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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国動乱編
30/173

北部に広がる戦火

◆エルスト子爵領 ランツベルグ◆



「前衛騎士は防御を固めろっ! 蛮族の侵攻を許すなっ!」

「魔力が続く限り魔法を放てっ! 敵の射程外から攻撃しろ!」


 前衛で指揮を執るアレンたちが盾で蛮族の攻撃を防ぐと、すかさず後衛に展開していたマルガレータとミリアムたちが無詠唱で魔法を次々と撃ち込んでいく。放たれた魔法は迫り来る蛮族たちに容赦なく降り注ぎ致命傷を与えていた。

 そんな戦場の様子をエイミーは隊長として一番後ろで観察していた。


『お願いがあります』


 教会で力の代償を語ったあの日、ディアーナは頭を下げてエイミーに告げたのである。


『ステラ騎士隊の指南役では無く、隊長として剣を振るって頂きたい』


 ヘッセンでの戦いを経験したディアーナは、自分の指揮能力に疑問を感じていた。

 そしてこのまま自分の指揮で戦えば、いつか隊は壊滅する事になるだろという危機感も覚えていたのである。


『ですが傭兵の指揮で戦うのは他の騎士たちが嫌がるのでは?』

『それについては考えがあります』


 そんな言葉と同時に剣を抜いたディアーナは、エイミーに跪く様に命じた。


『エイミー。帝国皇女ディアーナ=ハウゼン=ザールラントの名において貴女を帝国騎士に叙します』


 抜いた剣で跪いたエイミーの肩を叩いたディアーナ。さすがにこれには彼女も少し驚いていた。


『……傭兵を騎士に任命するなど、殿下は頭が悪いのですか?』

『実力があるのです。構いません』


 その問いに対して笑顔で答えたディアーナを見て、エイミーは肩を竦めてそれを了承したのだった。


「…………メッセル騎士隊を左翼に投入。展開しているエルスト騎士隊の残存勢力を後退させろ。それとフレイヤも後退させる。抜けた穴はグラーツ騎士隊と傭兵隊に任せろ」


 一分一秒が惜しまれる戦場において迷うことなく矢継ぎ早に命令を飛ばして行くエイミーに、騎乗して待機していたディアーナは決意に燃える瞳を向けていた。

 あの日聞いた力の真実はあまりに残酷だった。だがそれでも彼女は戦い続けている。自分の身勝手な願いを聞き入れ、命を削って力を行使してまで。


「……私は彼女と共に戦い続ける道を選ぶ。そしていつか――――」


 蛮族の攻勢が弱まったのを感じたディアーナは、剣を抜くと素早く前へと向け指示を出した。


「全騎前へ! この機を逃すな!」


 エイミーとは仲が良いと自負していた。しかし改めて考えると実際は知らないことだらけだった。出身地や家族構成。好きな食べ物や嫌いな食べ物。趣味も分からなければ誕生日すら知らないのだから。


「いつか教えてもらうのよ。彼女の全てを」


 軍馬が速度を上げたことで肌で風を感じるディアーナは、小さな声で呟くと剣を高々と掲げた。


「私に続けっ! 全騎突撃っ!」


 大した装備を持たない蛮族たちは、軍馬で蹂躙され振り下ろされた剣で叩き斬られていく。

 彼らから見ればディアーナは軍馬に跨った悪魔の存在そのものであり、彼らにとっての悪魔がもう一人存在した。


「敵の足並みが乱れた。各隊は一気に前線を押し上げろ! この勝機を逃すなっ!」


 数多の戦場を駆け抜けて来たエイミーがそのスキを見逃すことは無く、容赦のない攻撃を開始したのである。援軍を得たステラ騎士隊以下二千五百の騎士たちは、命令通り勝機を逃すことは無かった。


 この日、五千の蛮族たちは大損害を受けランツベルグ郊外から撤退した。戦場に残されたのは数え切れない蛮族の遺体と、わずか数十人足らずの騎士の遺体だった。




「蛮族は魔法を使わない。飛び道具は矢か投げ槍のみ。前衛が敵の攻撃を防いでそのスキに魔法を撃ち込む。そして混乱した状況に突撃を仕掛ければ敵は敗走する。この方法なら確かに勝てますね」


