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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国動乱編
31/173

暗雲の帝都

 帝都ザクセンハルトは皇帝の宮殿を中心として円形状に広がる広大な都市で、宮殿は南北四キロ、東西三キロの広さを誇る。

 その中には後宮や美しい庭園はもちろん、乗馬を楽しむためのコースもあり、周囲は四メートルの壁と皇帝直轄部隊である親衛隊千五百人で守られている。

 さらにその周囲を三メートルの壁と帝国騎士団から選び抜かれた近衛騎士隊が守っているのである。

 そこから先は貴族街、職人街、商人街、平民街、騎士団駐屯地と広がっている。


「ここで本当に間違いないのか?」


 目の前の古びた屋敷を一瞥してから副長に疑問の声を掛けたのは、平民出身で初めて近衛騎士総長にまで昇りつめたリヒャルダ=ブリュックナーであった。


「通報によればここで間違いないはずですが……」


 ――貴族街にある無人の屋敷から女の悲鳴が聞こえる――


 そんな通報が帝都駐留の騎士隊に届けられ、それが貴族街も管轄とする近衛騎士隊へと回って来たのが昨日の事であった。

 副長騎士の言葉を聞いて再び屋敷に視線を戻したリヒャルダは、その屋敷から嫌な気配を感じ取っていた。

 

