フロストからの変化
◆レアーヌ王国 王都バンテオン◆
「これは一体どういうことだっ! 諸君たちは勝算が合って戦争を始めたはずだ。実際、開戦三カ月までは順調だった。だが今や王国軍は敗北を続けている。それもあのフロストで敗戦してからだ。しかもライナス王太子殿下まで失ってだ」
国王が列席する御前会議の場で怒りの声を上げるアルフォンス。あの敗戦以降、王国は各地で敗退を重ね続けていた。そして今日、報告にやって来た新興貴族たちは増援を要請したのである。
「諸君らは開戦前の御前会議で言った。十万の軍勢で足りると。それが今になって増援要請だと? そもそも諸君らが計画通りに行動していればこんなことにはならなかった!」
「そ、それは――――」
アルフォンスの怒りに気圧された新興貴族の一人が言い訳を口にしようとしたが、それはすぐにアルフォンスの背後に控えていたクラリスによって遮られた。
「フロストでの敗北後、我が装甲騎士団は帝国各地の前線に調査隊を派遣しました。正直言って、私は耳を疑いました。占領地での略奪に虐殺行為。住民女性や投降した女性騎士に対する強姦。とても統率のとれた軍とは言い難いと。寧ろそれが推奨されているようだと」
「そんな推奨はしていない!」
クラリスの話を慌てて否定する新興貴族たち。確かに彼らはそれを推奨したわけでは無かった。ただしそれを咎めることもせず、見て見ぬフリを続けていたのである。そんな彼らに、アルフォンスは厳しい視線を向けながら話を続けた。
「今さら推奨したか、しなかったかは問題では無い。問題なのはそれが当たり前の様に行われた結果、帝国中の怒りを買ったことだ。もはや帝国は降伏する道など選ばないだろう。こうなれば国力で劣る我々は不利だ。長期戦で帝国に勝つことは不可能なのだからな」
この戦争は短期間で帝国を降伏させることを前提に始められた戦争だった。絶対的な国力の差を埋めることはどう足掻いても不可能だからである。だがその前提は崩れ、今や王国は危機に瀕しているのである。
「戦争を王国の勝利で終わらせるのは不可能だ。もはや勝利に拘っている場合ではない」
新興貴族に対する怒りが収まらないアルフォンスだが、それを何とか押し殺して話を続けた。とにかく今は早急に対策を立てることが先決なのだから。。
「アルフォンス団長は、これからどうするべきだと考える?」
今まで無言を貫いていたレアーヌ王国の最高権力者――――ジェラルド国王の発言を聞いたアルフォンスは少し考えてからそれを口にした。
「勝利を望めないとなれば講和しかありません。ですが帝国から見ればこちらは侵略者です。我々が講和を呼び掛けたところで席に着くとは思えません」
「ではどうすれば講和の席に着くと思う?」
講和という手段は確かにジェラルドも考えていた。そしてアルフォンスが指摘した問題もである。それを解決する手段は一つしかない。それは――――。
「我が王国軍がもう一度勝利を収めることです。それも小さな勝利ではなく、帝国に打撃を与えるほどの勝利を」
「…………確かにな」
だがそれを達成するのは容易なことでは無かった。帝国領内に侵攻していた王国軍は、今こうしている時も着実に数を減らしている。勝利するためには絶対的な指揮官が必要であり、何より増援を送り込む必要があった。
「…………王国存亡の危機だ。国王大権を以って全貴族に派兵を命ずる。そして装甲騎士団にもだ。可能な限り急ぎ、ただ一度の勝利を王国にもたらせ。それが講和の道に繋がるだろう」
「畏まりました。装甲騎士団は出陣の準備に入ります」
すぐに返答を返したアルフォンスはクラリスに目で準備に入るよう指示を出した。見事な敬礼でそれに答えた彼女は、ジェラルドに頭を下げると御前会議の場から静かに立ち去って行った。
「増援軍の指揮官はアルフォンス・クラウリー・ロワール侯爵に命じる。全軍一丸となってこの難局に当たれ。会議は以上だ」
会議を終えたアルフォンスはそのまま団長室に戻ると、どっかりと椅子に腰を下ろして机の上に置かれた報告書に視線を向けた。帝国各地に放った調査隊からの報告書。そこには帝国軍を率いる主要な人物の名前と容姿といった情報が書かれていた。その一番上に記載されていたのが帝国騎士団長である。
「帝国騎士団初の女性騎士の団長か」
【名前 エイミー・ベンフォード・ステラ 女性
身長百六十前後 年齢十五から十八歳 長い金髪に青い瞳
白狼連れ 勘が鋭い 容姿は俺の好みです】
「あの野郎…………。最後の報告はいらん」