 ヘッセンでの包囲戦を突破した際に敵が魔法を使わない事を確信したエイミーたちは、ランツベルグに到着してから隊の編成を変更していた。

 屈強で力も体力もある男性騎士をアレン指揮下の前衛隊へ。

 その後方で魔法を放つ騎士をミリアムとマルガレータが指揮する魔法隊へ。

 そしてさらにその後方で弓を放つ騎士をべティーナが指揮する弓隊へと。


「今回は間に合いませんでしたが、明日以降は救援に来た各騎士隊も同じように編成し直せば蛮族も撃退出来るはずです」


 アレンが大きな声で喜びの声を上げるが、隊長に就任したエイミーは浮かない表情を浮かべていた。

 確かに有効な手段ではあるのだが大きな問題が一つだけあったのである。それは後方で見ていたディアーナや魔法隊を指揮したミリアムやマルガレータも察していた。


「確かに撃退出来るでしょう…………。魔力が永遠に尽きないというのであればですけれど」


 問題は魔力にあった。無詠唱魔法は内包する魔力を消費する。そしてそれが尽きれば詠唱魔法に頼るしかない。


「そうですね~。失った魔力の回復には個人差があるのですよ~。明日までに全回復している者もいれば、半分以下の者もいるでしょうね~。だからと言って詠唱している時間は惜しいですしね~。あぅ~」


 声を上げたのは疲れ切った表情でライアンにもたれ掛かるフレイヤだった。魔力が尽きると途方もない疲労感が襲ってくるのである。

 そして朝から魔法を連発していたフレイヤがこの様な有様なのである。人間である騎士たちはさらに酷い状況に陥っていた。


「すでに魔法隊の騎士は疲労感から一歩も動けない状況です。フリーデさんやイレーネさんたちが介抱してくれていますが、明日までに回復しているかどうか」


 懸念を発したミリアムの顔色も少し悪く疲労を隠し切れてはいなかった。


「蛮族が明日再び現れることは無いと思うわ。あれだけの損害を与えたのだから。ただ、次も同じ数とは限らない。もしかしたらさらに増えているかもしれない」

「五千の蛮族でこれだ。万に膨れ上がったらこの方法では対処出来なくなる。やはりもっと数が欲しいな」


 エイミーたちは知らないが、すでにエルスト子爵領に侵攻してきた蛮族は六万を超えていた。

 だがその五万程がカッセルから東西に分かれ近隣領であるルイゼン子爵領とシュリング男爵領に侵攻していたのである。ランツベルグに向かって南下してきたのは残る一万であり、今日撃退したのはその先行部隊であったのである。


「…………早くステラの領主軍が来てくれると良いのですが」


 思わずマルガレータが漏らしたこの声に誰もが深く頷いたのだった。








◆帝都ザクセンハルト◆



 パーティーから二日が経過した。戦場から離れた帝都にいるエリオスは、エイミーたちより正確に情報を把握していた。

 それはステラ侯爵領で領地を守る妻エリノアのお陰であり、指南役に就任したエイミーが伝令用にと、非常時に備え買い集め魔法を掛けていた伝令鷹のお陰でもあった。


「ステラ侯爵夫人エレノア様より新たな報告です。ルイゼン子爵及びシュリング男爵から救援要請が入ったとのことです。共に二万以上の蛮族が領内に侵攻。手持ちの戦力だけでは対処出来ないとのことです。なおステラ侯爵の領主軍は既にエルスト子爵領に向かったため、エレノア夫人は近隣領に援軍を要請したとのことです」


 特殊な鷹を受け入れるために帝都に留まっている騎士の報告を聞いて、エリオスは険しい表情を浮かべた。エルスト子爵領に続いてルイゼン子爵領とシュリング男爵領まで蛮族が侵攻した。考えるまでも無く事態は最悪な方向に向かっている。


