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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国動乱編
27/173

受け継ぐ者と娘たち

 結果から言えば、ヘッセンでの戦いは帝国の勝利で終わった。しかしその勝利は圧勝とは程遠いものであった。

 三千を超える北方蛮族に対して確かにステラ・ランツベルグ連合騎士隊は奮戦して戦線を押し返すことには成功したのだが、撃退までには至れなかったのである。


「報告します。我が軍の正面を左に迂回する新たな敵を捕捉。その数は約一千」

「東門に蛮族が集結しています。その数は約二百」

「別働隊を東門に派遣しろ。絶対に街の中には入れるなっ!」


 北門で指揮を取るディアーナはやって来た伝令の騎士に対して厳しい口調で指示を出すと、正面に展開する北方蛮族の集団を睨みつけた。


(これ以上の戦力を割くのは無理……どうすれば!?) 


 騎士隊の数は千五百であり、その内の千二百が正面の三千と戦っている。迂回する新たな敵を迎撃する余裕など無いに等しいのだ。


「ディアーナ様……私が行きます」

「べティーナ……でもそれでは貴女が――」


 べティーナが現在率いているは僅かに五十騎の騎士のみであった。

 その数で対抗するなど不可能であり死にに行く様なものでしかないが、もはやそれに頼る以外に道が無いのも事実であった。


「大丈夫です。相手は魔法を使いません。一撃離脱の騎乗突撃で相手の指揮官を討ち取れれば、少なくとも敵の動きは鈍るはずです」


 確かにべティーナの言葉通り指揮官を討ち取れれば敵の動きは鈍るが、一回の騎乗突撃でそれを為すのはかなりの運がいる。それこそ強運が必要だ。


「……許可はするけど無理はしないで。ここで死ぬことは――」


 ――許さない――


 そんな言葉を投げかけようとしたその時だった。


「傭兵の名誉と誇りに懸けて契約を完遂しろっ! 北方蛮族を殲滅せよ!」


 風に乗って流れて来たその声と同時に、怒声の様な雄叫びが戦場に響き渡ったのである。


「報告します。七百あまりの傭兵が援軍として到着しました。傭兵たちは迂回していた北方蛮族の側面を突き、これによって北方蛮族は進軍を停止しました」

「傭兵!? 一体いつの間に――――」


 傭兵がいることなど全く知らなかったディアーナたちは迂回している蛮族の方へと視線を向け、そこで彼女の姿を発見したのだった。


「あれは……エイミー……?」


 先頭に立って剣を振るう長いブロンド髪を靡かせる少女。それがエイミーだと気付いたディアーナとべティーナはそんな彼女を驚きの籠った表情で見つめていた。


「あれが……一等級傭兵ですか」

「なんて速い。しかも……一撃で敵を仕留めるなんて」


 次々と敵を斬り地面へと倒して行くエイミーは、まさに全ての動きが見えているかの様な動きを見せていた。そんな彼女は手近の敵を一掃すると、剣を地面に突き刺して詠唱を始めた。



〈我が身に宿る世界を創世したる闇の力よ〉


 言葉と同時にエイミーの足元に出現した魔法陣は、大気中に漂う魔力を猛烈な勢いで吸収していった。

 そんな光景をディアーナとべティーナは、瞬きもせずにただ茫然と見つめていた。


〈古の盟約に従い 我が手に未来を創造する絶対の力を授けたまえ 女神アスタロトよ 深淵より目覚めて今ここにその姿を現しせ〉【アドヴェント】


 次の瞬間、魔法陣から眩い輝きを放つ膨大な魔力が溢れ出し、その眩しさに目を閉じたディアーナとべティーナたち。

 彼女たちが次に目を開けた時には全てが変化していた。

 そこにいたのは剣を手にしたブロンド髪のエイミーでは無く真っ黒な、それこそ全てを闇に染めてしまいそうな漆黒の黒い髪をした彼女だった。

 

「私……夢でも見てるの? これは?」

「姿が…………。なんですかこれは……? 一体どうなっているのです?」


 ディアーナやべティーナだけでは無い。防衛に当たっていた騎士たちや傭兵たち。そして侵攻していた蛮族たち全てが動きを止めてその光景に呆然としていたのである。


【ヒンリヒトゥング】


 左手を掲げたエイミーはそんな短い詠唱で炎を纏った強大な鎌を持つ黒き死神を呼び出した。


「炎を纏う死神……」

「これ……精霊召喚……上級魔法!?」


 目の前で展開される光景にディアーナとべティーナが驚くのも無理のない話だった。

 精霊召喚は上級魔法に分類される魔法であり、どの様な熟練した者でも長い詠唱が必要とされている魔法なのである。

 だが目の前のエイミーはたった一言だげで精霊を召喚したのである。


「……消えろ!」


 エイミーの言葉と同時に死神は炎を纏った大鎌を振るい、その一撃で数十人近い蛮族の命を狩り取ったのであった。


「腰の引けた蛮族など相手では無い。一気に突き崩せっ!」


 想像を超える展開に完全に及び腰となった蛮族たちを見て、エイミーは傭兵たちに向かって指示を飛ばし、その言葉で傭兵たちも再び動き始めたのであった。


「……行くよライアン。フレイ」


 予想外の出来事に戦意を喪失していた蛮族たちに近づいたエイミーは、そんな言葉と同時に剣を振り下ろすと続けざまにその隣にいた蛮族の顔をガントレットで殴った。

 そしてライアンは蛮族の喉に噛み付き、風神はその絶大な威力の魔法で蛮族に死を与えたのである。

 もはやこの場の戦いの勝者は誰が見ても明らかだった。


「や…………やめて……くれ……頼む」


 最後の一人に剣を突き付けたエイミーは、地面に倒れ命乞いをする蛮族に向けていた視線を通りの端に向けた。そこにはこの街に住んでいた住人たちの変わり果てた姿があった。


「…………無理よ。だって――――」


 エイミーは血のように赤い瞳で蛮族を見据えると、剣を逆手に持ってその胸に突き刺した。

 どうして、と今にも消えそうな声で呟いた蛮族に彼女は怖いほど冷静な口調で告げた。


「だってあなたたちは私を怒らせたのだから」





 

