帝国騎士ロッテ=バルツァー
グミュントの村で避難が開始された頃、その場所では向かってきた蛮族の先行隊五十人を相手に生き残っていた重傷者八人が最後の抵抗を続けていた。
「まだ……私は…………やれる」
若き女性騎士ロッテはまだ消えない闘志を燃やしながら鋭い視線で周囲を見渡した。
もはや残っているのは彼女だけしかおらず、今や彼女自身も口から血を吐き出す程の瀕死に近い状態だった。重傷者八人で十五人の蛮族を殺した。戦果としては十分過ぎる程である。
「これが最後の一人か」
ロッテを囲んでいた蛮族の後ろから、一人の男性がそんな台詞を発しながら前へ出てきた。周囲の蛮族が頭を下げていることから、地位の高い男だということがロッテにもすぐ分かった。
「見たところ随分と若い女性のようだが…………実に勇敢だな。うちに部族に欲しかったくらいだ」
「それはどうも…………ぐふっ!」
足に力が入らないロッテは膝をついたが、辛うじて剣で体を支えて倒れることを免れた。
「その傷で未だに倒れぬとはな。名前は?」
今までの蛮族とは違い紳士的な態度の男性にロッテは顔を上げたが、視界が霞み始めていたため相手の顔がよく分からなかった。彼女はそれが非常に残念に思えてならなかった。
「カッセル騎士隊……所属…………ロッテ…………バルツァー……」
何とか名前告げたロッテは騎士として生きたことに対する満足感を覚えながら、心の中で声にならない想いを呟いていた
(隊長、ありがとうございました。それと……ごめんねセリーヌ)
敬愛していた隊長に抱きしめられた時の幸せを思い出してから、ロッテは最後に親友に対して謝罪の言葉を口にした。
『帝国騎士として二人で名を馳せよう』
その約束は果たせない。
だからこそ親友がそれを叶えてくれる事を心の底から願いながら、ロッテは最後の力を振り絞って立ち上がった。
「まだ立ち上がるか。その気概には素直に敬意を表したいが、立ち塞がるのならば容赦はしない」
「帝国騎士を……舐めないで……遠慮は……いらない」
震えながらも剣を構えたロッテに対して蛮族の指揮官も剣を構えた。
「勇猛果敢なる帝国騎士よ。私は君を忘れないでおこう。ではさらばだ」
剣を構えても動く事の出来ないロッテは、その一撃を正面から受けることで帝国騎士の誇りを全うしようと考えて目を閉じた。
だがいくら待っても剣が振り下ろされることは無かった。不思議に思った彼女は再び目を開き、そこでそれを見たのだった。
「悪いが……ここから消えるのはお前達だ」
(うわぁ……綺麗……)
目の前には一人の女性が立っており彼女の長いブロンドの髪が宙を舞っていた。
どうやら彼女は手にした剣を振り抜いた様で、対峙していた蛮族がちょうど地面に崩れ落ちるところであった。
そして蛮族が地面に倒れると同時に、彼女は次の行動を起こしていたのだった。
「その数で私を相手に出来ると思うなよ? 一人残らず殲滅してやる」
次々と蛮族に対して剣を振るった女性によって、蛮族たちはあっという間に数を減らして行った。
(……良かった。これで少なくとも……隊長たちは――)
そしてついに最後の一人が地面へと倒れ、蛮族の全が殲滅されたのである。
それを見届けたロッテは、満足そうな笑顔を浮かべてその場へと崩れ落ちた。
「……何か最後に言い残す事はない?」
たった一人で残っていた蛮族三十五人を殲滅した名前も知らない女性が、膝をついて手を握りながらそんな言葉を掛けて来たので、ロッテは彼女に最後の願いを頼む事にした。
「この……ガントレットを……私の親友に…………名前はセリーヌ……スタイン」
この女性なら必ず願いを叶えてくれる。何となくそう直感したロッテは、最後にそれだけ告げると静かに目を閉じたのだった。
最後に素晴らしい戦闘が見れた事を神に感謝しながら。
この戦闘に介入するつもりは無かった。ただ偵察の為にその場へと赴き、偶然にもその現場に遭遇しただけなのだ。
「貴女の勇敢な姿を私は決して忘れない」
握っていた手を離して自身の手を見れば、そこには僅かに彼女の血が付着していた。
「そして最後の願いは必ず果たすよ」
傭兵社会には血で交わした最後の願いは絶対に果たすべきだという暗黙の掟が存在している。それが例えどんなに無理難題だったとしても、血で交わした約束は絶対にである。
「悪いけど……立派な墓を用意する事は出来ない。我慢してくれ」
右手のガントレットだけを取って街道沿いに簡単な墓を作った女性は、最後に盛った土の上に彼女の剣を突き刺すと祈りを捧げた。
「女神アスタロトの腕に抱かれて安らかに眠りなさい」
――平民出身の女性騎士ロッテ・バルツァー――
彼女は知らないが、終戦後その名前は帝国中に知れ渡ることになる。最後の一人となっても決して退くことの無かった誇り高き騎士として。
その最後を看取った傭兵の手によって。
一方、カッセル騎士隊の生き残りはグミュントの村からヘッセンの街へと向かっていた。
村人と避難民たちが全て退避するまでの四日間、彼らは警戒を続けていたが意外なことに蛮族からの襲撃は無かった。
「諦めたとは思えませんが、何かあったのでしょうか?」
副隊長はこの不可解な現象に首を傾げ何度も疑問を口にしていた。あれだけ何度も襲撃を繰り返して来た蛮族が諦めたとはロイドも思っておらず、何かあったのだろうと推測した。
彼もも副隊長もまさかロッテたち重傷者が奮戦して時間を稼いだとは思ってもいないかった。蛮族たちはあまりに手強い彼女たちの存在に恐怖して、人数が揃うまで侵攻を中断していたのである。
「私たちには好都合だ。このままヘッセンまで行こう」
村民を命懸けで守ってくれたお礼にと置いていった一台の馬車に、交代で乗車しながらヘッセンの街を目指すカッセル騎士隊は、今までの緊張感から解放されて皆が安堵の表情を浮かべていた。
蛮族の襲撃も無く四日が過ぎ未だに影も形も見えない。このまま生きてヘッセンに辿り着ける。そんな風に考えていたのだ。
「さすがに緊張感が抜けてきましたね」
「グミュントで死ぬと覚悟を決めたはいいが、実際には一度も蛮族が襲って来なかった。拍子抜けして気が抜けるのもわかるさ」
騎士たちの態度や表情からそんな雰囲気を察した副隊長が少しだけ厳しい表情を浮かべたが、ロイドは苦笑いを浮かべながらそれを諭した。死闘を潜り抜け、ようやく訪れた安息の日。今日くらいは大目に見てもいいはずだ。
「蛮族は必ず来るさ。だから今日くらいは……生きていることを楽しむべきだ」
いずれ来るべき日のために今日は生気を養うべきと決めたロイドは、村から持ち出してきた干し肉を全員に分け与えた。
まともな食事をしていなかった彼らにとってそれは何よりのご馳走だった。




