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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
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すれ違う想い

「そ、そんなことになっていたのか……」


 エイミーの説明を聞いた男たちは、誰もが信じられないといった表情を浮かべていた。


「フロスト平原で勝利を収めた帝国騎士団は反撃を開始しました。そしてこの城塞都市バイロイトを解放するため、こうして私たちは潜入しているのです。その中にはディアーナ皇女殿下もいます」

「皇女様が…………」

「王国軍からこの地を解放したいというのなら手を貸して頂きたい。現在行われているダリウス将軍率いる帝国軍のような力押しでは住民にも被害が出る。それでは解放する意味が無くなってしまう」


 右手を静かに差しだしたエイミーを見て、強面の男は未だに疑いの目を向けていた。あまりに都合の良い展開に怪しさを感じていたのである。


「これだけ説明してもダメですか。ではどうすれば納得するのです?」

「……お前の仲間に会わせろ。話はそれからだ」

「良いですけど、嘘だったらどうするつもりなのですか?」

「仲間には別の場所で待機してもらう。そうすれば一網打尽にはならないだろう」


 自分が一人で行くと告げた強面の男に周囲の取り巻きたちが心配する声を上げたが、そんな様子を眺めていたエイミーは思わず笑顔を漏らしていた。


「何がおかしい?」

「いえ、とても愛されている方だなぁと思っただけです。そう言えば名前は?」

「ロバートだ……あっ!」


 エイミーの無邪気な笑みを見て何も考えずに本名を告げてしまっていた強面の男。そんな彼にエイミーはもう一度右手を差し出して言った


「ではロバート。これから宜しく」

「…………まだ宜しくするかは決めていない」


 不満げな声を上げながらもロバートしっかりとその手を握り返していた。

 そして握手して感じたのは、可愛らしく小さなその手が剣を握る者の手だということだった。


「では行きましょう。時間は惜しいですからね」


 予想外の出来事に巻き込まれたエイミーだったが、帝国兵という存在を釣り上げた彼女は軽やかな足取りで動き出した。

 しかし彼女はすぐに足を止めると、ロバートに向かって深刻な表情で告げた。


「道が分かりません」

「まぁ……当然だろうな」


 間の抜けた言葉を発するエイミーに一抹の不安を覚えたロバートは、肩を竦めながら道を案内するのだった。



 エイミーがバイロイト城塞都市で帝国兵に出会っていた頃、郊外ではアレンたちが夜営を行っていた。


「マルガレータ様。べティーナ騎士長がお呼び――――ぶへっ!」


 指示を受けてアベルが天幕の中に入った瞬間、床に寝ていた白狼が彼に向かって飛びかかって来た。

 一瞬の事で理由が分からなかったアベルであったが、続いて聞こえてきた悲鳴と叫び声で自分が何をしたのかを察した。


「着替えを覗くなんて最低よっ!」

「こっち見るな変態!」

「アベル君はうちの旦那とは違うと思っていたのに……」


 複数の女性騎士が非難の声を上げ、アレクシスの妻であるアンナが困惑した声を発した。


「わ、私は何もやましい気持ちで覗いたわけでは――――ぐふっ! た、助けてぇぇぇえ!」


 言い訳無用と言わんばかりに襲い掛かる白狼。

 そんな白狼を退けてくれたのは名前を呼ばれたマルガレータであり、彼女はアベルを立たせるとその背中を押して天幕から出て行った。


「全く……少しは気を付けなさい。仮にもあの天幕は女性騎士専用なのですから」

「も、申し訳ありません」


 砂埃を払いながら小さくなって謝るアベルに、マルガレータは呆れながらも気を取り直して尋ねた。


「それでべティーナ騎士長はどこにいるの? 本部用の天幕かしら?」

「は、はい。すぐに来るようにとのお達しでしたので」

「分かったわ。じゃあ行きましょう」


 そう言ってさっさと歩いて行くマルガレータ。それを見たアベルは慌ててあとに続いた。


(こうして二人っきりで歩くのは随分と久しぶりですね。よく考えてみれば私はこの人に全部……全部見られたわけですよね)


 エミンゲル防衛戦での出来事を思い出したマルガレータは、チラッと横目で隣を歩くアベルに視線を向けた。所々抜けたアベルではあるが騎士としての実力は想像以上に高かった。それは誰もが認めているのである。


(この人……誰か好きな人がいるのかしら? よくセリーヌさんと行動してますけどまさか彼女かしら。でもそんな関係には見えないですよね…………。はっ! 私は何を考えているのでしょう)


 思考に没頭していたマルガレータは、ようやく自分がアベルの事ばかり考えていることに気付いて大きく首を振った。その様子を怪訝に思ったアベルは彼女に声を掛けた。


「どうかしました?」

「え? い、いえ。な、何でもありません」


 明らかに様子がおかしいマルガレータが心配になったアベルは、その手を掴んで再度問いかけた。


「いえ。明らかに変です。私のせいでしょうか」

「ち、違う。そうじゃなくて……そうじゃなくて…………」


(いきなり手を掴まないでよっ! 何? 何なの? 私一体どうしたの?)