調査隊として送り出した騎士の一人の顔が浮かんだアルフォンスは、苦笑いを浮かべながら思考を巡らせた。一瞬だけ士気向上のために担ぎ出された人間かとも考えたが、彼はすぐにそれを否定した。彼女が騎士団長に就任して以来、帝国は負けなしだ。そして実際に彼女と対峙した王国軍は壊滅的損害を出していた。『鮮血の騎士』という畏怖名が前線では定着しつつあるくらいだ。
「腕は確かというわけか。本当に帝国の人間か?」
二百年間戦争を経験していなかった国の人間とは思えないほど、彼女は戦争に精通していた。フロスト平原での詳細報告から見てもそれは間違いないと確信出来た。
「考えても仕方ないことだな。問題は彼女と……どう戦うかだ」
どの戦いを分析して見ても、彼女が実行した作戦は見事というしか無かった。終わってみても付け入る隙が無いのだから、これは相当に厳しい相手ということになる。
「だがこれはチャンスでもある」
この新しい帝国騎士団長を討ち取れれば、王国は巻き返すことが可能となる。それは誰の目から見ても明らかだった。
「エイミー・ベンフォードか。どんな奴なのだろうな」
目を閉じてその姿を想像するアルフォンスは、いつの間にか眠りの世界へと引きずり込まれていった。フロストの敗戦から一カ月、休み無しで働いていた彼は自分でも気付かないうちに疲労を蓄積していたのである。
◆ザールラント帝国 バイロイト城塞都市◆
エイミー率いる新生帝国騎士団は、怒涛の勢いで南部解放に取りかかった。その速度は凄まじく、まさに疾風の如くと表現するに相応しい動きだった。そして就任から一ヶ月後、帝国軍は南部進攻路に存在する要衝『バイロイト城塞都市』の奪還に成功したのである。
「騎士団長はいるか?」
馬を走らせて指揮所である建物にやって来たアレクシスは、中で戦況を纏めていたアレンに声を掛け尋ねた。彼は顔を上げるとすぐに首を振っていない事を告げた。
「外にいませんでしたか? 見回りに出ましたが」
「そうか。ではお前に渡しておく。アウレール軍から報告だ。バイエルン男爵領の解放に成功したとの報告だ。これであとはウォルター軍が成功すれば、帝都は完全に安泰だ」
帝国騎士団長へと就任したエイミーは、最初にその方針を明確に示した。それは帝国領内からの王国軍の完全排除であり、それが終わるまで戦い続けると宣言したのである。そして彼女は集結した軍を三つに分け、三方向から南部に向かう作戦を取ったのである。
「じゃあ報告書の方は頼む。俺は少し住民の様子を見て来る」
「…………遊んでくるの間違いでは?」
「何の事だかさっぱり分からん」
痛いところを突かれたアレクシスは言葉を濁してその場を逃げ出した。アレンの言うとおり、城塞都市の酒場にでも行こうと考えていたのである。
「全く若いくせに頭が固いぜ。こうも連戦が続けば、息抜きくらいしても罰は当たらないだろうに」
ブツブツ文句を口にしながら城塞都市を進むアレクシスだったが、ふと前方の方に人だかりが出来ていることに気が付いた。そこは城塞都市の中央広場であり、立派な木が一本この城塞都市を見下ろす様に立っている場所だった。
「何だ? ちょっと見てみるか」
目の前の光景が気になったアレクシスはその場所に向かうと、人だかりを巧みに潜り抜けてながら一番見やすい場所へと立った。
「…………おいおい。何だこれは?」
目の前の光景を見たアレクシスは、思わずそんな言葉を吐き出していた。そこには木の根元で横になり肩を寄せ合いながら寝息を立てるエイミーとディアーナの姿があった。二人とも一匹の白狼という枕を共有しながら。
「こう言ったら何だが、本当に百合なんじゃ――――」
眠る二人を見て本音が漏れたアレクシスだったが、いきなり頭を叩かれたことによりその言葉は中断したのだった。振り返った先には風神様がいた。
「止めて下さい! 私が殺されてしまいます」
「あぁ。噂を流したのはお前だったな」
恐怖に顔を歪める風神様を見て思い出したアレクシスはその言葉を飲み込むと、もう一度二人に視線を向けた。そしてしばらく眺めたあと、彼は小さな声で呟いたのだった。
「同じ人物とは思えないな」
戦場で戦う二人の姿はまさに騎士であり、同時に騎士団長と皇女という役割を見事に果たしていた。だが今は、どこからどう見ても歳相応の女の子といった表情で幸せそうな寝顔を浮かべていた。
「…………帝国騎士団長か」
エイミーの肩書を呟いたアレクシスは、一カ月前の出来事を思い出す。それは忘れようと思っても忘れられないほど印象的な光景だった。
彼は思う。それは必ず、この帝国史に残る出来事だったと。




