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不安な心

読んで下さった方、ありがとうございます!

 ヴァルスの街に夜が訪れた。

 エリオスはその日、妻が待つ屋敷へは帰らずに騎士団駐屯地の隊長室に籠って一連の盗賊騒ぎに関する報告書を読んでいた。


「盗賊団を一人で皆殺し……か」


 十五歳の少女で傭兵でもあるエイミー。

 対応した若い女性騎士や調書担当の騎士は口を揃えてこう言った。『笑顔が可愛い少女でした』と。

 

「……帝国で見る傭兵とは随分と違う感じがしたな」


 帝国にも数多く存在しているためエリオスも傭兵を知らないわけではないのだが、エイミーという少女は明らかにそんな帝国の傭兵たちとは違う存在だと思えた。

 あれだけの数の盗賊を相手に一方的に立ち回れる者は、帝国騎士の中を探してもそう多くはいない。もちろん不可能とは言わないが、そもそも好き好んで飛び込むような真似は決してしないだろう。 


「失礼します団長」


 エリオスが考え込むこと数分、隊長室へと入って来た女性騎士を見て彼は一端思考を中断させた。


「べティーか。こんな夜に男の部屋に来るとは感心しないぞ。まぁ俺も結婚してなければ考えなくもないがな」

「帝国の騎士を束ねる騎士団長とはいえ、そういう発言は宜しくありません」


 エリオスの軽い発言を聞いて、べティーと呼ばれたべティーナは少しだけ蔑むような視線を向けた。


 べティーナ=オードリー=ランツハート。


 常にはっきりと自分の意見を述べる彼女は騎士ではあるが、その正体は帝国でも名高い伯爵家の出自で伯爵家のご令嬢だった。


「冗談も通用しないとはな。そんなんじゃ結婚すら出来ないぞ。もういい歳だろう」

「女性騎士の結婚は二十歳以降が普通です。まだ二十ですからお気になさらず」

「そうかい。それで用件は? 例の保護した四人か?」


 エリオスは苦笑しながら椅子に深く腰掛けると、一転して真面目な顔つきでべティーナを見据えた。彼女には保護した四人の世話を命じていたからである。


「はい。四人とも今は休んでいますので、本格的な調書は明日以降にしました。それと調書は担当騎士の他に女性騎士も立ち会わせるつもりです」

「確かに盗賊に襲われた直後だからな。男の騎士だけでは無理か。その判断でいいだろう」


 べティーナの報告を聞いてエリオスは問題ないと判断してそれを了承し、そのついでに彼は気になっていたことを尋ねた。


「あの少女の方は? 何か不審な点は?」

「特に見当たりませんね。保護した女性たちとの証言とも合致します。確かに少女は彼女たちを助けるためにあの場に乗り込んで行ったようです」

「そうか……問題がないならそれでいい。それでその少女は?」

「今夜は女性騎士寮の空き部屋に泊って行くよう言っておきました。団長も直接話を聞きたいだろうと思いましたので」

「ありがとう。御苦労だった。今日はもう休め」


 全ての質問に対して的確に答えたべティーナは、見事な敬礼でそれに答えるとそのまま隊長室をあとにした。

 そして一人残されたエリオスは窓の外に視線を向け、自分の街がいつも通りであることを確認してから机の上に置かれていた報告書に再び視線を落とした。





◆ ◆ ◆ ◆



 湯浴みを終えて久々に綺麗さっぱりな体になったエイミーは、ベッドの上に飛び込むと天井を見上げながら盗賊との会話を思い出していた。


「……弱肉強食か」


 生きてきた十五年。その十年を戦場で過ごしてきたエイミーにとってその言葉は誰よりも理解出来るものだった。目を閉じれば鮮明に蘇るその光景は今でこそ慣れたものだが、それでもこうして一人で考え込むと未だに不安を感じてしまうほどに。


