盗賊討伐
ステラ侯爵領は人口数十万人を超える帝国有数の領地で、その中でもベンフォード家が屋敷を構えるヴァルス街はステラ侯爵のお膝元として栄えてきた歴史がある。
その人口は約五万三千人。交易が盛んなこともあってこの街には多くの行商人が行き来して活気に満ち溢れているが、結果としてそういう事件は年に何件かは起きるのだ。
「酷いものだな」
「今月はもう四件だぞ。盗賊共めが」
現場に来ていた騎士たちはその惨状を見て口々に悪態を吐いていた。襲われたのは小規模な行商隊らしく二台の馬車が街道から外れて横転しており、その周囲には商人たちの遺体が数人血塗れで横たわっていた。
「やれやれ。朝から物騒なことだな」
そんな現場を眺める騎士たちの会話を遮るように背後から聞こえて来た豪快な声に一斉に振り返った騎士たちは、馬上から現場を見下ろす人物をを見て背筋を伸ばして敬礼を行った。
そして現場で最も上位の騎士が頭を軽く下げながら言葉を発したのだった。
「エリオス団長殿。朝早くに申し訳ありません」
その人物こそ帝国騎士全ての頂点に立つ帝国騎士団長にして、この地を治めるエリオス=ベンフォード=ステラ侯爵であったが、彼はそんな騎士の言葉を笑いながら一蹴した。
「朝だろうと夜だろうと事件は事件だ。お前が気にすることじゃない。それよりも身元は判明しているのか?」
馬から降りたエリオスの言葉に、挨拶した騎士が先ほど街からもたらされた報告を思い出しながらその質問に答える。
「街の警備記録によればザクセン商会の行商人だと思われます。日の出前に出立したそうです。馬車は二台で人員はその……十二人だと」
その報告を聞いたエリオスは首を傾げながら、現場をもう一度確認するように見回した。そして自分の間違いでは無かった事を確かめてから疑問をぶつけた。
「俺の目が確かなら、どう数えても八人しかいないが?」
「……四人は女性と――――」
そこまで聞いたエリオスの表情が一気に厳しいものに変わり、睨まれた騎士は報告を途中で止めて一歩後ずさってしまった。帝国騎士団のトップにして炎の大精霊といわれる獅子王を使役する彼の威圧はあまりに強烈過ぎるのである。
「悪い。お前さんに当たっても仕方ないな。すぐに暇な騎士を招集しろ。森狩りを行えば、盗賊共を発見するのは容易いだろう。時間との勝負だ。急げ!」
号令と共に駆け出した数名の騎士たちを見送ったエリオスは、すぐに遺体の処理に当たる騎士たちに視線を移しながら盗賊のアジトが存在しそうな場所に考えを巡らせたのだった。
一方その頃、エイミーは森の中を歩きながら盗賊たちのアジトを探していた。
「方角はあっていると思うんだけどなぁ。どっちだと思う?」
エイミーが視線を足元に向けてライアンに尋ねると、白狼は何度か地面を鼻で嗅いでから顔を左に向けて小さく吠えたのだった。
「左側ね。ふふ。了解したよ隊長殿」
ライアンに笑顔を向けながら左の方に視線を向けたエイミーは、自分の装備をしっかりと確かめる。
相手が自分よりもはるかに力で劣っている盗賊とはいえ、僅かな隙が死に繋がるという実例を嫌というほど戦場で見て来たからである。
「さて……無事なら良いんだけど」
早く助けたいという気持ちを抑えながら慎重に行動するエイミーは、それから少し歩いたところで朽ちた砦跡を発見したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「今回は森の中での戦闘になる可能性が高い。相手は盗賊だが魔獣にも十分注意して行動しろ。ではすぐに捜索開始だ!」
集まった騎士たちに注意事項を述べて森へと送り出したエリオスは、その中に彼女たちがいることに気付いて隣に並ぶ女性騎士長べティーナに声を掛けた。
「なぜ彼女たちまで連れて来た?」
「ちょうど招集時に隊舎におりました。それに彼女たちも騎士です。非番でも無いのに特別扱いは出来ません」
「それはそうなんだが……しかしなぁ」
副官でもあり隊の女性騎士たちを束ねる騎士長べティーナの言葉に、エリオスは少しだけ困った様な表情を浮かべながら視線を送った。
値が張りそうな鎧を身に付けるその女性は自身の部下に対して真剣な表情で指示を出しており、その姿からはとても彼女が駆け出しの新人騎士でこれが初の対人戦闘とは想像できず、いつもであればエリオスが不安に思うことは無かった。
彼女がただの女や貴族令嬢の騎士であるのならば。
「確かに傷でも負われたら困るのも事実です。私がこの隊も率
いますので、団長は彼女たちを率いて下さい。今ならまだ追い付けるでしょう」
「……悪いがそうさせてもらう。頼んだぞ」
ベティーナの提案を聞いて少しだけ考えてからそうすることに決めたエリオスは、自分の部下を彼女に任せてすぐに駆け出して行った。
