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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
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決戦に向けて

 決戦に集まった帝国軍の総兵力十万。諸侯たちや隊長たちを集めたエイミーはすぐさま作戦の打ち合わせを始めた。


「バーデン平原。ここは平原ながらも多くの木々が群生しており、大軍を展開するには不利な場所です。王国軍は間違いなくこの地を決戦の場に選ぶでしょう。そこで我々は、ここに本陣を構えます」


 エイミーが地図で示した場所は、バーデン平原の中でも少し丘になった場所であった。高い場所は見通しも良く、指揮を執るには最善の場所である。刻一刻と戦況が変わる戦場にでは、一分一秒が勝敗を決する。見通しの良い場所に本陣を構えることは当然のことである。


「しかしこの場所に本陣を構えると、相手も同じような場所に本陣を構えることになると思いますが」


 エイミーが示した様な場所は、バーデン平原にもう一つ存在した。それは本陣を構えた正面に位置する場所であった。


「間違い無く王国軍はそこに布陣するでしょう。でもそれで構いません。その場所に陣取らせることに意味があります。相手は装甲騎士団と推測されます。彼らは一糸乱れぬ突撃を得意とします。そして高所からの突撃は強力な攻撃です。王国軍は必ずそれを行う。勝負を決める最後の仕上げとして」


 エイミーの言葉に誰もが首を傾げる中、帝都からやって来たテレージアだけが彼女の思惑を察していた。


「なるほど……だからエイミー団長は私にあれを持って来るように頼んだのね?」


 その言葉にエイミーが頷いたのを見て、テレージアは自分の考えが間違っていないことを理解した。彼女は利用するつもりなのだ。相手の攻撃さえも。


「王国軍が勝負を決めるために行う突撃を利用して、その主力に打撃を与える。それに打撃を与えられなくとも、確実に勢いを削くことが出来る。でも本当に突撃して来るのかしら?」

「相手には焦りがあります。確実にこちらに打撃を当てなければならないという焦りが。だから確実に追撃してくるでしょう。打撃を与えない限り、帝国が講和に応じることは無い。そう思っているのですから」

「講和の席なら喜んで座ってあげるのにね」


 そんな言葉を紡ぎながら、テレージアは力無く笑った。彼女にも分かっていたのだ。講和を呼びかけられたところで、帝国は今それに応じることは出来ない。一方的な侵略を受け被害を受けた。ならば報復は必要だ。臣民や領主たちの怒りを解消するためにも。


「ですがこれはある意味良い機会です。今の帝国には様々な国の間者が紛れているでしょう。彼らはこの戦争の動向に目と耳を傾けている。ならば大陸全土に知らしめてやるべきです。帝国は健在だと。そしてこの帝国を敵に回せば、手痛い損失を被るのだということを」


 この状況を利用すべきだ。その発言にテレージアは大いに感心していた。この戦争によって帝国は深い傷を負った。それはすぐに立ち直れるようなものではない。領土の荒廃はもちろん人的な被害も大きいが、何よりも国として見過ごせない問題がある。それは力の喪失だ。

 大陸最大の軍事国家として名を馳せた帝国だったが、今やそれは見る影もない。国家防衛の要である騎士は大きな被害を受け、平民で組織されていた帝国軍は戦う前から崩壊した。それを再編するには時間が必要なのだ。


「帝国には王国の精鋭を破るだけの力が残っている。それは他国を牽制する抑止力となる。なるほど、そのためにも決戦は必要というわけか」

「戦争とは何も刃を交えることだけが全てではありません。情報を上手く使い国に利益をもたらす。これだって見方を変えれば戦争です。情報戦というね」


 何気なく言葉を紡いだエイミーだったが、その場にいた誰もが畏敬の念を抱いた。利用できるものは何でも利用する。彼女はそう言っているのだ。


「戦争が終わっても戦争は終わらない。今はそういう時代です。ならば立ち向かっていくしかない。生き残るためにも」


 王国との戦争が終わっても、本当の意味で戦争は終わらない。一連の出来事を仕掛けた黒幕が滅ばない限りは。裏で糸を引く黒幕。そいつらは蛮族や王国を動かして悪霊までも送り込んで来た。

 もっとも、あの悪霊が良いように使われているとは思えない。思惑が一致した結果、手を貸しているのだろう。


(ロシュエル公国。お前たちは何を求める? この大陸を戦火に染めてなお得ようとするものは一体何だというのだ)


 大陸西方の強国ロシュエル。山岳地帯が国土の七割を占めるその国は、十年前から各地に侵攻を開始した。そして多くの国を滅ぼしながら領地を拡大したその国は、今や帝国に次ぐ領土を保有するまでに至った。それでもなお侵攻を止める気配はない。それどころか勢いを増して侵攻を繰り返しているのだ。


(…………何を考えているかは知らないが、お前たちの好きにはさせない。全てが思い通りに進むと思うなよ)


 確かな証拠があるわけではないが、エイミーはこの一件に絡んでいると確信していた。大陸動乱の元凶

ロシュエル。それはエイミーにとっては憎むべき国である。何せ全てを奪って行ったく国なのだから。


「とにかく、この地まで軍を進めます。各隊は準備が出来次第、進軍を開始。先行している偵察隊と合流して下さい。その後、決戦の準備に入ります」

 

