する二人組――――『双璧の魔法騎士』と呼ばれていることに。それ故に、その場にいた多くの騎士たちが談笑する二人に尊敬と憧れの眼差しを向けていた。




「まだ会っていないのか?」


 仲間と話していたフィオーナは、背後から声を掛けてきたアウレールの言葉を聞いて振り返った。あの日、フルダ辺境伯領ローデンブルグから脱出したフィオーナたちは避難民を連れひたすら逃走を続けた。王国軍の追撃隊に捕まることだけは絶対に避ける必要があったからである。

 それは散った騎士たちの名誉を守るための戦いであった。避難民を安全な場所まで送り届ける。それが出来なければ彼らは無駄死にであり、王国軍に本当の意味で勝利を与えることになってしまうからである。そして彼女たちはその困難な使命を果たしたのである。


「エイミーは忙しいみたいですから。落ち着いたら声を掛けようかと思います」


 かつてのフィオーナの姿を知るアウレールは、彼女の言葉を聞いて驚いたような表情を浮かべたあとしみじみとした口調で言葉を発した。


「あのホルステンの家出娘が他人のことを気遣えるようになるとはな。成長したんだな」


 言葉だけならアウレールがフィオーナの成長を純粋に喜んでいるように聞こえるが、その目はフィオーナの顔を見てはいなかった。視線は首より下に向けられていたのである。


「どこを見て仰っているのですか?」

「お前の胸だな」

「…………堂々と宣言されても困るのですが」


 あまりに堂々と発言するアウレールに、フィオーナはため息を漏らしながら思い出していた。この人は昔からこんな感じだったと。何せ思ったことをすぐ口にするのだ。


(戦場の発情した犬共とは違って、いやらしい感じが含まれないから不快には思わないのよね。考えてみればそれはそれで無性にイラつく話よね)


 フィオーナがそんなことを考えながら葛藤していると、目の前のアウレールが突然表情を引き締めて言葉を発した。それはこれまで彼女が見たことの無かった領主としての彼の姿であった。


「妻と領民を守ってくれて本当に感謝している。何より戦死したディランたちローデンブルグ騎士隊の名誉と誇りは守られ、無駄死にならなくて済んだ。本当にありがとう」


 突然のことに何が起きたか分からないフィオーナであったが、その言葉を理解するにつれ恥ずかしさが込み上げてきた。家を飛び出したのは自分がどこまで出来るのかを試したかったから。武を誉れとする

帝国に自分の存在を認めてもらうために。それが今、叶ったのである。


「……えっと…………」

「何だ? 猟兵と呼ばれるお前さんでも照れることがあるんだな」


 何も言えないフィオーナにいつもの表情に戻ったアウレールは、笑いながら言葉を発してその様子を眺めていた。そんな顔を赤らめてモジモジする彼女を傭兵団の仲間たちは遠くで観察しながら小声で話し合っていた。


「団長もあんな表情するんだな。そもそも本当に女だったとは」

「可愛い……本当に団長か?」

「あの男凄いな。団長を照れさせるなんて。今度その手法を学びたいな」


 今まで見たことも無いフィオーナの姿に、団員たちは口々にそんな感想を漏らしていた。まさに失礼極まりない発言ではあったが、それが団員たちの偽らざる本音であったのだった。 

 『猟兵』フィオーナ・ローゼンバーグ。それは大陸西方において戦う将兵たちにとっては恐怖の代名詞なのである。そんな彼女が女性らしい一面を見せることは一切無かったので団員の反応は当然だった。








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