決戦の時
「敵接近…………。シンゲル通りとへーレン通りに先行部隊五百。メインのメリアン大通りに約一千。蛮族は警戒しながら予定進路を進んでいます」
建物の屋根から単眼鏡を覗くアベルは遠くに見える騎士の手信号を眺めながら、落ち着いた様子で構えるディアーナに報告すると彼女は迷うことなく告げた。
「各隊に手信号を送れ。予定通り作戦を実行すると。今日ここで蛮族と決着を付ける」
ディアーナはあの日、隊長格全員を集めて宣言した。この地で蛮族と決着を付けると。
その言葉に戸惑いを隠せない一同に彼女は迷うことなく自身の想いを告げた。
「このアルテミス騎士隊は、絶望を照らす希望の光よ。このエミンゲルで生き残った住民は約百五十人。そんな住民は、ここを絶望の街と認識しているでしょう。だがこの地で蛮族を討ち取れれば、この地は勝利の地として生まれ変われるわ。その勝利は希望であり、必ずや生き残った者たちの未来を照らす光となるわ」
そんなディアーナの考えに最初に賛同したのはミリアムとマルガレータだったが、アレンとロイドは難色を示した。彼女の想いには共感できたが、この戦いは勝てなければ何の意味も無いのだ。
そんな彼らの思惑にすぐ気付いたディアーナは考えていた作戦を説明した。彼女も何の策も用意せずにこの場に臨んでいたわけでは無かったのである。
その作戦を聞いて二人はしばらく思考を巡らせたあと戦うことを了承したのだった。
「…………蛮族が予定地点に到着。今です」
アベルの報告にディアーナは背後でじっと指示を待っていたセリーヌに向けて命令を発したのだった。
「信号弾放てっ! 攻撃開始だ」
ディアーナの命令と同時にセリーヌは準備していた火魔法を行使して上空に一つの火球を打ち上げた。舞い上がった火球は、やがて大きな爆発音を街中に響き渡らせた。
「合図だ。全員攻撃開始だ!」
その音を合図に廃墟と化した建物に隠れていた騎士たちは、一斉に通りへと飛び出し蛮族へ襲い掛かった。奇襲に成功した騎士たちは、瞬く間に蛮族数十人を地面に斬り倒した。
「このまま押し込め。敵の第一波は何としてもここで殲滅しろ!」
瞬時に蛮族を叩き斬ったアレンは、戦場に響き渡る大きな声で指示を出すとさらに敵へと肉薄していった。
そして大通りで戦うロイドは、指示を出すことは無くただその背中で部下たちに行動を示した。
「……初撃は成功したようだな。では続いて敵の退路を断つ。ミリアムとマルガレータに指示を」
「分かりました。信号弾上げます」
二発目の信号弾を上げたセリーヌ。それを別々の屋根から眺めていたミリアムとマルガレータは、互いに詠唱を行って高威力の火球を作り上げた。
そしてそれを侵攻してきた蛮族の一番後方――――建物目掛けて投げつけたのだった。直撃と共に大爆発を引き起こした火球は、周囲の建物を倒壊させ蛮族の退路を完全に塞いだのである。
「これで……敵は大規模な増援をしばらくの間遅れない無い。この機に乗じて、第一波の蛮族を全て殲滅する。総攻撃だ!」
上空に上がった複数の火球が爆発すると同時に、全ての騎士が建物から飛び出した。あらゆる場所から襲い来る騎士の攻撃に蛮族たちはただ防御に徹するしかなかった。
「私たちも行くぞ。ここが正念場だ」
二階の屋根から地面に飛び降りたディアーナは、剣を抜くと近づいて来る蛮族たちに向け堂々と名前を名乗った。
「帝国騎士団アルテミス騎士隊所属ディアーナ=ハウゼン=ザールラント。ここから先は、誰一人として通さない」
蛮族をまっすぐ見つめるディアーナは、魔力を解放するとその剣を瞬時に絶対零度の魔法剣に変え、その剣先を彼らに向け高らかに宣言した。
「私が相手をしてやる。死にたい奴から来いっ!」
剣を構えたディアーナは向かって来る蛮族を次々と斬り伏せながら、心の中でエイミーの姿を思い浮かべて呟いたのだった。
「必ず……誓いを果たす。絶対に守ってみせるっ!」
戦闘開始から四時間が経過したエミンゲル。
