騎士としての人生を
「絶対に敵を逃がすなっ! ここで全て捕えろ」
村で略奪する王国軍を見つけたエイミーたちはすぐにそれの掃討に取り掛かった。数でも実力でも圧倒しているエイミーたちは、順調に敵を掃討していた。
「はぁぁぁあっ! 邪魔だ!」
巧みな剣捌きで相手の剣を弾き返したエイミーは、右手に持つ短剣で相手の首筋を突き刺して蹴り出すと大きな声で叫んだ。
「アレン! 追撃に出たディアーナ隊の援護に向かえ! 彼女の隊が突出し過ぎてる。ミリアムは村の防衛を優先しろ! アレクシス隊と共同で村に潜む王国軍の排除に当たれ!」
指示を出しながらも敵を排除していくエイミーは倒れた敵の顔を勢いよく踏み付けた。その容赦の無い行為にエイミーの周囲にいた敵は顔を引き攣らせたが、彼女はそんなことはお構いなしに敵の掃討を続けた。
「そんな腕で私に勝てると思うなっ!」
振り下ろされた剣を華麗な動きで回避したエイミーは、敵を一挙に殲滅するべく魔法の詠唱を始めた。
「〈来たれ猛き王 全てを蹂躙する紅蓮の獅子よ 大地を震わす咆哮と共に世界を灼熱に染めよ〉」
急激に集まった魔力はすぐに形を為した。炎を纏う百獣の王である。それはかつてエリオス団長が契約していた精霊であった。獅子は敵を睨みつけると、大きく息を吸い込んで重低音で吠えた。その様子に恐怖で顔を歪める敵を見据えながら、エイミーは冷たい視線を向け告げた。
「我らの怒りをその身に刻め。そして忘れるな。貴様たちが民に与えた恐怖は、こんなものでは無かったことを!」
エイミーの言葉が終ると同時に、獅子は勢いよく大地を蹴って高々と舞い上がった。そしてその勢いのまま敵の中央に向かって飛び込んで行った。次の瞬間、辺り一帯を炎が駆け巡り瞬く間に大勢の敵を飲み込んだのだった。
「損害を確認して報告した隊から少し休め」
解放した村の中で騎士たちにそう告げたエイミーは、歓喜に沸く村人たちを眺めていた。一方的な戦闘だったため損害は軽微のはずだが、それでも負傷者が出ないということはない。現に四名の騎士の死亡をエイミーは確認していた。
「追撃に出たディアーナ隊から報告です。敵の殲滅は完了したとのことです。これより戻ると」
「了解したわ。御苦労様」
伝令に来た騎士に労いの言葉を投げかけながら、エイミーは捕虜にした敵の処遇を考えていた。一刻も早く南部の解放に向かいたい彼女にとって、捕虜の存在は正直言って邪魔でしかなかった。
「エイミー団長」
険しい表情で考え込んでいたエイミーはそんな声で我に返った。目の前には複雑な表情を浮かべるロイドの姿があった。
「…………見て頂きたいものがあります」
良くない雰囲気を感じ取ったエイミーは、無言で頷くとロイドのあとに続いた。しばらくして辿りついたのは少し大きめの古びた民家だった。その民家の前には多くの騎士たちが集まっていたが、誰一人として中に入ろうとする者はいなかった。彼らは様々な感情が籠った視線をやって来たエイミーに向けた。
「私はここまでです。用があれば声を掛けて下さい」
民家の前で立ち止まったロイドの顔を見て、エイミーはもう一度周囲に視線を向けた。よく見れば中に入ろうとしないのは男性騎士ばかりだった。この様子に、エイミーは中の光景が想像出来てしまった。
「…………分かった。そこで待っていて」
意を決したエイミーはドアをゆっくりと押した。それからしばらく経ったあと、エイミーは二階の窓を開け放つと外にいるロイドに向かって告げた。
「男性騎士は一切近付けるな。べティーナと手の空いている女性騎士を全て招集しろ。それと……何か着る物を持って来い」
何も言わずに敬礼だけして周囲にいた男性騎士を引き連れ立ち去っていったロイドを見送ったエイミーは部屋の中に視線を戻した。そしてそこにいる人物たちに向かって静かに全てが終わったことを告げた。
