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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国反攻編
41/173

創世の騎士

「冥府の女帝バエルを筆頭に不和の侯爵アンドラスと豹公フラウロス。それに灼熱の覇王タルウィに旱魃の魔女ザリクまで。五大悪霊勢揃いとは敵も必死ね。数は二百万くらいかしら?」


 平原を埋め尽くす悪霊の黒い軍勢を前にしても表情を変えないエミリア=ロザンヌの言葉に、フレイアは彼女の隣に並ぶと自信に満ちた表情を浮かべた。


「こちらも炎帝モイラ様を筆頭に五大精霊全てが集結しています。そして戦える人間族、亜人族、精霊族を合わせればこちらは三百万です。絶対に勝てるはずです」

「そうね。もっともこれが我々に残された最後の戦力。ここで五大悪霊を全て討ち取れなければ、我々に勝利は無いわ。長きに渡る戦いで、大陸の生命は三分の一にまで減った。それに文明は廃れ、生きる者たちは完全に疲弊してしまった。もうこれ以上は戦えない」


 創世戦争が始まって二十年。アグリジェント大陸の三分の二は悪霊の支配下に置かれており、全ての生命は大陸東部に追い詰められていたのである。

 そして大陸最大勢力を誇った亜人族は三百万まで激減。人間族も半分にまで減少。精霊族に至っては悪霊の放つ負の魔力に毒され次々と現世から姿を消していたのであった。


「…………背水の陣というわけですね」

「そんな顔しないの。可愛い顔なんだから笑顔でいなさい」


 真面目な顔で語るエミリアの言葉で考えさせられたフレイヤ。

 だがその時、誰かがポンと軽く頭を叩いてそう言った。見上げた先にはエミリアの盟友が笑顔で立っていた。

 髪はセミロングのブラウンで淡いエメラルドグリーンの瞳を持つアリス=コルフィールドである。


「ほらエミ。頼まれてたあなたの愛剣の修復が終わったよ」


 手渡された愛剣を手にしたエミリアは、鞘から剣を抜くとその磨き上げられた刀身をじっと見つめた。


「……すっかり元通りね。この時に間に合って良かったわ」

「最終決戦だからね。私も剣を直してもらったわ。やっぱりドワーフさんはいい仕事するよ」


 天真爛漫という言葉が似合うアリスは、この様な状況でも笑顔を絶やさず感謝の言葉を口にした。

 そんな彼女の姿にフレイヤも思わず笑顔を見せた。


「そう言えばエミは戦争が終わったらどうするの?」

「急になに? そんなこと言ってると死ぬわよ? えっと……フラグ?」

「何それ? それに希望を持つことは必要よ」


 エミリアの言葉に首を傾げたアリスが笑いながらそう言うとエミリアは剣を鞘に戻しながら考え、そして意外な答えを口にした。


「そうね。私もいい年だから結婚して子供でも作ろうかしらね」

「えっ? エミに結婚願望なんてあったの? それ以前に相手は誰よ?」

「探すわよ。それでアリスは?」

「私は国を作るわ」


 これまた誰も予想出来なかった答えを口にしたアリスにフレイヤは目を丸くしたが、エミリアは楽しそうな顔で彼女に告げた。


「国を作るとなるとアリスが女王陛下になるのね。でも正直あなたが女王陛下なんて笑えるわ。騎士の方が似合ってる」

「私もそう思うわ。でもそれを言うなら、エミは奥さんやるより女王の方が向いているわよ。何せこの軍を束ねる騎士女王なんだからね」


 そう言ってお茶目に片目を瞑ったアリスを見て、エミリアは苦笑しながら振り返った。

 そこにはまさに圧巻と言うべき光景が広がっていた。


「騎士の女王……ね。確かに素敵な異名だけど、私はアリスが付けてくれた異名の方が好きだわ」


 エミリアは先頭で跪く四人の大精霊を眺め、そしてすぐにその後方に控える途方もない数の存在に視線を向けると、真剣な表情で言葉を発した。風魔法に言葉を乗せて


「勇敢なる戦士諸君! 決戦の時は来たっ! この戦いは生きる者全ての未来を左右する。戦争が始まって二十年。我々は幾多の困難を乗り越えてここまでやって来た。家族や友人や恋人など、多くの大切な者の死を乗り越えてだ。だが我々が今日ここで敗北すれば、その全ての犠牲が無駄となる。我々に敗北は許されない。絶対に勝利する必要があるのだ!」


 その想いを語るエミリアは腰に吊るした愛剣に手を掛けると、小さな声で詠唱を行い愛剣を抜いた。体から強大な魔力が溢れ出ると同時にその容姿を変化させた彼女は、愛剣の剣先を強大な敵に向けて命令した。


「時代を創る創世の騎士エミリア=ラ=フォンテーヌ=ロザンヌが命ずる。大陸を蹂躙する悪霊共に我らの力を思い知らせろ! 全軍進軍開始だ!」


 エミリアはアリスが名付けた創世の騎士を名乗って命令を下すと、自ら先頭に立って戦場に足を踏み入れたのだった。




 それから三千年が経過した現在。多くの犠牲を出した創世戦争の最終決戦『ドレスデンの戦い』で壮絶な戦いを繰り広げたエミリアと悪霊たちは、このエミンゲルの街で再びその剣を交えたのだった。


