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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国動乱編
34/173

先の世界を目指して   

◆ザールラント帝国 帝都ザクセンハルト◆



「…………酷い有様だな」


 近衛騎士総長リヒャルダを隣に連れて帝都内を視察するエリオスは、通りに溢れる死傷者たちを眺めながらそう呟いた。

 それは目を覆いたくなる惨状であるが、騎士団長として責任ある立場にいる彼はその光景を一つ一つ目に焼き付けながら歩いていった。


「被害は平民街から貴族街まで広範囲に及んでいます。死者の数は万単位になるでしょう」

「正直あのタルウィとかいう悪霊が参戦しなくて助かったな。奴が参戦していたらもっと死者が増えていただろうな」


 どこまでも人を馬鹿にしたような悪霊だったが、その実力は確かに本物だったと剣を交えたエリオスは実感していた。

 だからこそ、この戦いに介入して来なくて良かったと心の底から思っていたのである。


「何が狙いだったのでしょう?」

「俺が知るかよ。とにかく危機は去った。今のところはな」


 この危機がまだ終わっていないことを知っているエリオスは苦々しく言葉を吐き捨てると、通りで呻く負傷者たちに視線を向けた。

 騎士の者もいれば平民や職人といった者たちまで様々であるが、そこに貴族たちの姿は殆ど無い。貴族の大半が我先にと宮殿へと逃げ込んだからである。


「情けない話だ。守るべき人間を見捨てて自分だけ逃げるなど」

「団長には失礼ですが、帝国貴族などそんなものでは? まぁ一部には別邸の警備を回して市民の避難誘導を手伝ってくれた貴族や戦闘に参加した方もいましたが」

「全く以って情けない話だ。それよりもクリスタは何をしているのだ?」


 負傷者の中に神官クリスタの姿を見つけたエリオスは、彼女の行動を見て怪訝な顔を浮かべた。彼女は負傷者一人一人に声を掛けながら、時折その手をかざして祈りを捧げていたのである。


「あれは神聖魔法の一種らしいです。何でも人間の治癒能力を高める魔法とか」

「…………彼女が倒れたら運んでやれ」


 明らかに魔法を使い過ぎているクリスタは顔色が悪く今にも倒れてしまいそうだったが、それでも彼女は負傷者の治療を続けていた。

 戦闘に参加した誰もが自分の力の無さに無力感を覚えていたのだ。


「それで団長はどこへ?」

「決まっているだろう。陛下のところだ。早急に帝国を纏めなければ、この国に未来は無い。北は蛮族で今度はこれだ。この数百年帝国は平穏だった。誰かが帝国を狙っている。馬鹿でも分かる事だ」


 背中を向けたエリオスは、宮廷に向かうべく負傷者たちをかき分けながら歩き出した。


「これが戦場…………エイミーが見続けてきた世界というわけか。悲しいものだな」


 死が溢れる世界。

 それがエイミーの見て来た世界かと思うと、エリオスの胸は酷く痛んだのであった。








◆エルスト子爵領 ランツベルグ◆


 

「調子はどうかしら?」


 防衛の準備が着々と進められるランツベルグの街。

 そこではエイミーが様々な手段を講じており、彼女はその一つの確認に来ていた。


「一応指示通りに製作しました。極太矢はランツベルグの鍛冶職人の協力である程度数は揃いました。据え置きの大型弩砲はそこに何台か置いてあります。あと投石機の試作型も」


 作業していたドワーフの一人がエイミーの言葉を聞いて作業場の隅を指し示し、それを見た彼女は置かれていた物を確認し始めた。


「…………見たところ問題はなさそうね。試射はしたのかしら?」

「試射はこれからです。ご覧になりますか?」

「そうね。じゃあ試射は防衛陣地で行いましょう。皆にも見せたいから」


 エイミーはそう告げるとドワーフの何人かを呼んで試作機の移動をお願いした。

 そして先に防衛陣地に向かった彼女は、そこにいたディアーナたちにこれから兵器の試射を行うことを説明した。


「これはどういった物なの?」


 ドワーフが持ってきた二台の試作機を眺めたディアーナは不思議そうな顔でエイミーに質問した。

 そんな質問に彼女は試作機のそばに寄ってから解説を始めた。


「これはカタパルトで、こっちがバリスタです。曲射弾道で石や火のついた藁や爆発液を詰めた樽を遠距離に投擲出来ます。そしてバリスタは射程は短いですが直線弾道で石や金属弾や極太の矢を飛ばします。どちらも一撃で敵を集団殺傷することが可能であり、疲労の多い魔法に代わることが可能です」


 準備を進めるドワーフに視線を向けたエイミーは、彼らが頷いたのを確認して実演してみせることにした。


「行きますよ。これがこの兵器の力です」


 エイミーの合図と同時に二台の試作機は試射を開始した。

 バリスタから発射された極太の矢は用意していた的の牛を簡単に貫き、カタパルトから打ち出された液体を詰めた樽は見事な放物線を描きながら遠くに落下して爆発、炎上したのである。


「対集団戦において重要なのは、どれだけ被害を出さずに相手に損害を与えるかです。それに人数で劣る我々は疲労が蓄積する魔法だけには頼れない。兵器の量産は必要不可欠でしょう」

