フロスト会戦
「あれがライナス王太子か……。意外と美男子じゃないか」
単眼鏡で敵の様子を伺っていたアウレールは、敵の指揮官を見つけるとそんな感想を漏らした。意外と凛々しい顔つきで令嬢受けしそうな人物だったが、そんな感想をディアーナがバッサリと切り捨てた。
「そうかしら? 少なくとも私はお断わりね。ひ弱そうだもの」
「ひ弱かどうかは分からないが、少なくとも我々の正面に展開するくらいだ。指揮官としての能力は無いな」
ディアーナに続いてエイミーが指揮官として無能との烙印を押した。
「随分と手厳しですな」
ウォルターがエイミーの言葉に反応すると、エイミーは補足するように声を紡いだ。
「高所に展開した我々に低地から挑むなど無謀にも程がある。今までの勝利に慢っている証拠です。帝国を舐めているとしか思えない」
真面目な顔で言い放ったエイミーだったが、実際にその推測は正しかった。王国軍は負けることなくここまで来た結果、帝国軍の実力を過小評価していたのである。
「戦場での油断が命取りになるということを、今日我々が教えてやりましょう」
単眼鏡を下ろしたエイミーは、背後に控えていた騎士に尋ねた。
「カタパルトとバリスタの準備は?」
「全て準備完了です。いつでも攻撃を開始出来ます」
騎士の返答を聞いて満足そうな顔で頷いたエイミーは、ディアーナとアウレールを従えて司令部である天幕へと向かった。
「王国軍は見たところ五万以上。対するこちらは合わせて一万五千。本来なら勝ち目の無い戦いだが、今日は違う。作戦は理解出来ているな?」
エイミーの言葉を聞いて、天幕にいた指揮官たちは力強く頷いた。今回エイミーが用意した作戦は、ある場所で実行された作戦を改良して強化したものだった。
「奴らの布陣を見る限り、敵は数で押して来るはずだ。正面に騎士が展開していたからな」
「なるほど。騎乗突撃で一気に勝負を決めようというわけですか」
騎士の騎乗突撃は強力な攻撃である。
圧倒的な速度で迫る馬に、馬上から振り下ろされる剣は地上で戦う者にとっては恐怖の対象であるが、それは効果的なタイミングで行ってこそ最も効果を発揮するのだ。
「まぁ分かっていれば怖くもないさ。それに対策は万全だ」
ミリアムが発した言葉のあとに続いたのは、今回から長剣では無くハルバートに武器を持ち替えたアレクシスであった。
「今回は各隊の役割が重要になる。全員が役割を果たせば、必ず勝利に繋がる。そしてここでの勝利が、帝国に希望と未来を与える」
「エイミー様。王国軍に動きがありました。どうやら攻撃が開始される模様です」
エイミーの言葉が終わると同時に天幕へ入ってきた騎士が厳しい表情で報告にやって来て、それを聞いた彼女は最後に全員を見据えて言った。
「各員の奮戦に期待する」
見事に揃った騎士の敬礼でそれに答えた指揮官たちは、足早に天幕を出て持ち場へと散っていた。
そしてエイミーもディアーナと共に外へ出ると、用意されていた軍馬に跨り前衛へと向かった。
「エイミー様万歳! ディアーナ様万歳!」
二人が動き出したのを見た一人の騎士が大きな声でそう叫ぶと、それは瞬く間に他の騎士たちへと伝播していった。
蛮族を討伐した指揮官と帝国皇女の名を叫ぶその声は、やがて連戦連勝を重ねていた王国軍にまで届くほど大きなものになった。
「勝利の女神エイミー!」
「戦場の姫君ディアーナ!」
「ザールラント万歳! 帝国に勝利をっ!」
本隊の先頭に到着した二人は、未だに背後から聞こえてくるその声に表情を緩めた。
「戦場の姫君だってさ」
「そういうエイミーは勝利の女神よ」
互いに茶化す様に声を発して顔を見合わせた二人は、すぐに小さく笑いあった。
「なら、期待を裏切らないようにしないとね」
「そうね。まぁ負ける予定はないわ」
その言葉と同時に正面を見据えた二人はすぐに真剣な表情へと戻った。二人の瞳に動き出した王国軍の大部隊が映し出される。
