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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国動乱編
28/173

力の代償

「今すぐ追撃を仕掛けて蛮族を追い払うべきだ! 君の力があれば可能なはずだっ!」


 騎士隊と傭兵隊の合同会議の席で偵察を出すと告げたエイミーに、猛然と反対を告げたのはカッセル騎士隊隊長ロイドだった。先の戦闘で見せた力を使えば、すぐにでも蛮族を追い払えるだろうと。


「……偵察は傭兵隊から出します。話は以上です」


 しかしエイミーはそんなロイドの言葉を無視して立ち上がると、ロイドたちに背を向け去って行った。

 そんな彼女の背中に言葉をぶつけるロイドだったが、不意に巻き起こった一陣の風によって吹き飛ばされ言葉を中断した。


「優れた人間だと、一瞬でも思った私が愚かでした」


 そんな言葉を告げたのは、悲しさと悔しさを瞳に滲ませたフレイヤだった。涙を必死で堪える彼女は肩を震わせながら声を絞りだした。


「あなたは…………何も分かっていない。今の言葉がどれだけお姉様を傷付けたか。そんなことが可能ならば…………とっくの昔に彼女たちの願いは果たされているっ!」


 エイミーに宿る力は彼女だけに与えられたものではない。その力は遥か昔から受け継がれて来たものであり、その力を与えられた誰もが苦悩したのだ。

 絶対的な力と引き換えに与えられた大きな制約と代償に。


「古の盟約を忘れ、重責を押し付けて来た人間風情がっ! 私は絶対にお前を許さないっ!」


 フレイヤは途方もない魔力を放出すると右手を空に向かって掲げた。すると晴れ渡っていた天気は一転して暗雲の様相となった。


〈世界に満ちる大いなる力よ 今こそ天よりその姿を現せ 大地を震わす咆哮と共に〉

「これは…………まずいですわ! この威力は風の大魔法です!」


 強大な魔力が上空に集まる光景を眺めていたミリアムが、その魔法の威力に気付いて叫び声を上げた。大魔法はその名の通り高威力を誇る強烈な魔法であり、この街を半壊させる程の威力を持っている。そんな魔法が放たれれば大惨事は免れない。


「皆さん建物に避難を。早く!」


 周囲にいた人々に避難を呼びかけるディアーナたちは、それが無駄な行為だと知りつつも叫び続けた。他に出来ることなど何もないからである。フレイヤを止めることも、その魔法に対抗することも。


〈大精霊たる風神『フレイヤ』が命ずる 汝の名前は雷帝『オーディン』 全てを砕き 全てを滅する力を今ここに〉


 暗雲の中を横に雷が何本も駆け抜けその度に雷鳴がヘッセンの街に響き渡り、まさにそれは咆哮と呼ぶべきものであった。そしてフレイヤは最後の詠唱を行う。


〈絶対なる裁きである雷よ 我が前に立ち塞がる愚か者に断罪の力を振り下ろせ〉【テンぺスタース】

 

 フレイヤが詠唱を終えた瞬間、雷は轟音を響かせて天より降り注いだ。

 そんな光景にその場にいた誰もが死を覚悟したが、雷は地面に落ちる前に何かによってかき消されたのである。


「誰の許可を得てこんな真似をしている!?」


 誰もがその出来事に沈黙していると、そんな声がどこからともなく響いて来た。


「ひっ!」


 最初にその姿を見て恐怖の表情を浮かべたのは大魔法を行使したフレイヤ自身であり、続いてその存在に気付いたディアーナたちだった。


「お前が怒るのは理解しよう。だがその強大な力を簡単に行使するのは許さない。次は無いぞ? その命が消えると理解しろ」

「か……畏まりました。申し訳ありませんでした…………。お姉様」

 

 地面に額を擦りつけて謝罪したフレイヤから視線を外したエイミーは、愛剣を抜くと立ち竦んでいたロイドに剣先を向け告げた。

 睨みを利かすような視線と怒気に満ちた瞳を向けて。


「ロイド。君は力があれば全てを守れると思っているようだがそれは完全な間違いだ。そして何より、私の力で敵を追い返せるというのは妄想は幻想にすぎない。それは傲慢な者の考え方であり、その考えはやがてこの大陸を滅ぼす」


 心の内を見透かされ何も言えないロイド。そんな彼をしばらく眺めていたエイミーは愛剣を鞘に納めると最後にこう告げた。


「君はその目で見たはずだ。蛮族という強大な力がこの地に何を残したのか。まさか忘れたわけではないだろう。力だけでは、誰も救えないし救われない」


 最後は悲哀に満ちた表情を浮かべたエイミーはそのまま剣を納めると、何事も無かったかのように言葉を紡いだのだった。

 

