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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
75/173

過去と未来と

 帝国貴族の婚姻の多くは政略結婚である。恋愛結婚というものも存在はしているが、多くの貴族は政略結婚である。長らく戦火と無縁の帝国では、家の権力を高めて名を上げるにはその手段しかなかったのである。

 有名な恋愛結婚としては現皇帝のヘルムフリートと現皇妃のテレージアである。魔獣討伐で名を馳せるヘスティア騎士隊の一員だった彼女は大規模討伐でその名を帝国中に轟かせた。槍を自在に操り魔法の才能にも秀でた彼女だが、その実家は男爵家である。彼女は討伐先で視察に来ていたヘルムフリートと出会った。多くの女性騎士が媚びる中、権力欲とは無縁の家に生まれた彼女は淡々と任務を果たした。

 そんな生まれや肩書に縛られない彼女に興味を覚えた皇太子が、討伐の功績に彼女をお茶に誘ったことから関係は始まりやがて正式な婚姻が成立したのである。まさに武を誉れとする帝国ならでは話である。

 

 だがそんな例は稀に過ぎない。エリオスとエリノアの婚姻は政略結婚である。継承戦争で頭角を現したベンフォード家の侯爵家と帝国成立時から存続してきたマルクト家の伯爵家。新興貴族と伝統貴族の確執を少なくさせるためにと組まれた縁談だった。

 そして始まった新興貴族であるエリオスと伝統貴族のエリノアの結婚生活は波乱に満ちていた。どちらかと言えば革新的なエリオスに対して逆に保守的なエリノアは些細なことで喧嘩を繰り返した。前例の無いことを実行しようとするエリオスとそれを批判するエリノア。結婚した当初のベンフォードの屋敷は常にギスギスした雰囲気だったのである。

そんなエリノアがエリオスに対する態度を改めたのは、結婚から二年を過ぎた頃だった。その日、彼女は夫が騎士隊の駐屯地に出向いているのを利用して一人で街へと出掛けた。伝統を蔑ろにする彼の領地政策の粗探しのためである。

 だがそこで目にしたのは、夫の領地政策で幸せに暮らす領民の姿であった。区画整理された街は清潔に保たれており、ありがちな犯罪などは殆ど起こらない。例え犯罪が起こったとしても騎士が迅速に駆け付ける。彼女は実家の領地と比較して愕然とした。この違いは一体何なのだと。そして気付いたのである。夫が伝統を蔑ろにしているわけで無かったことに。古き良き伝統を残して悪しき伝統を淘汰する。夫はその淘汰したものの上に新たな政策を実施しているのだと。

それを知って以来、エリノアはエリオスを支えることを誓った。方法は違えど、目指すものは同じだと知ったからである。目指すものは領地の発展。そして民の安寧と家の繁栄である。そして元々優秀だった二人が手を携えたことで、ステラ侯爵領は大きな発展を遂げたのである。




「主人のいなくなった書斎というのは寂しいものですね」


 よく激論を交わした書斎を見回したエリノアは、当時を懐かしみながら一人静かにそんな言葉を漏らした。あの日、エイミーから届いた手紙には二つの報告が書かれていた。

 一つはフロスト平原において帝国軍が王国軍を打ち破り帝都の防衛に成功したこと。その報告を読んだ時は、喜びと大きな安堵を覚えたものだった。だがその感情も続く報告によって完璧に打ち砕かれたのである。


【バートテルツ近郊の戦場において我が父エリオス・ベンフォード・ステラ騎士団長が負傷。帝都において必死の治療が行われましたが、本日女神の下に旅立たれたことをご報告いたします】


 エリノアはしばらく呆然とその文章を眺めていたが、やがてその意味を正確に理解すると涙を流した。覚悟はしていた。戦争中なのだからもしかしたらと。仮にその報告がやって来た時には、笑顔を向けて告げようと。『さすがは私の夫。帝国騎士としての見事な最後。実に立派でした』と。残された自分が泣いているようでは、夫は安らかに旅立つことが出来ない。夫は優し過ぎるから、きっと心配してしまうと思って。だからもしもの時は笑顔でそう告げようと。

 でも実際にこの報告がやって来て実感した。笑顔で送ることなど出来ないと。なぜなら悲しいからである。もう会えない。もうあの大きな体で抱き締めてもらえない。もうあの笑顔を見れないのだと思うと、心の底から悲しくなった。そして自分が夫のことをどれだけ愛していたのかを理解した。


