抵抗を続ける者たち
(…………考え事をしているとはいえ迂闊だった。どうして気付かなかった)
不意を突かれ殴られて意識を失ったエイミーは目を覚ますと同時に自分の愚かさを嘆きながら、置かれた状況を把握するために周囲を冷静に観察した。
そこは家具も小物も殆ど何も無い部屋であり、そんな部屋の中央で両手をロープで縛られ天井から吊し上げられていた。正直言って騎士団長としては情けない姿である。
(この格好はちょっと恥ずかしいから早く下ろしてもらいたいけど……。見張りもいないとは)
何だか無視されているようで沸々と怒りが込み上げてきたエイミーは、少しだけ大きな声を上げて叫んでみると、すぐに部屋のドアが開いて複数の人間が入って来た。どうやら彼らはドアの外で何かを話していた様子だった。
「目覚めたみたいだな。王国の騎士様」
完全に敵意と憎悪を向ける目の前の人物は、エイミーを見て開口一番そんな声を吐きだした。確かに今のエイミーは王国騎士の格好をしているため、勘違いされても文句は言えなかった。
「えぇお目覚めです。それよりも下ろしてもらえません?」
「いい気になるなよ? こっちは恨みが溜まってるんだ」
「恨みが溜まっているのは分かりましたが、私でどうやって晴らすおつもりですか?」
わざと挑発気味に言葉を返すエイミーに、目の前にいる男の取り巻きが下卑た笑みを浮かべて告げた。
「言わなくても分かってるだろう」
その手の表現を見てエイミーは今日何度目か分からない大きなため息を漏らした。
「そういう卑猥な表現は止めてもらえます? 酒場の一件といい、もはや男性不信になりそうですよ」
「酒場の一件?」
目の前の男が興味を示したため、エイミーは酒場の一件を簡潔に説明してやった。それを聞いた目の前の男はすぐに疑問を口にした。
「君は王国騎士だろう。何で店員を助けた?」
「見ていて不愉快だからですよ。それに私は王国騎士ではありませんから」
「なに?」
エイミーの最後の言葉を聞いた瞬間、目の前の男は明らかに動揺した様子を見せた。これを見逃さなかったエイミーは交渉の余地ありとしてさらに言葉を続けた。
「どうやら誤解があるようなので、お互い対等な立場でお話しましょう。私の体だけが目的ならどうにもならない話ですが。その場合、私はあなた達を酒場の王国兵と同じ人間だと認定させていただきます」
「だ、だが誤解というが…………君の話に嘘が無いとは限らないだろう」
交渉を有利に進めるエイミーは、最後のひと押しにこう告げた。
「嘘だった場合は私の体をお好きにどうぞ。そういうの殿方はお好きなのでしょう? そもそも武器すら取り上げられた小娘の騎士が怖いのですか?」
傍若無人な王国兵と一緒にされたくない目の前の男は、悩んだ挙句に隣にいた男に縄を外すよう指示を出し、ようやく吊るし上げから解放されたエイミーは手首に残る痛みを振り払うように何回か手を上下に振ると、目の前の男たちに視線を向け満面の笑顔で感謝を告げた。
「皆さまは紳士ですね。安心しました」
その愛らしい笑顔を向けられた男たちは、すぐにエイミーから視線を外して軽く咳払いした。それは恥から湧き上がった感情だった。彼らはこんな愛らしい笑顔を浮かべる純粋そうな少女に抱いた欲望を恥じたのだ。
「それで…………誤解とはどういうことか説明してもらおうか?」
(それでも殺気は消えないか。これは冗談抜きに危険な状況ね)
エイミーは目の前の男の話を聞きながら周囲に視線を配らせそんな感想を抱いた。部屋にいるのはエイミーを含む七人で、彼女以外は全員が腰に剣を吊るしていた。
(この人たち…………もしかして帝国兵か?)