「ふぅ。では我々も動くぞ。今日中に盗賊共を発見して捕らわれた女性たちを保護する。前へ進め!」
心配性なエリオスを見送ったべティーナはすぐに預かった部下たちへ進軍する事を告げると、他の騎士たちと同じように森の中へと
進んでいった。
◆ ◆ ◆ ◆
「な、何者だてめぇ!」
同じ頃、エイミーは歩哨に立っていた盗賊たちを音もなく始末して盗賊たちのアジトへと乗り込み戦闘を行っていた。
「人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗りなよ」
不機嫌さ全開のエイミーは振り下ろされた剣を体を僅かに捻るだけで回避してみせると、ガントレットで後頭部を殴りつけ一撃で相手を戦闘不能に追い込んだ。
「こうも部屋が多いと探すのも大変だなぁ。しかも建物自体が崩れやすいなんて」
文句を垂れながら確実に出会う盗賊たちを殲滅していくエイミーは、やがて地下へと続く階段を発見。その降りた先の広い部屋で悲惨な光景を目撃したのだった。
(あぁ…………遅かったか)
良心がある人間なら誰もが目を背ける光景をエイミーはしっかりとその目に焼き付けると、女性たちのそばに寄って膝をついて声を掛けた。
「あ、貴女は……どうして……ここに?」
「攫われたと聞いて助けに来たのよ。遅れてごめんなさいね」
「そ、そんな。助けに来てくれただけでも……あ、ありがとうございます」
このまま一生盗賊に弄ばれるのだと覚悟していた女性たちにとって、今のエイミーはまさに救世主であった。
しかしすぐにそんな喜びの表情を曇らせると、エイミーの背後を恐怖に歪んだ顔で見つめたのだった。
「すぐに助けるから少しだけ我慢して待っていてね」
鎖に繋がれてボロボロになった女性たちにそう告げたエイミーは、静かに立ち上がると剣に手を掛けて声を発した。
「悪いが私は今……お前たちが想像している以上に機嫌が悪い。投降するなら今しかないぞ?」
「はっ! 少しばかり仲間を倒したからって調子に乗るなよ。たった一人で俺たちに勝てるものか」
「俺たちを舐めたことを後悔させてやるぜお嬢ちゃん」
異変に気付いて階段から降りて来た盗賊たちは、そこで見つけたエイミーの背中に向かって粗暴な言葉を次々と投げ付けた。
「ここから先は見ない方がいいわ。私を信じて……目を閉じていて」
「は、はい。わ、分かりました」
「お願いね。すぐに終わるから」
そんな盗賊たちの言葉を聞きながら女性たちに微笑みを向けてそう告げたエイミーは、ゆっくりと振り返ると静かに剣を抜いて彼らに告げた。
「野蛮な貴様らを……私は絶対に許したりはしない!」
言葉と同時に床を蹴ったエイミーは、その剣に魔力を込めると一気に振り抜く。
〈全てを斬り裂け〉【ヴィントシュトース】
剣から放たれた突風に近い風の刃は前に展開していた盗賊五人を切り裂いて、一瞬にしてその命を奪った。
「リッターオルデン所属一等級傭兵エイミー。全力で行かせてもらう」
大きな声で名乗りを上げたエイミーは前衛の五人が崩れ落ちる前にその隙間を抜けると、残った盗賊たちに容赦無く剣を振るった。
「な、何だこいつは? に、逃げろっ!」
「今さら手遅れだ。それに誰も許さないと言ったはずだ」
一等級傭兵としての力を存分に振るうエイミーの前に盗賊たちは瞬く間にその数を減らし、やがてその場から逃げ出す者が現れた。
「賊を逃がすなライアン。その喉元を食い千切れ!」
誰一人逃がさないと心に決めたエイミーの命令を聞いて、静かに待機していたライアンが床を蹴って盗賊の一人に飛び掛かり地面に押し倒す。
「や、止めろっ! 止めてくれっ!」
必死に懇願する盗賊だったが、エイミーの命令を忠実に遂行するライアンが止まることは無かった。
大きく開かれた口に存在する鋭い牙で正確に敵の喉元を捉えた白狼は、一撃でその命を奪うとすぐに次の獲物を探す。
「盗賊なのだから覚悟はしていたはずだ。いつかはこうなると」
その場に残った最後の一人に剣を突き付けたエイミーは正面から盗賊の顔を見据えた。
「わ、悪かった。俺たちが悪かった。だから命だけは――――」
「もう遅い。私に知れた時点で手遅れなんだよ」
蔑んだ色の瞳を向けながら胸に剣を突き刺したエイミーは、逃げた盗賊の追撃をライアンに命じると自身は女性たちの動きを制限している鎖を破壊するために剣を振るった。
「私は一等級傭兵のエイミーです。安全を確保するまでここで待機していて下さい。すぐに終わらせますから」
戦闘中とは全く違う見る者を魅了する笑顔でそう告げたエイミーは、近くに放置されていた布を女性たちに渡すと素早い身のこなしでライアンのあとを追っていった。