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出会い

「俺の勘が正しければここが盗賊たちのアジトだと思う。総員、準備を整えろ」


 森の中に放置されていた廃墟と化した砦に到着したエリオスの言葉を聞いて、騎士たちは一斉に剣を抜いて戦闘態勢を整えた。 


「とにかく捕えられた女性たちの生存を最優先に行動しろ。盗賊の捕縛は最悪――――」


 エリオスがそこまで告げた時、廃砦の中から耳を塞ぎたくなるような悲鳴が轟いた。

 そんな悲鳴に騎士たちは一斉に警戒レベルを上げて視線を砦の方へと向けた。


「おい今のは……」

「男の声だったよな?」

「団長……今の声は一体……」


 何が起こったのか分からない騎士たちは一斉にエリオスへと視線を向けたが、彼はただ砦を見据えるだけだった。

 やがてそんな彼の瞳は、必死の形相を浮かべて走る一人の薄汚い男性の姿を捉えた。


「た、助けてくれぇ!」


 砦から飛び出してきた男性は騎士たちの姿を見つけると一瞬だけ安堵の表情を浮かべたが、続いて飛び出してきた白い生き物によって地面へと押し倒されてしまった。


「な…………白狼だと?」

「なんで白狼がこんな場所に……」


 男に近寄ろうとしていた騎士たちは白狼の姿を確認するとすぐに止まって剣を抜き警戒したが、その白狼の方はというと目の前に現れた騎士たちには一切興味を示さず、押し倒した男に牙を向けて止める隙も無くその首を噛み千切ったのであった。


「な、何ということを」

「こっちに目を向けたぞ! 気を付けろ」


 男の遺体から降りて自分たちを睨む白狼に、騎士たちも最大限の警戒心を払いながらその剣を向けて同じように睨みを利かせる。そんな互いに睨み合う状態が一分ほど続いた時だった。


「座りなさいライアン。彼らは敵では無いわ」


 砦から出て来た人物が良く通る声でそんな一触即発の空気を打ち破った。

 しかしその人物の容姿があまりにも意外過ぎて、今度は騎士たちが呆けてしまうことになった。


「は? 少女だと?」

「はぁ~可愛らしい子だな」

「あの子は一体……」 


 さっきまでの緊張感が嘘のように、騎士たちは口々に現れた少女を見て賛辞の言葉を投げかける。確かにブロンドで背中まで伸びた長い髪は綺麗で艶があり、青い瞳に整った顔立ちはどこかのお嬢様といわれても納得する程のものだ。

 

 その少女が血に染まった剣を持っていなければの話だが。


「……帝国騎士。ちょうど良いタイミングね」


 少女は騎士たちを軽く眺めながらそんな言葉を呟くと、今度は大きな声で彼らに尋ねたのだった。


「私はエイミー。見ての通り傭兵です。この隊の責任者は誰ですか?」

「私がステラ騎士隊を率いる隊長のエリオスだ。傭兵がこんな場所で何をしている?」


 他の騎士たちとは違って若干警戒しながら一歩前へと歩み出たエリオスに対して、エイミーと名乗った少女は剣を軽く振るい血を飛ばしてから鞘に納め、敵意が無いことを示す様に両手を見える位置に掲げながらその質問に答えた。


「この一帯を根城にしていた盗賊団の殲滅です。中に捕らわれた女性たちが四人いるので保護してもらいたいのですが」

「女性たちは無事なのだな? ならばすぐに保護しよう」


 話を聞いて同じ獲物を追っていたのだと知ったエリオスは警戒心を解くと、すぐに部下たちに指示を飛ばしたが、そんな彼の行動を少しだけ咎める様な口調でエイミーは止めた。


「男性騎士は遠慮してもらえないだろうか。場所は入って右手奥の地下で、盗賊はもういない」


 その言葉が意味する事を正確に理解したエリオスは、その言葉に素直に従うことにして女性騎士たちを保護に向かわせ、自身はエイミーに歩み寄って告げた。


「一連の出来事に関する調書を取りたい。ヴァルスの街まで同行してもらいたいが構わないか? もちろんその魔獣――確か白狼だったな。そいつも君の相棒というのなら一緒で構わない」

