表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
71/173

剣を交えぬ攻防

◆ザールラント帝国 ホルステン辺境伯領ブリュール◆



「接近中の王国軍は約五万。それがブリュールを包囲するように展開しています」


 ブリュール騎士隊長の報告を聞いたホルステン辺境伯夫人エルヴィラは、厳しい顔つきで横に立つ一人の男性を見上げた。娘であるフィオーナが置いて行った傭兵団の副団長アルバーノである。


「…………王国軍の動きは? すぐにでも攻撃を仕掛けてきそうですか?」

「敵は包囲後、動く気配を見せてはおりません。こちらの様子を窺っているようです」


 これを聞いたアルバーノは王国軍がこれまで侵攻してきた軍とは別物だと瞬時に理解した。このブリュールを守る戦力は一千であり、残る三千五百はルマン側下流で王国軍五千と対峙している。五万の軍勢なら力押しでどうにでもなる相手なのである。それなのに相手は包囲するだけで攻撃を仕掛けては来ない。


(相手は何を考えている? 圧力に屈しての降伏を待っているのか? それとも単純に兵の損失を減らしたいのか? とにかく今までの王国軍とは違う。厄介そうな相手だが、こちらか動くわけにはいかない)


 攻撃を仕掛ければあっという間に全滅に追い込まれることは目に見えているが、だからといって何もしないわけにはいかない。住民たちは領主の動きを見ており、ここでの動きは後の統治に影響する。上手く追い払えたとしても、住民に被害が出ては元も子もないのだから。


「街の防衛に徹するのが得策かと思います。攻勢に出ても殲滅されるだけです。ならば少しでも時間を稼ぐべきだと思います」


 アルバーノの提案を聞いたエルヴィラは、視線を報告にやって来た騎士に向けた。その騎士は少しだけアルバーノを見たがすぐにその言葉に同意を示した。


「彼の言う通りかと。ここは防衛に徹して相手の出方を窺うべきです」

「分かりました。ではその様に動いて下さい。とにかく街の防衛を最優先に」


 エルヴィラの言葉を聞いてすぐに部屋を出て行った騎士を見送ったアルバーノは、静かに息を吐くと小さく肩を竦めて見せた。


「どうかなさいましたか?」

「何でもありません。気になさらないで下さい」


 アルバーノはその問いかけに無難な返事を返した。あの騎士が自分に敵意を向けていると告げたところで、状況が変わるわけではないのだから。確かに傭兵の指示に従うことなど騎士としては許し難いことなのであろう。


「…………厄介な場所に残してくれたぜ」


 残るよう指示を出したフィオーナに愚痴を零しながら、アルバーノはこれからどうするかを思案しながら部屋を出た。生き残るためには選択を間違えてはならない。そのためには必死に考えなくてはならないのだ。


「……いいところに」


 前から歩いて来るフローラルを見つけたアルバーノは、癒しを求めて彼女に近付いて行った。彼女の淹れるお茶が飲みたくなったのである。




「アルフォンス団長。予定通りブリュールの包囲が完了しました。これで誰一人としてこの街から逃げることは不可能でしょう」


 全軍の展開が完了したことを確認したクラリスは、すぐにアルフォンスにそれを報告して次の指示を待った。ブリュールを包囲することは知っていたが、その後の行動については指示を受けていなかったからだ。そのアルフォンスは、静かに街の様子を眺めていた。


「…………お前ならこの先どうする?」


 静かに問いかけられた言葉に、クラリスはアルフォンスを見上げながら思考を巡らせた。この状況なら考えるまでも無く力押しで十分に対応出来る。ただそれは少ないながらも損害を出すやり方だ。

 帝国の主力――――快進撃を続ける騎士団長率いる軍と戦うまでは損害を避けたい今、取れる手段は限られる。


「敵が出て来るまで包囲を続けるか、降伏を勧告します。そして私なら――――」


二つの考えを提示したクラリスだったが、実際には最初に告げた考えは殆ど捨てていた。包囲を長く続けるのは得策ではないからである。一刻も早く勝利を手にして講和に持ち込む。それがこの軍に課された使命なのだ。だからこそ彼女は続けてこう言った。