「次の負傷者を連れて来て。この人の消毒をお願い」

「誰かこっちを手伝ってっ!」

「私がお手伝いします」


 蛮族が後退して戦闘が終結したあと、ディアーナたちは街に蛮族が潜んでいないか確かめる為に巡回を行っていた。

 

「そんな…………酷いわ」

「うっ……うっぷ」


 そんな巡回行動中に扉が壊された教会を見つけたディアーナたちは、その内部の惨状を見て思わず全員が顔を背けていた。マルガレータやミリアムはしばらく口を押さえていたが、やがて耐えきれなくなりその場で吐き出したが、ディアーナは顔色を悪くしながらも何とか威厳を保っていた。


「いくら戦っているとはいえ、何もここまですることはないだろう」


 アレンは生きている者がいないか確認しながら悲しげな表情で声を漏らした。蛮族は大人も子供も老人もお構いなしに皆殺しにしたのである。


「これが……カールが命を懸けて守った結果だというのかっ! ここは教会だろっ! 神は……なぜ助けてくれなかった……。なぜ……このようなことを」


 カッセル騎士隊副隊長カール=アーレンスは矢に首を貫かれて死んでいた。教会の前に遺体があったことから彼は教会を守っていたのだと推測できたが、その結果はあまりに無情だった。


「どの様な行為も戦争では肯定されるのですよ」


 誰もが嘆き悲しむ中、淡々とした声がその場に響いたのである。

 ディアーナたちが振り返った先にはエイミーと風神が立っており、少女とは思えない冷めた表情で室内を見渡していた。


「傭兵風情がふざけるなっ! ここは教会だ。神の住まう地での虐殺など――」


 そんな言葉に頭に血が上ったロイドは叫んでから気付いてしまった。エイミーが解き放つその殺気にである。


「言いたいことはそれだけか? 戦場では敗北するということはこういうことだ。今まで何を見て来た? 甘えた言い訳など聞きたくもない!」


 少女とは思えない口調で冷酷な言葉を発したエイミーはしばらくの間、ロイドに睨みを利かせていたがやがて怒りを鎮めるとその場から一人立ち去っていった。

 そんな彼女の言葉に固まってしまったロイドたちに向かって、その場に残っていた風神が呆れた顔で声をかけた。


「やってしまいましたね~。しかもよりにもよって神を語るとは」


 その言葉の意味が分からないといった表情を浮かべるロイドに、風神は質問をぶつけた。


「あなたは神と仰いましたが、神の名をご存じなのですか?」

「信仰心は薄いがそれくらいは知っている。『イシュタル』だろう」


 天を支配する神イシュタルそれが帝国で信仰されている神の名前であるが、その答えは風神の機嫌を大いに損ねた。


「一昨日きやがれですね。それは光の大精霊『天人様』のお名前です。ちなみに私の名前はフレイヤですよ。どこかの国では女神として信仰されているそうですが、ただのアホとしか言いようがありませんね」


 顔に似合わない毒舌を吐きまくるフレイヤは、ロイドに厳しい視線を向けると最後に辛辣な言葉を浴びせた。


「この世界を創世したる偉大な母にして、大陸を守護する女神アスタロト様の名を忘れた者が安易に神を語るな。それは女神の力を受け継ぐ者と、その娘たる我ら五大精霊を侮辱するのと同じことだと知れ」


 そう語ったフレイヤは不機嫌な顔のまま、立ち去ったエイミーのあとを追いかけていった。


「…………今、偉大な女神の娘たる五大精霊と言った?」


 フレイヤの言葉を思い返してしたディアーナが小さな声で呟くと、アレンが同意して大きく頷いた。

 つまり五大精霊は神の使いに等しい存在ということになるのだ。


「ちょっと疑問なのですがその神の使いを召喚しているエイミーさんは……一体何者なのでしょうか?」


 顔色の悪いミリアムが当然の疑問に辿り着き、恐る恐るといった声で全員に質問した。


「もしかして女神の力を受け継ぐ者というのは――――」

「まさか……」

 

 ディアーナの発した言葉を否定するように声を上げたマルガレータだったが、その先の言葉が続かずそのまま黙り込んでしまった。


「俺は彼女が何者だろうと気にしないね。そんなこと考えるより遺体の回収が先だろ。いつまでもこれでは死んだ奴らが浮かばれないだろう」


 重苦しい雰囲気の中、そんな声を上げたのは遺体回収を指示されていたアレンだった。

 彼にとってはエイミーが何者だろうと関係無かった。彼女たち傭兵のお陰で戦い勝った。騎士として長年過ごしてきた彼にとってはそれで十分だったのである。


「そうね……。遺体を回収しましょう」


 考えても仕方のないことだと割り切ったディアーナが行動を始めたことで、皆もようやく動き始めたのだった。



 



いつもお読みいただきありがとうございます。

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