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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
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名誉と誇り

 城塞都市バイロイト解放のためにエイミーは少数で編成した部隊を都市内部に送り込んだ。

 その任務は本隊が攻撃を開始すると同時に、内部から王国軍に攻撃を加えて敵を混乱させるというものであった。


「バイロイト攻略戦を開始する。放て」


 漆黒の軍馬に跨るエイミーは高い城壁を険しい表情で見つめながら静かに命令を発し、それと同時に動き出したカタパルトは球体に加工された大きな石を次々と城壁に向けて撃ち込んでいた。そして城壁に激突した石はその壁に損傷を与え、城壁の上で帝国を迎え撃つ王国兵たちを吹き飛ばしていく。


「…………やはり大きな損害を与えることは出来ないか」


 しかしやはりというべきか堅牢な城壁はカタパルトによる攻撃に耐え続け、ついに王国軍側が反撃を始めたのである。城壁に備え付けられた砲台が火を噴き、大きな砲弾がエイミーたちに襲い掛かって来たのである。


「陣形を維持しろ。敵の攻撃はそこまで苛烈では無い!」


 エイミーの目の前に落下した砲弾は地面を抉り大量の土を上空へと舞い上げたが、彼女は動じる様子も無く冷静に指示を出していた。尤も攻撃を行っている砲台は全部で三十門存在。攻撃の間隔が多少長いとはいえ、エイミーの告げた苛烈ではないという言葉は嘘に等しかった。


「攻撃を城門に集中しろ! 何としても破壊しろ!」


 城門さえ破壊して内部に侵入出来れば、帝国の勝利は大きく近付く。逆に言えば破壊出来ずに時間が過ぎて行けば帝国の損害が増え攻略は不可能となる。 


(精度が上がってきたか)


 数名の騎士が吹き飛ばされたのを視界の端で捉えたエイミーは、内心で舌打ちしながらもじっと前だけを向いていた。自身の動揺は戦況を左右する。仮にその動揺で軍が崩壊すれば、内部に潜入した味方は確実に死ぬことになるのだから。


(……頼む。役目を果たしてくれ)


 内部の味方に全てを託したエイミーは、いつ降り注ぐか分からない砲弾の恐怖に耐えながらその時を待っていたが、その間にも味方の死傷者は確実に増え続けていた。



 攻撃が開始された頃、内部に潜入したディアーナたちはそれぞれが目的の場所へと向かっていた。

 砲台を制圧に向かった者。目立つ動きで敵の注意を引く者。ディアーナの役割は、敵の指揮所が置かれていると思われる場所の制圧であった。

 しかし移動を開始してすぐに、彼女たちは警戒に当たっていた王国軍に見つかってしまったのである。


「何でこんな場所に敵がいるのっ!」


 いきなりの遭遇に慌てたディアーナたちに対して、王国軍は驚くことも無くすぐに剣を抜いたのである。


「退けっ!」


 一瞬の内に衝撃から立ち直ったアレクシスは、瞬く間に最初の一人を斬り伏せた。

 それに続いてディアーナも剣を振るったが、今日の彼女は精彩を欠いており一撃で仕留めることが出来なかった。それが仇となりその王国兵は小さな笛を取りだすと救援を呼ぶために吹き鳴らしたのである。

 その音は城塞都市に響き渡り、すぐに近くにいた王国騎士や兵士たちが集まって来たのである。


「時間が無いのに!」

「落ちつけ! 慌てたところで何も変わらんぞ!」


 いつもは冷静なディアーナが焦っているのを見て、アレクシスは怒鳴るような声で一喝するとすぐに指示を飛ばした。


「お前らはディアーナ様を連れて目的地を目指せ。殿は俺が務める」

「ちょと待って。残るなら私も――――」

「目的を忘れるなっ! こんな所で戦っても意味が無いっ!」


 普段は温厚なアレクシスが一喝したことでディアーナはその体を震わせた。


「役に立たないなら引っ込んでいろっ! 邪魔だっ!」


 あまりに不甲斐ないディアーナにそんな言葉をぶつけたアレクシス。これを聞いた彼女は、アレクシスの背中を眺めながら拳を強く握りしめた。確かに彼の言うとおりだったからである。


「…………死なないでね」

「死ぬわけ無いでしょう。こんな雑兵相手に」


 ディアーナの言葉にいつも通りの口調で返事をしたアレクシス。それを聞いて気を引き締め直した彼女はすぐに残る騎士を連れてその場から去って行った。


「俺が相手をしてやる」


 目の前の王国騎士や兵士たちに睨みを利かせながら挑発的な言葉を投げかけたアレクシスだったが、彼には絶対の自信があった。それは長年に渡る騎士生活で得た経験である。


「来い若造が。本当の帝国騎士を教えてやる」


 剣を握り直したアレクシスはニヤリと笑うと、一瞬にして近くにいた敵の間合いに踏み込んでその剣を振り抜いたのだった。



 エイミーたちが攻撃を開始して二時間以上が過ぎたが、依然として敵は健在であり城門が開く様子も砲台が沈黙する様子も見受けられなかった。


「エイミー団長。もしかしたら内部に潜入した味方は全滅したのでは?」


 最悪の想像が頭を駆け巡ったべティーナが言葉を発すると、エイミーは無言で首を振ってそれを否定した。しかしそれでべティーナが納得するはずもない。何せ目の前の状況は、刻一刻と悪化の一途を辿っているのだから。


