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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国動乱編
35/173

新生騎士隊誕生

 部隊の再編を進めるランツベルグの街は皆が忙しなく動いていた。

 そんな中、エイミーは様々な場所からもたらされる報告に目を通していた。


「蛮族はエルスト子爵領になだれ込んだあと、ハイゼン子爵領とシュリング男爵領に分かれたのか。その数合わせて五万。背後から奇襲を掛ければ殲滅できるか?」


 椅子に背中を預けながら机に広げた地図を眺めるエイミーは、口元に手を当てながら思考を巡らせるがすぐにその考えを捨てた。


「この数では無理だな。とにかくグミュントとカッセルを奪還することを考えるべきか。こっちは数が足りない。ならば速度重視の奇襲攻撃しかないな」


 各隊の戦力を纏めた紙を手に取ったエイミーはその全てに目を目を通していく。速度を重視した部隊を編成するために。


「攻勢部隊はステラ騎士隊を中心として編成した方がいいか。あとは各騎士隊から百名程と、領主軍から半数を抜いて三千。これが連れていける限界だな。傭兵隊は防衛の方が良いだろう」


 冷静に状況を分析するエイミーの前に、一つのティーカップが置かれた。

 そこにいたのはひっそりと佇むイレーネだった。


「難しい顔をして根を詰めるとまた倒れてしまいますよ」

「ありがとうイレーネ。でも私の行動には命が左右される。味方はもちろん、蛮族の命すらもね」

「エイミー様は、蛮族の命も本当は救いたいのですね」


 エイミーの心の内を察したイレーネがそう告げると、エイミーはティーカップを手に取り答えた。


「遥かな昔から現在まで多くの命が戦乱によって失われた。私は知っているわ。失われた命は決して戻らないことを。そして失われた命に対して仲間や恋人や家族が嘆き悲しみ苦しむことになる。その光景は、見ていて楽しものではない」

「確かに楽しい光景ではなさそうですね」


 エイミーの話にイレーネは深く頷いた。

 彼女は小さい頃に両親を病気で無くしていた。そんな彼女を、両親と仲が良かったエリノアがベンフォード家で働けるように取り計らってくれたのだ。


「…………私には叶えたい願いがある」


 注がれた紅茶を一口飲んだエイミーは、ティーカップを置くと静かに語り出した。


「かつて一人の女性が願った。戦火のない世界をと。生きる者が無意味に命を奪われない世界をと。そんな世界を私も見てみたい。でも私がこの十年目にした世界はそれとは程遠い世界だったわ」


 机に立てかけていた愛剣を抜いたエイミーは目の前に掲げた。その磨き抜かれた刀身には自分自身の姿が映っていた。


「戦争は理不尽に命を奪っていく。私はその命を守りたくてこの託された剣を抜いた。でも…………この剣で誰かを守るということは誰かの命と引き換える行為そのもの。本当なら剣を交えず何とか出来ればいいが、もはやその段階は過ぎてしまった。ならば早く終わらせるしかない」


 剣を鞘に戻したエイミーは地図に視線を向けてイレーネに説明した。


「蛮族は北部に拡散しつつある。奇襲によって各個撃破して敵の終結を防げれば、この数でも勝機があるわ。そしてグミュントにカッセルを奪還出来れば、ハイゼンとシュリング東西に分かれた蛮族を分断出来る」

「つまり東西に散った蛮族の背後を取って、ハイゼンとシュリングの騎士隊と挟撃するわけですね」

「その通りよ。挟撃出来れば蛮族の大軍を撃破可能。北部の治安は安定する」


 そこまで言ったエイミーは、空いている椅子を指し示してイレーネに座るよう勧めた。仕える主人の言葉に従った彼女は、一礼すると綺麗な動作で椅子に腰を下ろした。


「ねぇイレーネ。この一連の出来事には裏があると私は考えているわ。本当の敵は蛮族や帝都を襲撃した悪霊でもない。用意周到に計画を立てて、この帝国を破滅に導こうとしている者がいる。それはたぶん大陸動乱のきっかけを作ったロシュエル公国。戦争によって全てを奪っていく国よ」

「ロシュエル公国……。確証はあるのですか?」

「ないわ。でもあの国は目的のためなら手段を選ばない。どんなに残虐非道な方法でもあの国は実行してくる。そう……どんな方法でもね」


 一瞬だけ悔しそうな表情を浮かべたエイミーの姿を見逃さなかったイレーネはすぐに察した。きっと彼女は、ロシュエルによって祖国を滅ぼされたのだと。


「……どちらにせよ、帝国を存続させるためにも蛮族の掃討に時間を掛けるべきではないわ。動乱をが長引けば、それだけ周辺国に無防備な姿を晒すことになる。それは今の時代においては危険よ。誰もが他国の隙を狙っているのだから」


