皆が目指す場所
「各隊の集結は完了しました。損害は思ったよりも軽微でした。ですが殿を務めたエイミー隊長を始めとする十二名は…………」
「未だ帰還せずか」
報告を濁す騎士に、副隊長であるアレンははっきりとした口調で現実を突き付けた。その言葉に集まった騎士たちは無言で俯いてしまった。
何せこのアルテミス騎士隊を率いていた隊長の他、主要な人間の大半が行方不明になってしまっていたのである。
「シュバルツヴァルト……別名黒い森か。確かに厄介な森だったな」
「これからどうします? 隊長たちがいないのではこのまま進んでも……」
ここまでアルテミス騎士隊が挙げてきた勝利の殆どが、エイミーの巧みな采配のお陰であった。そんな彼女の損失は、騎士たち全員にとって大きな痛手だったのである。
「もしかして隊長たちは死んでしまったのでは?」
「それはありえませんよ~」
一人の騎士が最悪の事態を言葉にした時、間延びした声がその場に響いた。
アレンが声のした方に視線を向けると、そこには座れの姿勢でじっとしている白狼を背後から抱き締めているフレイアがいた。彼女はニッコリと笑うと言葉を続けた。
「お姉様が亡くなれば、私はこの現世に存在出来なくなります。今のこうして存在出来ているということは、少なくともどこかで生きていますよ」
「そうか。どこにいるかも分かるかな?」
説明に納得したアレンはフレイヤにダメもとでそう尋ねてみた。
そして返って来た答えは、アレンの想像とはちょっと違っていた。
「通常なら魔力を辿れるのですが、この地は何だか魔力が乱れていて探ることが出来ません。正直言って良くない感じがしますね~。ただどこに向かったかは何となく推測できますよ~」
フレイヤはアレンに地図を貸してもらうと、それを広げてエイミーが動いたであろう進路を示した。
「シュバルツヴァルトを突破したとは考えられません。彼女たちは崖に向かって後退して、最後は崖下のレーン川に飛び込んだ。そして川の流れに沿って、最終的にはこのリンダウ村に辿り着いたはずです。ですから私たちは少し戻って南下。その後、東に進み川を越えてリンダウ村に向かうべきです」
「シュバルツヴァルトを迂回するのか。確かにこの森を進むのは得策ではないか。分かった。君の言葉を信じよう」
「後悔はしないと思いますよ~。何せこう見えても三千年の時を生きる大精霊様ですからね~」
ニッコリと微笑むフレイヤの姿に重苦しい空気が吹き飛んだ騎士たち。それを見たアレンはすぐに指示を飛ばした。
「全軍これよりリンダウに向かう。行軍開始だ」
こうしてアルテミス騎士隊は進路を変えてリンダウ村を目指すことになったのだった。エイミーたちが生きていると信じて。
「んっ…………私……」
まどろみの中から目覚めたディアーナだったが意識が朦朧としており、しばらくの間ただ無言で天井を眺めていた。
だが次第に意識が覚醒していくと、ようやく自分が置かれている状況に疑問を感じ始めた。見知らぬ部屋に初めてのベッド。服も着ていた物とは違ってワンピース型の長いチュニックを着用していた。
「私は……何を……痛っ!」
自分の体とは思えないほど重くなった体を起こしたディアーナだったが、すぐに激痛が走り顔を顰めた。
その痛みで彼女は自信に何が起きたのかを思い出したのであった。
「そうだ私は……私たちは奇襲攻撃を受けてそれで…………」
ハイゼン子爵の軍と合流するためエミンゲルの街に進軍していたアルテミス騎士隊は、黒い森と呼ばれるシュバルツヴァルトで蛮族の襲撃を受けた。
その数の多さを目の当たりにしたエイミーは、すぐに全部隊後退を指示すると殿を務め、ディアーナたちも殿部隊として敵の追撃を押し止めていたのだが結局は包囲されてしまったのである。
「包囲されて…………そうだ。私たちは飛び降りた」
滝が流れる崖に追い詰められたディアーナたちは、最後の手段として高さ数十メートルはある下の川に向かって飛び込んだのである。
「それから……それから私は…………記憶が無いわ。どうしてここに?」
「目が覚めましたのですね騎士様」
「誰!?」
その女性はティーカップを乗せたお盆を持って立っていた。
