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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国動乱編
33/173

蹂躙の帝国

 イシュタルを神と崇めるヨハネス教団は大陸中に多くの信者を抱え、総本山をフロレス王国に置いている。

 その総本山である聖ヨハネス大聖堂でシスターをしていたクリスタ=アダルベルトは、ある日大聖堂の古文書館で偶然にも一冊の古い本を見つけた。今は存在しない古代文字で書かれたそれに興味を惹かれた彼女は、それの解読に取り掛かったのである。

 そして二年後、彼女はついにその解読に成功したのである。それは太古に失われた神聖魔法に関する記述だった。その後四年に渡って修業を重ねた彼女は、神聖魔法を会得。若くして神官の座に就任したのである。


「原初の悪霊である灼熱の覇王タルウィ。あなたのような強大な悪霊がなぜ現世に?」


 最大限の警戒を払いながら話を進めるクリスタに対して、神聖魔法陣によって拘束されているタルウィは優雅に微笑みながら答えた。


「答えると思っているのかしら? 女神に仕える神官さん?」

「随分と余裕ですね。そこから動けないのに」


 悪霊は神聖魔法陣から動けない。それを知っているクリスタは、余裕の態度を崩さないタルウィに疑問を感じ始めていた。

 それを察したのか、タルウィは邪悪な笑みを浮かべると簡潔に答えた。


「動けない? 馬鹿にしているのかしら?」


 次の瞬間、タルウィは神聖魔法陣に剣を突き刺して地面に魔力を送りこんだのである。


「この程度の中級神聖魔法で、原初の悪霊が拘束できると本気で思ったのですか? ならば愚かとしか言いようがありませんね」


 数秒経たずして神聖魔法陣を破壊したタルウィは、間合いを詰めると驚きで硬直していたクリスタに剣を振り下ろしたが、それを間一髪で防いだのはエリオスだった。


「中々やりますわね。正直今のを防ぐとは驚きましたわ」

「ふん。悪霊に褒められても嬉しくないね」


 力で勝るエリオスは、タルウィの剣を弾くとすぐさま上段に構えて剣を振り下ろした。

 それを華麗なバックステップで回避した彼女は二人から距離を取った。


「う~ん。意外と団長は強いし神官までいるなんて予定が狂っちゃったわ。仕方がないわね。予定を早めましょうか」


 剣を再び地面に突き刺したタルウィは、目に見える程のどす黒い魔力を解き放つと詠唱を始めた。


「詠唱などさせるか!」


 これを見たエリオス団長は詠唱を阻止するべく駆けだし距離を詰めようとしたが、待機していたスケルトンが動き出してそれを阻んだ。


〈悪を統べる我らが盟主アングラ・マインユの名において 灼熱の覇王であるタルウィは願う 女帝に統率されし冥府の住人 世界に迫害されし化け物たちよ 我が願いに答えて冥府よりその姿を現せ〉【ベーゼ】


