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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国反攻編
52/173

全てを従える者

◆ザールラント帝国 帝都ザクセンハルト◆



 この場所は今、一人の少女の独壇場にあった。

 多くの貴族たちが恐怖に膝を震わせて立ち竦み、駆けつけた親衛隊騎士やや近衛隊騎士はその少女を取り囲みながらも顔を引き攣らせていたが、それも無理のない話であった。

 少女は小さな体から強大な魔力を溢れさせており、そしてその周囲には彼女を崇めるように五大精霊全てが跪いているのだから。


「……帝国貴族の皆さま、私はもう一度ここに宣言したいと思います。亡きエリオス騎士団長のあとを私が引き継ぐと」


 貴族連中たちは目の前の光景に驚くことしか出来ず、ただ黙って少女の言葉に耳を傾けていた。


 圧倒的な存在感を放つその少女は、貴族たちを見回しながら会場に良く響く声で話を続けたのだった。

 彼女の名前はエイミー=ベンフォード。

 後にこの出来事は、帝国の転換点として歴史に語り告がれていくことになるのであった。



 事の始まりは中堅貴族たちが提案して実施された蛮族討伐を労う慰労会から始まった。


「エリオス殿が亡くなられた今、騎士団長の席は空席となったが…………」

「今の状態でその席を任されるのは困るな」

「そうですな。平時なら喜んで名乗りを上げたのですが」

「全く。エリオス殿には困ったものです。最後まで厄介事を残すのですから」

「やはりダリウスしかおらんだろう」


 道楽貴族連中の言葉を苦々しく聞くアレンは、隣で豪勢に食事を食べるアレクシスに噛みついた。


「あんた、こんな時によく飯を食っていられるな。帝都が危険だっていうのに」

「こんな時だからさ。食える時に食う。いつ戦いに出ても困らないようにな」


 そう言って料理の乗った皿の一枚を差し出したアレクシスに不機嫌さを隠そうともしないアレン。

 そんな彼を見て、アレクシスは大きく息を吐き出してから言葉を続けた。


「どんなに嫌でもこれから先を決めるのは俺たちじゃない。お偉い貴族様たちさ。気張ったところで何も変わらないぞ?」


 アレンよりも長い騎士生活を送るアレクシスの言葉に、彼はは納得しがたいものを感じながら無言でその皿を受け取った。

 確かに一介の騎士でしかない者に国の行く末を決めることは出来ないのだ。


「まぁお前さんの苛立ちも分かるがな。あんなボンクラ共に国の未来を託さねばならないのだから。見てみろ」


 アレクシスが顔を向けた方には、ミリアムやマルガレータといった若い女性騎士たちがいた。

 彼女たちは多くの道楽貴族たちに囲まれており、どう見ても困った表情を浮かべながらそれに対応していた。


「彼女たちは武功を上げた。今のうちに取り入っておこうという算段なのだろう。未婚だしな」

「おいおい。国が無くなったら無意味だろうが」


 道楽貴族の行動にアレンは頭を抱えそうになった。

 どこまでも目先の利益しか見ようとしない彼らには、もはや掛ける言葉すら見つからない。


「彼らは明日、領地に戻るつもりらしい。さっきそんな話をしていたぞ」

「住民を見捨てて自分たちだけ逃げる気かよ…………最悪だな」


 考えるのも馬鹿らしくなったアレンは、会場を見回して大きく肩を落とした。半分以上の貴族がこのくだらない道楽に浸っているのだ。

 だがよく見れば何人かの貴族たちは険しい顔つきで会場に立っていた。彼らはこの帝国を本当の意味で支えている貴族たちである。


「エリオス団長が亡くなって彼らの意見は黙殺されつつある。真面目に働く人間が損害を被るとは、何とも割に合わない世界だな」


 同じように視線を向けたアレクシスは、そのまま会場中を見回してあることに気付いた。隊長の姿がどこにも見当たらないことに。


「おい隊長は? もうすぐ陛下が――――」


 エイミーの姿が無いことに焦りを覚えたアレクシスがそんな言葉を発した時だった。会場の扉が大きく開かれたのである。

 会場に入場して来たのはヘルムフリート皇帝とテレージア皇妃。そしてリゼールとディアーナの二人の皇女だった。

 四人は会場の中央を堂々と歩くと壇上に置かれた椅子に座り、すぐにヘルムフリートが口を開いた。


「此度の蛮族掃討、誠に御苦労だった。掃討に当たった騎士たちに余は心から感謝している。知っての通りこれは蛮族掃討を労う集まりだ。参加した騎士たちには――」

「実にくだらない催しだとは思いませんか? 陛下」


 皇帝の声を遮り、唐突に会場内に響いたその声に会場中が水を打ったように静まり返った。

 そして誰もがその少女に視線を向けたが、少女はそんな視線を気にする事も無く靴音を響かせながら、ゆっくりとした足取りで会場の中央までやって来た。


「初めまして。私はエイミー=ベンフォードと申します陛下。それにしても一体これは何の茶番でしょうか? 王国軍の脅威が目の前に迫っているというのに慰労会? 現実逃避なのでしょうか?」