 手を掴まれた瞬間、鼓動が一気に速くなったマルガレータ。もはや頭の中は真っ白で何を言っているのか自分でも分からなくなっていた。


(顔が熱いし何だか胸も苦しい。何より恥ずかしいわ。私……もしかして)


 マルガレータがある可能性に気付いたその時だった。


「ここにいたかお前たち」

「ひっ!」


 背後から聞こえてきた声に驚いたマルガレータは、そんな声を上げるとアベルの手を振り払って勢いよく振り返っていた。そこにいたのはアレンだった。


「べティーナから伝言だ。夜も遅いからやっぱり明日でいいとさ」

「あんなに苦労したのに」


 泣き言を呟き肩を落とすアベル。それとは対照的にマルガレータは誰が見ても分かるほど動揺しながら素早い動きでその場から逃げて行った。


「何をしたんだお前?」

「何ですかその前提は。何もしてませんよ…………たぶん」


 アレンの言葉に自信を持って答えられなかったアベルは、おかしな様子のマルガレータの事が気になって去った方角をじっと見つめたのだった。





「フロストで全て潰せなかったのがやはり痛いな」

「撃退出来ただけでも大戦果なのにそれは欲張り過ぎよ」

「だが防衛に当たる王国軍が三万だぞ? こっちは二万。はっきり言って厳し過ぎる。ダリウス将軍殿は期待出来ないしな」


 帝国にとってこのバイロイト解放は容易なものでは無かった。高い城壁に囲まれてた城塞都市は防衛する王国側に有利であり、また帝国は住民の犠牲を最小限に止める必要もある。制約の多い帝国は戦う前から不利な条件にあるのである。


「何か良い方法はないのか?」

「簡単に見つかるのなら苦労しないと思いますよ」


(これが皇女とは…………何だが親近感が湧くな)


 腕を組みながら険しい顔でアレクシスと話し合っているディアーナ。彼女はエイミーが連れてきた一介の帝国兵を前にしているのだが、飾ることなく素の表情で話し込んでいたのである。


「エイミーは何か無い? この状況を覆す作戦」


 行き詰った会話の矛先をディアーナがエイミーに振ると、一同の視線は一斉に彼女に集中した。


「あるわよ。でもそれは……ディーたちには出来ない」


 珍しく言葉を濁したエイミーの言葉を聞いて、その場にいた全員が怪訝な表情を浮かべた。そんな様子をしばらく観察していたエイミーは重い口を開いて告げた。 


「敵の目を撹乱すればいい。誰が味方で、誰が敵なのか分からないようにね」

「どういうこと?」


 言いたいことが理解出来なかったディアーナとは違い、アレクシスとロバートはすぐにエイミーの言いたいことを理解した。それは武を誉れとする帝国においては禁じ手であり、著しく名誉を損なう行為でもあった。


「つまり……王国軍の中に紛れて戦うということですね。偽装して」

「騙し討ちじゃない!」


 勢いよく立ち上がった衝撃で椅子が大きな音を立てて床に倒れたが、ディアーナは気にすることなく目の前のエイミーを見つめていた。その目はそんなことは絶対に許さないと告げていた。


「それは騎士の名誉を汚す行為よ! 何より道理に反するわ!」

「確かにそうね。でも王国軍を混乱させることは出来る。力押しは出来ない。数も足りない。他にどうしろというの? 少なくとも混乱させれば勝機はある。この地を解放する機会が生まれるのよ」

「でも……それは……」


 エイミーの言葉にディアーナは口ごもりながら何とか反論しようと試みる。しかし――――――。


「私たちは騎士ごっこをしているわけじゃない。人の命が懸かった戦争をしているのよ。名誉と人命なら、迷わず人命を選択するべきだ」

「っ! そんなこと…………言われなくても分かってるっ!」


 痛いところを突かれたディアーナは悲鳴にも似た声で叫ぶと、その部屋から出て勢いよく飛び出して行ってしまった。


「……様子を見て来る」


 重苦しい雰囲気の中、アレクシスは静かに立ち上がるとそう言って部屋から出て行った。出て行く直前に彼と目が合ったエイミーはすぐに自分の発言が失言だったことに気付いて顔を顰めた。

 これまで懸命に戦ってきたディアーナに騎士ごっこと告げたのだ。それがどれだけ彼女の誇りと名誉を傷つけたかは考えるまでも無かった。

 だがそれと同時にエイミーは違うことを考えていた。


「…………ごめんねディー。でも私にとっての名誉や誇りは違うのよ」


 そんな言葉を小さな声で呟いたエイミーは、残っていたロバートに視線を向けると真剣な瞳を向けて尋ね、これを聞いたロバートは少しだけ考えてからそれに答えたのだった。

 それから数時間後、アレクシスはディアーナを連れて戻って来たが、彼女の目は真っ赤であり泣き腫らした痕がくっきりと残っていた。とりあえずエイミーが謝罪をしてその場は治まったが、翌日から二人は何となくお互いを避けるようになっていた。


「あの二人、少し様子がおかしくありませんか?」


 潜入から帰って来た二人を見てその雰囲気の違いを瞬時に察した女性陣に、アレクシスは起きた事を簡潔に告げた。これに大半の女性陣はエイミーを非難する声を上げたが、一番年上であったアンナが疑問を呈した。


「私はディアーナ様が名誉や誇りを履き違えていると思うわ。あなた達も」

「どういうことです?」


 ムッとしたミリアムが少し強い口調で尋ねると、アンナはそれに答えず逆に全員に質問していた。


「あなた達はどうして騎士になったのかしら? それを考えればすぐに分かると思うわ。少なくとも私はエイミー団長の考えに賛成よ。まぁ彼女は現実的なのよ。悲しいくらいね」


 大人として意見を述べたアンナは寂しげな表情で微笑むとその場から立ち去って行き、残された女性騎士たちは彼女の言葉の意味を真剣に考えたが、結局それが何だったかは理解出来なかった。

 

 そして何となく重い雰囲気が漂う中、ついにバイロイト城塞都市を解放する作戦が始まったのである。






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