誓う者たち
◆フルダ辺境伯領 ローデンブルグ◆
シャスティル=オルブライト=フルダ。
旧姓シャスティル=ローゼンミュラー=アルザスは帝国では落ち目と呼ばれた伯爵家の長女だった。領地は鉱山で栄えていたが、それが全て掘り尽くされたことにより人口は激減して収入も大幅に減少。結果として伯爵家は衰退の道を辿っていたのである。
「お前が社交界デビューする歳だというのに何とも情けない話だ。許してほしい」
社交界にデビューする娘たちは新調したドレスに多くの宝石を身に着け着飾るのが帝国の伝統だった。 だがこの家にはその余裕が無く、彼女は質素で飾り気のないドレスでパーティーに出席することとなったのである。結果は会場で目立つことも声を掛けられることも無く、彼女の社交界デビューは完全に失敗に終わった……はずだった。
だがそれから一ヶ月後、若きフルダ辺境伯の領主から縁談の申し出が彼女の家に届いたのである。それも辺境伯のアウレール自身が訪れてである。
「あなたが良ければ、この縁談を受けようかと思うのだけれどもどうかしら?」
母親の問いにシャスティルは真剣に考えた。確かに落ち目の伯爵家としては、この縁談に文句を付けるところなど一つも無い。だが帝国貴族の頂点に存在する五大貴族フルダ辺境伯のオルブライト家は伝統ある家柄である。しかも本人とは会話もしたことも無ければ性格させも知らないのだ。彼女が悩むのも当然のことだった。
彼女は悩んだ末にその縁談を受けることにした。家を守るために。
「今日からここがあなたの家です。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
婚姻の儀式を終えてオルブライトの屋敷に到着したシャスティルは緊張のあまり険しい表情を浮かべていたが、アウレールはそれ見て口を大きく開けて笑いながらそう言った。
「わ、分かりました」
それだけしか答えられなかったシャスティルだったが、結果的にアウレールの言葉は正しかった。屋敷のメイドたちや執事も優しく、彼の両親も友好的に接してくれたのである。
だが何よりも驚いたのは領主であるアウレールの過ごし方だった。
「おう親父! 今日は妻も連れて来たぜ!」
暇を見つけては街に繰り出すアウレール。そして週末には街の酒場に繰り出すのである。
「そういや結婚したんだってな。こりゃまた美人さんだな。羨ましい限りだぜ」
「ははは。やらんぞ」
住民と親しげに会話するアウレールのその姿に、シャスティルは言葉も出せずにただ唖然としていた。
「驚いたか? これが俺のやり方だ。俺たちが治めるのは土地じゃない。そこに住む人間だ。その生活や仕事する姿。そして想いを聞いて初めて領地を治めることが出来る。俺はそう考えているよ」
酒を片手にそう語ったアウレールはすぐに集まってきた住民たちと乾杯して楽しげに話し始めた。そこいたのは五大貴族ではなく、一人の人間としてこの地に住む男だった。
最初はこの生活に戸惑いを隠せなかったシャスティルだったが、やがて住民と会話をすることで知らなかったものを知り、その生活を観察することで何が必要なのかを察することが出来るようになった。
それから六年の月日が経過して、彼女自身も住民と楽しく会話出来るようになっていたが、その平穏な生活は今まさに崩れ去ろうとしていた。
「住民は避難民の誘導と負傷者の手当てを優先しなさい。各騎士隊は王国軍の侵攻を阻止して。絶対に街には入れないように」
嫁いだ際に形式的に渡された騎士鎧に身を包みオルブライト家に伝わる剣を手にしたシャスティルは、混乱する街の最前線に立ち陣頭指揮を執っていた。
「シャスティル様。王国軍は現在、帝国各地に侵攻している模様です。その数は十万前後で、こちらに向かっているのは約二万五千。その二万五千もバラバラの進路を取り、このローデンブルグに向かって来ているのは約二千との報告です」
ローデンブルグ騎士隊隊長が跪きながら部下からの報告をシャスティルに告げると、彼女は指示を中断してその燃えるような赤い瞳を隊長に向けた。
彼女はすでに今後のことを決めていたようで、すぐ隊長にこう告げた。
「分かりました。正直言って、私は騎士として訓練を受けたこともなければ戦闘のイロハも知らない女です。ですから領主代行として、ここにいる全軍をあなたに預けます。責任は私が取りますのでどうか宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げたシャスティルに、跪いていた隊長はもちろん周りで行動していた騎士たちも驚愕の表情を浮かべた。騎士と辺境伯夫人ではあまりに身分が違い過ぎる。本来なら頭など下げる必要などなく、ただ命じれば良いだけなのである。
「…………何を仰いますシャスティル様。隊長として全軍を預かる以上、全ての責任は私にあります。アウレール様とシャスティル様の名誉に懸けて、敵は一人も通しません。お任せ下さい」
立ち上がった隊長騎士は強い決意の籠った表情でそう告げるとシャスティルに向かって敬礼すると、手近にいた騎士をすぐに集めてその場を去っていった。
(この様な方が領主様の奥方で良かった。この人の為なら、我々は命を懸けられる)
