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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国反攻編
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逆転する立場

◆レアーヌ王国 王都バンテオン◆



 王国の精鋭と謳われる装甲騎士団の団長に最年少で就任したアルフォンス=クラウリー=ロワールは、古くから王家に仕える伝統ある名門貴族出身であった。

 そんな彼は、王宮にある団長室で王国の将来について真剣に考えていた。

 戦争に勝つのは良い。問題はこの勝利によって新興貴族が力を増すことであり、王家への忠誠心など微塵もない新興貴族が権力を伸ばせば、伝統貴族との確執はさらに深まることになる。

 しかも今回軍の指揮を執ったライナス王太子殿下がやがて国王に就任すれば、戦争に参加しなかった伝統貴族よりも新興貴族を重宝するようになるのは確実だ。

 そうなれば王国はどうなるか。今でさえ確執がある両者だ。対立が加速することは間違いなかった。


「内戦だけは避けたいが……」


 吐き出した言葉が現実になることは避けたいアルフォンスだが、ライナス王太子殿下の器量で国難を乗り切れるとはどうしても思えなかった。彼から見ればライナス王太子は国王の器では無いからである。彼は理想にばかり目を向けて現実を知らなすぎるのである。

 そして周囲の言葉をすぐに信用してしまうお人好しでもあった。

 そんな人間が国王になれば、新興貴族の傀儡となるのは目に見えていた。


「……困ったものだ」


 戦争に勝利したあとに待ち受ける苦難。それが簡単に想像出来てしまうだけに、アルフォンスの心労は絶えることがなかった。これなら戦場で戦っているほうが百倍マシだと彼には思えた。

 元々、彼は政治に興味が無かったからこそ騎士を目指した。だが騎士としての才能と責任感の高さによって出世を重ねた結果、重要な役職を務めるまでになってしまったのである。こうなれば、政治が嫌いだとか興味が無いとは言っていられないのである。


「あれ? 何をしているのですか?」


 アルフォンスが考え事に耽っていると、クラリスが資料を持って団長室に入ってきた。ちなみに団長室となっているが、ここには副団長の机も置かれていた。


「ちょっと考え事をな。それより何の資料だ?」


 資料の束を机に置いて椅子に座ったクラリスは、資料の束をウンザリといった目で眺めながらアルフォンスの質問に答えた。


「入団希望者の資料です。今年は多くて、選定する段階から苦労するわ」


 王家直轄の装甲騎士団には厳格な選考基準が存在する。実力や人格や家柄はもちろん、何より重要視されるのは王家への忠誠心である。それは装甲騎士団が王宮の守護も担っているからである。


「そんな時期か…………」


 これからの事を考えれば人材の確保は最優先とも言える。新興貴族に睨みを利かせる王家の抑止力。それが装甲騎士団の役割なのだ。だが無作為に選べば質が下がる。実力も中身も伴う人間が、そんなに多いものではない事を彼は知っていた。


「ところでいいのですか?」


 眉間にシワを寄せて考え込むアルフォンスをしばらく眺めていたクラリスは、ふとあることを思い出してそう声を掛けた。当の本人が何のことか分からず首を傾げたのを見て、彼女は言葉を続けた。


「今日はアリシア様とお会いするはずでは?」


 これを聞いたアルフォンスは勢いよく立ち上がると、壁際に置かれた振り子時計に視線を向けた。すでに約束の時間はとっくの昔に過ぎていた。


「もっと早く言ってくれ」


 文句を言いながら手早く机の上を整理したアルフォンスは、最後に選定した人間を報告するように告げると団長室を出て行った。


「……政治が絡んだ縁談というのは面倒ね」


 クラリスは小さな声でそんな言葉を呟くと、再び資料に目を通し始めた。数多くの縁談を蹴ってきた侯爵令嬢の彼女には、アルフォンスの心境が痛いほど理解出来ていたのである。 




 アリシア=コールフィールド=レアーヌ王女の生活は、同じ歳である帝国皇女ディアーナと比べるとまるで違う生活であった。

 朝、メイドに起こされ着替えを手伝って貰い家族と一緒に豪華な朝食を食べる。その後は私室で刺繍をしたり、庭園でお茶を飲んだりして過ごす。週に二回くらいは、どこかの夜会に参加したり有力貴族の令嬢たちとお茶を飲んだりする。

 彼女の生活は悪く言えば刺激も無い退屈な毎日の繰り返しなのである。


「しかしアルフォンス様は遅いですね」


 困った顔でそんな言葉を発したマリアに、アリシアは何も答えずにティーカップに注がれた紅茶を眺めていた。それは現在の国王である父親に言われた言葉を思い出していたからである。


『王国の未来のため、アルフォンスとの結婚を真剣に考えて欲しい』


 先日、父親に呼び出されたアリシアはそう告げられたのである。戦争が王国有利に進む中、国王は新興貴族の台頭を抑えるため王家への忠誠に厚いクラウリー家との関係を強化しようと考えたのである。だが突然のことに、当のアリシアは未だに心の整理が出来ていなかった。