ここで勝たなければ帝国に未来は無いが、二人に気負った様子は一切見受けられなかった。
「では…………行きましょう」
左手を空に向かって掲げたエイミーを見て、声を上げていた騎士たちは一斉に口を閉ざした。静けさを取り戻した平原に響くのは、大地を猛烈な勢いで進む王国軍が奏でる地鳴りのような足音だけである。
そんな緊張感が漂う雰囲気の中、エイミーは口を開くと言葉を発した。その言葉は風に乗って、帝国騎士全員の耳に届いたのだった。
「女神アスタロトよ。どうか我らに希望を。そして奪うためでは無く、守るために戦う我らに勝利の加護を。そして死地に向かう勇敢な騎士たちに、どうか最高の栄光を与えたまえ」
掲げた左手から火球を生み出したエイミーはそれを上空へと向け放ち、これを見た帝国騎士たちは一斉に行動を開始した。
それはフロスト平原における戦いの幕が上がった瞬間であり、後にフロスト会戦と呼ばれる戦いの始まりであった。
エイミーは自身とディアーナが率いるアルテミス・アテナ騎士隊と千の騎士を合わせた四千の本隊を、戦場全体を見渡せる丘の上に配置。
本隊正面にバリスタを放つアレン率いる五百の兵。その後方にハルバートとメイスで武装した打撃部隊であるアレクシスと軍馬から降りたアウレール率いる騎士部隊。そして弓部隊であるべティーナ隊の五千五百を配置して、右翼と左翼には魔法の扱いに長けた騎士を各二千を展開させ、その後方にカタパルト兵五百を置いてライナス率いる王国軍を迎え撃った。
「戦闘開始だ。放てっ!」
最初に攻撃を開始したのは長大な射程を誇るカタパルトを指揮するロイドであり、上空に舞い上がった火球を見てすぐに命令を発した。
今回用意されたカタパルトは全部で五十基。これほどのカタパルトが戦場に投入されたことは、帝国の歴史を紐解いても前例が無く、攻撃に使用される可燃性の油を詰めた樽の数も膨大だった。お陰で帝都では現在、深刻な油不足に陥っていた。
「とにかく撃ちまくれ。敵の進撃を阻止するんだっ!」
放物線を描いて高々と舞い上がった樽の行方を単眼鏡で観察するロイドの指示で、カタパルトは次々と樽を打ち出していく。それも巧みに時間をずらしながら。
「これは……恐ろしいな」
帝国軍に向かって突っ込んで来る騎士の一団に落下した樽は、着弾と同時に激しい炎を生み出して瞬く間に彼らを飲み込み、炎に巻かれた騎士たちは文字通り火だるまとなって、悲鳴を上げながら地面へと転がったのである。
「地獄絵図だ……」
次々と巻き起こる炎は、突撃してくる王国騎士たちを容姿無く飲み込んでいった。火に巻かれ地面で転がり絶叫する騎士たち。
そんな正面で展開される光景を目にして、あとに続いていたはずの敵の足は瞬く間に鈍っていったが、そこにべティーナ率いる弓隊が矢を放ち、動きの鈍った敵を次々と撃ち抜き追撃を行った。
「……頃合いだな。トレビュシェットも使うぞ」
正面の突破が難しいと判断した敵が前線に兵を送らなくなったのを見て、ロイドは追い打ちを掛ける為に大きなカタパルトを見据えて新たな指示を飛ばした。
今まで攻撃に使用していたカタパルトはマンゴネルと呼ばれある程度移動が可能な物であるのに対し、トレビュシェットは移動出来ない固定式のカタパルトである。
ただその射程はさらに長い代物である。
「目標は王国軍本隊だ。奴らを混乱させる。攻撃を始めろ!」
命令と同時に錘が落下すると、四基のトレビュシェットは少し大型の樽を上空へと高々と舞い上げた。見事な放物線を描いて飛んでいく四つの大型の樽はやがて落下を始めると、物凄い勢いで地面へと激突して大きな炎を生み出し王国軍本隊を恐怖に陥れた。
「……戦争は技術を進歩させ、戦争そのものも進化する。届かないと思っていたのなら、それは大きな間違いだ」
丘の上から戦況を観察するエイミーは、目の前で展開される一方的な光景を見据えながら小さな声でそう呟いた。