相手の正体に何となく気付いたエイミーは、少し考えてから尋ねるように言葉を発した。
「バイロイト城塞都市の防衛を任されていた帝国軍兵士は全て逃げ出たのかと思っていましたが?」
これを聞いた目の前の男――――強面の男性が不満顔でそれに答えた。話によれば王国軍の接近を聞いた帝国軍指揮官であった貴族が撤退命令を聞いて我先にと逃げてしまった結果、兵士たちは散り散りになってしまったとのことたっだ。
「貴族の連中が逃げ出さなければまともに戦えた。兵士が逃げ出すことも無かったんだ」
「どうしてあなたたちは逃げなかったのです?」
素直な疑問を口にしたエイミーに、強面の男性は怒りの籠った視線を向けながら答えた。その理由は本当に単純なものであった。
「ここは俺たちの生まれた場所だ。家族を置いて逃げれるか? 知り合いを見捨てて逃げれるか? 王国軍が何をしてきたか王国騎士なら知ってるだろうがっ!」
最後は勢いよくテーブルを叩いて怒鳴り声を上げた強面の男。彼はこの数週間、その目で王国軍の蛮行を目の当たりしてきたのだから、それは当然の反応だった。
「俺たちは家族を守るためにここに残った。だが…………何も出来ない。お前らの方が数も多いし能力も高い。元々、経験も無い俺たちが何をしても無駄だったのさ。あんた……さっき酒場の話をしたな。俺は目の前で妻と娘を穢された。そして二人は穢された事を恥じて自殺した。お前らは悪魔だ。俺たち帝国の人間を虫けらだと思ってやがるっ!」
話しているうちに怒りが頂点に達した強面の男は、剣を抜くとその剣先をエイミーの首筋に当てた。
「俺たちは王国の人間を許さないっ! 例えあんたみたいな女だろうと、殺せるなら殺してやるさっ!」
強面の男性が手に力を込めてエイミーの首筋に当てると、その白く綺麗な首筋から薄らと血が滲みだしてきたが、エイミーは顔色一つ変えることなく目の前の男を無言で見つめていた。
これに苛立ったのは強面の男性の方であり、彼は声を上げて叫んだ。
「命乞いをしろよっ! 殺されるんだぞ! そんな顔じゃ俺たちの復讐心は満たされないっ!」
「復讐心……ですか」
強面の男性が吐き出した言葉を聞いたエイミーは、小さな声で呟くと静かな口調で語り出した。その想いは十分に理解出来たからである
「私にも復讐したい相手がいます。私の祖国を滅ぼして家族を奪った憎き侵略者。えぇ……心の底から殺したい。一人残らず、この手で全てを滅ぼしてね」
地を這うような低い声に憎しみが籠った瞳で不気味に笑うエイミーに、彼らは心の底から恐怖を感じていた。そして本能が警鐘を鳴らす。この少女に敵対すれば殺されると。
「でもそれは意味が無い。復讐したところで何も返って来ない。虚無感を募らせるだけ。だから私は決めた。彼女たちの意思を引き継ぐと」
エイミーは向けていた殺気を消すと、男たちを見回してはっきりとした口調で告げた。
「復讐には手を貸さないけれど、この地を王国軍から解放したいというのなら手を貸してあげるわ」
「だ……騙そうたってそうはいかねぇぞ! 王国騎士の言葉なんて――――」
未だに理解しない取り巻きの言葉に、エイミーはテーブルを力強く叩き突けると凛とした声で自分の正体を明かした。それは男たちを黙らせるには十分なものであった。
「私は王国騎士では無い。よく聞け帝国兵。我が名はエイミー=ベンフォード=ステラ。栄えある帝国五大貴族の一人にして、この帝国騎士の全てを従える帝国騎士団長である。私に剣を向けることは、皇帝陛下に剣を向けることと同じだと知れっ!」
力強く言い放ったエイミーは唖然とする男たちに選択を迫った。言葉を信じずにこの場で殺すか、それとも信じて共に戦うかを。
その頃、隠れ家で忙しなくウロウロするディアーナは夕暮れを過ぎても帰って来ないエイミーを心配していた。一方でそんな彼女の様子をアレクシスは椅子に座りながら無言で見つめていた。
「遅い……。いくら何でも遅いわ」
「もう少し待とう。それにこの時間に出歩くのは危険だ」