「…………どうしましょう」


 政略結婚が王族に、貴族に必要なことはアリシアにも理解は出来ていた。ただ漠然と刺激も無く退屈な日常が続いていくものだと考えていた彼女は、結婚などまだ先のことだと心の奥底で思っていた。それがここにきて急な縁談話である。それも王国でも一目置かれるアルフォンスともなれば、気持ちが追い付かないのも当然のことであった。


「アリシア様。アルフォンス様がいらっしゃいましたよ」


 思考の渦に飲み込まれていたアリシアは、マリアの声を聞いてようやく我に返った。顔を上げた先には肩で息をするアルフォンスの姿があった。


「も、申し訳ありませんアリシア様。遅れました」

「い、いえ。私も今来たところですから」


 まったく心が整理出来ていなかったアリシアは、とりあえずそんな言葉でアルフォンスを出迎えたのだった。そして始まったお茶会という名の縁談は和やかな雰囲気の中進んでいった。


「アルフォンス様は……私のような小娘との縁談など嫌ではございませんか?」


 だがふとアリシアがそんな言葉を漏らしたことにより雰囲気は一変した。ティーカップを置いたアルフオンスは、笑顔から真剣な表情になると無言で続きの言葉を待った。


「…………正直に申し上げると私は自信がありません。アルフォンス様はこの王国で最強と呼ばれる装甲騎士団の団長を任されるお方です。武に長けており、それでいて聡明なアルフォンス様と比べて私は武にも疎く、聡明でもありません。ですから私は……アルフォンス様の妻には相応しくないと思います」


 最後まで黙って話を聞いていたアルフォンスは、俯いてしまったアリシアに優しげな声で告げた。


「アリシア様はいつもご自分を卑下なさいますが、それは間違いです。争いを嫌い、他者を慈しみ、誰にでも優しく接することが出来る。それがアリシア様の魅力です。それにあなたは笑顔が素敵だ。そんな顔よりもです」


 暗い顔で沈み込んでいたアリシアは、その言葉を聞いて少し救われたような気持になった。しばらくして顔を上げた彼女は、いつも笑顔をアルフォンスに向けた。空気が変わったことにホッとした彼だったが、すぐにある異変に気が付いた。そしてすぐに、血相を変えて王宮の廊下を走るクラリスを見つけたのだった。彼女はアルフォンスを見つけるとすぐに駆け寄ってきて、王女の前だというのに挨拶もせずに言葉を発した。


「すぐ団長室にお戻りください。それと陛下がアリシア様をお呼びです」


 クラリスの雰囲気からすぐに何かあったことを察したアルフォンスは、立ち上がってアリシアに一礼するとすぐに動き出した。


「王国軍に何かあったのだな?」


 廊下を歩きながら問いかけたアルフォンスに、クラリスは今まで見たことも無い険しい表情で彼に告げた。それは王国を揺るがす衝撃的なものだった。


「伝令からの報告によると、ライナス王太子殿下率いる王国軍は帝国領内フロスト平原において帝国軍と交戦。壊滅的損害を被り敗北したとのことです。ライナス王太子殿下は…………戦死されました」


 クラリスが何を言っているのか理解できずに足を止めたアルフォンスは、頭の中でもう一度彼女が告げた言葉を繰り返した。はっきり言って信じられない報告だった。


「一体何が起きた? 誤報ではないのか?」


 伝令の誤報を疑ったアルフォンスだったが、クラリスはゆっくりと首を振ってそれを否定した。


「詳しい内容は分かりません。ですが複数の伝令が同じ報告をしています。これは誤報では無く、事実だということです団長」


 複数の伝令が同じ報告をしているということは、どう考えても誤報では無く事実である。頭では理解出来るアルフォンスだったが、心では理解出来なかった。もはや王国の勝利は揺ぎ無いものであると誰もが確信していた。それほど王国軍は勝ち続けていたのだから。


「…………すぐに信頼出来る者を前線に派遣しろ。詳細な情報を知りたい。それと装甲騎士団全員に招集を掛けろ。これが事実なら、帝国は逆襲に転じるはずだ」


 未だに信じられないアルフォンスだったが、精鋭部隊を率いるだけあってその指示は的確だった。


「了解しました。すぐに招集します。団長室に伝令が待機しています。団長も直に報告をお聞き下さい」


 足早に去って行ったクラリスを見送りながら、アルフォンスは考えを巡らせた。前線で一体なにが起こったのかを。そして敗北続きの帝国軍にどんな変化があったのかを。


「王太子殿下が戦死しただと…………どうしてそんなことになった!」


 王家に絶対的な忠誠を誓うアルフォンスにとって何よりも許せないこと。それは戦争を主導した新興貴族がライナス王太子を守れなかったことだった。例え優秀では無い王太子であっても、彼にとっては命を懸けてでも守るべき存在なのである。


「とにかく今は報告を聞くしかないか」


 今やるべきことを思い出したアルフォンスは、怒りを抑えながら団長室へ向かって歩き出たのだった。

 

 そして後日、彼は知ることになる。王国軍を打ち破った指揮官がまだ十五歳の少女であったことを。





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