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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国反攻編
46/173

王国の策略

◆ザールラント帝国 ホルステン辺境伯領ブリュール◆



「ここが団長の生まれた街か。賑やかな街だな」

「でも変わってるよな。領主の娘が傭兵団の団長やってるんだから。優雅に暮らせただろうに」


 海を渡り帝国へとやって来たフィオーナ率いる二十人の傭兵団一行は、港町から一週間の旅を経て目的へと到着した。

N トラキアとは違う街に興味津々の団員たちは様々なものに目を向けるが、当のフィオーナは街の雰囲気を一瞥して違和感を覚えた。


「どうかしたのか?」


 フィオーナの様子がおかしいことに気付いたアルバーノが疑問を口にすると、彼女は少し考えてからそれに答えた。


「街に活気がないと思って。昔はもっと賑やかだった。もしかして……」

「侵攻が始まったのかもしれないな」


 言葉の濁したフィオーナに代わってアルバーノが言葉を発した。参戦要請からすでにかなりの日数が経過しているのだからそれは十分にあり得る話だった。


「どうするんだ? 状況が把握出来ないと動きようがないぞ?」


 情報が命を左右することを身を以って体験しているアルバーノが尋ねると、フィオーナはすぐに渋い表情を浮かべた。

 この様な状況下で情報が集まる場所は限られる。帝国各地に存在する騎士隊駐屯地か、領地を守る領主である。


「仕方がない。私の家に向かいましょう。気乗りはしないけど」


 六年前、家出同然でローゼンバーグ家を飛び出したフィオーナにとって、今さら家に戻って家族と顔を合わせるのは気まずいものがあったが現状ではそれが最善の道であり、結局は重い足を動かし皆を屋敷まで先導したのだった。


「なんだ貴様らっ! ここはホルステン辺境伯領を治めるローゼンバーグ家のお屋敷だ! 用事が無いならさっさと立ち去れっ!」


 屋敷に到着した途端、フィオーナたちは門を守る衛兵に剣を向けられそんな声を怒声を浴びせられた。六年という歳月で衛兵は昔とは違う人間になっていたのである。

 この状況に彼女は少し考えてからその衛兵たちに名前を告げた。


「……フローラルはまだいるかしら?」 

「ん? 貴様らフローラルメイド長の知り合いか?」

「は? メイド長?」


 かつてメイドの一人として働いていた人物の名前を告げたフィオーナに、衛兵は彼女が予想していなかった言葉を告げたのだった。


「あのフローラルがメイド長……。まぁ六年も経てば変わるか。とにかくそのフローラルに用事があるの。大至急呼んできて」


 フローラルメイド長の知り合いとなれば無視するわけにも行かず、衛兵の一人は渋々屋敷に向かった。

 そしてやって来た茶色い長い髪を一つに束ねたメイド服の女性は、フィオーナを見るなりその目を丸くしたが、我に返ると口を開いて衛兵たちを一喝した。


「何をしているのです! 彼女はこのローゼンバーグ家の長女――フィオーナ=ローゼンバーグ=ホルステン様です! すぐにその剣を下ろしなさいっ!」


 これを聞いた衛兵たちはすぐに傭兵姿の女性を凝視した。

 この屋敷に雇われた際、確かに長女の存在を聞いたがこれまで一度も出会ったことは無かった。

 その結果、衛兵たちは長女の存在は幻か何かだと思っていたのである。


「お嬢様……今まで一体どこで何を…………。それにその格好は? 彼らは一体……」


 フィオーナの前まで来たフローラルは感極まって涙目になりながら彼女に疑問をぶつけた。


「あははは。まぁその……色々と」


 とても傭兵とは言えないフィオーナは、乾いた笑いでその場を誤魔化すことにした。




「傭兵団長……。まさかフィオーナ様が……」


 屋敷に通されたフィオーナは実の母親に連行され、仲間たちは大広間へと通された。

 だが何故かアルバーノだけは一人サロンに通されフローラルと対峙していたのだった。彼女は紅茶を注ぐと、テーブルに置いてフィオーナが今まで何をしていたのかを尋ねたのだった。


「大陸西方では知らない者はいないでしょう。我々は戦場を駆ける戦場の猟犬。そして彼女はその猟犬を束ねる猟兵です。想像を絶する戦場を、この六年駆け抜けてきました」

「そうでしたか……。お嬢様を守って下さり、本当にありがとうございます」 

「それは違いますよ」


 傭兵に向かって丁寧に頭を下げるフローラルに、アルバーノは今までの戦場を思い出しながら彼女の言葉を否定した。

 思わず頭を上げた彼女に、アルバーノは顔に似合わない優しげな声で告げた。


「守ってきたのは彼女ですよ。食い扶持に困った人間を雇い、傭兵として生きて行けるよう訓練を施してきた。そして戦場を駆け抜けその名を知らしめた。だからこそ、こうして我々は生きているのですよ」