 詠唱が終了すると同時に、帝都の空は一気に暗雲へと変わった。

 そして帝都中にゴブリンの大軍が現れ、彼女の背後には三メートルはある五体のオーガが出現したのである。


「さて勇敢な騎士の皆さま。スケルトンにコブリンの大軍。そしてこの五体のオーガを前にどこまで戦えるか。楽しみにしていますわ」


 隠していた漆黒の翼を広げて冷笑を浮かべるタルウィ。

 その背後に魔物の大軍を従えたその姿は、まさに神話に登場する悪霊そのものの姿だった。


「……舐めるなよ小娘が」


 勝ち誇った様な姿を見て怒りを覚えたエリオスは、ついにその力を解放した。


〈我が怒りに応えて敵を蹂躙せよ〉【獅子王】


 その呼び声に応えて現世に現れた炎を纏う獅子。

 そんな契約精霊を召喚したエリオスを見て、タルウィは思わず目を細めて小さな声で呟いていた。


「まさか聖騎士なの!? いや……でもまずいわね。これは予想外だったわ」


 仇敵に近い能力を発揮するエリオスに脅威を覚えたタルウィは、少し考えてから離脱を決意した。ここで傷を負うのは得策では無いからである。

 何せ計画は始まったばかりなのだから。


「私はこれで退かせていただきます……では皆さま御機嫌よう」


 決めたら即決。すぐに転移魔法でその場を去っていったタルウィ。

 その光景に思わず舌打ちしたエリオスだったが、すぐに気持ちを切り替えて目の前の魔物たちを見据えた。

 彼女が去ったとはいえ未だに脅威は続いているのだ。


「民を守れ! ここで退いた奴は帝国騎士の恥だ! 騎士の義務と責務を果たせっ!」


 オーガが振り下ろした斧の強烈な一撃を受け止めたエリオスは、力の限りに叫んで騎士たちを奮い立たせると、逆に斧を押し返して相手の体勢を崩した。


〈全てを斬り裂け〉【ラファル】


 両手で柄を持ち上段から剣を振り下ろしたエリオス。そこから放たれた風の刃は、一撃で強靭な体躯を誇るオーガを大地に沈めたのだった。


 

「うわぁ、オーガの一撃を受け止めて逆に一撃で仕留めたよ。本当に人間なのあれ?」


 屋根の上から戦況を見据えるザリクは、一連の動きを見て思わずそんな感想を述べていた。


「……私たちの目的はこの帝国を混乱に陥れること。帝国の北を蛮族が襲い帝都はこの有様。そして南部には王国軍が侵攻する。これで私たちは当初の目的を果たしたわ。次はいよいよ本命の始末よ」

「お、どこにいるのか分かったの?」

「北方蛮族を監視させている部下から報告があったわ。奴は北にいる」


 これを聞いたザリクはすぐに獰猛な笑みを浮かべた。


「いよいよ始末出来るのか。あの憎い継承者を」

「そうよ。とにかくそれで私たちの帝国での仕事は終了。ドレスデンの解放に向かっているバエル様と合流してこの地とはさようならよ」

 

 血の気に逸るザリクとは違いどこまでも冷静なタルウィは、それだけ告げると同じように戦況を見据えた。魔物の大軍勢は数で押しているとはいえ、獅子王とエリオスの攻撃によってその数を徐々に減らしていた。

 そして物理攻撃に耐性を持つスケルトンも、神官クリスタの神聖魔法によって多くが浄化されていたのである。

 

「女神の末裔……意外としぶといわね」


 多少はやるようだと修正したタルウィは、ザリクに合図を送ると共に帝都からその姿を消した。

 彼女たちが目指すのは帝国北部。そして目的はそこにいるエイミーの殺害であった。



◆ザールラント帝国 フルダ辺境伯領◆



 帝都で虐殺が繰り広げられている頃、帝都から遠く離れたこの地はいつもと同じ朝を迎えていた。

 皆がそれぞれの仕事に取り掛かり、知り合いと会話を交わすいつもの日常である。だが太陽が真上に昇った昼頃、それは前触れも無くやって来たのである。

 最初にそれに気付いたのは農作を行っていた農夫だった。


「ありゃなんだ?」


 遠くの方に上がる土煙。やがてそれは地鳴りと共に近づいて来た。

 それが武装した騎士が騎乗する軍馬のものだと気付いた時には何もかもが手遅れだった。


「全員皆殺しにしろっ! 帝国から奪った物は全部お前たちの物だっ!」


 新興貴族に率いられた王国軍五千の兵は、あっという間に侵入を果たすとその剣で次々と人々を殺傷していった。それこそ動く者は女子供見境なくである。

 駐屯していた帝国騎士たちはすぐに迎撃を開始したが、彼らは僅か一時間で全滅した。


「お前たちは好きなようにやれ。帝国を蹂躙するのだ!」


 軍を率いる新興貴族は帝国側の今の状況を知っているため、兵たちに敢えて規律を無視するような言葉で発破をかけた。

 規律のない兵はそこらの盗賊と変わりなく、彼らは好き放題に街とそこに住む人を蹂躙していった。


「王国に栄光ある勝利と名誉をっ!」


 新興貴族の言葉とは裏腹に、この戦場に栄光と名誉は無かった。あるのは欲望と本能に負けた兵たちの残虐さだけだった。王国兵が通った道には無残な死体だけが残された。


 その日の夜、この街に女たちの悲鳴や泣き叫ぶ声が響き渡った。

 王国の蹂躙はこれからが始まりだったのである。






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