それぞれの休暇
「明日からの訓練に備え、本日は臨時休暇とする。各騎士たちは貴重な休暇を有意義に過ごすように」
対王国戦に備えて今日から訓練が始まると思っていた騎士たちは、朝一番にもたらされた言葉を聞いて歓喜の声を上げた。
特に旧ステラ騎士隊からの生き残りたちは、周囲の者たちが唖然とするほど喜んでいたのだった。
「しかし……本当に怪我は大丈夫なの?」
朝食後、ステラ侯爵邸の庭園でお茶を楽しみ数年ぶりに家族団欒の時を過ごすディアーナは、心配そうな表情を浮かべる姉のリゼールに尋ねられた。未だに首から包帯で左手を吊るしているディアーナの様子は確かに痛々しく見えたが、当の本人は至って元気だった。
「大した怪我ではありません。そんな顔をしないで下さい姉上」
姉として気を使ったはずが逆に気を使われてしまったリゼールは、一気にしゅんとした表情になって落ち込んでしまった。
そんな様子を静かに見守っていたテレージアは、小さく笑うと昔を振り返りながら言葉を発した。
「子供の頃は立場が逆ですね。リゼールの後ろに隠れていたディアーナとは思えませんね」
「うっ……確かに昔はそうでしたが…………」
「でも分かって上げて。リゼールはあなたが戦場で戦っていると聞いてとても心配したのよ。もちろん私もね」
からかうような表情から一転して真顔で語ったテレージアの言葉を聞いて、ディアーナは照れながらもしっかりとその言葉に頷いた。
家族が自分を大切にしてくれていることは十分に理解していた。昔も今もである。
「……ねぇディー。さっきから気になっていたのだけれど、あの白い犬はエイミー様の飼い犬ですか? 帝国では珍しい犬だと思うのだけれども」
少し落ち込んでいたリゼールは、ふと視界に入ったそれに興味を示して表情を戻した。
そこにいたのは広い庭園の一角で横になっていた白い生き物だった。
「あのリゼール様。あれは犬ではなく…………その……」
そばで控えていたフリーデがリゼールの間違いを指摘しようとしたが、はっきり告げていいのか悩み言い淀んでしまった。
そんな様子を見てすかさずディアーナが言葉を引き継ぎ姉に説明した。
「あれは犬では無く白狼ですよ姉上。帝国では魔獣に分類されます。それにエイミーは飼っているわけではなく、仲間として連れていますよ」
「え? 魔獣なの?」
魔獣は人に害をなす存在。
故に帝国では騎士の任務として古来より魔獣を掃討してきたが、そんな存在がまさに近くにいる。
リゼールはその状況に驚き、目を大きく見開いてその白狼を凝視したのだった。
「魔獣と言っても彼は特別です。おいでライアン」
リゼールの驚く表情が楽しいディアーナは白狼の名前を呼ぶと、白狼はゆっくりとした動作で起き上がって歩き始めた。
「これが白狼のライアンです。どうですか姉上? 可愛いでしょう」
ディアーナが座る椅子の横までやって来たライアンは、地面に座ると彼女を見上げ動かなくなった。
そんな白狼の頭をディアーナは嬉しそうに撫でていた。
なぜならあのエミンゲルでの戦い以降、白狼は名前を呼ぶと反応するようになったのである。それまでは幾ら呼んでもエイミー以外には反応しなかった白狼がである。
「私は……ようやくお前に認められて嬉しい。ほら、昨日の晩餐で出た骨付き肉だぞ」
乙女全開のディアーナとは対照的に、遠目で見たよりも大きい白狼に及び腰のリゼール。
そんな彼女に対して白狼は瞳を向けると、まるで獲物を狙うかのように目を細めたのだった。
「ね、ねぇディー。いきなり襲われたりは……しませんわよね?」
「ライアンはそんなことしません。ほら、姉上も触って下さい」
「で、ですが…………」
魔獣という先入観があるためか恐怖で触ることが出来ないリゼールだったが、テレージアは素早い動きで白狼に触れていた。
「お、お母様!」
「母上!」
「テレージア様!」