 エイミーはそう言って話を終えると、イレーネにディアーナたちを呼んでくるよう指示を出した。

 それを聞いて椅子から立ち上がったイレーネは、無言で頭を深く下げると天幕から立ち去っていった。


「ロシュエル……。私の祖国を滅ぼして家族まで奪った国。ここでも私の敵に回るのか」


 真の敵を確信しているエイミーは愛剣が納まる鞘を手に取った。

 最愛の母に託された剣。それは代々受け継がれてきた家宝である。


「必ず……願いを果たすわ。皆の想いを、私は絶対に無駄にはしない」


 その愛剣にそう誓ったエイミーは、冷めてしまった紅茶に口をつけながらディアーナたちが来るのを待った。

 やがて数十分が経った頃、イレーネに連れられて彼女たちはやって来た。


「攻勢部隊はステラ騎士隊を中心とした三千規模の軍で、約二千五百は各騎士隊と領主軍から選抜しました。またこの部隊は速度重視の編成ですので、守勢には不向きになります」

「つまり守勢に回ると攻勢部隊は大打撃を受ける可能性があるということですか?」


 エイミーの説明を聞いたミリアムが気になったことを尋ねるとエイミーは大きく頷いた。これに一同は厳しい顔つきを浮かべた。


「攻勢部隊は防衛部隊よりも何倍も危険だ。しかしいつまでの守勢に甘んじている場合ではない。今や北部の戦火は拡大する一方であり、さらに帝都も襲撃を受けた。だからこそ蛮族掃討は急務であり、危険を覚悟の上でこれから先は作戦を立てる。多少無謀な策でも実行しようと考えている」

「……戦死者が出るのは覚悟の上ということね」

「その通り。これが戦争である以上、戦う者の被害は必ず出る。だが私たちは自ら剣を取った者たちだ。何かを守りたいと願い騎士となり傭兵となった。ランツベルグの住人たちは不安な毎日を過ごしている。すぐそこで戦闘が行われているのだから。それを払拭するためにも私たちが先陣を切り、帝国騎士がまだしっかりと存在していることを証明する必要がある」


 感情を込めて力説したエイミーは、全員を見回すと最後にこう付け足した。


「この作戦に異議のある者はこの場で意見を述べて。不満や疑念のある者を私は無理に連れて行かない。防衛部隊として残りたいという者も、この場で申し出てほしい」


 このエイミーの言葉に、集まった主要なメンバーたちは口を閉ざして考えた。

 確かにこの作戦は危険度が高い。一歩間違えれば生還出来ない可能性もあるのだから。それを考えれば、すぐに即答出来る者はいなかった。


 どれくらい時間が経過したか分からない。テント内には重苦しい空気が流れており、誰かが言葉を発するのを誰もが待っていた。

 その沈黙を破ったのは、皇女であるディアーナその人だった。彼女は腰に吊るしていた剣を鞘ごと手にすると目の前で水平に掲げて言った。


「騎士団に入団した時、私はこの剣に誓った。この国を守ると。どの様な脅威が迫ろうと私は絶対に守り抜くと。その時の決意が本物だと示す機会は、きっと今しかないわ。私は死を恐れるよりも後悔を恐れるわ」


 その表情から伝わるディアーナの強い意思は、天幕内にいた全員の心に響いた。やがて一人、また一人と参加の意向を表明していった。


「では……決まりね。攻勢部隊は準備が整い次第、ランツベルグを出発してグミュント方面へと向かう。そしてそこにいるであろう蛮族を一人残らず掃討する!」


 剣を抜いたエイミーを見て、ディアーナも剣を抜いて剣先を合わせた。それに触発された面々は、次々と剣を抜くと円陣を組んでその中央に剣先を向けた。


「……必ず勝利を掴もう。そしてこの新たに再編したこの部隊の名を大陸中に轟かせよう。帝国に我らがいることを知らしめよう」


 そうエイミーが締め括った時だった。誰かがポツリと呟いたのである。この新たに誕生した騎士隊に名前を付けようと。

 これを聞いたエイミーは小さく笑ったあと、皆に聞こえるようはっきりと大きな声で告げた。


「名前はすでに決まっている。新生騎士隊の名はアルテミス。漆黒の夜を照らす月の女神の名だ。私たちはどんな絶望も光で照らす。そんな意味を込めてその名前にした」

「絶望すらも照らすのですか。名前負けしないように頑張らないといけませんわね」


 その名が気にいったのか、マルガレータはその名を何度も何度も口にして笑顔を浮かべていた。


 ランツベルグにこの日誕生したアルテミス騎士隊は三日後、全ての準備を終えてグミュントへと出発した。

 やがてアルテミス騎士隊は帝国中の戦場を駆け抜けていくことになり、そしてその名は帝国の希望となるのであったが、彼女たちにとっては長い過酷な戦いの始まりでもあった。

 




読んで下さってありがとうございます。誤字脱字などありましたらご報告頂けるとありがたいです。

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