ディアーナは警戒心を見せたが、その女性は優しい笑顔で微笑むとベッドの横にある棚にお盆を置いて椅子に座った。
「ここはハイゼン子爵領を流れるレーン川のそばのリンダウ村です。あなたは一日ほど意識を失っていたのですよ。大変申し訳ないとは思いましたが、服が濡れていたので勝手に着替えさせてしまいましたが」
「いえ……色々とありがとうございました。それでは村の方が助けてくれたのですか?」
敵では無いことが分かったディアーナは感謝の言葉を述べると、ここまで来た経緯を尋ね、女性は昨日のことを思い出しながらそれに答えた。
「あなたを連れて来たのは仲間の騎士様です。最初見た時は驚きましたわ。ずぶ濡れの少女が意識を失ったあなたを背負ってこの村にやって来たのです。名前はエイミー様と」
「彼女が…………他には?」
エイミーが助けてくれたことに嬉しさを感じたディアーナだが、すぐに他の仲間たちの動向を尋ねた。
他に飛び込んだのは他にもミリアムやマルガレータ。そして旧カッセル騎士隊のアベルやセリーヌにロイドたちである。
「この村にやって来たのは二人だけです。残念ですが……」
「そうですか……。それで隊長――じゃなくてエイミーはどこに?」
エイミーの居場所を尋ねると女性はティーカップを差し出した。
それを受け取ったディアーナがカップに口を付ける姿を見守るように見つめながら、女性は質問に答えた。
「あの愛らしい少女が貴女方の隊長なんて不思議な感じがしますね。彼女なら村を見て回っています。それに昨日と今日と色々手伝って下さって、正直助かっています」
「彼女らしい。くっ……ちょっと手伝ってもらえるかしら?」
ベッドから起き上がろうとしたディアーナは、思うように動かない体を恨めしく思いながら女性に手を貸してくれるよう頼んだ。
それを快く引き受けた女性は、椅子から立ち上がって肩を貸した。
「無理をしないで下さいね。そういえばまだお名前を聞いておりませんでしたね」
「私ですか? 私の名前は――」
一瞬だけ本名を隠そうかと思ったディアーナだったが、命の恩人に対してそれは不誠実だと感じて本名を告げることにしたのだった。
「私の名前はディアーナ=ハウゼン=ザールラント。この国の第二皇女です。仲の良い方はディーと呼びますのでそう呼んで下さい」
痛みを堪えながら笑ったディアーナに対して肩を貸す女性は驚きを隠せなかった。
本来なら話すことさえ許されない人物に触れているのだから、それは当然の反応であった。
ディアーナが目を覚ました頃、マルガレータはアベルの背中に背負われながら平原を歩いていた。
「見渡す限り平原ですね。方向は間違ってないはずなんですが」
「そ、そうね。方角は……合ってるはずよ」
どこか言葉に力が無いマルガレータ。アベルはその言動に小さくため息を吐いた。昨晩の出来事が関係していることはすぐに分かったからである。
「その……昨晩はすみませんでした。わざとではないので」
「わ、分かっているわ。でも……その、やっぱり恥ずかしかったもので」
二人は昨晩、川岸の林で一晩を過ごした。食料を探しに行ったアベルに代わり薪を集めたマルガレータは、魔法で火を熾すと冷えた体を温め始めた。今の季節は夜になると冷える。それも川でずぶ濡れた服を着ていればなおさらである。
その結果、彼女は鎧を外すと何気なくステラ騎士用の服を脱いでいたのだが、そこに食料を持ったアベルが帰ってきたのである。
「えっと、まぁお互い秘密にしておきましょう。それに今は仲間と合流することを考えましょう」
「……そうですわね。生きていれば、皆はきっと一番近いリンダウ村に向かうでしょう」
アベルの真剣な横顔を見て、マルガレータは押し潰されそうな不安を隠しながら予想を口にした。飛び込んだレーン川から一番近いのはリンダウ村であり、誰もがその地を目指すと踏んでいた。
もちろんそれは生きていればの話である。
「それと背負ってもらってごめんなさい。私が足を挫いていなければ自分で歩けましたのに」
「同じ仲間ですから。気にする必要ないですよ。それに得をしたと思えばこれくらい」
「得? 何がです?」
不思議そうに尋ねたマルガレータの言葉に慌てたアベルは、わざとらしく咳払いをすると話題を逸らした。背中の感触のことだとは言えなかったからである。
