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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国動乱編
26/173

戦場に舞い降りた乙女たち

 昼過ぎから始ったヘッセンでの戦闘。それは戦闘とは呼べない一方的な殺戮劇だった。

 早々に街へ侵入を果たした蛮族たちは無抵抗の住民たちを次々と殺害。さらには街を包囲するように展開し始めたのである。数で劣るカッセル騎士隊とヘッセン騎士隊は、住民を守るため街の中での戦闘を余儀なくされたのである。


「やめて……殺さないで……」

「誰か助けてくれっ!」


 助けを求める悲痛な声を聞きながらロイドは顔を歪ませ剣を振り下ろした。どれだけ蛮族を斬り殺しても奴らは次々とやって来るのだ。


「くそっ! 間に合わない!」


 視線の先に倒れた女性と剣を突き刺そうとする蛮族の姿があった。魔法では詠唱に時間が掛かり剣では届く距離では無い。

 ロイドの頭に、無残に殺される女性の光景が浮かび上がった時だった。突然飛来した矢が蛮族の頭を貫いたのである。


「な、何が起きた?」


 訳も分からず振り返った先には、カッセルで見かけたエルフ男性の姿があった。弓を持ったそのエルフはロイドに近づいて言った。


「俺たちも戦う。アンタには助けてもらった借りがある。それに村の礼も奴らにしてやりたいからな」


 いつの間にか五十人近いエルフがそこに集まっていた。皆が弓を携え蛮族に敵意を見せていた。


「…………妹はいいのか?」

「建物の中に避難した。それに外は危険だろう?」


 不敵な笑みを浮かべたエルフ男性に、ロイドも満面の笑みでそれに答えた。


「じゃあ頼りにしているぜ相棒」


 まさか古代種エルフと共闘するとは思ってもいなかったロイドは、不思議な気持ちを抱きながら彼らを送り出した。

 そしてさっきの女性に手を差し出すと、手近な建物の中に避難するよう告げたのだった。



「〈風の精霊たちよ 我が目の前に立ち塞がる者たちに 裁きの雷を与えよ〉」


 ロイドとは別の地区で戦闘を行っていた副隊長たち数人は、住民たちが避難する教会の前に陣取りながら襲い来る蛮族と戦っていた。


「ふむ。やはり蛮族は魔法を使わないのか…………。〈炎よ 天より降り注ぎ 敵を滅せよ〉」


 魔法が得意な副隊長は詠唱を繰り返しながら蛮族に魔法を撃ち込んでいく。雷を食らわせ、炎の矢を浴びせるが蛮族は魔法で対抗しようとはしない。ただ突っ込んできて、白兵戦に持ち込もうとするだけなのだ。


「もしかして奴らは……魔法を使えないのか?」


 副隊長は蛮族の行動を観察していてそんな疑問を覚えた。

 いくらなんでもここまで魔法を行使しないのはおかしすぎるからだ。


「……〈空よ 涙を流して 全てを大地に還せ〉」


 蛮族が矢を放つのを見て副隊長はすぐに水魔法を唱えた。現れた水球は、飛んできた矢を的確に捉えてその全てを地面に叩き落とした。


「さすがは副隊長。これなら守りきれるかも」


 そばにいた騎士が絶賛の声を上げるが物事とはそこまで単純なものではない。蛮族の数は時間と共に増え続け、今やその距離はかなり近くなっているのだ。


「寝言は寝てからだ。ほら次が来るぞ?」


 前方から十五人程の蛮族が突っ込んで来るの発見した副隊長は、騎士にそう告げるとそのまま魔法詠唱に移行した。


「〈炎の精霊よ 我が手に 全てを灰に帰す 絶対なる――――」


 詠唱をそこまで終えた時、副隊長は一つ忘れていたことに気付いた。突撃して来る蛮族の後方に弓を構えた別働隊がいたことを。彼らは副隊長が詠唱を始めるのに合わせて、その矢を放ったのだ。


「〈力を与えよ 出でよ 紅蓮の炎よ〉」


 観察していたのは蛮族も同じだった。そんな感想を抱きながら、副隊長は突撃して来る蛮族に火魔法を放った。

 そして紅蓮の炎が蛮族十五人に襲いかかったと同時に、矢は副隊長の首を貫いたのである。


 


 戦闘開始から二時間、カッセル騎士隊とヘッセン騎士隊は文字通り奮戦したが、それも焼け石に水と言った状況だった。

 最後まで残ったのは十二人の減耗した騎士たち。彼らは大通りの中央で蛮族の大軍に包囲されていた。


「はぁはぁはぁ……ここまでかっ…………」


 肩で息をするロイドは、残った騎士たちを見回した。

 ボロボロになりながらもここまで戦い続けて来た騎士たちの顔に悲壮感は全く無い。それどころかその表情は晴々としていた。


「まだ……やれますよ」

「えぇ。カッセル騎士隊は……まだ戦えます」

「ヘッセン騎士隊だって戦えるさ」


 疲労を隠しながら生き残った騎士たちは余裕だといった表情を浮かべていたが、実際は重い装備を身に着けて二時間以上動き回っているのだ。体力などとっくに限界を超えている。

