騎士としての本能
ステラ侯爵領を出発したアルテミス・アテナ両騎士隊と帝都からの援軍合わせて一万五千は、帝都ザクセンハルトに向けて行軍していた。
「それにしても……辛い日々だったわ」
焚火を囲むディアーナたちは、マルガレータが呟いた言葉を聞いてエイミーへと視線を向けた。
未だに多くの騎士たちが動き回っている中、彼女は誰の目も気にすること無く白狼を枕にして寝息を立てており、その顔は訓練の時では決して見ることが出来ない穏やかで可愛らしい寝顔を浮かべていた。
「エイミーも鬼だったけれど、あの方も鬼でしたね」
「思いだしただけでも背筋が震えます」
ミリアムとセリーヌがその光景を思い出して顔まで真っ青にしながら言葉を吐き出すと、恨めしいといった感情の籠った瞳をディアーナへと向けた。
そんな視線を向けられた当のディアーナは大きくため息を吐いて肩を落とすと、彼女たちの言うあの方へと視線を移動させた。
多くの騎士たちに囲まれて魔獣討伐について語り合っている皇妃――ディアーナの母であるテレージアである。
「あの二人は…………出会っては行けなかったのよ」
切実な声で呟いたマルガレータの言葉で、その場にいた全員はあの地獄のような訓練が始まった時のことを思い出していたのだった。
休暇も終わり、隊の再編を進めるエイミーは仕入れた装備を配ると早々に訓練を開始した。武器の使い方から対騎士戦用の戦術や部隊運用まで。短い時間でこれだけをこなす騎士たちにとっては、まさに地獄のような辛さだったが、彼女は一切手を抜く事は無かった。
そして訓練が始まって一週間が経過した頃、テレージアは演習場にやって来てエイミーにこんなお願いをしたのである。
「私と勝負して頂けませんか?」
訓練の休憩中、エイミーの前に歩み出たテレージアの言葉に多くの騎士が耳を疑った。エイミーの実力を知る者たちから見ればその行動が無謀に映ったからである。
だが彼女の実力を知る者たちの興味は、このお願いにエイミーがどう答えるかというものだった。
すでにテレージアの準備は万全で、ドレス風に仕立て上げられた白い騎士服に身を包み、脛を守るグリーブと足を守る鉄靴ソールレットに手首を守るガントレットと、胸部と背部を守るキュライスを着用して腰には薔薇の紋章が刻みこまれた剣を吊るしていた。
「構いませんが……槍ですか?」
エイミーはテレージアが手に持つ槍を見て目を細めた。槍を使うのは徴集された平民か身分の低い人間が殆どであり、身分の高い者が槍を使うのをエイミーは殆ど見たことが無かった。
もちろん歴史の中には槍で名を馳せた人物は存在するし、名のある傭兵で槍を使う者もいる。
そんな彼女の心情を察したのか、テレージアは槍先を彼女に向けて小さく微笑んで見せた。
「槍は使いこなせれば集団にも対応出来ます。そして一対一でもね」
次の瞬間、槍が緑色に輝いたかと思うと槍先から圧縮された風がエイミーに向かって放たれた。
瞬時にそれを横に飛んで回避したエイミーだったが、着弾した風は地面を大きく削っていた。
「無詠唱…………ここまで魔法を使いこなすとは面白い。いいでしょう。ならば次はこちらから行きますよ」
テレージアの挑発で火が付いたエイミーは、剣を抜くと地面を大きく蹴った。それを見た彼女は再び魔法を込めて風の弾丸を飛ばした。
「見えていますよっ!」
飛んで来た風の弾丸を最小限の動きで回避したエイミーは、瞬く間にテレージアの懐に飛び込んで剣を振り上げた。
誰もが勝負は決まったと思ったが、エイミーだけはしっかりと目撃していた。彼女が微笑んでいることを。
「では……こちらも」
間合いを計算して二歩後ろに後退したテレージアは、そのまま優雅に回転すると振り下ろされるエイミーの剣に槍を合わせ軌道を書き換え、その力を相殺することなく完全に受け流したのである。
「くそっ!」
勢いのまま体が流れたエイミーを見て、テレージアはステップするように足を動かして体をエイミーに向け直すと、槍に強力な魔法を込め薙ぎ払うように槍を振るった。
〈薙ぎ払え〉【ヴィントシュトース】
(嘘! 古代詠唱!?)