 最後は片目を瞑ってお茶目に決めたアルバーノを見て、フローラルは恥ずかしくなり思わず顔を逸らしていた。これまで多くの人間に出会ったきたが、彼のように自然体で言葉を口にする人間は初めてだったのである。


「ふふ。変わった方ですね」


 小さく笑ったフローラルはこの人ともっと話をしてみたいと思い、いつの間にか椅子に座って話し込んでいた。彼女がそれに気付いたのは、それから随分と時間が過ぎてからだった。

 その一方で母に連行されたフィオーナは、母の私室で家を出てから六年間の出来事を聞かされていた。


「ふ~ん。フリーデが皇女付きのメイドね。正直驚きだわ」

「私はあなたの言葉遣いに驚いていますよ。名門貴族の娘とは思えませんね」

「あははは。まぁ六年も戦場にいれば……」


 言葉を濁すフィオーナを見て大きくため息を吐いた母エルヴィラだったが、心の中では音信不通だった娘がこうして帰ってきたことに喜びを感じていた。

 その証拠にその顔はどこか嬉しそうなものだった。


「と、ところで街に活気がなかったけれど何かあったの?」


 話題を変えるべくティーカップに口を付けながら質問したフィオーナに、エルヴィラはその表情を一変させた。

 それを見てフィオーナはすぐに察した。


「王国軍の侵攻が始まったわけか」

「どうしてそれを?」

「傭兵団に王国から依頼があってね。ホルステン辺境伯への侵攻依頼が」

「あなたまさか…………依頼を受けたわけではないわよね?」


 思わず身構えてしまったエルヴィラに、フィオーナは苦笑しながら告げた。


「故郷へ侵攻する依頼なんて受けないわよ。それにうちの傭兵団は金で動くわけじゃない。私たちは命を守るために動く傭兵団。侵攻に手を貸したりはしないわ」

「…………少し安心したわ。言葉遣いは変わっても、あなた自身は何も変わっていないわね。かつて騎士になると言っていた子供の頃のままだわ」


 家出同然で飛び出した自分に温かい笑顔を向けてくれる母エルヴィラの言葉に、気恥ずかしさを覚えて無言で紅茶を飲むフィオーナだったが、すぐに頭の中で想像を巡らせた。

 レアーヌ王国の侵攻で最初に被害を受けるのは地方の辺境領であり、それはこのホルステンも例外ではないのだが、この街は活気が無いだけでとても戦時下とは思えなかった。


「……王国軍はホルステンには侵攻していないの?」

「ホルステンは今のところ王国軍の侵攻は受けていないわ。ただ……時間の問題でしょうね。王国軍は国境を隔てるルマン川に集結している。その数は約五千」

「じゃあ王国はフルダ辺境伯領から帝国に侵攻しているのね」

「その通りよ。話によれば侵攻してきた王国軍は約十万。そして指揮官は王位継承権第一位のライナス王太子殿下らしいわ」


 この話を聞いてフィオーナは王国が本気だということをすぐに理解した。そしてこのホルステンと帝国が置かれた状況もである。

 王国軍五千に睨まれているためこの地の兵力を隣のフルダ辺境伯救援に向けることが出来ず、その結果王国軍の内部侵攻を帝国は許してしまっているのである。


「今の騎士団長と将軍は誰なの?」

「騎士団長はステラ侯爵エリオス様。将軍はリヒテン侯爵ダリウス様ですよ」


 フィオーナはその名前を聞いて古い記憶を懸命に辿った。本人に会ったのは七年前の社交界デビューで一度だけである。正直どれだけ頑張っても顔や性格は全く思い出せなかった。


「その騎士団長と将軍は何をしているの?」

「エリオス様は帝都で各領主に派兵を求めていると聞いているわ。ダリウス様は帝国軍を率いて王国軍と戦っているけど、正直言って戦況は良くないわね」


 少し考えてからそんな疑問の声を上げたエルヴィラとは対照的に、フィオーナは厳しい表情を浮かべたのだった。


「レアーヌ王国が有利に戦争を進めているということですか」


 言い知れぬ不安に表情を歪めながら言葉を発したフィオーナの顔を見て、エルヴィラは思わず言葉を失っていた。

 なぜならそこにいたのは自分が知っている娘では無く、六年という歳月を戦場で過ごし『猟兵』と呼ばれるまでになった自分が知らない娘の姿だったからである。

 




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