 ロイドも剣を振り続けて手が石のように重くなっており、剣を持っているのも辛い状況なのだ。


「ははは。馬鹿な奴らだな」


 ロイドは強がりを言う騎士たちを笑うと、最後の気力を振り絞って剣を構えた。それを見て残りの騎士たちも剣を構え直した。


「…………カッセル騎士隊とヘッセン騎士隊。進めぇぇぇっ!」


 ロイドが最後の命令を発して、全員が突撃を行おうとした時だった。包囲する蛮族の一角を数本の雷が襲い蛮族を吹き飛ばしたのである。

 凄まじい程の轟音が辺りに響き続いて爆風が巻き起こった。

 

「げほっげほ……一体なにが起きた?」


 周囲を見渡したロイドだったが、地面に落ちた雷の爆発によって白い煙が辺りを覆っており視界は最悪で状況は全く分からなかった。


「みんな大丈夫か? 生きてるか?」


 とりあえず騎士たちの安否を確認するため声を発したロイドだったが、騎士たちの声は別の声によってかき消された。


「私に続けっ! 全騎突撃!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 突然吹いた突風が全ての煙を消し去った瞬間、それはロイドの目の前を通過した。


「なっ! これは…………」


 軍馬に跨った白銀の女性騎士たち。ロイドはその先頭を走る栗毛の女性に目を奪われた。

 帝国の女性としては短い、肩にかかる程度の髪をなびかせながら蛮族に突撃していくその様子が、教会で語られる戦女神そのものだったからである。


「蛮族共を蹴散らせっ! 一気に殲滅しろっ!」


 勝利を確信していた蛮族たちはこの状況に動揺を隠せず、次々と包囲網を破られていった。


「隊長、一体これは……あはは……これは夢でしょうか」


 最後の攻撃を行おうとしていたはずがなぜか形勢が逆転している。あまりの変化に戸惑いを隠せない騎士たちはとりあえず笑うしかなかった。

 そんな呆然とするカッセル騎士隊の生き残りの前に懐かしい顔が現れたのである。


「ロイド隊長っ! ご無事ですか?」

「…………アベルとセリーヌかっ!」


 一瞬、誰だが分からなかったロイド。こんな場所に彼らがいるなど想像もしていなかったからである。馬から降りて近づいて来た二人を本物だと理解した彼はすぐに疑問を口にした。


「お前らはステラ侯爵領に伝令に向かったはずだろう? 何でこんな所にいる?」


 いくら何でも帰還が早すぎるアベルとセリーヌに尋ねると、二人は笑顔を向けながら疑問に答えた。


「ですから連れてきたのです。救援を」


 二人の言葉と同時にロイドに近づいて来た軍馬に跨る若い少女。先ほど見た女性と同じ白銀に身を包んだその少女は、スッと軍馬から降りると柔らかい雰囲気を纏いながらロイドに挨拶した。


「ステラ侯爵領ステラ騎士隊五百名とランツベルグ騎士隊百七十名。カッセル騎士隊の救援要請を受け、ここに参上しました。私の名前はべティーナ=オードリー=ランツハート。ステラ騎士隊の副隊長です」

「ステラ騎士隊…………侯爵領からの援軍……なのか? まさか…………なっ!」


 その言葉が信じられないロイドは、何度も目の前のべティーナを見て瞬きを繰り返していたが、彼女の背後に倒れていた蛮族が起き上がったのに気が付いた目を見開いた。

 しかしロイドが声を上げるよりも早く彼女は振り向いて剣を抜いたのである。


「あとはお任せ下さい。カッセル騎士隊の誇り……。必ず守って見せます」


 蛮族の首と胴を一瞬にして切り離したべティーナは、返り血で汚れたことは気にも留めずに静かな口調でそう告げたのだった。


「ミリアム隊は先陣を切ったディアーナ様と合流して蛮族の掃討を。マルガレータとアレンの隊は住民の保護を優先して。私の隊は建物内を重点的に捜索して蛮族がいたら掃討、住民がいたら保護しなさい」


 命令と同時に散開したステラ騎士隊を見送ったべティーナは、生き残ったロイドたちに視線を向けると後方を指して告げた。


「後方にステラ侯爵領から連れて来たメイドたちがいます。彼女たちには負傷者の看護をさせますので、その護衛をお願いします」


 そのメイドたちとはステラ騎士隊駐屯地で働いていたメイドやフリーデやイレーネのことであった。

 フリーデは『私はディアーナ様専属のメイドですから』と、さも当然と言った態度で行軍準備を始め、イレーネはエリノアの命を受けて行軍に同行していたのである。

 これにはさすがのディアーナも悩んだが、最終的には負傷者の看護という名目で連れていくことにしたのだった。


「メイドが戦場に…………はぁ」

「変わったメイドたちですから」


 困惑するロイドにべティーナは苦笑いで答えると、アベルとセリーヌにあとは任せたと告げて前線へと向かって行き、その場を任された二人はとりあえず固まってしまったロイドたちを後方まで引っ張って行くことにしたのである。

 そしてそこでメイドたちに出迎えられたロイドたちは、一瞬だげ戦場にいたのが夢だったのではと錯覚を覚えるのだった。

 それほど彼女たちの存在は場違いだったのである。







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