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エリオスの狙い

 朝早くに準備を済ませたエリオスは、副官であるべティーナと共に女性騎士寮に向かっていた。

 あの少女――エイミーから話を聞こうと思ったからである。


「そう言えば昨日の深夜、またやって若い騎士たちが数人やってくれましたよ?」

「またか。で、狙いは彼女か?」


 駐屯地内を無言で歩いて二人だったが、べティーナが思い出したようにそんな言葉を告げたことでエリオスの表情が大きく曇った。


「多分そうでしょう。この辺りの騎士では絶対に出会うことの無い存在です。まぁお近づきになりたいという気持ちだけは理解出来ますが」


 意外な言葉を聞いて目を見開くエリオスだったが、そんな彼に向かってべティーナは肩を竦めながら言葉を続けた。


「団長の様に五大貴族という訳でも特別な地位に就いているわけでもありませんので」

「何を言っている? オードリー家は帝国貴族でも名門だろうに」

「私は出来れば騎士として名前を残したいので。団長の様に」


 べティーナの話を聞いてエリオスはなるほどと小さく呟いた。

 帝国貴族として名高いオードリー家ではあるが、実際のところ帝国での価値は己が持つ武が重視されるのである。


「騎士としてか。それは大変だな」


 戦争の無い帝国で名を上げるには、魔獣討伐で名を馳せる以外方法は無い。

 だが帝国には多くの戦力が存在する。騎士団に帝国軍に領主軍。そこに加えて傭兵である。多くの魔獣はそんな存在を恐れて人の住む土地には滅多に現れない。故にそれで功績を上げることも不可能に近いのである。


「私は諦めませんよ。彼女の母親の様な幸運が舞い込むかもしれません」

「まぁ絶対にあり得ないとは言わないが。それにしても彼女まで武を学ぶ必要はないと思うのだが。しかもわざわざ帝都から遠く離れたこの地に配属する事も無いだろう」


 思わず呟いたエリオスの言葉に対して、ベティーナは笑みを浮かべながら言葉を発した。


「娘を預けるのに信頼できる。そう陛下は判断されたのでしょ。誇るべきことでは?」


 べティーナにとっては自分の上官であるエリオス団長が陛下に信頼されていることが何よりも誇らしいことであった。

 そう――現在このステラ騎士隊にいるのは帝国皇帝陛下の娘――――帝国の第二皇女その人であった。


「どうだかな。それよりも昨日、女性騎士寮を覗いた馬鹿者共は牢にでもぶち込んでおけ。彼女に手を出すことは絶対に無いだろうが、万が一にも何かあったら――」

「きゃぁぁぁぁ!」


 そんな悲鳴が女性騎士寮から響いてきたのは、エリオスが懸念を口にしようとしたその時だった。


「今のは……まさかあの少女が……」


 険しい表情を浮かべて声を発したベティーナの言葉を聞いて、エリオスの脳裏に昨日の廃砦の惨状が甦った


「……とにかく急ぐぞっ!」


 女性騎士寮に飛び込んだ二人は、そのまま悲鳴が聞こえて来る食堂へと駆けて行った。


「殿下! 大丈夫ですか!?」

「ご無事ですか!?」


 叫ぶようにして声を上げた二人は揃って食堂に飛び込み抜剣したが、そこで予想外の光景を目にしたのだった。


「きゃぁぁ! 本当に可愛らしい子ね」


 二人が目にしたのは白狼が皇女殿下を襲う光景………ではなく、誰がどう見ても皇女殿下が白狼を襲っている異様な光景だった。

 犬のように座った白狼を抱き締める皇女殿下。他の女性騎士も歓喜の声を上げながら、背中を触ったりしてその感触を楽しんでいた。


「本当にフサフサね。癒される~」

「私もペットに欲しいなぁ」

「もし他の白狼に出会ったら戦う自信ないわ~」


 白狼の魅力を肌で感じた女性騎士たちは、完全に歳相応といった素の表情を見せていた。


「えっと……想像していた事態とは違って何よりでしたね」


 剣を鞘に戻したベティは困惑しながらそんな言葉を呟いたが、エリオスの方は目の前の光景が信じられないのか何度も瞬きを繰り返していた。

 そしてようやく出た言葉は――――。


「俺が鍛え上げた騎士たちが白狼一匹に…………くっ……羨ましい」


 帝国騎士団長とは思えない情けない言葉だった。





「…………はしたない姿を見せて申し訳ありませんでした」

 