テレージアの予想外の行動に驚いて声を上げた三人。
一方のテレージアはそんな驚きの声を無視して慣れた手つきでライアンを撫で、白狼は気持ちが良いのか目を閉じてじっとしていた。
「……さすがはテレージア様。魔獣討伐でその名を轟かせるヘスティア騎士隊の指南役を務めるだけはありますね」
フリーデが放った言葉を聞いて二人の娘は母の実力を思い出していた。
槍の使い手として帝国で最も名が知れた帝国騎士。それが皇妃を務める母テレージアの二つ名なのである。槍で敵を薙ぎ払い、突き刺し、踊るように魔獣を殲滅する彼女にとっては狼というより、ただの大きな犬にしか見えなかったのである。
「フサフサの毛並みね。あなた、一体どこから帝国に来たの? ロシュエル? それともローザンヌ? もしかして未開の大地かしら?」
すっかりお気に入りとなった白狼に問いかけるテレージアの姿に、三人は苦笑いを浮かべながらその様子をただ静かに見守ったのだった。
「前回も思ったことだけどステラ侯爵領は活気があるな。エルスト子爵領とは大違いだ」
「帝国五大貴族だからというよりも、しっかり領地を管理している結果でしょうね。犯罪も少なそうだし、住民も生き生きしているわ。重税とは無縁なんでしょうね」
休暇を満喫するため街を探索していたアベルとセリーヌは、エルスト子爵領と比較しながら感想を述べていた。前回訪れた時は任務のためそこまで観察出来なかったので、今日はその続きを行っていたのである。
「本当、エルスト子爵領とは大違いだな。領主様との距離感も近いように感じるしな。それに大通りも裏通りも見事に整備されて店が並んでいる。井戸も各所にあって、しかも使いたい放題。さらには公共の湯浴み場は破格の値段だったぞ」
「これがエルスト子爵領ならまず店の出店に税が掛かる。そして井戸にも税。公共の湯浴み場もこんなに安くは無いでしょうね」
「ここまで違うとははっきり言って驚きだよ」
同じ帝国でしかも隣の領だが、その世界は確実に違っていた。重税や横暴で苦しんできたエルスト子爵領と比べると、ステラ侯爵領はまさに楽園と呼んで間違いないものだった。
「まぁ……あの豚子爵と聡明で勇敢で騎士団長まで務めるエリオス様。そして優雅で美しいエリノア様を比べれば、何だか納得出来るわ」
諦めに近い表情でそう呟いたセリーヌの言葉に深く頷くアベルは、その時あることに気付いて視線を周りに向けた。見れば周囲の何人かが遠巻きに自分たちを眺めていたのである。
「なんだ? 何かやったか俺たち?」
「さ、さぁ。何もしていないと思うけど」
困惑する二人だったがその原因はすぐに判明した。
「なぁ、もしかして二人はカッセル騎士隊の人間じゃないか?」
躊躇いがちにそう声を掛けて来た男性に二人が黙って頷くと、男性は急に明るい表情を浮かべ周りにいた人間たちに声を掛けた。話を聞けば、彼らはカッセルから逃げて来た人間たちだったのである。
「本当にありがとう。あの時、カッセル騎士隊が守ってくれたお陰で、俺たちはここまで辿りつけた。本当にありがとう」
たくさんのお礼と感謝を述べる元カッセルの住人たち。
やがてそれも終わり彼らが立ち去ったあと、セリーヌは右手に装備していたガンレットに視線を落として小さな声で呟いた。
「本当に感謝されるべきは…………彼女たちだわ」
「セリーヌ…………」
セリーヌが右手に装備しているガントレットはある人物の遺品であった。
グミュント村を守るために重傷を負いながらも最後まで蛮族に立ち塞がった勇敢な女性騎士――ロッテ・バルツァーの物である。
『戦場を巡って来た一等級傭兵として最大級の賛辞を送る。貴女の親友は真の騎士だったと』
ヘッセンでエイミーに出会ったセリーヌは、親友の遺品を渡されその場で泣き崩れた。自分は間に合わなかったと、それこそ声を上げて泣いたのである。
「そんな顔をするなよ」
「ちょ、アベル!」