隊長騎士がそんなことを考えていたとは知らず、シャスティルはただその背中に向かってもう一度頭を下げると、すぐさま控えていた邸宅のメイド長に言葉を発した。
「屋敷に保存されている衣類や食料を全て持ち出して避難民に配って頂戴。それとすぐに商会に連絡を取って。色々と必要になるわ」
「畏まりました。それと手の空いているメイドたちを負傷した者たちの看護に当たらせたいのですが、宜しいでしょうか?」
「もちろん構わないわ。非常事態ですもの。宜しくお願い」
話が終わるとシャスティルは次から次へとやって来る避難民たちに近づき、その体に似合わない大きな声を上げて誘導を再開した。
「避難民の方はこちらに来て下さい。負傷者の方はこっちで手当てを受けて下さい」
(守ってみせるわ。夫が帰って来るまで必ず。あの人が……大切にしてきたこの街と領地を絶対に)
積み重ねて来た思い出が詰まる大切な場所を必ず守る。
そう心に誓いながら奮闘する彼女の姿に、住民たちも奮起して動き始めた。それは今まで行ってきた交流の成果が試される瞬間であった。
◆ハイゼン子爵領 エミンゲル◆
悪霊との激闘を繰り広げたエミリア=ロザンヌが消えてから丸二日が経過した。
エイミーは目を覚ますことなく眠り続けており、アルテミス騎士隊はエミンゲルから動くことが出来ずにいた。
「蛮族がこの街を通ることは確実だ。だがハイゼン子爵軍五千が壊滅した今、我々は決断しなければならない」
「それはハイゼン子爵領の放棄を考える必要があるということですね」
エイミーに代わりアルテミス騎士隊の指揮を執るアレンの言葉に、ミリアムは厳しい表情でそれに答えた。ハイゼン子爵領に侵攻している蛮族は約三万。それをアルテミス騎士隊の三千で阻止しようというのだ。はっきり言って勝ち目など無く、蛮族に挑むのは無謀な挑戦でしかないのだ。
「そうだ。よって各自考えてもらいたい。そして明日、その意見を聞かせてもらいたい。これは今後の行く末を左右する重要なものだ。頼むぞ」
各自が重い雰囲気で立ち去って行くのを眺めていたアレンは、そこでようやく一人足りないことに気が付いた。
「フリーデ様。皇女殿下はどちらに?」
「ディアーナ様ならエイミー様のところです」
アレンの問いに背後で控えていたフリーデはそう答えたが、すぐに深刻そうな表情を浮かべた。
それに疑問を抱いたアレンが尋ねると、彼女は重い口を開いて事実を告げた。
「それが……ディアーナ様はもう二日お休みになっておられません。このままでは…………」
フリーデの様子から、何を言っても聞き入れないディアーナの姿が浮かんだアレンは大きくため息を吐いた。
「傭兵を騎士に任命した時は何を考えているのかと思いましたが、彼女の存在は今やこの隊に必要不可欠な存在ですからね」
アレンがそんな言葉を呟いている頃、そのディアーナはエイミーの寝顔を眺めながらエミリアが語った話を思い出していた。
「創世の力……それは絶対の女神であるアスタロトの力。五大精霊を従え、全てを超越する絶対魔法を行使出来るほど強力な力よ。でも力を行使する代償は命を削ること。そして力を宿したことによる代償は記憶と感情の共有よ」
「記憶と感情の共有? どういうことですか?」
命の代償は理解出来ても、記憶と感情の共有については想像が理解出来ないディアーナたち。代表してアレンが質問すると、エミリアは真剣な顔で皆を見回して言った。
「創世の力は私を含め、これまで百十三人に受け継がれてきたわ。そしてその百十三人の記憶と感情が、エイミーの中には存在する。例ば私が経験した創世戦争での地獄のような体験。私が愛する人と肌を重ねた時の幸福感。そして……私が戦いの中で感じた絶望。エイミーは自分で体験したことは無いのに、最初からそれを知っている。なぜなら創世の力が、受け継いできた人間の記憶と感情までも次の継承者に引き継いでしまう結果だから。それが百十三人分。そんな記憶や感情を抱えながら生きていくのは…………」
そこまで言って口を閉ざしたエミリアは、なぜかディアーナに視線を向け微笑んだ。
その顔は何かを訴えかけているようだった。
「アリス=コールフィールド。私にはそんな盟友がいたわ。どんな局面でも私を信じてくれた盟友が」
そこまで言ったエミリアが空を見上げると、空から眩い光が舞い降りて来たのである。
「エイミーを宜しくお願い。私たちの……最後の希望をどうか…………」
そしてその光に包まれた彼女は消える瞬間、最後にそう告げたのだった。
「エイミー……私が守るわ。絶対に守ってみせるから、だから安心して休んでね」
壁に立て掛けていた剣を手に取ったディアーナは、エイミーが目覚めた時のことを考えて行動を起こした。彼女なら、絶対にこのハイゼン子爵領を見捨てはしない。
それを知っているディアーナは、全員にこの街で決戦を挑むべきだと進言するため部屋を出て行った。 彼女がなぜこの騎士隊をアルテミスと命名したのか。今ならそれがはっきりと理解出来た。
確かに彼女は絶対的な力をその身に宿している。だが彼女も自分たちと同じように、先の見えない暗闇を僅かな光で進む人間でしかないのだ。
「私はもう……甘えたりしない。見ていてね。絶対に勝って見せるから」