 結局一連の騒ぎは我に返ったエリオスが一喝することで収まった。女性騎士たちは反省の言葉を述べて素直に頭を下げたのだ。

 ただ飼い主であるはずのエイミーだけは何も言わなかった。彼女いわく『自分は騒ぎとは関係ありませんから』とのことであった。この言い分に納得のいかなかったべティーナではあったが、上官であるエリオスが何も言わなかったので咎めることはしなかった。


「……あの少女に何かあるのですか?」


 どうも昨日から団長の様子がおかしい。特にあの少女に関することになると。

 そんな団長の変化に気付いたべティーナは、真面目な顔で質問を投げかけたがエリオスは何も答えず、ただ白狼の頭を撫でる少女をじっと見つめるだけであった。


(まさか団長、少女趣味に目覚めた? いやいや。敬愛する団長がそんなこと。そもそも団長は結婚もしている。奥さまは美人だしスタイルも抜群で社交界の華よ。まぁ確かに目の前の少女も綺麗だしスタイルも私よりは…………いや私だって負けてないはず!)


 頭の中で果てしない妄想を繰り広げていたべティーナは、エリオスが発した言葉を聞いて現実へと引き戻された。


「エイミー。良かったら訓練の様子を見ていかないか?」

「は?」


 そんな間抜けな声を上げてしまったべティーナとは対照的に、エイミーの方はそんな突然の提案にも動揺することも無く、数秒考えてから同意を示した。


「今日は特別に俺が見学してやる。全員訓練場に出ろ!」


 その言葉を聞いた女性騎士たちは悲鳴のような歓声を上げると、誰もが我先にと訓練場へ向かっていった。騎士団長に認められれば出世も思いのまま。そして帝国騎士の上位に君臨することが出来れば、縁談も選び放題。それこそ気に入らない縁談を蹴ることさえ可能となる。

 それは貴族令嬢たちにとって自分の好きな道を選択出来ることに繋がり、平民出身者にとっては貴族との縁談へと繋がる。


 ――武こそ誉れなり――


帝国に浸透するその考えは、結婚さえ左右するほど重要なものなのである。


「分かりません。なぜ彼女に訓練の様子を見せるのですか?」

「彼女を知るためだ」


 考えが理解出来ないべティーナに対して、エリオスはある決意を持ってそう答えた。


(言葉で語ろうとしないなら、その目で確かめればいい)


 エリオスは心の中でそう考えていたのである。 

 昨日の夜に目を通した報告書には、確かにそう書かれていたからである。


 ――リッターオルデン所属――


(認識票が本物なら、彼女はセシル・アルヴェント率いる大陸最強の傭兵団に所属している。ならばどうしても俺はその実力が見たい!)


 大衆に広く読まれる英雄物語に登場する『創世騎士』に『聖騎士』や『竜騎士』はもちろん、帝国史に伝説の存在として残る『聖槍の騎士』や『精霊騎士』。

 そんな物語の騎士に憧れを抱く帝国騎士は多く、その一人であったエリオスもそんな存在を目指して訓練に励んで来たのである。だが実際にそんな人間と戦って腕を試すことは出来ない。何せ所詮は御伽噺の中なのだから。

 しかし生きている人間となれば話は別である。それこそ大陸の戦場で活躍している一等級傭兵ともなれば腕試しとしては申し分ない存在なのである。

 

(まぁ……とても噂に聞く一等級傭兵には見えないがな)


 白狼とじゃれついている目の前の少女エイミー。彼女はどこからどう見ても強者には見えなかった。

 贔屓目に見ても駆け出しの傭兵で、普通に見れば可愛らしいどこかのお嬢様でしかない。


(べティーナの機嫌が悪いな)


 隣に立つべティーナは明らかに不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 騎士として名を馳せたいと願う彼女にとって、傭兵は気に食わない存在なのである。傭兵には名誉も誇りも信念も無い。

 

 ――金で戦場を駆ける――


 それが傭兵という存在であり、騎士とは正反対の人間だからである。


「とにかく訓練場に急ぐぞ。皆も待っているだろうしな」

「……了解しました団長」


 納得できないといった表情を浮かべたまま返事を返したべティーナは、先を歩くエイミーの背中を眺めながら心の中で呟いていた。


(薄汚い傭兵め……何でこんな奴に訓練を見せる必要があるのよ)


 だがそんな風に思われているとは知らないエイミーは、満面の笑みを浮かべながら白狼と共に訓練場へと駆け出していたのだった。








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