「邪魔をした。これで失礼するよ」




 その夜、ふとディアーナは目を覚ました。

 慣れない床での雑魚寝に体をゆっくりと動かしながら立ち上がった彼女は、暖炉の明かりで照らされた部屋に目を凝らして苦笑した。


「酷い格好よ二人とも。殿方には見せられないわ」


 隣で年相応の寝顔を見せるミリアムとマルガレータは、包まっていたはずの大きな布をどっかに蹴飛ばしており、夜着も寝相の悪さから若干乱れていた。

 やれやれと言った思いで布を二人に掛けてやったディアーナは、ベルトを腰に巻いて剣を吊るすと夜着の上から外套を羽織り外へと向かった。


「これは皇女殿下。どうかされましたか?」

「目が覚めてしまっただけよ。二人ともご苦労様。異状は無いかしら?」


 建物の入り口で警備に当たっていた二人の騎士にディアーナが何気なく尋ねると、二人の騎士は顔を見合わせてから小さな声で答えた。


「そうですね。少し前に風神様が通られたのですが元気がない様子でした」

「そう……」


 いつもは元気で明るくのんびりとしたフレイヤだが、あの一件ですっかり落ち込んでしまっていた。

 何だか心ここにあらずといった感じでため息を吐いては悲観した表情を見せ、エイミーに声を掛けようとしては掛けられずしゅんとしていたのである。


「正直言っていつもと違うご様子ですので皆が心配しています。少なからず影響を受けている騎士たちも見受けられますから」


 気さくで様々なことを手伝ってくれたフレイヤは、騎士たちからの評判も良かった。

 そんな彼女が落ち込んで悲壮感を漂わせていれば誰だった心配するのが当たり前だった。


「少し話をしてみるわ。どっちに行ったか分かるかしら?」


 騎士たちはフレイヤが向かった方角を指し示したが、そこはあの教会がある方角だった。

 暗い街中を進むディアーナは十五分程で教会の前に到達したが、そこには入り口の前でウロウロとしている彼女の姿があり、しばらくすると彼女は意を決したのか中へと飛び込むように入っていった。


(何をしているのかしら?)


 様子を探るべくこっそりと入り口に近づいたディアーナは、そこでフレイヤと中で何かを祈っているエイミーを発見した。


「お姉……様」


 完全には勇気が持てないのか躊躇いながらエイミーを呼んだフレイヤ。

 そんな彼女にエイミーは振り返ると手を大きく広げて優しげな声で告げた。


「もう怒ってないよ。おいで」


 最初は戸惑いながら胸に抱きついたフレイヤだったが、エイミーが静かに彼女を抱きしめると大きな声を上げて泣き出した。まるで小さな子供のように。

 そんな彼女を慰めるように、エイミーは優しく頭を撫でながら言った。


「私を心配してくれたのよね? 私のために怒ってくれたのよね? だからあんな無茶なことをしたのよね? 大丈夫。私はフレイを嫌いになったりしないわ。だから泣かないで」


 フレイヤが怒り狂い大魔法まで行使したその心情を理解しているエイミーは、何度も何度もそう繰り返して彼女を慰めた。

 やがて気持ちを落ち着けた彼女は、エイミーの顔を覗き込みながら尋ねた。


「あのように思われてお姉様は……辛くないのですか。その力が……絶対の力だと思われて」

「間違ってはいないわ。この力は五大精霊を同時に召喚でき、私自身の能力も飛躍的に上昇させる絶対の力。それこそ数万程度の軍勢なら彼の言う通り私一人の力で壊滅に追い込むことも出来るわ」


 ロイドの言い分が正しいかのように冷静に答えるエイミーとは対照的に、それを聞いたフレイヤは反射的に叫んでいた。

 

「ですがそれでは――――!」

「そうね。間違いなく私は死ぬでしょう」


 笑顔を浮かべて答えたエイミーだったが、その内容はあまりにも衝撃的なものだった。


「死ぬとは…………それは一体どういうことですかっ!」


 死という言葉に動揺したディアーナは、盗み聞きしていたことを忘れて思わず飛び出して大声を上げていた。

 彼女の突然の登場に驚いているフレイヤとは違って、その存在に気付いていたエイミーは驚きもせずにその質問に答えた。


「買い物をすればお金が。魔法を使えば魔力が。何かを得ようとすれば、何かが必要になったり何かを失うものです」


 どこまでも冷静なエイミーは、ディアーナを見据えるとそのその力の事実をはっきりと伝えた。


「この身に宿る絶対の力。幾万もの軍勢を蹴散らす強大な力ですが同時に時間を消費する。それは生きる時間。力を行使する代償は私の寿命というわけです」


 言葉が出ないディアーナ皇女は、その場に膝をついて思考を巡らせた。

 つまりエイミーが力を使い続ければ――――。


「遠くない日に私は死ぬことになる。それが古より受け継がれてきた力の代償なのですよ殿下」


 暗い教会内に、エイミーの声が静かに響き渡った。

 

 力の代償――――それはあまりに重すぎる対価だった。





 


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