新生騎士団長
フロスト会戦から四日後のこの日、謁見の間には様々な感情を持つ者が集まっていた。期待で心躍らせる者。笑顔でその時を待つ者。敬意を感じている者。嫉妬に顔を歪めている者。憎悪を滾らせる者などである。
だがそんな感情に関わらず彼らに共通することは、ただ一人の少女を待っているということだった。
「皇帝陛下ヘルムフリート=ハウゼン=ザールラントに対して敬礼!」
親衛隊長フランツが号令を掛けると謁見の間にいた全員が玉座に座ったヘルムフリートに対して見事な敬礼を行った。
彼は右手を軽く上げてそれに応えると、その玉座から全員を見回しながら口を開いた。
「思うところはあるだろう。だが彼女は北部では蛮族を討伐して、フロスト平原では王国軍の指揮官であったライナス王太子を討ち取るという戦果を上げた。彼女以外に適任者はいないと余は考える。だが反対する者がいるのならこの場で申してみよ。以後は一切認めない」
この言葉に謁見の間の空気が一瞬だけ揺らいだ。皇帝の決定に反対する最後のチャンスを与えられた道楽貴族たちが、互いに顔を見合わせ動き出そうとしたのだ。
しかしそんな一瞬の変化を感じ取った一人の人間が、先手を取って皇帝の前へと歩み出て跪いたのである。
「ヴォルムス侯爵ウォルター。お前は反対なのか? 理由を述べよ」
前へ歩み出たのは五大貴族のウォルターだった。
先の戦いでは彼女と共に戦い、その才能を目の当たりにして惚れ込んでいた彼が反対するのは、道楽貴族たちにはあまりに意外なことだった。
「はっ。では恐れながら申し上げます。彼女は若い。若い故に侮る者も出て来るでしょう。それは結束して戦わなければならない今、不利な状況を作り出すかもしれません。また彼女は女性です。騎士団長が女性という例は帝国には存在しません。そしてそれが王国軍に伝われば、奴らは間違いなく騎士団長に狙いを付けるでしょう。若くて女性の騎士団長。それは帝国の弱点になりかねないと判断します」
スラスラと反対意見を述べたウォルターの言葉を興味深そうに聞いていたヘルムフリートは、やがて確かにと大きく首を縦に振ってそれを肯定したが、その後すぐに反論を口にした。
「彼女が若いならお前たち五大貴族がそれを補佐すればいい。そして何事にも最初はある。これを機に今後は女性にも騎士団長という選択肢が生まれるだろ。なにより、王国軍が騎士団長を狙うというのなら、それは我が軍にとっては好都合ではないか。騎士団長が率いるのは主力の軍に向かってくるのだから」
当然の意見を口にするヘルムフリートにウォルターは無言でそれを肯定すると、元いた場所へと戻って行った。
これには同じような事をもっと大げさに主張しようとしていた道楽貴族たちも呆気に取られてしまい、もはや何も言えなくなってしまったのであった。
(あのジジイ…………。わざと先手を打ちやがったな)
成り行きを見守っていたアレクシスは心の中でそんなことを思うと小さく笑みを浮かべた。
そんな彼の脇腹を隣で立っていたアンナが肘で小突いた。
「ちょっとは真面目にやりなさい」
「分かった分かった」
妻の小言に軽い口調で返したアレクシスは、すぐに真面目な表情を作りなおして皇帝に視線を向けた。
「反対する者はいないようだな。ではこれより就任式を執り行う」
ヘルムフリートが高らかに宣言すると、親衛隊騎士が謁見の間の大きな扉を開いた。
そこから現れた少女は堂々とした足取りで赤い絨毯の上を歩いたが、その姿に誰もが言葉を失っていた。
「…………なっ……」
誰もが言葉を失う理由。
それは現れた少女が、騎士服で無く漆黒のドレスを着ていたからである。しかも帝国では見ないキャミソールタイプの腕や肩や胸元や背中を大きく露出したもの。 普通ならここで、誰かが不謹慎だと声を上げてもおかしくは無かったが、そんな言葉を吐き出せる人間など一人もいなかった。
「…………酷い……」
露出された肌を見て、誰もがそんな感想を抱いた。白くて綺麗できめ細やかな肌。良く見れば確かにそんな部分もあるが、その大部分はすでに失われていた。至る所に残る生々しい傷跡。何よりその大きく露出した背中は、酷く焼け爛れており目を覆いたくなるほどであった。
実際、表情を隠すことに長けているはずの貴族たち――特に夫人たちはあからさまに顔を背けていた。同じ女性として見るに堪えないといった気持ちなのだ。
しかしそんな視線や感情を向けられても少女は顔色一つ変えることなく皇帝の前まで進み、やがて目の前に立つと静かに跪いて頭を垂れた。
「…………酷い傷だな」
同じように動揺していたヘルムフリートが吐き出した言葉に、少女はその体勢のままはっきりと強い意志を込めながら答えた。
「この受けた傷の分だけ、私は誰かを守れたと自負しております。戦場を生きる者としてこれほど名誉なことがありましょうか。この傷は私の誇りなのです陛下」
