戦う理由
一心不乱に剣を振るクラリス。素早い動きと巧みな動作で剣を自在に操る今の彼女に近付く者は誰一人としていなかった。二つ名を持つ彼女は女性騎士最強と言われているが、その実力は男性騎士を入れても上位五人の中に確実に入る。
今でこそ騎士として名前が知られている彼女ではあるが、活動し始めた当初は多くの男性騎士から迫られた。あまりに軽々しく迫ってくることにウンザリした彼女は、とうとう我慢の限界に達して一計を案じた。それは剣で自分に勝った者と結婚するというものであった。女性騎士を軽んじてきた男性騎士の多くがこれに飛び付き多くの貴族が彼女を嘲笑った。馬鹿なことをと。だが結果は彼女の圧勝だった。幼少の頃から剣を学び努力を重ねてきた彼女は並みの騎士が勝てる存在ではなかったのである。その結果として迫ってくる男の数は減少したが、新たな問題が起こる。それは妬みと嫌がらせである。
そしてそれはある事件を引き起こすこととなった。フロレス王国との戦争に参加した彼女はある夜、仲間の男性騎士に襲われたのである。抵抗虚しく手足を縛られ前線の森に放置された彼女は、そのままフロスト王国軍の兵士に捕まった。彼女を襲撃した騎士たちは仲間たちに、彼女が森でどれだけ泣き叫んだかを面白おかしく説明して歩いた。彼女が二度と帰ってこないと思っていたからである。
だがそれから一ヶ月後、彼女は拠点に帰ってきた。鎧を血に染めて。そして帰って来た彼女が最初に行ったのは裏切った仲間への断罪だった。実行犯はもちろん、黙認した者も話を聞いて笑った人間も容赦なく断罪した彼女は、合計三十七名の男性騎士を殺害したのである。
この事件は王国中を震撼させた。これまでにも女性騎士がこの様な目に遭うことは何度かあったが、その度に王国軍上層部はもみ消してきた。女性騎士は長い間泣き寝入りしてきたのである。だが彼女はそれを良しとはしなかった。理不尽には報復を。受けた痛みには復讐を。それを彼女は実行したのである。
それ以来、彼女を誰もが畏怖を込めてこう呼ぶ――――『深紅の騎士』と。その彼女は剣を振りながら帝国騎士団長について考えていた。帝国騎士団長は帝国の軍事力の頂点に君臨する役職である。歴代の騎士団長は誰もが武に秀でた男性騎士が務めてきた。
帝国騎士の数は推定十万人。それはこのアグリジェント大陸の小国家一国に匹敵する程の戦力である。
「エイミー・ベンフォード。お前は何者だ?」
報告に来た調査隊の一人――――軽い感じのあの男性騎士を好きになれないクラリスは顔を顰めながら彼の言葉を思い返してそんな言葉を呟いた。最新の情報によれば彼女が率いる軍はデトモルト子爵領において後退中の王国軍を攻撃、多大な損害を与えたとのことだった。
『敵の騎士団長エイミー・ベンフォードですが、生き残った騎士によれば容姿が変化したとか。あり得ない話だとは思いましたが、一応何人かが同じような話をしたので参考までに』
前線で戦った騎士の話を信じられないあの騎士はそう一蹴していたが、クラリスはどうもそれが気になった。十五歳から十八歳と推測される少女が騎士団長。いくら剣の実力があったとしてもその人事は不可解だ。そもそも貴族たちが納得するとは思えなかった。
「帝国は王国と比べれば女性にも道があるのは知ってはいるが…………」
王国で重要な役職を任されている女性は一人もいない。それに比べて帝国では重要な役職に女性が就任していることは珍しくはない。それを考慮してもおかしすぎる話である。負けられない戦争。しかも敗北を続けていた帝国。そんな場面で選んだ最高指揮官が少女。普通に考えれば勝負を諦めたようにしか見えない。
だがその結果は誰もが知っている。フロスト平原でライナス王太子率いる王国軍を撃破。要衝バイロイト城塞都市を攻撃開始から僅か一日で解放。そしてデトモルト子爵領で敗走する王国軍を捉えて大損害を与えた。フロストでは正面からの正攻法で敵を撃破。バイロイトでは騎士を囮にして偽装兵に主要拠点を攻略させた。そしてデトモルトでは執拗なまでの追撃。たった一人の人物が思いつく方法とはクラリスには思えなかった。
指揮官には得意とする戦法や好む方法が必ず存在するものである。正攻法を好む者。相手の裏を掻くのが得意な者。防衛戦や追撃戦に才能を発揮する者など様々である。それらを全て使いこなせる指揮はそうはいない。仮に存在したとしても、それは長い年月を戦場で過ごした者だけが会得出来るものである。少女が手に出来るものでは絶対にないのだ。