その中心部にある大聖堂では生き残った大人たちが祈りを捧げており、子供たちは未だに遠くから響いて来る怒声や爆発音に怯えていた。
「大丈夫ですよ。アルテミス騎士隊は蛮族に負けたりはしませんよ。何せこの帝国で最強の騎士隊なのですから」
「そうですよ。必ず勝って戻ってきますから」
怯える子供たちに優しく語りかけるフリーデとイレーネだが、彼女たちも内心では不安を感じていた。確かにアルテミス騎士隊の強さは承知していたが数の差はどうにもならない。時間が掛かれば掛かる程、アルテミス騎士隊の敗北が濃厚になっていくのである。
「大丈夫よ。絶対に大丈夫だから」
そんな言葉で慰めていたその時、大聖堂の入り口が大きな音を立てて勢いよく開かれた。見ればそこには戦闘で汚れた騎士たちが五人ほどいた。
「急げっ! 早く扉を閉めろ!」
「一体なにがあったのです?」
血相を変えてなだれ込んできた騎士たちに、フリーデは悪い予想を思い浮かべながら質問して、その予想は当たっていた事を知らされたのである。
第二派まで殲滅したアルテミス騎士隊だったが、一部の防御陣地が突破されたのである。
その結果、奮戦していた各部隊は背後を取られ次々と包囲されてしまったのだ。
「そんな……」
「もうダメだ…………もう終わりだ」
「生き残ったのに……ここで死ぬのか」
絶望感漂う大聖堂内。そんな状況にフリーデもイレーネも掛ける言葉が見つからず無言で下を向いてしまった時だった。大聖堂の一番奥の扉がゆっくりと開かれたのである。
そこから出て来た人物は、床をコツコツと音を立てながらフリーデたちに近づいていった。
「何を慌てている。こんな状況いつでも挽回出来る」
その人物は全員をゆっくりと見回すと、しっかりとした口調で告げた。
それを聞いた一同は、何も言えずにただ唖然とした表情でその場に立ち尽くしていた。
「勝利の女神は常に諦めない者に微笑むのよ。それを私が見せてあげるわ。この……アルテミス騎士隊隊長エイミー=ベンフォードが」
「はぁはぁ……このままでは…………まずいですわ」
「でも……手の打ちようがないわ。もう魔法は使えない」
へーレン通りで戦うミリアムとマルガレータは、互いに背中を預けながら蛮族と戦っていたがすでに魔力は底を尽いており、腕も剣を振り続けた結果まるで石のように重くなっていた。
それでも二人は未だ諦めずに戦い続けていた。騎士としての責任を果たす為にである。だが現実は非情だった
「くっ……きゃっ!」
「ミリアムっ!」
疲れによって出来た一瞬の隙を見逃さなかった蛮族の一人が、その大きな体で体当たりをしてミリアムを吹き飛ばした。
そして飛ばされたミリアムは一瞬の出来事に身構えることも出来ず、そのまま建物の壁に勢いよく激突してその場に倒れてしまった。
「ミリアム! 今助けるから――――くそっ!」
すぐにミリアムを助けようとしたマルガレータだったが、蛮族に行く手を遮られ近づくことすら出来なかった。
「なっ……貴様らミリアムをどこに連れていくつもりだっ! 彼女を離せっ!」
周囲を囲む蛮族の隙間から、気を失ったミリアムが蛮族数人に建物内に連れて行かれる光景を目撃したマルガレータは、怒り狂った表情を浮かべて叫ぶと我を忘れて詠唱を始めた。
だが囲まれている状況でそれは完全に間違いだった。
「背中ががら空きだお嬢ちゃん!」
背後から呼吸が止まるほど強烈な一撃を受けたマルガレータは、崩れるようにして地面へと倒れ、意識が薄れゆく中、彼女は自分が蛮族に捕まったことを思い知らされたのであった。
「どうした……はぁはぁはぁ…………次、はぁはぁ……掛かってこないのか?」
完全に息が上がって疲労が見えるディアーナだが、彼女は強い意志を瞳に宿しながら剣を構えていた。騎士服はボロボロで所々破れ肌が露出しており、残った服の部分も血塗れになっていた。
「この女……一体何なんだよ?」
「普通倒れるだろ……本当に人間なのかよ」