『……帰って来ないなんて…………嘘よ…………』


 嗚咽を漏らしながら吐き出した言葉だったが、それが嘘では無いことなど分かりきっていた。エイミーがこの様な嘘を吐くはずがない。実際、文書の所々に書くことを躊躇った痕跡があった。つまりエイミーにとってもこの報告は辛かったのである。


『帰って来て…………お願い。私を……一人にしないでよ……』


 あの日、どれだけ泣いたか分からない。感情のままに泣き続け、気が付けば夜が明けていたのだから。そこまで泣いて、エリノアはようやく落ち着きを取り戻した。

 そこからの行動は素早かった。一分一秒たりとも無駄には出来ない。夫の死を無駄にしないためにも、今はこの戦争に勝利することを考えなくてはならない。それが五大貴族ベンフォード家の為すべきこと。その想いが彼女を突き動かしたのである。領民への通告と葬儀の手配に平行しての戦争支援は多忙を極めた。それこそ眠る時間さえ惜しむように働き続けて、ようやく状況が落ち着いた頃には戦争の情勢も変わっていた。反攻を始めた帝国は奪われた領地を次々と奪還。今では南部解放も夢ではないところまで来ていたのである。


「…………あなた。娘を守って下さいね」


 遠く離れた戦場で戦うエイミーの無事を亡き夫に願ったエリノアは、この地を守るために今日も働き続ける。領民のために。被害を受けた北部支援のために。何より夫と過ごしたこの地を守るために。





 

 


◆帝都ザクセンハルト◆


「ベンフォード家には随分と負担を強いているな」


 ステラ侯爵領からの報告書を読んでいたヘルムフリートは、報告書からから顔を上げると目の前に座るテレージアにそんな言葉を投げかけた。


「蛮族討伐にその後の北部支援。そして南部解放のための領主軍派遣。普通の貴族だったら今頃は家が傾いているでしょうね」


 夫の言葉にそう返したテレージアは、報告書を読みながら大きなため息を吐いた。この一連の出来事でベンフォード家が投じた戦費が膨大だったからである。あまりに膨大過ぎて、今後の領地経営は大丈夫かと少し心配になる程であった。


「エリオスにエリノアにエイミー。この三人がいなければ帝国は滅んでいたかもな」


 迅速な行動で騎士隊を動かしたエイミーとそれを背後から支えたエリノア。そして道楽貴族たちの反対を押し切って援軍を派遣したエリオス。この三人がいなければ蛮族の討伐を迅速に終えることが出来ず、今頃は帝都を王国に占領されていたことだろう。そう考えると帝国がどれだけ運に恵まれたかが実感出来た。


「本当に惜しい人を亡くしましたね」


 帝国騎士の先輩であり尊敬していたエリオスの死を、テレージアは大いに悲しんだ。もちろん幼い頃から親しくしていたヘルムフリートも同じである。


「あぁ。やはり戦争などするものではない」


 戦争を好まないヘルムフリートは静かな口調でその様な感想を漏らした。優秀な人材を失うことは国にとって大きな損失であることを十分に理解しているからである。


「この戦争…………どう終わらせるつもりですか?」 


エイミーのお陰で帝国は敗戦瀬戸際の状況から救われ、今や王国軍を追い詰めるつつある。もちろん戦争は終わっていないため油断は出来ない。だが帝国の政策を決定する立場にある二人にとっては考えなければならない問題なのである。この戦争をどの様に終わらせるか。その方針次第で帝国のこの先が決まるのだから。


「…………俺としては帝国領内から王国軍を一掃したところで終わりにしたい。貴族連中が黙っているとは思えないがな」


 この発言を聞いて、テレージアは夫が現実的な思考をしていることに安堵したと同時に、貴族たちがどの様な動きを見せているのかを瞬時に理解した。帝国はこの戦争で大きな被害を受けた。北部と南部は侵攻によって荒廃。経済も戦争の影響で停滞している。領内から王国軍を掃討した時点で戦争を終わらせるという判断は間違ってはいない。

 だが心情的にはそうもいかないのが現実だ。一方的な侵略によって受けた被害は甚大。当然、王国に報復するべきだという声が上がるだろう。仮に報復行動に出れば戦争はさらに長期化することになり、帝国はさらなる負担を臣民に強いることになるのだ。


「あなたの戦いはこれからが激しくなりそうですね」


 武の才能が無く戦場に立てない夫だが、政治の世界では圧倒的な才能を見せる。近年は目立ったことを行ってはいないが、即位から五年で帝国経済を格段に引き上げた実績を持つ。それも道楽貴族たちの反対を徹底的に封じ込めて。それこそあらゆる手段を用いてである。