「こんな戦い……あり得ないわ」


 巻き添えを防ぐため建物に避難したディアーナたちは、大通りで繰り広げられる壮絶な戦いを窓から眺めていた。

 エイミー――現在はエミリアと呼ぶべき女性騎士は二人の大悪霊を相手にしながら、押されるどころか戦闘を有利に進めていたのである。確実に相手の剣を捌き、魔法すら同系統の魔法で相殺する。そして僅かなスキを見つけては相手に攻撃を加えるのである。


「あなた達は生きる者を舐め過ぎよ。弱者の牙も侮るべきではない。少しは学んだらどうなの?」

「馬鹿にしやがって!」

「ダメよザリク!」

 

 エミリアの馬鹿にしたような言葉に血が上ったザリクは、タルウィと対峙するエミリアの右側に回って一気に近寄った。

 だがそれが挑発だと分かっているタルウィは、大声を上げてザリクの行動を阻止しようとしたのだがすでに遅かった。


「まず一人。消えなさい!」


 剣を瞬時に左手に持ち替えたエミリアは、その右手をザリクに向けてかざすと無詠唱で強大な闇魔法を行使した。

 空間を侵食するかの様に現れたその闇は、ザリクの左腕を瞬時に飲み込んだのである。


「うぁぁぁぁぁあ! 畜生っ! 私の腕がぁぁぁあ!」

「外したか。でもこれで終わりよ」


 地面に倒れ叫び声を上げるザリクに止めを刺そうとしたエミリアだったが、タルウィが灼熱の炎を彼女に向け放ち阻止した。

 エミリアは愛剣で瞬時にそれを受け止め、その場から数メートル押されながらもその灼熱の炎を消滅させた。その剣は雪のように輝く絶対零度の魔法剣に変わっていたが、それはディアーナが使用するよりも数段威力が上の魔法剣であった。


「灼熱の覇王も妹には優しいのね。ちょっと驚いたわ」


 魔法剣を解除しながらエミリアが少し驚いたような表情で葉を発すると、タルウィは負傷したザリクを抱えながら悔しげな表情を浮かべた。


「私たちでは貴様には勝てないわ。だから貴様がいない時にまた来るわ。私たちの目的はあくまでもエイミーを殺すこと。そして彼女なら私たちでも殺せるわ」


 エミリアでは無くエイミーになら勝てると宣言したタルウィの発言に、エミリアは思わず小さく笑っててしまっていた。

 彼女の発言は何も見えていない証拠に他ならなかったからである。


「そう思うのなら次は彼女と戦うことね。まぁ私はあなた達二人が勝てるとは思わないけれども」

「その余裕……必ず後悔させてやりますわ」

「ご自由に。それと用が済んだのなら消えなさい。見逃すのは今回だけよ? 次は確実に殺すわ」

「ふん! 本当にムカつく人ですわね」


 捨て台詞を吐いたタルウィが詠唱すると、瞬く間に二人の姿が目の前から消えた。

 残されたエミリアはタルウィの言葉を思い出しながら心の中で呟いていた。


(私自身を召喚出来るということは、彼女の力が私より上だという証拠なのにそれに気付かないとは)


 若干呆れたような表情を見せたエミリアは剣を納めると、破壊された街や通りに転がる遺体に目を向けて目を細めた。

 かつてその光景を何度となく目撃した。その度に彼女は誓ったのだ。

 

 ――戦争のない世界を――。


 だからこそ剣を手に取り強大な敵と戦ったのである。


「……目指した世界は未だに遠いわね」


 三千年という時が経過した今でも実現しない願いに、悲しげな表情を一瞬だけ浮かべたエミリアだったが、すぐに気を取り直すと隠れていたディアーナたちに声を掛けた。

 やがてゆっくりと建物から出て来た彼女たちの中で最初にエミリアに声を掛けたのは、共に創世戦争を戦ったフレイヤだった。


「本当にあの……エミリア様で…………間違いないのですよね?」


 鮮明に覚えている彼女の姿と一致する目の前の女性に確認するような口調で尋ねたフレイヤの顔は、すでに涙でグシャグシャになっていた。

 それを見たエミリアは盟友アリスの言葉を思い出して彼女に告げた。


「そんな顔しないの。可愛い顔なんだから笑顔でいなさい」


 その言葉を聞いて確信したフレイヤは、ポロポロと大粒の涙を再び流しながらエミリアに勢いよく抱きついた。

 それをしっかりと受け止めた彼女はフレイヤの頭を優しく撫でながら、その光景を静かに見守っていたディアーナたちへと視線を移動させた。


「聞きたいことがあるのなら答えてあげるわよ。時間が許す限りだけどね」


 現世に留まれる時間が僅かしか残っていないことを感じ取ったエミリアは、その慈愛に満ちた笑顔をディアーナたちに向けながらそう告げたのだった。 


 



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