今にも飛び出して行きそうなディアーナを諌めるように言葉を口にしたアレクシス。さすがの王国軍も夜には巡回を行っていた。潜入している今は迂闊な行動は避けるべきなのでる。
「今のところ王国軍に目立った動きは無い。待っていれば帰って来るさ」
「分かっているわっ! でも彼女を失ったらこの国の未来が閉ざされてしまうのよ!」
アレクシスの言葉にディアーナは口調を強めて答えた。それくらいの事は彼女にだって理解出来ることだった。今いるのは敵地であり、正体が露見すれば最後なのである。
だがいくら頭では理解していても心が納得出来ないのである。いつの間にか彼女は拳を強く握り唇を噛みしめていた。
「……ディアーナ様はエイミー団長の事をどう思っているのですか?」
「こんな時に何の話よ! ふざけるのも――」
ここ最近の噂に嫌気が差していたディアーナは声を荒げて声を発してしたが、アレクシスの表情を見てその先の言葉を中断した。その表情がいつもの茶化す様なものでは無く、本当に真面目な表情だったからである。
「…………特別な存在かしら」
しばらくアレクシスの瞳をじっと見つめていたディアーナは、椅子に腰を下ろすとそんな言葉を口にした。それに何も言わないアレクシスを見て、彼女は話を続けたのだった。
「彼女のお陰で私の世界は大きく広がったわ。もしも彼女に出会わなかったら、きっと私は何も知らないまま一生を終えたでしょうね。それこそ皇女としても、騎士としても何も出来ずに一生を終えた。だから彼女には感謝している。何というか……上手く説明出来ないけれど、彼女は私にとってかけがえのない存在なのよ。その……変な意味じゃなくて」
最後は少しだけ恥ずかしそうに言葉を紡いだディアーナ。そんな彼女の話を最後まで聞いていたアレクシスはこれまでの二人を見て感じていた事を彼女に告げた。
「私から見てお二人は相思相愛に見えます。もちろんこれに変な意味はありません。ただお二人が話している様子を見ると、心の底から互いを信頼しているように見えます」
アレクシスはそう語りながら心の中であることを考えていた。きっと二人で話している時の彼女たちは、肩書も身分も気にせずその人自身を見て言葉を交わしているのだろうと。
「確かにそうかもしれません。私は彼女を信頼しています」
自分の言動を振り返ってみたディアーナは、すぐにアレクシスの言葉を肯定してみせた。エイミーと話している時は皇女という立場を気にすることなく、未来への希望や不安など思ったことを素直に口にしていたからである。それはきっと、エイミーがディアーナの事をディアーナとして見ていてくれるからである。
「そうか…………。だから私は恐れているのですね。彼女を失うことを」
ディアーナにとって一番重要なことは、帝国の未来が閉ざされてしまうことでは無い。ディアーナを一人の個人として見てくれる理解者がいなくなってしまうことが一番重要なのである。それに気付いた彼女は、俯くと両手で顔を覆って言葉を紡いだ。
「国を守る立場の人間が自分を優先するとは……何と情けない」
「誰だって自分を理解してくれる人間を失うことは怖いでしょう」
アレクシスの言葉に思わず顔を上げたディアーナに、アレクシスは大人として彼女に告げた。
「完璧な人間などいません。だから私たちは手を取り合うのでしょう。それに大切な人を心配するのは人として当たり前です」
「そう……ね。ありがとう」
珍しく大人な態度を見せるアレクシスにディアーナは視線を逸らしながらお礼を述べると、大きく一度深呼吸してから言葉を吐きだした。
「冷静にならないとダメね。私のせいで作戦が失敗したらそれこそ意味が無いものね」
自分自身の気持ちに気付いて落ち着きを取り戻したディアーナ。それを優しげな笑みを浮かべながら見守っていたアレクシスは、ふと思いついたことを口にした。
「もしかしたらエイミー団長は、大きな魚でも釣り上げているのかもしれないぞ?」
意味が分からず首を傾げたディアーナに、アレクシスは今日一日バイロイトを巡って仕入れた情報を彼女に伝えた。抵抗を続ける者――――帝国兵の存在を。