「私は……強くなったのかなぁ」


 ベッドの脇に置いていた剣を手に取ったエイミーは、じっとそれを眺めながら考える。

 この大陸動乱の十年で住んでいた場所と家族を失った。背中を預けた戦友の多くを戦場で失った。残ったのはこの剣と、今はこの地にいない数少ない仲間たちだけである。


「ウゥゥゥゥゥ」


 そんな感傷に浸っていると白狼が声を上げてエイミーを見据えた。その黒い瞳が語りかけてくる言葉に彼女は小さく笑って答えた。


「あなたもいたわね。ライアン、こっちにおいで」


 優しげな声でエイミーが語りかけると、白狼は軽い足取りでベッドに飛び乗り彼女に体を寄せて丸くなった。

 全てを失ったある戦場で途方に暮れていたエイミーは、そこで同じように行き場をなくした小さな白狼とであった。お互いが何となく寄り添いながらその場で一夜を明かし、それ以来この白狼は家族となったのである。


「ねぇライアン。帝国はいいところね。戦争が無いから、悲しい思いもしなくて済むわ。盗賊にはちょと驚いたけれど」


 少女らしい笑みを浮かべて相棒の頭を撫でながら一人会話を続けるエイミー。

 彼女にとってこの帝国という場所は、ようやく辿り着いた心安らげる場所であった。少なくとも日々の生活が戦火に脅かされないこの国は、彼女から見ればまさに天国である。


「でも……」


 不意にエイミーは手を止めると、唇を噛みしめて険しい表情を浮かべる。


「この国もいずれは戦火に飲み込まれる」


 白狼を両手で抱き締めると今にも消えそうな声でエイミーは呟く。

 激動の時代を迎えたこのアグリジェント大陸では、各国が大陸の覇権を争いこの時もどこかで戦争を続けている。この国が無関係でいられるのもそう長くは無い。


「諦めない……この命に代えても絶対に叶えて見せる。私たちの願いを」 





◆レアーヌ王国 王都バンテオン◆



 ザールラント帝国ステラ侯爵領ヴァルスの街で盗賊騒ぎが起きていた頃、帝国と国境を接する大国レアーヌ王国の王宮でもある騒ぎが起きていた。


 いつものように王族専用の庭園でお茶を楽しんでいた王位継承権第二位を持つ王女アリシア=コールフィールド=レアーヌは、メイドのマリアと他愛のない談笑をしながら昼を過ごしていた。だがそんな和やかな雰囲気をぶち壊す声が庭園に響き渡ったのである。


「新興貴族の連中は一体何を考えているのだ! 冗談じゃない!」

「落ち着いて下さい団長。まだ決定したわけではありません。」

「これが落ち着いていられるかっ!」


 声に驚いたアリシアとマリアは庭園から見える廊下に視線を向けると、そこには二人の男女が口論する姿があった。


「あれは……アルフォンス団長とクラリス副団長ですね。口論とは少し珍しいですが……」


 最初に相手の正体に気付いたのはアリシア王女専属のメイドであるマリアだった。

 一人はアルフォンス=クラウリー=ロワール侯爵であり、レアーヌ王国最強と名高い装甲騎士団を束ねる騎士団長。

 もう一人はクラリス=バークレイ=モンベリアール侯爵令嬢で、装甲騎士団の副官を務める王国女性騎士であった。

 そんな二人が口論している状況はまさに修羅場そのものである。


「さっきの会議は見ただろう! もはや決定したも同然じゃないかっ!」

「ですが陛下は同意されておりません」

「無言は肯定と同じだ! そもそもあの新興貴族連中は何様だ? 『総指揮官には勇猛なライナス王太子殿下を』だと? ふざけるなっ! 王太子殿下を殺す気――――」


 激怒して視界が狭くなっていたアルフォンスは、そこまで発してようやく庭園にいる二人に気付いた。

 そしてクラリスも同時に彼女たちに気付いて慌てて口を閉ざしたが時すでに遅く、アリシアは二人の発言を聞いて立ち上がっていた。


「兄を殺す気とは……どういうことですか」


 もともと争い事が好きではないアリシアは、アルフォンスの言葉を聞いて顔面蒼白となっていた。そして専属メイドであるマリアも納得のいく説明をといった顔で二人を見つめた。