「仲間が優秀なのか……。でも本当に彼女が全てを立案していたら、それは脅威なんてものじゃ済まされない。王国にとっては恐怖よ」
この戦争に負けるということは、常識に照らし合わせれば王国が滅ぶことに繋がるだろう。どの様な状況でも対策を講じるこの指揮が侵略者である王国を見逃すとは思えない。滅ぼすか滅ぼされるか。この世界はそういう世界なのである。
「奴を討ち取らなければ全てが終わる」
最後に剣を真正面に突き出したクラリスは、静かに息を吐くと姿勢を正して剣を鞘に納めた。エイミーに負けられない理由が彼女には三つあった。一つは騎士として。
「負けるわけにはいかないっ! 絶対に証明しなくてはならないのだ。証明しなければ……私の屈辱は晴らせない!」
もう一つは証明のためである。王国に生きる女性騎士が決して男性騎士に劣っていないことを証明するためにも、彼女は帝国の女性騎士に負けるわけにはいかないのだ。
そして最後の一つが恩に報いるためである。フロレス王国軍に捕まった際の出来事をクラリスは語ったことはない。唯一それを知るのは、現在の上官であるアルフォンスだけである。彼は全てを知った上で、彼女を副官として装甲騎士団の一員に抜擢してくれたのである。
「エイミー・ベンフォード。貴様を討ち取るのは私だ」
もうすぐ刃を交えることになる敵を思い浮かべながら沈みゆく太陽を眺めたクラリス。その光景が何だか無性に寂しく思えて、彼女はゆっくりと天幕へと歩き出したのだった。
同じ頃、天幕で地図を眺めていたアルフォンスも敵の指揮官を思い浮かべながら考え事をしていた。もっとも彼はクラリスとは違い喜びを感じていた。装甲騎士団団長に就任して以来、戦場に出たのはこれで五度目である。その内の四回は圧勝だった。鍛え抜かれた装甲騎士団は王国最強。その名に恥じない戦いぶりではあったが、彼から見れば敵が弱すぎたのだ。だが今回の敵は違う。
「こういう状況は初めてだな」
報告を聞いてもその全容が把握出来ない人物。そんな人間が率いる軍と戦ったことは一度も無い。そしてここまで追い詰められた状況だったことも。
「出来れば剣を交えてみたいな」
帝国騎士団長エイミー・ベンフォード。報告によれば少女という話だが、アルフォンスにとっては男だろうと女であろうと全く関係が無かった。彼は女性を軽視したことはない。男女で能力が決まるとは思っていないからである。それを証明するように、大陸で名を馳せる女性は数多く存在しているのだ。
敵であれば叩き潰す。邪魔をするなら殲滅する。どんな人間であろうともだ。ただ剣を交えられるかは別である。何せ万単位の軍が激突するのだ。その戦場で一人を見つけるのは至難の業である。
「どちらにせよ強敵と戦えることは喜ばしいことだ。それを打ち破った時の気分は壮快だからな」
強敵を相手にするからこその装甲騎士団。そしてそれを蹂躙するからこその精鋭なのだ。
「もうすぐ会える。本当に楽しみだ」
それは恋にも似た感情だった。やはり同じ騎士として強い者に出会えることは嬉しい。そしてそんな敵と命を懸けて戦えることもである。
「くしゅん!」
「風邪か?」
「いえ何だか急に…………くしゅん!」
天幕で各地からの報告に目を通していたエイミーは、急に寒気を感じてクシャミを連発した。体を小さく震わせた彼女は、椅子から立ち上がると足元に座っていた白狼に抱きついて暖を取った。
「病気で倒れたとかは止めてくれよ? ここからが正念場だからな」
「分かっている……くしゅん! くしゅん!」
「本当に大丈夫か?」
あまりにクシャミを連発するエイミーに、冗談で言葉を告げたアレクシスは心配した表情で彼女の顔を見つめた。その顔色は確かに通常通りで、エイミーの言うとおり風邪や病気の類ではなさそうだった。
「まぁ今日くらいはゆっくりしたらどうだ? 他の軍が合流するまでまだ時間が掛かる。しばらくはここに陣を張るのだろう?」
「そうね。今日くらいは早めに寝るわ」
珍しく助言に従ったエイミーは、報告書を纏めると白狼を連れて指揮所の天幕から出て行った。その際何度も頭を振ってはクシャミを連発していた。
「本当に大丈夫か?」
あまりに異常な光景に、アレクシスは困惑した表情のままエイミーの背中を見送ったのだった。だが翌日、何事も無く元気な姿で過ごすエイミーを見て昨日の心配が杞憂だったと察したのだった。