「……なるほど。では余はお前に相応しい身分を与えることにする」
少女の言葉で少しだけ迷っていた想いを完全に捨て去ったヘルムフリートは、腰の剣を抜くと少女の肩に添えた。
「エイミー=ベンフォード=ステラ。その名誉と誇りを忘れることなく、騎士の長として行動せよ。そしてこの国難を打開して帝国の平和を取り戻せ。余はそなたに帝国騎士団長という剣を与える」
「……我が名誉と誇りに懸けて、その剣を正しく使うことを誓います。そしてこの帝国に新たな繁栄をもたらすため、平和を取り戻すことをお約束します」
短いやり取りを終えた少女――エイミーは立ち上がるとすぐに振り返った。
そしてその光景を眺めていた貴族たちを見据えると、静かな口調で語り始めたのだった。
「私は知っています。家族を失うことがどういうことなのか。愛する者を失うことがどれ程悲しいことなのかを」
貴族たちを前に語るエイミーの姿を眺めていたディアーナは、彼女の姿に思わず見惚れていた。
そこにあるのはいつもの強気な表情では無く、美しい顔を苦悶に歪めて切実に訴える彼女の姿であり、敵意を向けていた道楽貴族たちも同じだった。
「今この帝国では多くの民が絶望に苛まれています。王国軍の蛮行によって。それを許すことが出来ますか? 恥ずかしい話ですが、私はかつて戦場で襲われかけたことがあります。屈強な四人の男に抑え込まれ抵抗すら出来ませんでした。幸いにも寸前のところで助けが来ましたが、今でもそれを思い出す度に恐怖を感じます。どうか想像して下さい。それが愛する者なら、自分の子供なら、最愛の妻なら、あなた方は怒りを感じませんか?」
どこか諭す様な口調で語りかけるエイミーは、両手を組むと胸の前に持ってきた。貴族たちの目には、祈りを捧げているように映った。
「怒りを感じているというのなら、どうかこの私に力をお貸し下さい。先ほども申し上げた様に、私は所詮は女です。抑え込まれてしまえば太刀打ちできません。そして若輩者でもあります。帝国を支えてきた貴族の皆さまのお力が無ければ何も出来ません。思うところはあるでしょう。ですが今は、どうかこの帝国のため、絶望に苦しむ民のためにどうかそのお力を私にお貸し下さい。お力をお貸し下さるのなら、私はこの命を懸けて責務を果たして見せましょう」
エイミーが話し終わると謁見の間は沈黙に包まれた。
しかしこの場に無用な言葉などはもはやいらず、その行動を最初に起こしたのは騎士の一人としてその場に立つディアーナだった。
彼女はその場で跪き頭を下げると簡単な言葉を上げたのだった。
「新生帝国騎士団長エイミー=ベンフォード万歳!!」
皇女であるディアーナの行動は、すぐさま他の貴族たちに伝播していった。跪き、帝国騎士団長万歳を叫ぶ貴族と騎士たち。
それをしばらく眺めていたエイミーは決意を固めると大きな声で叫んだ。
「帝国騎士団長エイミー=ベンフォード=ステラが命ずる。我が旗の下に参集せよ。帝国解放の旗の下に。今こそ反撃の時である!」
高らかに宣言したエイミーに反対する者は誰一人いなかった。
ここで反対する者は帝国の敵。そんな空気が謁見の間には流れていたのである。
「ねぇ……襲われかけた話は本当なの?」
帝都を一望できるバルコニーでエイミーと会話していたディアーナは、ふと思い出して少し躊躇いながらもそう口を開いた。
「本当よ。でもあれは私が迂闊だったの。戦場で下着姿だったんだから」
「はい?」
どうして戦場で下着姿なのか理解出来ないディアーナが疑問の声を上げると、エイミーは小さく笑って言葉を紡いだ。
「正直、生きることを諦めかけていたわ。四人の男に抑え込まれて何も出来ない。心の中で思ったわ。『私はこいつらの慰みものになるんだ』てね。実際、あの時ライアンが迷い込んで来なければ私はそうなっていたでしょうね」
そう言ってエイミーはそばでじっと座っていた白狼の頭を優しく撫でた。白狼はそれが嬉しいのか、少しだけ目を細めながら彼女を見上げていた。
「南部では今もそんな状況が続いているわ。むしろ指揮官を失ったことでさらに悪化したかもしれない」
「そうね…………。王国軍の全てがそうではないのでしょうけど、やはり無意味な虐殺や略奪は何としても防がないと」
「そのためには早急に王国軍を帝国から追い出す必要があるわ。時間が掛かれば、それだけ犠牲者が増えるわ」
「…………早く終わりにしたいわね」
戦争の終結を願いながら夜空を見上げた二人は、もう一度互いに誓い合った。
「守りましょう。この国と民を」
「もちろん。私は帝国騎士団長ですから。守って見せますとも」
互いに心からの笑顔を見せ合った二人は、拳を突き合わせると同じ言葉を口にした。
「「この手で帝国の解放を」」