「私は帝国騎士団長エイミー・ベンフォード。あなた達の悪夢は……終わったわ」
それは戦場で何度も目にしてきた光景だった。だがそれでもエイミーは見るたびに怒りを覚える。同じ女性として。何より同じ人として。
いつの間にかエイミーは拳を強く握り締めていた。出来ることなら今すぐにでも捕虜にした王国騎士や兵を殺してやりたい。でもそれをしてしまえば相手と同じになってしまう。そして感情のままに行動すればその先に待つのは破滅だ。彼ら王国の人間の様に。
その夜、天幕の中で騎士長であるべティーナとアレン。そしてディアーナを交えてエイミーは今日の出来事について話していた。話題に上るのはやはりそれについてであった。
「保護したのは五名。そのうちの四名は他の村から強制的に連れて来られた用です。それともう一人についてですが…………彼女は騎士です」
躊躇いがちに言葉を紡いだべティーナの顔はどうも優れない様子だった。それはディアーナも一緒であり、エイミーはそれを見て何となくその理由を察した。
「もしかして知り合いなの?」
「…………彼女はハイデンブルグ伯爵家の娘です。私とは同期になります」
「私も何度かパーティーで会ったことがあるわ。明るくて社交的な方だった。確か南部のケンプテン騎士隊に配属されていたはずよ」
「ハイデンブルグ……。東部最大の港を持つ領か。確か軍艦を数隻保有しているとか」
話を聞いたエイミーは手早く頭の中の引き出しから情報を探り出した。海運貿易の護衛で財を成したハイデンブルグ伯爵家は『海の騎士団』とも呼ばれる海上戦力を保有している数少ない貴族である。そこの貴族令嬢ともなればこれは大問題である。
「話によれば一番被害を受けたのは彼女だったと。何でも激しく抵抗したそうで…………その結果なのでしょうが…………」
アレンがそのまま口を閉ざしたため、エイミーは手に持っていた調書に視線を落とした。そこにはこれまでの詳細な出来事が記されていた。聞くところによれば、調書を取った女性騎士は人知れず泣いていたとのことだった。同じ女性としては、聞くに堪えない話だったのだろう。
「分かってはいても…………酷い話よね」
かつて戦場で同じような体験をしたことがあるエイミーは、思わずそんな言葉を呟いていた。あの当時は未遂に終わったとはいえ、未だにその時感じた恐怖というのもは覚えていた。そして考えてしまう。あれが未遂に終わっていなかったら自分はどうなっていたのだろうと。
そんな時だった。天幕にアンナがやって来たのである。彼女はエイミーを見るとすぐに用件を告げた。
「エイミー団長。ハイデンブルグ伯爵令嬢が面会を求めておりますが、お通ししても宜しいでしょうか?」
その言葉で天幕内に一気に緊張感が漂った。話の中心人物がやって来たのだから当たり前の反応だった。少しだけ考えたエイミーは無言のまま小さく頷いた。アンナはそれを見て天幕の外に向かって声を掛けたのだった。
やって来たのは短い赤毛の髪が印象的なチュニックを着た女性だった。正直言って誰が見ても疲労していることが分かるほど顔色が悪かった。その女性は一瞬だけアベルを見た。
「そうですね。私は外に――――」
男の自分がいるべきではないと気を利かせたアレンだったが女性はすぐにそれを止めた。
「助けて頂いたのです。どうか気を使わないで下さい」
「…………分かりました」
足を止めたアレンはそれを了承するとその場に留まって彼女の話を聞くことにした。彼女はエイミーを見据えると深々と頭を下げた。
「助けて頂いたことに感謝します」
「帝国騎士として当然のことをしたまでです」
女性の言葉に当然といった態度で答えたエイミーは、そのまま彼女の次の言葉を待った。頭を上げた彼女は何か言おうとしたがすぐに口を閉ざしてしまった。そのまましばらく時間が経過したので、ディアーナが彼女に質問した。