「確かにこれがあればランツベルグの防衛は楽になりますね」 


 兵器の威力を目の当たりにしたミリアムがエイミーの言葉に同意を示すと、そのエイミーは不敵に笑って言葉を発した。


「防衛には当たりますが、それだけではありませんよ」

「どういうことですか?」


 不思議そうな顔で声を上げたマルガレータ。

 そんな声に対してエイミーは、集まった騎士たちを一度見回すと大胆な提案を口にしたのである。


「今いる各騎士隊と傭兵隊に領主軍。それとランツベルグから新たに志願を募り部隊を大幅に再編します。そして部隊を防衛部隊と攻勢部隊に分けます。つまり反撃に出る」


 これを聞いたディアーナたちは目を丸くした。今は防衛戦闘で手一杯であり、反撃出来る余裕などないと思っていたからである。

 だがエイミーには反撃に出て勝てる勝算があった。


「蛮族は五千の侵攻で敗北して以降、攻撃を仕掛けて来ていない。今の蛮族は、戦力を補充中か再編中のどちらかでしょう。ならば勝利の勢いがある今こそが好機。それに我々もこれ以上、蛮族の掃討に時間を掛けていられない」

「帝都襲撃ですね」


 怖い顔をしたディアーナの言葉にエイミーは深く頷いた。エリノアから届いた伝令鷲に帝都襲撃の方が書かれていたのである。


「その通り。北部に続き帝都も攻撃を受けた。ならば次もあると考えた方がいい。だからこそ一刻も早く北部の動乱を抑え込まなければならない。私たちの手で」


 力強く言葉を放ったエイミーは騎士たちの顔を見回した。

 そして皆が決意の籠った表情を浮かべているのを見て彼女はようやくいつもの笑顔を見せた。


「各騎士隊の隊長を集めて頂戴。会議を開き今後の動きを早急に決めましょう」


 方針が決まったエイミーたちは、再び慌ただしく動き始めた。北部安定のため。そして何よりこの帝国を守るためにである。

 この日の会議は深夜まで及んだ。そして攻勢に出ることで一致したのである。



「まさか悪霊が帝都を襲撃するとは。帝都は大丈夫でしょうか?」


 創世戦争を経験したことのあるフレイヤは、悪霊がどれほど強大なものなのかを知っている。心配になるのは当然だったが、エイミーは少し考えてから答えた。


「たぶん帝都を襲撃したのは五霊のどれかでしょう。でも行動を見る限りでは相手も準備が整っていない様に思うわ。この一連の出来事は時間稼ぎなのかもしれない」


 イレーネが淹れてくれた紅茶を飲みながら話していたエイミーは、今まで見せてことのない表情を浮かべるとフレイヤに尋ねた。


「……エミリア=ロザンヌ。彼女はどんな人だったのかしら?」

「えっと、お姉様には彼女の想いや気持が分かると思うのですが?」


 エイミーの質問にフレイヤは躊躇いがちにそう答えた。

 女神の力を受け継ぐエイミーは、他の人間とは根本的に違うことがある。それは並みの人間なら精神に異常をきたす程のものである。


「確かに知っているわ。私が知りたいのあなた達から見た彼女の姿よ」

「私たちから見た姿ですか」


 エイミーが向ける真剣な眼差しを見たフレイヤは、遥か昔の記憶を探りながら答えた。

 尤も彼女にとってはついこの間のことに感じる程、鮮明に覚えていた。それほどエミリア=ロザンヌという人物は特別な存在なのである。


「彼女は変わった方でしたね。精霊族も亜人族にも分け隔てなく接する。それまで私たちは三つに分かれて悪霊たちと戦っていました。戦局は悪くなる一方であり、私たちは追い詰められていった。そんな私たちの前に彼女は現れました」


 フレイヤはしっかりとエイミーを見据えると、その姿を眺めながら言葉を続けた。


「長いブロンド髪にマリンブルーの瞳。白銀の鎧に身を包んだエミリア=ロザンヌ様は仰いました。『大陸の守り手たる我らがこの様なザマで、一体なにを守るというのですか?』と」


 そう言ったフレイヤは苦笑いを浮かべていた。強大な敵を前に分裂しているなど、今考えれば情けない話である。


「我々の反撃は始まったのはそこからでした。彼女はどんな時も最前線で戦い諦めませんでした。私は思うのですよ。彼女の真の強さは女神の力を使えることではなくその心だと。どんな時も希望を見失わず、諦めない。まるで今のお姉様のようです」


 月の光に照らされたフレイヤは、その可愛らしい顔でエイミーを見つけると真剣な声で質問した。


「エミリア=ロザンヌ様は、自分の人生をどう思っていたのでしょうか? 我々のためにその身を捧げて戦い続けた。その結果、彼女は若くして亡くなりました。私たちが…………殺したようなものです。もっと私たちがしっかり戦っていれば……」


 彼女の最後を思い出したフレイヤは悔しさを滲ませながらその小さな手を握り締めた。

 そんな様子を見たエイミーは彼女を背後からそっと抱き締めると、どこまでも優しい声で語った。


「幸せな人生でしたよ。私は確かに短い人生だったかもしれません。それでも多くの出会いがあった。共に笑って未来を語り合い、そして死闘の果てに願った未来を勝ち取った。その未来は今もこうして受け継がれているし、あなた達は決して私のことを忘れていない。私は幸せだった。そう……だから貴女が後悔することではないわ。だって私は守りたかったのだから。貴女の未来もね」


 エミリアの想いを代弁したエイミーは夜空に瞬く星を見上げた。

 無数に輝くその星を、かつて彼女が眺めていたことをエイミーは知っている。


(彼女は女神の力を子供に継承させてしまったことだけを後悔していた。でも私は……)


 自分の両手を眺めたエイミーは、その身に宿る創世の力とエミリアに思いを馳せた。


「私は感謝していますよ。例え人生が短くても、私は守ることができる。もう失うのは嫌だから」


 小さな声で呟いたエイミーはフレイヤを連れてテントへと戻っていた。今はもういない彼女の想いに答えるために、精一杯生きることを誓いながら。

 そしてかつて彼女が目指した世界を今度こそ実現すると決意を新たにして。




 

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