 言葉は丁寧だが内容自体は不敬にも等しい。

 唖然とするアレンたちをよそに道楽貴族たちは激しい罵声を浴びせたが、エイミーは全く気にせず話を続けた。


「陛下の許しと必要な権限が頂けるのであれば、私はすぐにでも王国軍の撃退に向かいたいのです。こんな帝国の未来を考えない無能な貴族たちと一緒の場所にいることなど耐えられません」


 その言葉にさらに罵声を強めた道楽貴族たちに、エイミーは冷ややかな視線を送って言葉を紡いだ。


「あら? 私は誰とは言っておりませんが……どうやら自覚が御有りのようですね? 少しは見直しました」

「あははは。こりゃエイミーに一本だな」


 成り行きを見守っていたアレクシスは笑顔を見せながら小さな声で呟いたが、アレンは内心ヒヤヒヤしていた。

 エイミーの行動は皇帝の一言で全てが終わってしまう綱渡りの行動なのである。心配にならない方がおかしかった。


「面白い娘だな。許しは簡単だが、必要な権限とは一体何かね?」


 これがあのエリオスがベンフォードの家名を与えた者かと、心の中で喜んでいた皇帝ヘルムフリートが尋ねると、エイミーは大したものでは無いかのように軽い口調で言った。


「帝国騎士団長の地位ですわ」

「「うそ~」」

「エイミー…………やり過ぎよ」

「ふふ。やっぱり面白い子ね」

「いきなりぶっ飛んだ要求だなおい」

「…………」


 あまりの要求にミリアムとマルガレータは口を大きく開けて驚き、壇上に座るディアーナは両手で顔を覆った。楽しそうにしていたのはテレージアとアレクシスだったが、アレンに至ってはもはや言葉すら発することが出来なかった。

 一瞬だげ静まり返った会場だが、すぐに我に返った道楽貴族たちは反発の声を上げた。 


「貴様のような小娘が騎士団長の地位を望むだと?」

「実子でもない養女の分際で何を言う! 家名を与えられたからと調子に乗るな! 恥を知れ!」

「蛮族討伐くらいでいい気になるな!」


 再び罵声と怒号が響き渡った会場内だったが、エイミーが優雅に微笑んだのを見てピタリと止んだ。

 彼女が何を言うのか皆が気になったのである。


「なるほど。皆さまは小娘で実子でもない私には、騎士団長になる資格は無いと仰るのですね。では皆様に、私の実力をお見せしましょう」


 可愛らしい笑顔を貴族たちに向けていたエイミーだったが、そこまで告げると一気にその表情を変化させた。

 怒りと殺意を全面に押し出したその鋭い視線に、貴族たちは一歩後ずさった。


「その身を以って知るがいい。私を敵に回すということがどういうことなのかを!」


 その言葉と同時にエイミーの体から目に見えるほどの魔力が溢れだした。

 それだけで恐怖を覚えた貴族たちだったが、そんなもので終わるほど今の彼女は優しくなかった。 


〈精霊の頂点に君臨する者 それは原初の力を宿す者 故に呼ばれる 女神の娘たち大精霊と 我は望む 未来を切り開く絶対の力を  我 騎士女王が命ずる あらゆる脅威を打ち砕き 全ての敵を滅せよと 我が名はエイミー・ベンフォード 我が身に宿る力を借り 古の盟約に従いその姿を現世に現せ 創世の騎士の末裔にして その力を守護する継承者の願いのために〉【ガイスト】


 詠唱が終了すると同時に会場は眩い光に覆われた。

 その出来事に誰もが目を瞑り、やがて目を開いた時には全てが変わっていた。


「今の魔力は一体なんだ!」


 異変を察知して駆け付けて来たリヒャルダたち近衛騎士は、目の前の光景を見て素早く剣を抜いて駆けだした。

 これを見て中にいた親衛隊騎士たちも剣を抜いたが、そこで動きを止めてしまった。


「一体何者だお前たちはっ!」


 漆黒の髪を靡かせながら圧倒的な魔力を周囲に向けて放つ女性と、それを崇めるように跪く五人の異なる格好の女性たち。よく見ればその女性たちは異なる色の魔力を放出していた。