「とにかく早く行きましょう。絶対に全員生きてますから」
「そうね。私たちが無事なのですから皆も無事ですよね。ではしばらくの間、この背中をお借りしますね」
「任せて下さい。それでは行きましょうか」
しっかりと背負い直したアベルはどこまでも続く平原を再び歩き出した。
二人がリンダウに辿り着いたのはそれから二日後だった。
「それにしても穏やかで温かい村ね。こんな村が帝国にあったなんて知らなかったわ。自分の国のことなのに知らないなんて、私は情けない皇女だわ」
「この十年、アグリジェント大陸を巡ったけれど私にも知らない場所があるわ。きっと一生を費やしても人の身では全てを知ることは出来ない。この世界の広さを思い知らされるわ」
村を出てすぐの場所で仰向けに横たわるエイミーは、目を瞑りながら感想を述べた。
それを聞いたディアーナは横に座りながら流れる風を感じていた。彼女の言う通りきっと全てを知ることは出来ない。それくらいは彼女自身も理解していた。
「それにしても他の仲間は大丈夫かしら。それに後退した仲間も心配だわ」
「後退した仲間にはアレンがいる。それにフレイもライアンも置いてきた。心配はないわ。それよりも今は体を癒すことを考えましょう。他の仲間もすぐにやって来るわ。川の近くに村はここにしかないのだから」
散った仲間を信じて安心しきっているエイミーの姿を見ていると、心に抱いていた不安が急速に消えていった。
「そうだった。ありがとう。ここまで運んでくれて」
「仲間なら当然でしょうディー」
ディーと呼ばれて思わず目を丸くしたディアーナだったが、何となく認めてもらえた様な気がして心の底から嬉しいと感じていた。
「それよりも、さっきから子供がこっちを見てるわよ」
「子供?」
エイミーが指差した方に視線を向けたディアーナ。
そこには村の入り口から顔を覗かせる子供たちの姿があった。子供たちは村にやって来た騎士に興味津々だったのである。体に力を入れて立ちあがった彼女が子供たちに近寄り視線を合わせて声を掛けると、子供の一人が元気な声で尋ねてきた。
「お姉ちゃんは騎士様なの?」
「そうよ。私は帝国騎士団アルテミス騎士隊に所属する騎士よ」
「俺たち騎士様なんて初めて見たよ。俺たちも騎士になれるかなぁ?」
騎士に憧れる子供が質問すると、ディアーナは優しく微笑みながらそれに答えた。
「誰かを守りたいという確かな気持ちと、厳しい訓練に耐えれる強い心があれば必ず騎士になれるわよ」「そうなんだ。俺たち頑張ってみるよ」
元気な笑顔を見せて去っていく子供たちの背中を無言で見送っていたディアーナは、しばらくするとエイミーに向かって言葉を発した。
「私にもあのような頃があった。何も知らずに、ただ騎士になりたいと願っていた頃が。でも実際に騎士になって戦場に出た私は、当時の自分がいかに浅はかだったのかを痛感した。戦場に立つということは、この手で誰かを殺すこと。それすら理解していなかった」
「後悔しているの?」
横になりながらも真面目な口調で問いかけてきたエイミーに、ディアーナはもう見えなくなった子供たちの表情を思い出しながら答えた。
「後悔はしていないわ。この手を血に染めてでも、私には守りたいものがある。皇女としてこの国を。騎士として民を。そして私として仲間と友を守りたい。今でもその願いだけは変わらないから」
「……ではこれから先も一緒に戦いましょう。願うものは私も一緒だから。でもその前に、少し休憩しましょう。これからの戦いに備えてね」
どこまでも冷静なエイミーに安心感を覚えるディアーナは、小走りで彼女の隣まで来ると地面に大の字で横になった。
彼女の言う通り次の戦いはすぐにやって来る。ならばせめてこの穏やかで安心できる少ない時間を堪能しよう。そう思ったのである。
「いい天気ね」
青い空を見上げながら優しく吹く穏やかな風を肌で感じるディアーナは、しばらくすると可愛らしい小さな寝息を漏らし始めた。
これを横で眺めていたエイミーは、小さく笑うと同じように目を瞑ったのだった。
だがそんな穏やかな時間は長くは続かなかった。ハイゼン子爵領に侵攻してきた蛮族が、進路を変えてこのリンダウ村に迫っていたのである。