まさかの攻撃に慌てて防御魔法を発動しようとしたエイミーだったが、驚いた分だけ出遅れてしまい、防御魔法が完全に発動する前にその攻撃を受ける事となった。
周囲を一掃するかのように放たれたその風の威力は凄まじく、防御魔法を打ち破ってエイミーを吹き飛ばし地面に叩き付けたのである。
それは受け身の取れない騎士なら、確実に勝負を決めたであろう一撃だった。
「うそ……エイミーに土を付けたわ」
「お母様がこんなに強いなんて…………知らなかったわ」
勝負を眺めるディアーナとリゼールの二人は母の強さを目の当たりにしてそんな感想を漏らしていた。それは周囲で観戦していた騎士たちも同様だったが、実力を知る者たちはその力が衰えていないことを実感していた。
――槍舞の華――
それが帝国皇妃テレージア=ハウゼン=ザールラントの呼び名であり、魔獣討伐で名を馳せたヘスティア騎士隊の指南役を務める彼女の実力なのである。
「すごい……これが槍舞の華の実力」
テレージアの動きに騎士の誰もが見惚れていた。
彼女の戦い方はまさにダンスを踊っているかのように見えるのだ。足の運び方一つとっても、乱れることなく優雅で軽やかにステップを踏み相手を翻弄する。
そしてそこに槍が振り下ろされるのである。
〈我が槍に纏え 全てを薙ぎ払う風 暴風の嵐よ〉【ヴィントホーゼ】
地面に倒れたエイミーに追撃を行うテレージアは槍に強大な魔力を込めると、上段に構えて一気に振り下ろし、発生した風の渦は猛烈な勢いでエイミーに襲い掛かった。
(やっぱり古代語。聞き間違いじゃない)
エイミーが魔法を行使する際に使う言葉は古代語であり、現在の言葉で詠唱するよりも威力が格段に上昇する。そんな便利な古代語だが、それを使って詠唱する人間は限られている。
なぜなら普通の人間が古代語を使って詠唱しても魔法は発動しない。古代詠唱で魔法を行使するにはある条件が必要だからである。
【フランメ】
考える事を後回しにしたエイミーは簡易詠唱で剣に魔力を込めて一瞬にして炎の渦を生み出すと、その強力な魔法をテレージアに向けて放った。
あっという間に距離を詰めた圧縮された風の渦と凝縮された炎の渦は、衝突と同意に大爆発を起こして強烈な衝撃波と激しい土煙を舞い上げた。
「「はぁぁぁぁぁぁぁあ!」」
そんな土煙から勢いよく飛び出した二人は、その刃を同時に振り下ろした。
「……槍と相対するのは久しぶりですが、これは本当にやりにくいですね。槍舞とは言いえて妙ですね」
「私からすればあなたの剣も随分とやりにくいですよ。帝国の剣とは違うその動きは」
鍔迫り合いから言葉を交わすテレージアは一端後退すると武器を構え直したが、すぐに怪訝な表情を浮かべた。
それは周囲で眺めていた騎士たちも一緒だった。
「剣を鞘に納めるとは……一体どういうことですか?」
「正直……皇妃陛下の実力を侮っていました」
テレージアの問いに、エイミーは目を閉じながら正直に感想を述べた。
(かつての聖槍の騎士に匹敵するこの技量。私とした事が相手の実力を見誤った)
押し黙ってしまったエイミーの様子を固唾を飲んで見守っていた騎士たちは、次の言葉を聞いて声を失った。
「ですから私も本気で行きます。あなたを殺す気で」
「ちょ、ちょとエイミー!」
その言葉に驚いたディアーナは急いで止めに入ろうとしたが、意外にもテレージア自身がそれを手で制した。
その顔はどこか楽しそうであり、まるで玩具を得た子供のようだった。
「ではあなたの実力……見せてもらいましょう」
その言葉と同時に身構えたテレージアを見て、エイミーは腰を屈めると左手を柄に置いた。
【ヴィント】
地面を蹴った瞬間に全身に纏わせていた風を解放したエイミーは、誰もが予想しなかった速さでテレージアとの間合いを詰めた。
(速いっ! でもそれだけならば――)
想像以上の速さで間合いを詰めたエイミーに驚くテレージアだったが、彼女は冷静に動きを観察して槍を構えた。