周囲を囲んだ蛮族たちは口々にそんな声を上げた。もはやこの場所に残る騎士はディアーナだた一人。 だが彼女は流れ出る血が地面に垂れるのも気にせず、ひたすら蛮族を斬り伏せていたのである。
「私は……ここで倒れるわけには…………行かない。私は……この背中に百五十人の命を背負っている。絶対に負けるわけには…………いかないのだっ!」
魔力が枯渇していたはずのディアーナであったが、彼女は膨大な魔力を解き放った。
それは彼女が自身の限界を超えた瞬間であった。
〈水の大精霊 汝の名前は竜王ティアマト 初源の竜にして絶対なる竜の長よ その初源の力を我が身を喰らいて今ここに解き放て 全てを凍らせる最強の力を〉【タンペット・ドゥ・ネージュ】
ディアーナの周囲に集まった白い魔力は、瞬く間に辺りの気温を下げていった。それこそここだけ極寒並みの寒さになって行ったのである。
「これが……私の力だっ!」
最後の力を振り絞ったディアーナの魔法は、周囲を囲んでいた蛮族の半分を凍らせたが、それが彼女の限界だった。
完全に魔力を使いきった彼女は地面に膝をつき、辛うじて剣で体を支えたが立ち上がることはもはや出来なかった。
「この女、随分と手こずらせてくれたな」
「よくも仲間を何人も殺してくれたなっ! この女がっ!」
剣を蹴り飛ばされたディアーナは、そのまま地面へとうつ伏せに倒れ込んだ。
「貴様にはたっぷりと礼をしてやるからな。へへへ」
「そうだな。凶暴な女だが、よく見れば楽しめそうな身体してるしな」
(くそっ……。こんな奴らに負けるのか)
舐め回すような視線を向けて迫ってくる蛮族たち。
だが完全に力尽きたディアーナには、もはや抵抗する術などなかった。体を動かすことも出来ず、ただ迫って来る蛮族を悔しげな瞳で見つめていた。
「ではでは楽しむとしますか」
下卑た笑みを浮かべる蛮族の一人が左手でディアーナの太股に触れ、左手でその騎士服のスカートをたくしあげようとスカート部分に手をかけた。
何も出来ないディアーナは、悔しさを募らせながら覚悟を決めた。
〈女神アスタロトの名において 紅の女帝不死鳥モイラに命ずる その身に宿る初源の力を解き放ち 我が前に立ち塞がる全ての敵をその紅蓮の炎で灰へと還せ その炎は触れる者全てを焼き尽くす裁きの業火である〉【フェーゲフォイア】
そんな言葉と同時にディアーナの視界は一瞬にして紅い炎に覆われ、その炎は瞬く間に彼女に近づいていた蛮族たちを燃やし尽くした。
そして彼女に触れていた蛮族は、無詠唱で放たれた風の魔法によって吹き飛ばされてその炎の中に叩き込まれたのであった。
「このお方を誰だと思っている。帝国の姫君だぞ。そんな彼女に貴様らが触れるなど三年早い。出直してこい」
その懐かしい声を聞いたディアーナは込み上げてきた喜びで涙を流しながらも、その言葉を告げた彼女に文句を言った。
「三年とは……随分と短いのでは?」
「では五年くらいにしておきます?」
「あはは…………酷いわよ……」
「そうかしら? まぁ私に任せて少し休んでて」
静かに微笑んだその人物の姿を見て、ディアーナは躊躇うことなく安心してその目を静かに閉じた。
その人物は一歩前に進むと、残った蛮族たちにその青く澄んだ瞳を向けた。
「我が名はエイミー=ベンフォード。このアルテミス騎士隊の隊長を務める者だ」
愛剣を静かに抜いたエイミーは、その顔に似合わぬ低い声で彼らに告げた。
「死にたい奴から掛かって来い。まぁ……掛かって来なくても殺すけどね」
その言葉と同時に、エイミーの愛剣は蛮族に振り下ろされた。血飛沫を上げて崩れ落ちる蛮族。一人目をあっという間に斬り捨てたエイミーのその目は、獲物を狙う狩人そのものだった。
「誰一人……逃がしたりしないわ」
少なからず心を開きかけていたディアーナが襲われそうになった光景に怒りを覚えたエイミーは、久しぶりに一等級傭兵としての力を解放していた。