 再度声を荒げて問いかけたリヒャルダの言葉を聞いた女性は、微笑むと唖然とする貴族たちに向けて言葉を紡いだのだった。


「帝国貴族の皆さま、私はもう一度ここに宣言したいと思います。亡きエリオス騎士団長のあとを私が引き継ぐと。このエイミー=ベンフォードが」


 貴族連中たちは目の前の光景に驚きと恐怖を隠せず、ただエイミーの言葉を黙って聞いていた。

 そして飛び込んで来たリヒャルダも、これがバルコニーで出会ったあの少女とは信じられずに呆然としていた。


「さて、異存がある方は今ここで反論して下さい。あとで反論されても迷惑です。きっちりと話し合いましょう」


 圧倒的な力を見せつけるエイミーに反論する勇気がある貴族など一人もいない。

 そしてこれが脅迫行為だと分かっていてもそれを指摘する者は存在しなかった。溢れ出る魔力に気圧され、惰弱な道楽貴族たちは呼吸すら満足に出来なかったからである。


「あそこにいるのフレイアよね。何だか随分雰囲気が違うと思わない?」

「そうですね。確かに幼さが抜けて大人びた感じがします」

 

 跪いていた大精霊の中にフレイヤを見つけたミリアムたちは、すっかり雰囲気が変わって大人びた彼女を見つけてそんな感想を漏らした。


「あれがあのフレイヤ……。魔力が桁違いじゃない」

「そうね。目に見えるほどの魔力だもの」


 凡人の道楽貴族にでも見えるほどの魔力。それは彼女たちの魔力が桁外れに強力だということを意味するものであり、そんな彼女たちに少しでも反抗すればどうなるかなど、保身に長けた道楽貴族たちにはすぐに理解出来た。

 そしてそれは武に長けたリヒャルダたち近衛騎士や親衛隊騎士たちも同じであった。


「どうやら反論は無いようですね。それで陛下……。私が望む権限は頂けるのでしょうか?」


 再び笑顔を浮かべて尋ねるエイミーに、ヘルムフリートは右手を顎に当てながらしっかりとした口調で答えた。 


「実力は理解したが、やはり騎士団長というのは早すぎると思うな」


 圧倒的な力に物怖じしないヘルムフリートの言葉にエイミーは確かにと呟くと、鮮血のように赤い瞳を向けた。並みの者なら向けられただけで委縮してしまいそうなその瞳を。


「では蛮族討伐の功績に、私は褒美を頂きたいと考えます」

「褒美か。何でもいいのか?」

「もちろんです。陛下が必要だというものを私に与えて下されば宜しのです」


 この不思議なやり取りを見て、アレクシスは次に皇帝が発する言葉が何となく想像できた。

 そして彼の予想は見事に当たった。


「ではエイミー=ベンフォード。お前に対王国戦に置ける指揮権を与える。この功績によっては、騎士団長も夢ではない。励むがよい。ダリウスと競争だな」


 笑顔で告げたヘルムフリートにエイミーも本当の笑顔を見せると、流れるような優雅な動作でその場に跪いて見せた。


「このエイミー=ベンフォード。力を尽くすことを誓います。陛下と帝国の未来のために」

「うむ。では準備もあるだろう。この会場から立ち去ることを許可する」

「ありがとうございます。慰問会を企画した方に宜しくお伝え下さい」


 互いに道楽貴族たちを牽制し合った二人は、顔を見合わせて静かに笑い合った。

 ここに至りアレンたちは全てを察した。この出来事を二人は互いに利用したのだと。


「アルテミスとアテナ両騎士隊に所属の騎士たちに告げる。戦闘準備だ。帝国に侵攻して来た王国軍を掃討する」


 立ち上がったエイミーは会場中に響く渡る声で告げると、最後に道楽貴族たちへとその真っ赤な瞳を向けた。


「殲滅だ。我々に敵対する者は…………全て殲滅だ。誰であろうとも全てだ」


 少女のものとは思えない地を這うような低い声で発せられたその言葉とは対象的に、微笑みを浮かべたエイミー。

 そんな彼女の姿に道楽貴族たちは心の底から恐怖を感じたのであった。







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