〈全てを蹂躙して薙ぎ払え〉【ゲヴィッター】
詠唱と同時にエイミーが左手で剣を抜くと、その剣から嵐の如く吹き荒れる風が放たれたのであるが、それで終わりでは無かった。
【ブレンネン】
ほぼ同時に右手に込めていた魔力を解放したエイミー。
発動された魔法は威力がそこまで大きくない火魔法であったが、それが風と合わさる事で吹き荒れる大火の炎となったのである。
(これは……)
一瞬にして炎の嵐を生みだしたエイミーに、さすがのテレージアもその顔から笑顔が消えた。
彼女はその言葉通り、自分を殺す気で向かってきたのだ。
〈純白の輝きよ 全てを呑みこめ〉【ラヴィーネ】
圧倒的な火と風の合成魔法に対して防御魔法では無く、広域凍結を行う水の攻撃魔法で対抗したテレージアだったが、動きを完全に止めたその一瞬をエイミーは見逃さなかった。
「これが私の実力です。皇妃陛下」
「…………参りました。私の負けですね」
槍を地面に落して降参を告げたテレージアは、首筋に短剣を当てるエイミーに対して敗者とは思えない笑顔を見せて言葉を続けた。
「楽しかったわ。またお願いしてもいいかしら?」
「皇妃様に同じ手は通用しないでしょうから、ぜひ宜しくお願いします」
固く握手を交わす二人は、戦う者として互いの実力を認め合いすっかり意気投合していたが、そんな様子を眺めていたディアーナたち騎士は何となく思っていた。
この二人は同類であり、一緒にしてはいけないのではないかと。
そしてその考えが正しかったことがすぐに証明された。一気に距離を縮めて親友となった二人は、それから一週間に渡って騎士たちを恐怖のどん底に叩き落としたのである。
◆ザールラント帝国 バードテルツ◆
帝国各地を蹂躙する王国の新興貴族軍だったが、その侵攻速度は意外なことに鈍り始めていた。それは彼らが勝利に酔い痴れ、予定に無い場所へと侵攻を始めたからであった。
一方のライナス王太子殿下率いる王国軍本隊は予定通り帝都へと向かって進んでいた。
「エリオス騎士団長! 王国軍本隊はバードテルツを通過するようです」
エイミーからの報告を受けたエリオスは、帝都の防衛に当たっていた騎士二万のうち一万を率いて南に進軍していた。
エイミーたちが到着するまでの時間を稼ぐためである。
「では予定通り森で迎撃できるな」
偵察に出ていた騎士の報告を聞いたエリオスは、すぐに各隊に指示を飛ばした。
この調子ならエイミーたちが到着まで時間を稼ぐことが出来る。エリオスはそう確信していた。
「しかし王国軍はなぜ各地に散っているのだ? まるで理解出来ない」
帝国に侵入してきた王国軍の動きを見るかぎり、彼らは統制されているとはとても思えなかった。
確かに本隊は帝都を目指して進軍しているが、侵攻してきた王国軍の半数以上が各地に散っているのである。それは普通に見ればあり得ない話であった。
「危険を冒して戦力を分散させる意味が分からん。一体なにが目的だ?」
新興貴族が略奪によって私腹を肥やしているだけとは知らないエリオスは、王国軍の不可解な行動に頭を抱えたがすぐに考えることを止めた。
今は目の前の敵に集中すべき時だからである。
「さてさて、ライナス王太子殿下とやらがどれ程の者か…………見せてもらうとするか」
帝国騎士団長としてようやく戦場に立つことが出来るエリオスは、自分でも気付かないうちに小さな笑みを浮かべていた。彼の騎士としての本能が疼いていたのである。
だがその願いが叶うことは無かった。
「我が主人の命である。我らが脅威を排除させてもらうわ」
「な……だ、誰だ貴様は?」
「今言ったでしょう? 脅威を排除させてもらうと。だからここで死んで頂戴」
夜の闇が周囲を包み込んだ頃、月光の光に照らされた白銀の長い髪を靡かせる女性騎士が騎士たちの前に現れたのである。
そんな彼女による突然の襲撃によって騎士たちは壊滅に近い被害を受けたのである。
そしてエリオスは―――。




