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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
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バイロイト城塞都市

 城壁に囲まれた帝国南部へ到る要衝『城塞都市バイロイト』

 その要衝たる城塞都市を守護していた平民で組織された帝国軍は将軍であるダリウス=カルヴァートの指示を受けて迫っていた王国軍と戦うことなく城塞都市を放棄。その結果、城塞都市は瞬く間に王国軍によって占拠されたのであった。

 最初の頃はライナス王太子が滞在していたから良かったが、彼が帝都に向けて進軍を開始するとすぐに残った王国軍の態度は一変したのだった。


「ちょ、止めて下さい。放してっ!」

「いいじゃないか。たっぷりと可愛がってやるよ」


 城塞都市にある酒場では昼間から酒を楽しむ兵士たちが女性の店員に手を出していたが、それを止める住人は誰もいなかった。誰もが怒りを押し殺しながら見えないフリをしていたのである。


「ここまで酷いとは……呆れたものだな」

「そうね。はっきり言ってどうしようも無いわね」

「………………くっ。許せん」


 酒場の一番隅に座る三人組みの騎士はその光景を苦々しく見つめていた。

 特に一番最後に言葉を吐き出した栗毛の人物は、今にも斬りかかりそうな雰囲気を放っていた。


「斬りかかったらダメよ。堪えて頂戴」

「だがこのままでは彼女が…………」


 もはや我慢の限界だといったその女性騎士が剣に手を掛けたのを見て、ブロンド髪の女性騎士は大きく息を吐くと立ち上がった。

 そんな行動に屈強な男性騎士と栗毛の女性騎士は、怪訝な表情で彼女を見上げた。


「何とかして来るわ。とにかく動かないでね」


 そう呟いたブロンド髪の女性騎士は、ゆっくりとした足取りで王国軍兵士のそばへと歩み寄って行った。


「お願い止めてっ! 嫌だっ! 見ないでぇぇぇぇえ!」


 服を斬り裂かれて露になった肢体を、涙を零しながら必死に声を上げながら両手で隠す女性店員。だがそんな台詞も王国軍兵士の欲望を煽るものでしかなかった。


「ひくっ……お願い…………止めて……下さい」


 テーブルの上に押し倒された女性店員は最後の抵抗を試みるがそれは無意味な行為だった。


「お互い楽しもうぜ。なぁ?」


 狂気を含んだ笑みを浮かべる王国軍兵士の一人が、その女性店員の胸を鷲掴みにしたその時だった。


「それが誇りある王国軍のやることか?」


 凛とした女性の声が酒場に響いたのである。行為を止めた王国軍兵士たちは、すぐに声のした方へと顔を向けた。

 そこに立っていたのは、長いブロンドの髪が目を引く若い女性の王国騎士であった。


「同じ女性として見ていて不愉快だ。すぐにこの場から立ち去れ」


 高圧的な物言いをするその若い王国女性騎士に対して、酔いの回った兵士たちはすぐに威圧的な言葉を返してきた。


「何だてめぇは! こっちはお楽しみ中なんだ。不愉快ならそっちが出て行けよ」

「そうだそうだ。邪魔者は引っ込んでろっ!」


 あまりにも兵士とは思えない台詞に若い王国騎士は大きく肩を落としてため息を吐いた。そしてすぐさま剣に手を掛けると鋭い視線を向けて言葉を発した。


「失せろと言っている。それとも殺されたいか? 騎士に楯突いた罪は重いぞ?」


 圧倒的な威圧感を放ち騎士階級をチラつかせた若い王国女性騎士の言葉に、王国軍兵士たちはすぐに黙り込んだ。

 ただの平民である兵士が騎士に楯突くことは王国では処罰の対象であり、それを彼女は知っていたのである。


「……分かったのなら失せろ。失せるならこの件は報告しないでやる。これが最後のチャンスだぞ?」


 ここで処罰を受けるのは割に合わない。そう判断した王国軍兵士たちは捨て台詞を吐きながら酒場から出て行った。

 それを見送った若い王国女性騎士は、表情を元に戻すと様子を窺っていた仲間に視線を向け言葉を発した。


「外套を貸してくれ」

「どうぞ」


 放り投げられた外套を受け取った若い王国女性騎士は、床に座り込み切り裂かれた服の切れ端で体を隠す女性店員に視線を合わせ、女性店員は目の前の王国騎士に怯えた視線を向けた。

 なぜ助けてもらえたのかが理解出来なかったからである。


「これを着なさい。その格好では帰れないでしょうから」


 静かな口調で語りかけた若い王国女性騎士は、外套を羽織らせるとその女性店員の頭を優しく撫でた。最初は戸惑いを見せた女性店員だったが、やがてその外套を両手でしっかりと握り締めるとボロボロと泣き出したのであった。