「俺たちもあの日戦った。伝令としてな。同じ戦場では無いが、確かに戦っていただろう。エイミー殿が仰った言葉をもう忘れたのか?」
頭に手を置いて子供扱いするアベルに文句を告げようとしたセリーヌだったが、その後に続いた言葉を聞いて彼女は口を閉ざしたのだった。
確かにエイミーはあの時、共に戦えなかったことを後悔するセリーヌにこう告げた。
『君たちを信じて彼女は戦ったはずだ。救援を呼びに向かった伝令である君たちを信じて。だがら彼女は戦った。必ず守れると信じて。忘れないで。戦場は違えど、確かに貴女も彼女と共に戦ったことを』
その言葉を思い出したセリーヌは、珍しく恥じらいを見せながら感謝の言葉を口にしたのだった。
「分かったら飯でも食おうぜ? 今日は休暇なんだからこの街を満喫しようぜ」
どこまでも前向きなアベルに元気づけられたセリーヌは笑うと、すぐに歩き出したアベルのあとを追って行った。
今日くらいはこの馬鹿に最後まで付き合おう、そんな風に考えて。
「ここは……街の外れですか?」
「ここで何をするつもりですか?」
エイミーとフレイヤに連れられて街の外れまでやって来た古代種――――正式に呼ぶなら亜人族と呼ばれる彼らは、二人を見据えながら困惑した表情で尋ねた。何せ見渡す限り何も無い場所であり、そういった反応を見せるのは当然だった。
「ここはステラ侯爵領で未開発の土地だ。私は今後の――いや未来の戦いに向けて諸君たち亜人族の力を借りたいと思っている」
「人間が俺たちの力を?」
怪訝な表情を浮かべる亜人族たち。人間と亜人族は長い間交流を持たないで生活してきた。それは互いに見た目が違うからであり、偏見や誤解があったからである。
そんな心の内を察したフレイヤは、少し呆れた表情で言葉を発した。
「偏見や誤解などこの際、大した問題ではないでしょう。それで人間族と亜人族の間で戦争が起こったわけではないのですから。だた今まで交流を持たなかっただけ。今から交流を持つことは悪いことではないと思うのですがね~。それに――――」
一度言葉を区切った風神様は皆を見回すと、悲しいぐらい無い胸を張ってこう告げた。
「この土地は無償で進呈されます。それと初期投資に掛かる費用も全てがベンフォード家がお出しになります。未開の大地に帰れない今の亜人族にとっては、これは好機だと思いますよ?」
「何であんたが胸を張るの?」
フレイヤの態度に疑問を感じるエイミーは大きくため息を吐いてから目の前の亜人族に説明を始めた。
「亜人族はそれぞれ得意とする分野がある。それを生かしてこのステラ侯爵領と帝国――いや、この大陸のために力を貸して欲しいのだ」
真剣な表情でそう語ったエイミーの言葉に、亜人族たちは思わず息をするのも忘れた。
彼女が語るその言葉は普通なら誰もが笑い飛ばす内容だったが、なぜか放たれた言葉には力があったのだ。
「私の願いに力を貸してくれる者がいるのなら、私は人間も精霊も亜人も区別はしない。私の願いは戦争の無い世界。無慈悲に命が失われない世界だ」
実現不可能なことを語るエイミーの表情はどこまでも真剣なものだった。なぜならそれは彼女にとってただの夢ではないからである。
三千年前、エミリア=ロザンヌが数え切れない屍を目撃して心に誓ってから、継承者たちが常に願ってきた悲願なのだから。
「……そんな世界が本当に実現可能だと?」
「出来るか出来ないではない。それが私の目指す道なのよ」
質問に即答したエイミーの言葉を聞いて亜人たちは互いに顔を見合わせていたが、やがてその内の一人が口を開いて告げた。
「まぁ、俺たちも生活があるからな。無理難題じゃなければ協力はさせてもらうよ。帝国には一応、助けてもらった恩もあるからな」
素直に行為を受け取らない亜人たちだったが、今はそれでいいと思いエイミーは微笑みを浮かべた。
「歓迎するよ。これから宜しく」




