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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
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思い出に想いを馳せて

「これを…………勝利と呼んでいいのかしら」


 ドレスデンにおける決戦。悪霊側の猛攻は凄まじいものがあった。だがそれ以上に女神側は奮戦した。それは創世の騎士であるエミリアロザンヌが先頭に立ち戦ったから。その結果、女神側はこの決戦において悪霊側を打ち破った。多くの犠牲を払って。

 アリス・コールフィールドは目の前の集団を眺めながらそんな言葉を発した。その集団の中心にいるのはこの戦いにおける立役者エミリア・ロザンヌである。その彼女は今、一人の男性騎士に抱き抱えられていた。


「なんて…………顔をしているの?」


 そばまで寄ったアリスは、エミリアのその言葉を聞いて苦笑いを浮かべた。きっと今の自分は酷い顔なのだろうと思った。でもそれも仕方の無いことだ。今やエミリアに戦う前の凛々しい姿は無い。顔色は悪く今にも眠ってしまいそうなほど弱々しいのだから。


「……私は長くは生きられない。どんなに長く生きても…………五年もないでしょう」


 エミリアの言葉に周りにいた者たちは様々な表情を浮かべた。涙を流す者。悔しさを滲ませる者。絶望する者。そんな中アリスは、ただ静かに彼女の言葉を聞いていた。


「戦争は終わった。長きに渡る戦争は……終わった。だから今度は武器を変えましょう。剣から鍬へ。盾からペンへ。私たちの目的は……戦争に勝つことではない。その勝利のあとに待つ未来を生きること。だから始めましょう。復興を」

「そうね。始めましょう」


 エミリアの言葉にアリスは大きく頷いた。彼女に見せる必要がある。彼女がいなくなっても、何も問題が無いことを。心配の種を残すことは許されない。盟友が心安らかに旅立てるように、これからも奮闘しなければならないのだ。戦争は終わっても戦いは終わらないのだ。






 あの日から三千年の時が経過した現在。この日は朝から皆が違和感を感じていた。雨雲が広がる空に、体に纏わりつくような湿った空気。吹き抜ける風もどこか生温い。この季節ではありえないその感じに、多くの人間が戸惑いを見せていた。


「この感覚…………懐かしい」


 思わずそんな声を発したエイミーだったが、すぐに自分でその言葉を笑った。懐かしいのは自分では無い。自分の身に眠るかつての英霊の記憶があるからこそ、そう感じるだけなのだ。


「数はどのくらいだと思う?」

「この魔力からすると万は超えると思います。恐らく三万前後ではないかと」


 風神様に尋ねたエイミーはその答えを聞いてそばに置いていた剣を手にした。ちょうどその時、天幕にアレンが飛び込んできた。


「女性の天幕に声も掛けずに飛び込んでくるなんて失礼です」


 からかうような口調のエイミーに、アレンは声を荒げて報告した。


「そんな場合ではありません。前衛に配置していた警備部隊が報告してきたのです。魔物の群れが押し寄せていると!」

「それで?」

「は?」


 誰もが驚くはずの報告に対して、エイミーは落ち着いた声でそう尋ねた。だがまさかそう尋ねて来るとは予想もしていなかったアレンは、間抜けな声を上げてしまった。


「慌てる暇があったら軍を動かしなさい。相手が魔物であろうと、対処は王国軍と変わりない」


 どの様な敵であろうと騎士のやることに変わりはない。それを突き付けられたアレンは、一度深呼吸するとすぐさま天幕から出て行った。


「でも……この戦いで騎士を失うわけにはいかないわよね」


 王国との決戦を控えた今、この様な戦いで戦力を失うわけにはいかない。ならば取るべき手段は一つしかない。エイミーが何をするつもりなのかを察した風神様は、躊躇いがちに口を開いた。


「本当に宜しいのですか?」

「私の力はこういう時のために存在する。それに――――」


 風神様から視線を逸らしたエイミーは自身の左手を眺めながら言葉を続けた。


「叛旗を翻した者共に想い知らせる必要があるわ。女神を侮るとどうなるのかを」


 エミンゲルのでの戦いでは後れを取った。そしてその結果、彼女たちはこうして再び現れた。あの時に討ち取れなかったからである。


「では、相手の軍勢でも眺めに行きましょうか」


 気負った雰囲気無くいつも通りの表情でそう告げたエイミーに、風神様はもはや何も言えなかった。その決意を否定することなど出来はしない。継承者は女神の代理人。それが精霊にとっての現実。継承者がやるというのなら、それに力を貸すか見届けるしかないのだから。




 ザリクがエミンゲルで負傷した左腕はすでに元に戻っていたが、精神的に負った傷は癒えていなかった。癒えていないどころか、悪化していたと言っていいだろう。


「エミリアに縋った雑魚に……私が負けるはずがないっ!」


 一度ならず二度までもエミリアに邪魔をされ目的を果たせなかった。プライドの高いザリクにとっては許し難い出来事である。あの日、確かにエイミーを殺せたはずなのだ。邪魔さえなければ。そもそもエイミーが召喚さえしなければ。


「絶対に殺してやるっ!」


 この時のために呼び出した魔物はザリクの限界である四万。オーガにゴブリンにスケルトンからガーゴイルまで。これだけの軍勢を集めれば、集結している帝国軍に打撃を与えるのは容易いだろう。