「大丈夫。策は他にもあるわ。むしろここからが本番よ」

「本番? どういうことです?」

「本当はこういう味方を騙すことはしたくなかったけれど、この地を解放するには必要だったのよ」


 静かな口調でそう語ったエイミーは、最初から彼らに全てを懸けていた。この地で抵抗を続けていた彼ら――――帝国兵たちに。


「敵は内部に帝国騎士が潜入したことにすぐ気が付くでしょう。それに元々、あの少人数で目的を達成するのは不可能に近い。私は奇跡に勝敗を委ねたりしないわ」


 どこまでも冷静に語るエイミーに、べティーナは久々に彼女の怖さを味わった気がした。戦場における彼女はどこまでも冷酷だ。味方を騙すことも厭わないのだから。


「王国軍は犯してきた蛮行の責任を取るべきだ。その地に住まう人間の怒りを買ったのだから」


 エイミーが話し終わると同時に、これまで続いていた砲撃がピタリと止んだ。そしてしばらくすると、再び砲撃は開始された。都市内部へ向けて。


「…………敵の砲撃は止んだ。全軍前へ」


 音も無く剣を抜いたエイミーは都市へ剣を向けるとゆっくりと軍馬を前へ進めた。

 そして何が起きているのか分からない騎士たちは、ただ黙って彼女のあとに従うしか無かった。

 



「…………ここは俺たちの場所だ。お前らが好き勝手していい場所じゃねぇ」


 砲台にいた王国兵を殺し尽くしたロバートは、砲台を都市内部に向けるよう周りにいた仲間に指示を出した。彼らは皆、王国兵の格好をしていたがこれらは全て、エイミーがフロスト平原で回収していた装備であった。


「あの騎士団長様は可愛い顔して考えることが本当えげつないな」


 あの日、エイミーはロバートに作戦を提案していた。それは騙し討ちを前提とした砲台の制圧であり、その砲台を利用した敵指揮所の破壊であった。そしてそれを成功させるために騎士を囮に使うと言い放ったのである。


「それにしても……騎士たちの動きまで王国側に漏らすとはやることが大胆だな」


 エイミーはわざと潜入した帝国騎士の情報を漏らして王国軍の目をそちらに向けロバートたちの成功率を上げたのである。もちろんその情報を漏らしたのはロバートたちに他ならないが、結果として彼らは容易に砲台まで辿りついたのである。


「すぐに攻撃を始めるぞ。囮になった騎士たちも助けてやらないといけないからな」 


 さすがに話を聞いた時には心が痛んだが、それもこれも全ては犠牲を最小限に食い止めこの地を解放するためであった。

 もっとも今のロバートたちにとってはエイミーが与えてくれたものの方が重要であった。


「這いずり回っていた俺たちに…………機会を与えてくれた」


 エイミーはこれまで抵抗を続けてきたロバートたちに、王国軍に踏み躙られて失った名誉と誇りを取り戻す機会を与えたのである。それと同時に彼らは正当な復讐の権利を得た。解放と言う名の復讐。それが分からないほど彼は愚かでは無かった。


「無駄にはしない。俺たちはこの手でこの地を取り戻す。放てっ!」


 ロバートの号令と同時に砲台が一斉に火を噴いた。その轟音は彼らの叫びであり放たれた砲弾は怒りでもあった。


「報いを受けろ。罪を償え。お前たちは…………俺たちの大切なものを奪ったのだから」


 この地に住まう人々の想いを乗せた砲弾はやがて王国軍の指揮所がある地域へと着弾して、それを見た帝国兵たちは大きな歓声を上げた。

 ロバートはその様子を眺めながら一筋の涙を流して空を見上げ呟いた。


「これで…………もう思い残すことは無い。もうすぐ俺もそっちに行くから」


 王国軍によって奪われた妻と娘に語りかけたロバートは、剣をしっかりと握ると全員に向かって命令を下した。


「砲台をぶっ壊せ。城門を開け俺たちの女神を迎え入れろ。これより王国のクソ共を血祭りに上げる」


 ようやく訪れたこの機会に血が滾る帝国兵たちは、大きな声を上げてその名を叫んだ。自分たちを信じて機会を与えてくれ少女の名を。


「「我らが勝利の女神エイミ=ベンフォード! 帝国騎士団長万歳!」」


 この声はバイロイト全体に響き渡り、やがては家に閉じ籠っていた住人たちもその名を叫び始めた。この流れを逃すはずが無いエイミーは、凛とした口調で全騎士に命令を下したのだった。


「突入せよ! 今こそバイロイトを解放する時だ!」


 城壁から放たれる無数の矢を掻い潜り先陣を切るエイミーは、開かれていく城門に向かって突き進んで行った。

 そしてバイロイト城塞都市になだれ込むことに成功した帝国軍は、本格的な掃討作戦を開始したのであった。






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