「どうも様子が変だな。雰囲気というか、空気というか」


 本日の天気は晴天。いつもなら清々しいと感じるはずなのだが、この場所ではそれを感じない。寧ろ肌寒く感じる程であった。


「……とても人が住んでいる様には見えない屋敷だな。とにかく踏み込むぞ」


 調べによれば持ち主は帝国北東部に領地を所有する小貴族の令嬢だったが、明らかに人が住んでいる様には見えないほど屋敷は荒れ果てていた。

 そんな屋敷の惨状に疑問を感じながら、後方に待機していた近衛騎士たちを呼んだリヒャルダは、すぐに錆びた城門の鍵を破壊して屋敷の中へと入っていた。


「この淀んだ空気は何だ?」


 別宅に踏み込んだリヒャルダが最初に発した言葉に、突入した近衛騎士の誰もが同じ感想を抱いた。

 内部は薄暗くて息が詰まる。まるで幽霊屋敷のような雰囲気だったのである。


「これより屋敷内を捜索するが、お前たちは必ず三名一組で行動しろ。周囲に目を配れ。この屋敷は明らかに異常だ。異変があればすぐに助けを求めろ」


 リヒャルダはそう指示すると剣を抜いて一人で前へと進み始めた。

 同じように剣を抜いた副長は、近衛騎士たちを命令を飛ばすとすぐに彼女のあとを追って行ったのである。


「どこも荒れ果てているわね。普通、別邸には管理する者がいるはずでしょう?」

「そうですね。ですがその形跡はありません。これを見る限り、ここは長い間使われてはいないでしょうね」


 床や置き物には薄らとホコリが積もっていた。それはどの部屋も同じであり、長い間使われてはいないという確かな証拠でもあった。

 やがて二人は大きな机が置かれた部屋へと辿り着いた。


「ここは仕事用の部屋かしらね」

「どうもその様ですね。少し調べてみましょう。何か残ってるかもしれません」


 部屋の中に足を踏み入れた二人は、まず空気を入れ替えるために窓を開けてから作業を始めた。

 リヒャルダは本棚を中心に。副長は机の周りを中心に残っているものを片っ端から確認していった。


「う~ん。特に興味を引くような物はないな」


 本を見ては元に戻すリヒャルダがそんな声を上げる中、副長は椅子に座りながら机の引き出しから発見した数冊の本のような物を取り出した。

 彼は中身を見てそれが日記だとすぐに気付いた。


「お、これは継承戦争の本だな。珍しい物が――――」


 そこまで告げたリヒャルダは、真剣な表情で本を読んでいる副長を見て口を閉ざした。

 よく観察すればそれが真剣というよりも、深刻そうなものに見えたからである。


「総長殿……この屋敷はヤバいですよ……」

「……何が書いてある?」


 深刻な顔で告げる副長にリヒャルダが真面目な表情で尋ねると、彼は読んでいた本を机の上に広げて置いた。

 そこには人間を実験材料とした拷問や、新たな魔法の研究といったおぞましい内容が克明に記録されていたのである。


「ヤバいなんてものじゃないでしょう」

「その通りですが、いま重要なのはそこではありません」


 副長は語尾を強めてそう告げると、数ページめくって問題の個所を開いた。


「えっとここか。『本日を以って現在の実験を終了。これによって計画は次の段階へと移行する。いよいよ実験の成果を試す時――』試すってどういうことだ!?」


 思わず声を上げてしまったリヒャルダは急いでその先を読み進めた。

 その先はまさに常軌を逸したものであり、何より禁忌に触れるものでもあった。


「馬鹿な…………悪魔召喚の儀式だと!?」

「それも問題ですが良く見て下さい。儀式を行った場所です」


 副長が指し示した箇所を読み、リヒャルダの背筋に悪寒が走り表情が固まった。


「…………ここだな」

「この日記が妄想でなければ、儀式が行われたのはこの屋敷です」

「だがそんな形跡はなかったぞ?」

「分かっています。だから二階なのかもしれません」


 二人はしばらく顔を見合わせてから他の近衛騎士たちのことを思い出した。


「様子を見に行こう。ここは普通じゃない」


 勢いよく部屋を飛び出そうしたルヒャルダだったが、数歩進んだ所で副長が声を上げてそれを制した。


「今……床が軋む音がしませんでしたか?」

「今? この辺りか?」


 ゆっくりとした動きで足を一歩後退させたリヒャルダ。

 すると僅かだがぎしっと床が軋む音が聞こえた。それは注意して聞かなければ聞き洩らすほど小さな音だった。

 二人はすぐに床に敷いてあった絨毯を捲り、取っ手が付いた扉を発見したのだった。


「地下扉か。隠してある所がかなり怪しいな」

「……開けましょう」


 副長は取っ手を掴むとリヒャルダの顔を確認してから扉を開いた。

 そこには下へと続く階段が存在したがかなり深く、その先の様子は降りてみなければ分からなかった。

 二人は意を決すると様子を探る為、慎重にその階段を降りて行った。


「…………ちょっとこれ……」


 目の前に広がる光景を見てリヒャルダは目を見開き、副長も似たような反応を見せていた。


「すぐに上の近衛騎士に声を掛けろ。それと残っている駐屯騎士たちを連れてこい。この別邸周囲を封鎖する。急げ」

「了解です」


 その言葉と同時に副長は素早い動きで階段を駆け上がって行った。

 そんな姿を見送ったエリオスは、右手を僅かに動かして魔法を発動させた。暗闇を照らす光の魔法である。


「…………酷いものだ。ん? これは?」


 惨状を目に焼きつけながら慎重に進むはリヒャルダは、最奥である物を見つけたのだった。








◆エルスト子爵領 ランツベルグ◆



「エイミー隊長はどこに行ったのかしら?」


 ランツベルグ郊外で防衛陣地を構築中のステラ騎士隊と他の騎士隊は皆が忙しく動き回っていた。

 そんな中、補給物資がステラ侯爵領から新たに届き、それを仕分けるためにミリアムはエイミーを探していた。


「えっと……隊長なら確か丘の上にいますよ」

「分かったわ。ありがとう」


 軍馬に跨ったミリアムはすぐに言われた場所へと向かい、確かにその場所にはエイミーがいた。

 軍馬を降りた彼女は小走りで駆け寄って声を掛けようとした。


「エイミー隊長、話が――――」


 そこまで声を発したミリアムは、目の前の光景に息を呑んだ。

 エイミーは地面に刺した剣の柄の上で両手を組みながら目を閉じて無言で前を向いていた。

 そんな彼女の綺麗で長いブロンド髪が風に乗って宙を舞い、夕陽を浴びて幻想的に輝いていたのである。

 その光景はまるで物語の中のワンシーンかのようで、ミリアムは思わずそれに見惚れていたのだった。


「……私の顔に何か付いています?」


 いつの間にか目を開けていたエイミーは、呆けているミリアムにキョトンとした表情で声を掛けた。

 これに慌てたミリアムは、顔を真っ赤にして首を大きく横に何度も振った。


(わ、私は何を……。確かに可愛らしい方だとは思いますが、じっと見つめるなんて。でも今のは幻想的で素敵だったなぁ)


「えっと、ミリアム?」


 未だに沈黙しているミリアムに声を掛けたが、いまいち反応の薄い彼女。

 その様子に大きくため息を吐いたエイミーは、彼女から視線を逸らして再び目を閉じて神経を集中させた。


(何だろう……空気が、魔力が震えている)


 いつもと違う世界の雰囲気を敏感に感じ取るエイミーは、目を見開くとその方角に視線を向けながら呟いた。


「嫌な予感がする」


 自分で呟いた言葉にエイミーは大きな不安を覚えていた。

 これまでそういう悪い予感が外れた事が一切無いからである。


「何事も無いと良いのだけど……」


 多分その願いは叶わない。

 そう実感しながらも言葉を紡いだエイミーは地面から剣を引き抜いて鞘に納めると、未だに呆けているミリアムに声を掛けて用件を尋ねたのだった。

 その嫌な予感を考えない様にしながら。





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