新たな戦いに向けて
エミンゲルでの戦闘終結から三日が経ち、動ける騎士や生き残った住民たちは遺体の処分や負傷者の治療に当たっていた。
そんな中、エイミーは部屋に籠ってステラ侯爵領や帝都ザクセンハルト。そしてカッセルへと戦闘の詳細を書き綴っては伝令鷲を飛ばしていた。
一方のディアーナは、ベッドの上で外から聞こえてくる仲間たちの声に耳を傾けていた。左腕骨折に肋骨数本にヒビという診断を下された彼女は、エイミーが絶対安静と命令を出したこともあり部屋に半ば監禁されていたのである。
その結果、戦闘終結から三日経った今でも詳しい状況を把握出来ていなかった。
「ディー起きてる?」
何となく虚しさをディアーナが感じ始めた時、部屋にエイミーが白狼を連れて訪れてきた。
ライアンはベッドに飛び乗るとすぐにディアーナの隣で体を丸めて横になった。その頭を軽く撫でていたディアーナは、やがて無言で佇むエイミーを見据えて尋ねた。
「エイミー、詳しい状況を教えて」
「アルテミス騎士隊はこの戦いで総戦力の半数を失ったわ」
「半数……」
その言葉を聞いたディアーナはベッドの上で両手を強く握り締めた。総戦力の半数を失ったということは、簡単に言えばアルテミス騎士隊の壊滅を意味する。自身が主導した戦いで半数の仲間を死に追いやったというその事実は、彼女に大きな衝撃と動揺を与えた。
「私がもっと……うまくやっていれば」
多くの仲間を死地に追いやったその事実に耐えきれず、俯いてしまったディアーナの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
そんな様子をしばらく眺めていたエイミーは、カーテンを端に寄せて勢いよく窓を開け放った。薄暗かった部屋に差し込む太陽の光に照らされた彼女は、頬笑みを浮かべながら静かな口調で告げた。
「誰が指揮を執っても今回の戦いでは犠牲は避けられなかった。半数で済んだのはディーが指揮を執り共に戦った結果よ。三万の大軍相手に僅か三千人で挑み勝利した。ディーは後悔するよりも胸を張って誇るべきだわ。守るために散っていた者たちのためにもね。そして……見なさい」
窓の外を見るように告げたエイミーの言葉を聞いて、ディアーナも視線を外へと向けた。
そこには多くの住人が懸命に働く姿があった。
「街の生存者は他にもいたわ。彼らは地下や瓦礫の中に身を潜めていた。ディーが戦う決断をしなければ彼らは蛮族によって殺されていた。確かに騎士たちの多くを失ったけれど無駄な犠牲では無い。守れた者も確かに存在するのだから」
優しく微笑むエイミーの言葉が終ると同時に、体を少し起こしたライアンがディアーナの涙を拭うようにペロッと頬を舐めた。
その白狼の瞳はどこか励ましているかのように見えた。
「おい。あれ皇女殿下じゃないか?」
「本当だ。皇女殿下だ」
窓から顔を覗かせているディアーナの存在に気付いた住人たちは、感謝を述べたり手を振ったり、中にはチャンスと言わんばかりに近づいて声を掛ける猛者までいた。
彼らに共通することは皆が心の底から彼女に感謝しており、切実に彼女の回復を願っていたことだった。そんな微笑ましい様子を見てエイミーは静かに部屋を後にした。
「エイミー様。ありがとうございます」
部屋を出てすぐにエイミーは頭を下げるフリーデと出会った。部屋での一部始終を聞いていた彼女は、エイミーがディアーナを励ましてくれたことを感謝していたのだ。
「当たり前のことを言っただけよ。感謝されることではないわ」
それが当然といった反応を見せるエイミーは、フリーデに頭を上げるように告げるとすぐに歩き出した。すでに彼女の頭は戦う者の思考へと切り替わっていたのである。
「カッセルからの報告ではシュリング男爵領でも蛮族を打ち破った。これで北部の戦況は安定するはず。問題なのは……」
エイミーの頭に帝国を脅かす二つの勢力が思い浮かんだ。
一つは帝都とエミンゲルを襲撃した悪霊であり、もう一つは帝国南部から侵攻してきた王国である。はっきり言ってしまえば二つとも蛮族とは比べ物にならないほど強大な敵である。
「……一度戻って帝都に向かうか」
悪霊は詠唱一つで万の軍勢を呼び出せるほど強大であり、王国軍は蛮族とは違って組織化され魔法も使用してくる。
そんな存在と対峙するには、この帝国の総力を結集する必要があるのだ。
「必要なものを揃えてもらうか」
今後の予定を決めたエイミーはすぐにステラ侯爵領に伝令鷲を飛ばすべく、自身が使用している部屋へと戻って行ったのだった。
◆レアーヌ王国 王都バンテオン◆
「険しい顔ですね団長。戦況が芳しくないのですか?」
団長室にやって来たクラリスは、椅子に座りながら眉間にシワを寄せて報告書を眺めるアルフォンスを見てそんな声を上げたが、その予想は外れていた。机に投げられた報告書を手に取った彼女は、それに素早く目を通した。
「作戦は順調に進んでいるようですね。何が心配なのです?」
「順調過ぎる。ここまで勝ち戦が続くと士気が緩み、騎士道に反する行為も黙認され始める。それをライナス王太子殿下が御せるとは思えないしな」
そんな心配をするアルフォンスだったが、すでに略奪や強姦といった犯罪は横行していた。
そしてさらに深刻な問題が王国軍内部に発生していた。それは予定にない場所への進攻である。勝ち戦が続いたことにより、新興貴族たちは帝国が弱いと勘違いし始めていたのである。
「このまま行けば、あと二カ月ほどで帝都近郊まで近づけるはずだ。問題が無ければだがな」
厳しい表情でそう語ったアルフォンス。その言葉に何か思うところがあったクラリスは、しばらく考えてから当初の用件を話し始めた。
「例の件ですが、どうやら帝国北部に蛮族が進攻したようです。その数は約七万。帝国がそちらの鎮圧に動いていたため南部が手薄になっていたようです」
「蛮族の進攻……。なるほど、新興貴族は蛮族が進攻することを知っていたということか。だから帝国進攻に自信を持っていたわけか」
「はい。さすがの帝国も二方面からの進攻には対処出来なかったようです。予定通り作戦が進めば、間違いなく勝利出来るはずです」
クラリスのこの報告を聞いて、アルフォンスは今後の王国内部の動向を考え始めた。今回進攻に参加したのは新興貴族だけ。それは帝国には勝てないと伝統ある貴族たちが反対したからである。
だがこのまま帝国に勝利することがあれば、新興貴族の力はさらに増すことになる。
「負けるのも困るが、勝って新興貴族の力が強大になるのも困るな」
「変化が悪いとは思いませんが、それでも新興貴族のようなやり方には私も賛同は出来ません」
金の力で拡大してきた新興貴族。彼らは多くの国民から非難の目を向けられる存在なのだ。自分たちの繁栄のためには手段を選ばず、日頃から強者が弱者を踏み躙るのは当然といった顔をしている。
そんな存在がさらに力を増せば、彼らはいずれ国王に対してもその牙を剥きかねない。
「いずれにせよ、この二カ月で全てが決まる。それまでは様子を見るしかない」
アルフォンスは椅子に深く沈み込むと、すっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。
だが彼らは知らなかった。この時、すでに北部に進攻した蛮族が掃討されていたことを。
また一人の少女が王国を次の目標に選んでいたことも。
そしてその少女が率いる部隊が、王国にまでその名を轟かせることを。
今回は短めです。