「まぁ何とかするさ。それよりも本当に向かうのか?」


 静かに立ち上がったテレージアを見てそんな言葉を投げかけたヘルムフリート。彼を優しげな笑顔で見つめ返しながらテレージアは頷き決意を語った。


「私は皇妃である前に帝国を守護する騎士です。帝国の未来を左右する一大決戦に参加するのは当然のこと。それに帝国に名を馳せるヘスティア騎士隊が参加しないなどあり得ないことです。エイミー騎士団長の掲げる解放の旗の下に参集してこの国の未来を切り開く。それが私の戦いです」

「そうか。では朗報を期待している。無事に帰ってきてくれよ?」

「当然です。あなたも私が留守の間、リゼールを宜しくお願いしますね? あの子に武の才能はありませんが、あなたと同じで政治の才能は十分にあります。優し過ぎるのが欠点ですがね」


 戦場でも政治でも優し過ぎるのは欠点である。優しさは隙を生み自身の立場を危うくする。最悪の場合は死に繋がることもあるのだから。だがそんなテレージアの言葉を、ヘルムフリートは笑いながらこう切り返した。


「あの子が上に立つ頃には、その優しさが存分に生かせる国になっているさ。そのために俺は戦うよ」

「ふふふ。あなたも甘いですね」


 その甘さは嫌いではありません。そんな言葉を最後に付け足したテレージアは、最後にいつも通りの挨拶を交わして執務室を出て行った。


「さて、この戦争をどう終わらせるか」


 妻の心配をしてももはや自分にはどうすることも出来ない。ならば出来ることをするしかない。自分にそう言い聞かせたヘルムフリートは、戦争の終わりをどうするべきか考えながら羽ペンを手にした。手紙の送り先は最前線で戦う騎士団長エイミーだった。軍を預かるエイミーがどこを見据えて行動しているのかを、まずは知ろうと考えたからであった。



 その頃エイミーはデトモルト子爵領最南端において陣を張り、残る二方向から進軍して王国軍の掃討に当たっているウォルターとアウレールたちが合流して来るのを待っていた。

 月明かりの下で夜空を見上げるエイミーは、皇帝と同じ様にこの戦争の終わり方について考えていた。現在の目標は王国軍を帝国領内より掃討することだが、問題はそれが叶ったあとである。


「考え事?」


 天幕にいなかったエイミーを探しに来たディアーナは、一人佇み夜空を見上げる彼女を見つけるとすぐに近付いて声を掛けた。その言葉にエイミーは少し困ったような口調で言葉を紡いだ。


「この戦争をどう終わらせるのがいいのかと思ってね」

「帝国領から掃討して終わりじゃないの?」


 父親である皇帝はそう考えるであろうと予想したディアーナはそんな言葉を口にしたが、当のエイミーは難しい表情を浮かべていた。


「王国がそれで終わるかしら?」

「どういうこと?」


 瞬時に尋ねたディアーナに、エイミーは王国という国がどういう国なのかを説明した。


「今回の侵攻に投入された戦力は王国軍の主力では無いわ。大陸動乱の中、強国相手に戦い続けてきた王国軍の真の強さはこんなものではないわ。特に王国の精鋭と謳われる装甲騎士団の精強さは大陸でも有名よ。そして名門貴族が率いる領主軍も。もしかしたらこの戦争、満場一致で決まったのでは無いのかもしれないわね」

「つまり王国側も不本意ながら戦争を始めたと言いたいわけ?」


 そんな戦争に付き合わされた帝国はもっと不本意だ。そんな不満を隠さずに言葉を吐きだしたディアーナに、エイミーは苦笑しながらも言葉を続けた。


「もちろん確証があるわけじゃないわ。でもこの戦争は何かがおかしい。主力を投入しないで勝てるほど、この帝国は脆くないわ。たぶん私がいなくても帝国は持ち直した。それだけの人材も兵力も存在しているもの。だからこそ悩みどころなのよ。敵の狙いが分からないと終わり方が考えられないわ」


 蛮族に王国に悪霊。まるでこの帝国を大陸動乱に巻き込みたい感じがする。最後にそんな言葉を紡いだエイミーは、もう一度夜空を見上げて考えを巡らせた。


「…………戦争なんてするものじゃないわ」


 最終的にヘルムフリートと同じ感想を述べたエイミーに同意を示したディアーナは、同じように夜空を眺めながら今まで考えてこなかった戦争の終わり方を考え始めたのだった。

 しかし翌日になって、二人はその考えが早急過ぎたことを知ることになる。南部の情勢を調べるべく放っていた偵察隊が、驚愕の事実を知らせたのである。





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