「配慮に感謝します。もちろん私は構いません。元々ヴァルスの街に向かっていましたので。それと水辺にも盗賊の遺体が複数あります」


 感謝を述べて了承する事を告げたエイミーに内心ホッとしたエリオスは、すぐに複数の騎士たちを選ぶと彼女を駐屯地まで案内するよう命じた。


「それではご同行願いします」

「……分かりました。行くよライアン」


 騎士たちを注意深く観察しながらライアンに声を掛けたエイミーは、一度だけ廃砦に視線を向けてからその場のあとにしたのだった。





 ◆ ◆ ◆ ◆ 



「それで状況は?」


 夕刻も迫ってきた頃、水辺の調査に向かっていたべティーナが戻って来たことに気付いたエリオスはすぐに声を掛けて詳細な報告を求めた。

 そんなエリオスに対して、べティーナは険しい顔を浮かべながら報告を始めたのだった。


「確かに水辺周辺には盗賊の遺体が転がっていました。その数は十二人。検分した限りでは……おそらく一方的な戦いだったかと思われます」

「一方的……か。こっちも似たような状態だ。他には?」


 廃砦に視線を向けながらそう告げたエリオスが他に気になったことは無いか尋ねると、べティーナは少し考えてから思ったことを口にした。


「遺体の半数は魔法によるものでしたが、はっきり言って尋常じゃありません。あれは中級威力以上の魔法でしょうね」


 遺体の状況から推測するに少女が放った魔法は確実に中級魔法以上の威力を誇るものであった。そうでなければ遺体の状態が説明出来ないからである。


「中級威力以上の攻撃魔法か……」

「はい。それと盗賊は皆、一撃で仕留められています。確実に急所を捉えたようですね」

「……どうなっている?」


 その報告を聞いたエリオスは、あのエイミーの姿を思い出しながら小さな声で呟いていた。

 誰がどう見ても傭兵とは思えないあの少女が、これだけのことをたった一人で成し遂げたのだ。疑問を感じるなという方が無理である。


「分かった。とにかく遺体を引き揚げて撤収だ。あとは任せるぞ」


 魔獣の掃討が進んでいるステラ侯爵領とはいえ、森は未だに魔獣が支配する土地である。そんな場所で一夜を明かすのはエリオスも遠慮したかった。


「了解しました。早急に撤収作業に入ります」

「頼んだ。俺は先に街に戻る」


 べティーナに撤収作業を命じたエリオスは、そのまま踵を返すと急ぎ足で森を抜けてヴァルスの街へと戻って行った。

 これだけのことをたった一人で成し遂げたあの少女の動向が気になったからである。





 ◆ ◆ ◆ ◆



「その……お茶です」


 エリオスがまだ森にいた頃、騎士たちに連れられて一足先に騎士隊の駐屯地に到着していたエイミーは、テーブルの上にカップを置く若い女性騎士を何となく眺めていた。

 一方、エイミーの視線を受ける若い女性騎士は何とも言えない緊張感で顔を赤くしていた。彼女から見ても目の前の少女は美少女といって間違いなかった。肌も白く綺麗で最初見た時は本当に傭兵なのかと思わず凝視していたほどである。

 そんな魅力を持つ少女が、何故かジッと自分を見つめているのだから緊張するのは当然のことであった。


「えっと……良ければどうぞ」

「ありがとう」


 エイミーから眩しい笑顔でお礼を告げられた若い女性騎士は思わず視線を下へと向け、そこで床に伏せながら静かにこちらを見つめる白狼の黒い瞳とぶつかった。

 その白狼の瞳もまた彼女の一挙一動を観察しているような視線だった。


(本当に真っ白なんだ。すごく綺麗な毛並み。気持良さそうだなぁ)


「……白狼がそんなに珍しいですか?」

「えっ?」


 エイミーの言葉を受けてようやく我に返った女性騎士は、自分が随分と長い間その白狼を見つめていたことに気付いて慌てて顔を上げた。


「思っていないで触ってみたらどうです? 別に噛みついたりはしませんよ」

「えっ?」


 心の中を読まれて動揺する若い女性騎士に対して、エイミーはライアンの頭を撫でながら笑顔を向けて再度同じ言葉を告げた。


「えっと……本当に噛みついたりしませんか?」 

「しませんよ。ほら、尻尾を振ってるでしょ? 今は機嫌が良いんですよ」


 エイミーの言葉で白狼が尻尾を振っていることに気付いた若い女性騎士は、恐る恐る手を伸ばしてその頭に触れた。そして白狼が一切攻撃して来ないことを確認すると両手でその体を撫で始めた。


「うわぁ……思った通りフサフサしてる。気持ちいいですね」

「そうでしょ? ライアンを枕にして寝ると最高なのよ。それに何か起こればすぐに教えてくれる。旅にはもはや欠かせない存在なのよ」


 その感触に蕩けた様な表情を浮かべる若い女性騎士に、エイミーは懇切丁寧にライアンの良さを力説していた。何せ魔獣というだけでライアンは敵視されてしまう存在なのだ。

 特に傭兵という仕事上、頻繁に街を移動するためその誤解が解けないことも多いため、エイミーはここぞとばかりに言葉に力を込めてライアンの良さを雄弁に語り、そこから意気投合した二人は様々な話で盛り上がり始めた。


 そんなやり取りを部屋に入る前に偶然聞いてしまった調書担当の騎士は、盛り上がっている女性同士の会話を中断するのはまずいと思い、話が終わるまで外で待機することにした。


 まさかそこから二時間に渡って話が続くとは夢にも思わず。






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