「この包囲による圧力を利用して降伏を勧告します」

 

 そう宣言したクラリスはその後の言葉を心の中に留めた。


『それに従わない場合は殲滅します。損害は覚悟の上で』


 損害を嫌い敵の戦力を残す。それは一番やってはいけないことだ。ならば損害を覚悟の上で敵を殲滅する。そうすれば少なくとも敵主力と戦闘中に背後を気にする必要は無くなる。


「降伏勧告か。それが一番だろうな」


 クラリスの考えに同意したアルフォンスは不敵に笑うと軍馬に飛び乗った。それを見たクラリスは嫌な想像が頭に浮かんで思わず尋ねていた。


「まさかと思いますが……ご自分で降伏勧告に向かわれるのですか?」

「当然だろう。相手の人間がどれ程の人物かも見ておきたいからな」

「…………では私も行きます」


 あまりに無謀なことを堂々と宣言したアルフォンスの言葉に内心呆れながら、クラリスは自分も同行することを告げた。


「じゃあ行こうか」

「…………はい」


 楽しげな顔のアルフォンスとは違いやるせない気持ちを抱きながら軍馬に飛び乗ったクラリスは、せめて何事も無いことを祈りながら敵に向かって進んで行ったのであった。そしてすぐに敵の騎士が防備を固める街の入り口に到着した。


「私はこの王国軍を率いる指揮官だ。この街の責任者に話がある。取り次ぎを願う」


 剣を抜いた騎士たちに臆することなく堂々と告げたアルフォンスに、防備に当たる騎士たちは困惑したような表情を浮かべた。しばらくの間騒然としていた彼らだったが、やがて一人の騎士がアルフォンスに向かって言葉を発した。


「お前たち二人だけか?」

「そうだ。取り次ぎを願う」

「…………ならば馬を降りてこちらに来い。悪いが剣は外してもらおう」


 騎士の言葉に素直に従った二人は、馬を降りると剣をベルトから外しながら彼らに近付いて行った。警戒を解かない騎士たちは近付いて来る二人から剣を逸らすことは無かった。


「剣だ。これでいいだろう?」

「…………いいでしょう。では案内します」


 抵抗することなく剣を渡してきた二人に内心では戸惑いながらも、その騎士は表情を変えることなく先頭を歩きだしたのだった。







「ありがとうございます」


 目の前に置かれたティーカップを見て笑顔で礼を告げたアルフォンスだったが、当のメイドの表情には明らかに敵意が滲み出ていた。武力で以って脅しているのだからそれは当たり前の反応であった。


「それで……用件は? まさかお茶を飲みに来たわけでは無いのでしょう?」


 この地を治めるホルステン辺境伯の妻である女性の棘のある言葉に、アルフォンスはとりあえず相手の様子を窺うために適当な言葉を返した。


「まぁそうなのですが。性急に動くのは私の性分では無いので。美味しいですね」


 そう言ってお茶を一口飲んだアルフォンスは、部屋にいる人間に素早く視線を送ってその様子を観察した。部屋にいるのは目の前に座る辺境伯夫人と清楚な感じが漂うメイド。それとここまで案内してきた騎士。そしてもう一人――――騎士では無い戦士が一人佇んでいた。


(牙を剥く犬…………。トラキア王国に拠点を置く傭兵団。大陸西方で名を馳せる奴がなぜここにいる? しかもこいつ――――)


 ブレストプレートに刻まれたものを見て、アルフォンスは一瞬だけ横に座るクラリスに視線を向けた。その彼女も相手の正体に気付いたのか、纏っていた雰囲気を厳しいものへと変えた。さすがにこれは予想していなかったからである。