それを複雑な思いで聞いていたディアーナは、左右に分かれて動き出した王国軍を見て声を上げた。
「予想通り左右に散った。まぁあの威力を見たら正面からは来ないわよね」
「そうね。でも正面がダメなら左右からなんて考えが甘すぎるわ。戦場を舐めているとしか思えない。そんな奴が指揮官だから――」
無能な指揮官に怒りを覚えるエイミーは『兵が死ぬんだ』と言葉を続けようとしたが、それをグッと堪えた。
そして感情を押し殺したエイミーはそのまますぐに次の命令を下した。
「左右に展開するミリアムとマルガレータに攻撃開始を命令。左右から迫る王国軍を蹴散らせ」
エイミーの命令を聞いた二人の騎士が、手に持っていた旗で信号を送り攻撃開始の合図を出す。
そしてそれから僅かな時間が経過するとそれは起こった。右側では上空から現れた輝かしい光が大地を照らし、左側では大地から生まれた煉獄の炎が空まで立ち昇ったのである。
「広大な戦場では味方を巻き込むことが無い殲滅魔法こそ最高の武器だということを知るがいい」
強大な魔力を使用するこの殲滅魔法は圧倒的な力で敵を滅するものであるが、その威力のお陰もあって使いどころは非常に限られるものであった。
「少しは突破した者もいたか」
左右の戦況に目を向けていたエイミーは、正面から突撃して来る王国騎士たちを見てそんな感想を漏らした。どれだけカタパルトによる攻撃が強大とはいえ、全てを撃退することはやはり不可能なのだ。
だがそんな彼らも本隊に辿り着く事は出来ないのである。
「勇敢なる王国騎士よ。その勇気に敬意を表する。だから――――」
静かに声を吐き出したエイミーは、迫って来る王国騎士をその目に焼き付けながら次に展開される光景を確信してその言葉を続けたのだった。
「エイミー=ベンフォード。お前たちを殺した私を忘れるな」
正面に設置された防衛兵器バリスタ。そこから放たれる金属弾は恐ろしい威力を発揮する。
矢を弾く鎧を着込んでいようともその金属弾は鎧を簡単に貫き、例え貫かれる事を免れたとしてもその衝撃は内臓を簡単に破壊する。その場合、苦しみは長く続くことになる。
「…………最初の攻撃はこれで全て防いだ」
平原に築かれた屍の山を見据えながら、エイミーは地面に突き刺していたランスを抜き取ると低い声で冷たく言い放った。
「では王国軍指揮官ライナスとやらの首を貰いに行こうか」
全軍前進の信号魔法を打ち上げて軍馬をゆっくりと進ませたエイミーに続いて、帝国騎士たちは王国軍に向かって前進を開始した。
「報いは受けてもらう。私は…………侵略者を絶対に許さない!」
徐々に速度を上げるエイミーたちは、混乱して統率の乱れた王国軍に向かって突き進む。
これまでの勝利に驕っていた王国軍はどう対処していいのかもはや分からず、ただ乱れた動きで迎撃するだけだった。
「今こそ帝国の力をその身に刻めっ! 全騎突撃!」
戦場に響き渡る大きな声で叫んだエイミーは残っていた王国騎士に狙いを定め、突き出されたランスを最小限の動きで交わすと相手の胸にランスを当てて馬上から突き落とした。
そして突き落とされた王国騎士は、立ち上がる間もなくあとに続いて来たアレクシスたちの一撃によって葬り去られた。
「おら掛かってきやがれ! どうした王国のクソ共がっ!」
王国騎士の顔面にハルバートを振り下ろしたアレクシスは、周囲に展開していた王国兵たちを見据えると吠えるように叫んだ。
「敵は全て殲滅という命令を受けている。覚悟しろや!」
薙ぎ払い叩き潰していくアレクシスに触発された帝国騎士たちは、次々と混乱した王国軍の騎士や兵を殲滅していった。
「エイミー様とディアーナ様に続けっ! 王国軍など我らの敵ではない!」
流れを掴んだ帝国に対して王国軍はもはや立て直すことが出来ず、完全に崩壊した王国軍の先陣を駆逐した帝国騎士たちは、その勢いのまま王国軍本隊を目指して突き進んだ。
指揮官ライナスの首を求めて。