「これから……どうするおつもりですか?」
だがその質問は女性にとっては禁句だった。それにディアーナが気付いた時には全てが手遅れだった。彼女はその場に膝をつくと小さく震えた声で尋ねたのだった。
「私はこれから…………どうやって生きて行けばいいのです?」
未婚の貴族令嬢にとって純潔であることは結婚条件の一つである。そうでない場合は結婚することはかなり難しい。もちろん、前の夫が亡くなった場合はその限りでは無い。
しかし今回は相手が誰とも分からない相手である。こうなると結婚は不可能に近い。それほどまでに帝国において純潔というのは重要な意味を持つのである。
「「………………」」
貴族令嬢としては生きることはもう出来ない。天幕にいた誰もがそう思っていた。だがそれを言葉にすることなど出来るわけも無い。それは失意のどん底にいる彼女をさらに傷付ける行為なのだから。だから誰もが口を閉ざしていた。エイミーを除いて。
「この帝国は純潔を重んじる国です。貴族令嬢としては終わりでしょう」
重苦しい空気が漂うなか、エイミーは静かな声で――――だがはっきりと事実を口にした。あまりの率直な台詞に彼女は大きく肩を震わせ、ディアーナたちは困惑した表情でエイミーに視線を向けた。
そのエイミーは立ち上がると、近くに置かれていた予備の剣を手に取り彼女の前に掲げ言葉を続けた。
「だからあなたは騎士として生きなさい」
「…………」
その言葉に彼女は涙でグシャグシャになった顔を上げてエイミーを見つめた。
「あなたは奪われる理不尽さを知っている。そして無力なことがどれ程辛いことかも知っている。戦火は全てを奪う。そして戦争はどんな行為も肯定する。それはこの帝国――――いやアグリジェント大陸で続く悲劇の連鎖だ。それを私は変えたい。だからその力を貸して欲しい。騎士として」
「でも…………私は――――」
何かを言おうとした女性の言葉をエイミーは首を振って遮った。そして優しげな笑顔を向けながら彼女がしたことの意味を教えた。
「あなたが抵抗したお陰で、残る四人は随分と助けられたそうです。あなたは立派な騎士だ。私はあなたの様な騎士が欲しい。最後まで諦めない。どんな状況であっても民を守る騎士が。だからこの剣を取ってもらいたい」
そのまま同じように膝を折ったエイミーは、女性の目を見据えながらどこまでも真剣な顔で言葉を続けた。彼女と自分に誓うために。
「だから私は約束しよう。この世界を変えることを。そして戦火の無くなった世界を必ず見せよう。騎士として生きたことが間違いでなかったと。絶対に私は後悔させない。だから…………この剣を手に取って欲しい」
その青い瞳に宿る意思は本物だ。それを感じ取った女性は、いつの間にかその剣に手を伸ばしていた。手にした剣はあまりに重かった。これまでも騎士として剣を手にしてきたが、今回はこれまでの意味とは完全に違うのだ。騎士として生きる。エイミーが語るそれは、貴族としての生き方を忘れろという意味である。
だが彼女にもう迷いは無かった。終わったと思った人生に、エイミーは生きる意味を与えてくれた。何よりも穢された自分を欲しいと言ってくれたのだ。それは本当に嬉しいことだった。
「…………エルナ・べスラー。この剣に懸けて誓います。帝国騎士として人生を全うすることを。そして何より、エイミー騎士団長の掲げる未来のために」
エルナ・べスラー・ハイデンブルグと呼ばれた女性はもういない。騎士として生きることを決めた彼女はこの日、ハイデンブルグを捨てたのだった。
それは彼女にとっては新しい人生の始まりであり、エイミーにとっては誓いを再度確認した日でもあったのだった。