◆ ◆ ◆ ◆



「つまり帝国に戦争を仕掛けるということですか?」


 庭園のテーブルに座る気まずそうな表情の団長と副官。

 そんな二人に対して王女の隣に佇むマリアは説明を聞いてから確認するように問いかけ、無言で首を縦に振ったアルフォンスを見て大きく息を吐いた。

 国を滅ぼす気かなのと正気を疑いながら。


「その、我が国は大陸でも五大国に数えられる国……ですよね? それでも勝てないのでしょうか?」

「……アリシア様はザールラント帝国についてどこまでご存知でしょうか?」

「えっと五大国の一つだとしか……すみません」


 クラリスの質問に困惑しながら答えたアリシアは、自分の知識の無さに恥ずかしさを覚えて最後は目を伏せていた。彼女は地理や歴史に政治といった話が大の苦手だったのである。

 そんなアリシアに対して、クラリスは彼女でもすぐに理解できるよう掻い摘んで説明を行った。


「ザールラント帝国はアグリジェント大陸最大の軍事国家です。貴族と平民で構成された帝国騎士団に平民のみで組織された帝国軍。そして各貴族の領主軍を合わせた常備戦力は約五十万。さらに戦時下で徴兵となればその倍は超えるでしょう。それに対する我々ですが、限界までかき集めたとしても最大で三十万程度。しかも今回は敵地に進攻していくわけで補給等を考えれば十万が限界です。そしてそれが維持出来るのは長く見積もっても一年がやっとでしょう。つまりその一年で勝てなければ滅ぶのは我々レアーヌということです。最大百万の戦力を揃えられる帝国にその十万で」


 この説明にアリシアは言葉を失った。戦争を知らない彼女から見ても、無謀でしかないことがよく理解出来たからである。はっきり言ってしまえば喧嘩にもならないほどの戦力差がそこには存在するのだ。


「少々疑問なのですがなぜ帝国に戦争を仕掛けるのです? 確かに帝国は我が国にとっては警戒すべき存在なのでしょうが、手を出さない限り害の無い存在だと認識していましたが?」


 レアーヌ王国と隣接するザールラント帝国の軍事力は確かに脅威ではあるが、そもそも非友好的というだけで特にこれまで問題があったわけではない。国境線に難癖を付けては軍を進めて来るフロレス王国とは違うし、ローランドの様に国境沿いの村々に手を出したりもしない。


 マリアから見れば刺激しなければ何もしないし何も求めてこない国という認識であった。

 そんな彼女の疑問に答えたのはアルフォンスだった。彼は会議で聞いた言葉を、一言一句間違えることなく二人に伝えた。


「『帝国は王国侵略のために軍を整えている』だそうです。商人から聞いただの、旅の者がその目で見ただの。どれも噂に過ぎない戯言です。しかもその発言の全てが新興貴族たちです」

「……つまり確認すら取れていない情報なんですね? それで戦争ですか?」

「耳を疑う話です。ですが新興貴族たちは絶対に勝てると強気なんです。それで会議も戦争の方向へ流れてしまって…………」 


 そう言って大きく肩を竦めたクラリスは、中身がすっかり冷めてしまったティーカップを手に取ると侯爵令嬢らしい優雅な仕草でそれを口に運んだ。


「この王国は……これから一体どうなってしまうのでしょうか?」


 それまで無言だったアリシアがティーカップを両手で握り締めながら震える声で不安を口にした。

 しかしその問いに答えられる者はこの場には誰一人いなかった。誰もが王女と同じように、先の見えない不安を感じていたからである。

 



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