 考えが横に逸れていたエイミーだったが、すぐに気持ちを切り替えて命令を発した。余計なことを考えながら戦える敵では無い。油断すれば逆に食い殺される。戦場とはそういう場所であり、敵もそれが出来る実力者。それがレアーヌという国である。


 その夜、エイミーは一人で月を見上げていた。レアーヌ王国。それはエミリアの盟友であるアリスが建国した国である。帝国に来る前、少しの間だけ滞在していたエイミーはそこで女性に対する差別意識を目の当たりにした。


「きっと生きていたら変わったのでしょうね」


 創世戦争を戦い抜き、国を建国したアリス・コールフィールドは英雄であった。絶対的な支持の下で国を運営していた彼女。だが彼女は戦死してしまった。悪霊の残党から国を守るために戦って。

 その結果、国は混乱した。彼女のあとを継ぐような人物がいなかったからである。創世戦争の英雄たちは消え、残った者たちは必死に国を纏めた。あらゆる策を行使してである。その末路が今の状態である。


「…………これを機に変わってくれるといいけれど」


 帝国と隣接する国レアーヌ。ここと友好的な関係を築けなければ、いつまでも隣国の脅威に怯え続けることになる。互いに敵対関係を続けて得られるものなど何一つないのだ。侵攻の脅威に怯えた末路は、二度目の戦争の引き金にしかならない。


「エイミー様。少し宜しいかしら?」


 戦後について考えていたエイミー。そんな彼女に背後から声を掛けたのはヘスティア騎士隊を連れてきたテレージアだった。


「何かご用でしょうか?」


 皇妃が前線にいる光景。それは普通の国では見られない光景だろうと思いながら、エイミーはテレージアに言葉を返した。彼女は少しだけ夜空を見上げてから口を開いた。


「ヘスティア騎士隊。エイミー様の目から見てどうお感じになられましたか?」

「良く訓練された隊だと感じました。何より動きが機敏です。さすがは魔獣討伐で名を馳せる隊だけはあります。ただ――――」

 

 長きに渡り戦争を経験していなかった帝国において、ヘスティア騎士隊はエイミーが見た中で唯一まともな実戦部隊だった。だがそれでもやはり超えられない壁が存在した。


「人を殺したことがありませんね。テレージア様も」


 人を殺したことが無い。それは戦場では致命的だ。特に相手は王国の精鋭である。幾多の戦場において敵の命を奪ってきた敵。それを相手にするには大き過ぎる欠点であった。人を殺すことは魔獣を殺すこととは全く違うのだ。


「人を殺したことが無い。それがヘスティア騎士隊の弱点です。もっとも、あまり心配はしていません。何せテレージア様が指南役を務める騎士隊なのですから」


 エイミーは笑顔を向けながらあの日の訓練を思い出してテレージアにそう告げた。あの日彼女は、自分を殺す気で魔法を放った。初の手合わせなのに躊躇うことなくだ。だからこそ分かる。この人は守るためには躊躇うことなく人を斬ることが出来るのだと。そしてそんな彼女に鍛えられた騎士隊も同じだと。


「心配はしていないですか。ならばエイミー様にお願いがございます」


 皇妃とは思えないほど丁寧な態度で接するテレージアは、次の瞬間驚くべき言葉を発した。それを聞いたエイミーは、しばらくの間返答に困ってしまった。どう答えて良いか考え込んだエイミーがその真意を尋ねると、テレージアは迷うことなくその言葉を口にした。


「皇妃である前に私は帝国騎士です。そしてこの戦争において私もヘスティア騎士隊も未だに何もしておりません。ですからどうかお願いしたいのです」

「…………」


 願いを叶えることは簡単だった。それはただ命令すれば済むものだったからである。だが皇妃にそれを任せて良いものかと問われれば疑問だった。


「考えさせて頂きたい。その願いは決戦を左右する重要なものです」


 結局その答えを先送りしたエイミーだったが、テレージアもすぐに返事が返って来ないことは分かっていたようでそれを笑って了承した。


(前から思っていたけど……ディーは完全に母の血を受け継いだわね)


 テレージアの願いを聞いたエイミーは心の中でそう呟きながら、頭の中では違うことを考えていた。それはようやく一歩を踏み出せるということであった。


(私はようやく始めることが出来る)


 今までは生きるために戦ってきた。そこには誇るべきものは何もなかった。ただ自分自身が生き残るために戦ってきたのだ。それを後悔したことは無い。全ては願いのために生きてきたのだから。

 だからこそようやく願い実現のために動き出すことが出来るのが嬉しかった。それは三千年前から受け継がれて来た祈りであり、自分を守るために散った母の願い。何よりこの世界を生きてきた自身の理想でもあった。

 

(時間は掛かるが必ず実現する。だからこそ――――)

   

 やるべきことは多い。だがそれでも前に進む。そう決めた今のエイミーに迷いは一切無かった。


「手加減などしない。完全に叩き潰す」

 

 口から微かに漏れたその言葉。あまりに小さかったが、近くにいたテレージアの耳には届いていた。それは頼もしさを感じると同時に、敵には回したくないという想いを抱かせたのであった。





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