「このままでは北部全域が戦場になる。各地の騎士隊に伝令を急がせろ。それと帝都に駐屯している騎士半数の二万を今すぐ北部に送れ」


 この命令を聞いていた道楽貴族たちは口を揃えて反対意見を口にした。


「陛下の守りを蔑ろにするとはどういうことですかっ!」

「そ、そうだ。皇帝陛下とそのご家族をお守りすることを放棄なさるつもりか」

「いくら帝国騎士団長と言えどもそのような横暴は――――」

「いい加減にしろっ! この能無し共がっ!」


 我慢の限界を超えたエリオスは会議用のテーブルを勢いよく拳で殴りつけると大きな声を上げて一喝した。その瞬間、彼らは一斉に口を閉ざした。


「だったら貴様たちが軍を率いて救援に行け。そして帝国が誉れとする武を示してみせろっ!」


 無論そんな勇気など持ち合わせていない道楽貴族たちは下を向いて視線を逸らしたが、未だに小さな声で不満を呟いていた。そんな場面に再び一羽の鷹がやって来た。


「…………ランツベルグに展開中のステラ騎士隊より報告です。ランツベルグ郊外にて蛮族五千以上と交戦。激戦の末に蛮族の半数を討ち取り後退させたとのことです。また各騎士隊との合流にも成功。現在総兵力二千五百人を以ってランツベルグ防衛に当たっているとのことです」


 そこまで報告を読み上げた騎士はその先を読んで一瞬だけ怪訝な表情を浮かべ、それを見逃さなかったエリオスはすぐに続きを報告するよう促した。


「はっ。追伸として手の空いているメイドを寄越すようにと。現在、皇女専属メイドのフリーデ様が負傷者たちの手当や看護をしているそうなのですが、このままでは倒れてしまうとのことです」

「そんな……フリーデまで戦場にいるのですか?」


 この報告にこの場では発言権のないリゼールが言葉を漏らしていた。

 彼女にとってフリーデは幼い頃から良く知る存在であり、一歳しか違わないが姉のように慕っていた存在なのである。そんな彼女までもが戦場にいるのだからその反応も仕方がないものであった。


「……帝国第二皇女であるディアーナ様はこうして帝国を守るために戦場を駆けている。そして騎士でもないメイドのフリーデも負傷者のためにその身を削って戦っている。それに比べて――」


 道楽貴族たちを軽蔑するような視線で見回したエリオス団長は、一呼吸間をおいてから大きな声で怒鳴りつけた。


「貴様たちには帝国貴族としての誇りが無いのかっ! 戦場に出る勇気も無い人間があれこれ吠えるなやかましいっ! まだ邪魔をするというのなら、帝国を守護する騎士の一人としてこの剣で相手をしてやる。違うというのならば黙っていろっ!」


 エリオスの本気を前にして立ち向かえる勇気が存在する道楽貴族など一人もいない。ようやく静かになったところで、エリオスはヘルムフリートへと視線を向け声を上げた。


「帝都駐屯騎士の半数を北部に投入します。宜しいですね?」


 許可を求めたエリオスに、ヘルムフリートはなぜか楽しそうな笑顔を浮かべていた。彼もまた、道楽貴族を疎ましく思っていたのである。


「お前が帝国騎士を預かる騎士団長だろう? 好きなようにやれ。私が許可する」

「はっ。ありがとうございます」


 帝国騎士の敬礼を行ったエリオスは、すぐに信頼する十数人の貴族たちに声をかけると会議場をあとにした。

 そして残された道楽貴族たちはヘルムフリートの冷たい視線にさらされることとなった。


 翌日、ヴォルムス侯爵ウォルターとフルダ辺境伯アウレールを中心とした十数人の貴族たちは二万の騎士と、宮殿で手の空いていたメイド数十名を率いて北上を開始したのだが、その中に予想もしない人物が紛れ込んでいたことには誰も気付かなかった。

 それが発覚したのは半日が経過した頃だった。


「も、申し訳ありません。全ては私の責任でございます」


 ヘルムフリートに顔面蒼白になりながら頭を下げるメイド長だが、事態を聞いたヘルムフリートは彼女を咎めることはしなかった。それどころか豪快に笑ったのである。


「宜しいのですか? 今ならまだ馬を飛ばせば追い付けますが?」

「構わん。まぁ士気向上にはなるだろう。それに本人たちの意思だしな。それにしても二人とも意外とやることが大胆だな」

「笑いごとでは済まないと思うのですが…………。しかし陛下がそう仰るのでしたら良しとしましょう」


 その行動があまりに面白かったのか未だに笑い続けるヘルムフリート。

 それとは対象的に頭を抱えるエリオスだったが、すぐに気持ちを切り替えて次の行動を始めたのだった。








風邪でダウンしておりました。いつもお読み下さっている方、お待たせいたしました。

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