「貴様が守る者たちも殺してやる。それに絶望しながら死ね」


 復讐心を滾らせるザリクは勝利を疑ってはいなかった。例えかつてのエミリアであろうとも、この軍勢を相手にすればそれなりに苦戦した。戦場において数は力である。だがそんなザリクの姿にタルウィは不安を感じていた。


(バエル様はエイミーを脅威と感じていた。しかもエミリアより強いと確信しているようだった)


 エミリアより強い存在だとは信じたく無い。だがそれが事実であれば、この戦いに勝機など微塵も存在しないだろう。


「何が起こっても連れて帰る。私はバエル様とそう約束した」


 ザリクとは違う意味で決意を固めたタルウィは、目の前に現れた帝国軍をじっと睨みつけた。その先頭にはあの継承者が存在した。エミリアと似た雰囲気のエイミーに、彼女の不安は最高潮に達していた。




「なんていう数なの?」


 大地を埋め尽くす魔物の群れ。多くの戦いを経て強さを取り戻しつつあった帝国軍ではあったが、さすがにこの光景を前にしては誰もが恐怖を感じていた。


「これが悪霊の軍勢……。帝都を襲った敵なのですね」


 ミリアムとマルガレータがそんな感想を述べる中、アレンとべティーナは先頭に立つ二人の背中を見つめていた。一人は帝国騎士団長。もう一人は帝国第二皇女である。漆黒の軍馬に跨るエイミーと真っ白な軍馬に跨るディアーナ。その二人の姿はまさに対照的であった。


「では無事を祈っています」


 話を聞いたディアーナは最初それを止めようと思ったが、そばに控えていた風神様が静かに首を振ったのを見て彼女の決意が固いことを知った。だから無事に帰って来ることを願ってその言葉を送ったのである。


「私にはまだやることがある。簡単に死んだりはしないわ」


 誰もが惚れ惚れとするような笑顔を浮かべたエイミー。それをしばらくの間眺めていたディアーナだったが、やがて軍馬を返すとアレンたちの方へと戻って来た。


「ディアーナ様。エイミー団長は何をしようとしているのです?」


 てっきり二人は一緒に戻って来るものだと思っていたアレンが口を開くと、ディアーナは騎士たちを見回してから大きな声を上げて告げた。それは誰もが衝撃を覚える言葉だった。


「この戦はエイミー騎士団長が一人で戦われる。我々はただ背後に控えていれば良い」

「この軍勢を前に一人で戦うなど無茶です」


 ディアーナの言葉に騎士たちは口々にそんな言葉を投げかけた。無謀なのはもちろん、その身を心配して発せられた言葉である。だがそんな言葉をディアーナは一蹴した。


「私たちがいては邪魔になるだけよ。とにかく命令は待機よ」


 エイミーが待機と命じた以上、何もすることは出来ない。そして彼女が力を行使するのならば、背後に控えるしかない。巻き添えを食らわない様に。ディアーナは口を閉ざすと、その背中をじっと見据えたのだった。



「……〈女神アスタロトよ〉」


 静かに目を閉じたエイミーはその名を静かに告げた。


「〈我は古の盟約を知る者 故に勝利の加護を どの様な困難であろうとも打ち破る絶対の力をこの手に与えよ〉」


 言葉を紡ぐエイミーの脳裏に、かつての記憶が鮮明に浮かんだ。あの日から三年、エミリアは小さな村で静かに暮らしていた。夫と娘の三人で。そこにやって来たのは、国を建国した盟友アリスだった。


『幸せそうで良かったわ。ゆっくり休んで頂戴』


 その言葉を聞いて笑いながら頷いたエミリアだったが、本当の気持ちは違った。本当ならまだ彼女の隣で戦い続けたかった。国を建国した彼女の隣で、互いに願った未来を実現するために戦い続けたかったのである。だがそれは叶わなかった。エミリアの体は日に日に限界が近付いていたのである。

 そして彼女が訪れた一週間後、エミリアはついに倒れた。想像していた以上に終わりは早く訪れたのである。また平和も長くは続かなかった。エミリアの死後、悪霊の残党が集結して戦いを挑んできたのである。その残党は全て殲滅された。盟友アリスがその命と引き換えに葬ったのである。


「〈そして願わくば 我らが悲願を叶えたまえ〉」


 だが二人の死は、世界を大きく変えてしまった。全てを纏めていた指導者たちを失った女神側は二度と手を取り合うことは無かった。人間は人間で。亜人は亜人で。精霊は精霊で。三者三様の世界を作り上げて今日まで至るのである。


「〈継承者と盟友たちの悲願 真の創世を 新時代の幕が開けるその日まで〉」


 エイミーにとっては遠い昔の話である。それでも見てみたいと思う。かつては手を取り合い困難に立ち向かった。その結果、驚くべきことを成し遂げた。ならばもっと他のことも出来るはずなのだ。


「〈我が名はエイミー・ベンフォード 創世の騎士にして騎士女王と呼ばれた者の末裔 そして盟約を果たす者〉」


 その世界を実現するためならこの身を捧げよう。誰のためでもない。自分の願いのために。そう願ってエイミーは力を解放する。邪魔者を殲滅するために。立ち塞がる者に容赦などしない。


「女神に叛旗を翻したこと……後悔するがいい」


 目の前の軍勢を見定めたエイミーは左手を高々と掲げた。その様子を背後から眺めていたディアーナは寒気を覚えた。

 これから始まるのは一方的な殺戮劇。そんな想像が頭を駆け巡ったからである。








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