「もう大丈夫。大丈夫だから安心して。もう終わったから」


 女性店員をしっかりと抱き締めた若い王国女性騎士は、彼女の頭と背中をゆっくりと撫でながら何度も何度もそう言葉を掛けたのだった。




「で、ここをどうやって落とす?」


 酒場をあとにした三人は城塞都市を歩きながらしばらく無言だったが、やがて一人の騎士がそんな言葉を小声で呟いた。

 それは王国騎士の格好をしたアレクシスであり、彼は同じように王国騎士の格好をしたエイミーとディアーナに策を尋ねていたのである。


「落とすだけなら簡単でしょうね。バイロイトを大軍で包囲。カタパルトで昼夜問わず攻撃。相手が疲労してきたところを一気に強襲。これだけ統率の無い軍ならそれだけで十分よ」

「でもそれは住民の犠牲を考えなければの話でしょ?」


 その作戦に声を上げたディアーナに、エイミーは正解と答えると途端に厳しい表情を浮かべた。


「さすがは要衝バイロイト城塞都市。守りに入られると攻めにくいわ。本当、ここを放棄した連中を殺してやりたいくらいだわ」


 防衛を任されていた帝国軍に怒りを覚えていたエイミーは笑いながら冗談のつもりで声を上げたが、それを聞いていた二人には冗談には聞こえなかった。なぜなら彼女の目が笑っていなかったからである。


「だが確かに守りに入られると厄介だな」


 王国軍は住民の被害など気にしなくても済むが帝国側としてはそうはいかない。同じ国の住人に被害を出す作戦は取れないからである。

 故に大量のカタパルトを使って王国軍を攻撃する方法は使えないのである。それは一歩間違えれば、住民すら巻き添えにする方法だからである。


「……城門は最悪、魔法でぶち破るとして。問題はやはり住民よね。切羽詰まった王国軍が住民を盾にしたり虐殺したりしたら目も当てられないわ」

「あの状況だとそれがありそうで怖いな。では内部から切り崩すのはどうだ? 現に俺たちは城塞都市内部に侵入出来てる」

「少数なら大丈夫でしょうけど、大勢は無理でしょうね。でも悪くないわ。選抜した少数精鋭で、外からの攻撃と合わせて撹乱する。カタパルトや魔法で破壊しまくるよりは確実かもしれないわね」


 腕を組んで考え込むエイミーは頭の中で作戦を組み立てた。


「となると、あとは王国軍がどの様にこの城塞都市に展開しているのかが問題ね。敵部隊を的確に潰せればそれだけ有利になるわ」

「では手分けして情報収集に当たりましょう。夕暮れに隠れ家で合流ということで」

「そうね。そうしましょう。じゃあ分担を決めましょう」


 すぐに城塞都市を三分割した三人はそれぞれ担当場所に散って行った。その別れ際、ディアーナはエイミーに向かって注意を促した。


「強いのは知っているけれど気を付けてね。あなた、今魔法が使えないのだから」

「自分の事は分かっているわ。ディーも気を付けて」


 そう言って送り出したエイミーはふと自分の手を見つめた。一年に一回、一週間の間エイミーには魔法が一切使えない時期が訪れる。なぜかは分からないが、それは前触れも無く訪れるのである。お陰で今はフレイヤもおらず、女神の力も行使出来ないのである。ただしその期間が過ぎると、エイミーの体には再び魔力が宿るのである。それも意識して押さえないと溢れ出てしまうほどの膨大な魔力が。


「本当……不便よね」


 大きく肩を落としたエイミーはそのまま歩き出すと自分が担当する方角へと足を向ける。

 そこは城塞都市でも王国軍が少ないと思われる寂れた場所であったが、そこには王国軍では無い者が存在していた。

 そしてその存在は王国軍に敵意を向ける者たちであり王国騎士の格好をしたエイミーに敵意を向けていたのだが、今の彼女はそれに気付く事が出来なかった。


「……ダリウス=カルヴァート。何と無謀なことを」


 城塞都市に轟く砲声を聞いて、エイミーは眉を吊り上げながらそんな言葉を呟いていた。


「正面から突っ込んで攻略出来る城塞都市では無いと理解しているでしょうに」


 ダリウス=カルヴァート率いる帝国軍の総攻撃はエイミーたちが潜入したその日から開始されていたが、彼らは明らかに砲台によって効果的な攻撃を行う事が出来ないでいた。

 そもそも強力な火力を誇る砲台を備えた城塞都市を力押しで攻略しようと考えること事態が無謀なのである。


「これでは兵に犠牲が出るばかりなのに。何を焦っているの?」


 権力というものに執着が無く帝国貴族事情にも詳しく無いエイミーにとって、ダリウスの焦りは理解出来ないものであった。

 尤も彼女がそれを理解したとしても鼻で笑うのがオチであった。何せ今は国内で権力を争っている場合では無いのだから。


「彼が内部の状況を見たら怒り狂うでしょうね」


 内部に立て籠る王国軍の大半が防衛戦には参加しておらず、酒を飲んでは傍若無人な振る舞いを繰り広げている。はっきり言ってしまえば、ダリウス率いる帝国軍は相手にされていないのが現実であった。


「隙はある。問題は……その方法か」


 薄暗い裏通りを歩いている事を忘れ考えを巡らせていたエイミーは、いつもならすぐに分かるはずの気配に気付かなかった。

 そしてそれに気付いたのは背後で音がした時であり、既に何もかもが手遅れであったのだった。


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