 ――――『血染めの猟犬』それは大陸西方で恐れられる傭兵団。しかも彼らが牙を剥くのは侵略者に対してであり、その戦いぶりは壮絶の一言に尽きる。剣技に特化した彼らの手法は乱戦狙いの白兵戦。その死を恐れない彼らの壮絶な戦いぶりは、まさに恐怖の代名詞とさえなっているのである。


「…………現在この街は、我が王国軍によって包囲されています。この五万の軍勢相手にあなたはどの様に対応されるおつもりなのでしょうか?」


 傭兵の存在は気になるが考えても仕方が無い。そう思い直したアルフオンスは、単刀直入に話を進めることにした。これに対して伯爵夫人は鋭い視線を向けながら口を開いた。


「何をお望みなのですか?」

「我が軍はなるべくなら無駄な戦闘は避けたいと考えております。降伏して頂けませんか?」

「戦わずに王国の支配に甘んじろと仰るのですか?」

「そういうことではございません。ただ武器を捨てて欲しいだけです」

「王国が我が国の民にどれ程の事をしたのかお忘れなのですか? 各地の戦場において略奪や虐殺を繰り返し女性に対して絶望と屈辱を与えた。そのような支配を受け入れろと?」

「安全は保証します」

「王国の言葉など信用出来ません。そもそもこの帝国は武を誉れとする国家です。戦わずに投降するなどあり得ません」


 強い抵抗の意思を示した辺境伯夫人の言葉に、アルフォンスは同じ人としては納得していた。ここまでされれば誰だって抵抗する。それだけのことを王国側はしてきたのだ。

 だが王国を守る騎士としては納得することは出来なかった。彼には使命があるのだ。この戦争を王国有利で終わらせるという使命が。


(やはり一度点いた火は消えないか。本当に面倒なことをしてくれた。やはりここは――――)


 アルフォンスの中に最後の手段が浮かんだ瞬間、今まで黙っていた傭兵の男が彼の雰囲気が変化したことに気付き口を開いた。


「恐れながらすぐに決められることではありません。少し時間を頂けないでしょうか?」

「…………分かりました。では明日、同じ時間に伺います。良い返事を期待しております」


 考えを読まれたことを察したアルフォンスは、小さく苦笑いを浮かべながらそんな言葉を辺境伯夫人へと向けた。どうやら彼女にもこちらの考えが伝わった様で、厳しい視線は変わらないがそれでもどこか諦めに似た表情を浮かべていた。 


「帰るぞクラリス」

「了解しました」


 敵は降伏する。そう確信を抱いたアルフォンスは上機嫌で立ち上がると一礼して、案内してきた騎士のあとに続いて部屋を出て行った。


「夫の留守を預かっておいて何も出来ないとは…………」


 残された辺境伯夫人エルヴィラは悔しさを滲ませながら静かに言葉を紡いだ。


「彼の支配下なら安全は保障されるでしょう。あれはそういう人間です。ただ戦うとなると違う結果となるでしょう」


 アルフォンスとクラリスを観察していたアルバーノは冷静な口調で意見を述べた。戦場で多くの指揮官を見てきた彼は、あの二人が戦いになれば容赦しないことが簡単に想像出来た。そして口にした約束は守る人間だとも。


「…………領民の安全が第一です。降伏しましょう」


 力無く言葉を発したエルヴィラは、アルバーノを見上げると静かに頭を下げた。


「領民の安全のために今後とも最善を尽くして頂きたい」

「承知しました。戦場の犬に相応しく、泥を啜ってでも領民の安全を守ります。お任せ下さい」


 指揮官が信用出来そうな者とはいえ、末端の兵士まで信用出来るわけではない。無力な領民に狼藉を働く者も出て来るだろう。


「とにかく交渉で少しは譲歩を引き出しましょう」


 明日の交渉に全ての望みを懸けたエルヴィラは、フローラルにお茶を頼むと真剣な顔で今後の事を考え始めたのだった。ここで責務を投げ出すことは出来ない。例え明日に不安を覚えたとしても。

 全てはこのホルステン辺境伯領に住む領民のため。それが領主代行としてこの地を治める者の責任なのだから。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