激化する戦闘
「これよりステラ騎士隊はエルスト子爵領最北端の街カッセルに向かう。国境を越え侵攻してきた蛮族を迎え撃つためだ。蛮族と言っても同じ人間だ。気を引き締めろ」
カッセル騎士隊の伝令二人がヴァルスの街を訪れてから四日目の朝。
ステラ侯爵領の演習場に集結した総勢五百人の騎士たちは、隊長であるディアーナが話す言葉を一言一句聞き洩らさないよう真剣に耳を傾けていた。
もちろんそれに対する彼女も険しい表情を浮かべており、そこに皇女らしい雰囲気などは微塵も無かった。
「武を誉れとする帝国騎士として恥じない戦いをしなさい。そして忘れるないで。諸君たち一人一人が領民の命を預かっているのだということを。私は安易な死を認めない。だからと言って仲間を置いて逃げ出す者も許しません。どんな状況にあっても戦い続け仲間を守りなさい。そして死に抗い続け生き抜くことを誓いなさい。戦場の恐怖に打ち勝ち、勝利と共にここへ帰還するその日の為にも」
あらゆる想いを込めて皆にそう告げたディアーナは、その表情に問題がないことを確認すると愛剣を抜いて号令を発した。
「ステラ騎士隊に告げる! 総員カッセルへ向け行軍を開始せよ!」
号令と共に騎乗した騎士たちは騎士長アレンを先頭に行軍を開始。ディアーナもすぐに騎乗すると近くで様子を見ていた領主代行エリノアに近づいて行った。
「領主軍に関してはこちらの伝令があるまで待機させておいて下さい。追加の物資については準備が出来た物から送って下さい。それと帝都のエリオス団長にはこれを送って下さい」
懐から取り出した伝令用の手紙を手渡したディアーナは、極めて厳しい表情を浮かべて言葉を続けた。
「これは帝都にいるエリオス団長への蛮族侵攻を知らせる物です。何があっても届けて下さい」
「畏まりました殿下。必ず届けさせます」
全ての用を済ませたディアーナは、そのまま隊へ合流するすると騎士たちと共に北を目指して進むのだった。
指南役として隊にいたエイミーと風神が姿を消した事を少しだけ寂しく思いながら。
◆エルスト子爵領 グミュント◆
最北端の街カッセルから徒歩で二日の距離にあるグミュントの村は、人口五百人にも満たない小さな村である。だが今やその村はカッセルから押し寄せてきた避難民と古代種たちで溢れかえっていた。そしてその村から一日程の距離で、カッセル騎士隊は壮絶な戦闘を繰り広げていた。
「敵の弓が来るぞっ! 全員防御態勢を取れっ!」
蛮族が放った数百の矢は満身創痍のカッセル騎士隊に容赦なく降り注いでいく。ロイドは敵の攻撃を瞬時に把握して命令したが、疲労している騎士たちでは対応も遅く矢に貫かれた者たちが数人いた。
「ぐっ…………くそっ……」
「だ、誰か……助けて……」
即死しなかった者たちは地面に倒れながら悲痛な叫びを上げた。そんな声を聞いて周囲にいた騎士たちは彼らを助け起こそうとするが、その時間は全くなかった。
「ウォォォォォォォォオ!」
低く唸るように響き渡る叫びと同時に、蛮族の集団が突撃を開始したのである。
「敵が突っ込んでくるぞっ! 構えろ! 目の前の敵に集中しろ!」
ロイドは非情な命令を生き残っている騎士たちに飛ばした。地面に倒れ瀕死の仲間を救える余裕など、カッセル騎士隊には無い。生き残るためには選択するしかないのだ。
「舐めるな! この蛮族風情がっ!」
振り下ろされた剣を盾でしっかりと受け止めたロイドは、一瞬にして自分の剣を相手の首に突き刺した。そしてそのまま相手を蹴り出して剣を抜くと、噴き出した鮮血を体に浴びながら今度は右から襲いかかって来た蛮族に向けて胴を払った。
「敵を殲滅しろ! カッセル騎士隊の意地を見せろっ!」
乱戦状態で聞こえているのかいないのか分からない命令を飛ばしながら、次々と敵を斬り捨てていくロイド。そしてそれに答えるように奮戦する騎士たち。
「まだまだ!」
突き出された剣を体を沈めて回避したロイドは、自分の背中に敵を乗せると地面に叩きつけるように落とした。そして呻く蛮族に止めの一撃を放った。
「死ね蛮族がっ!」
鉄靴で勢い良く蛮族の顔を潰したロイドは、顔を上げると迫り来る蛮族を見据えながら叫んだ!
「死にたい奴からかかって来いっ!」
血塗れで鬼気迫る表情のロイドの姿に蛮族たちは一瞬だけ歩みを止めたが、すぐに突撃を再開した。これを見て彼は口の端を少しだけ持ち上げて笑った。
「殺せるものなら殺して見やがれっ!」
そして大きな声でそう叫ぶと、彼は剣を構え直して蛮族に突撃していった。
「はぁはぁはぁはぁ」
一時間ほど続いた死闘は、蛮族の一時撤退によって終わりを迎えた。息を切らしたロイドは、疲れた体を休めようと地面に腰を下ろした。周囲には壮絶な匂いが広がっているはずだが、感覚が麻痺している彼にはそれが分からない。だが普通の人間がここにいれば間違いなく吐き出すだろう。
「これで少しは時間が稼げましたね」
そばにやって来た副隊長は、ロイドにそう言葉をかけながら周囲を見渡していた。そして地面に落ちていた剣を拾うと、自分が手にしていた剣をその場に放り捨てた。見れば剣は歪んでおり、もはや敵を叩き斬れるような状態では無かった。
「そうだな。それで損害は?」
壮絶な死闘を繰り広げたあと、やはり気になるのは隊の損害だった。壮絶な死闘だったために損害も多いはずだとロイドは予測した。実際、副官は予想通りの言葉を口にした。
「戦死が三十三名に重傷者が十五人です。重傷者の移動は困難でしょう」
「残っているのは五十人弱か…………」
一回の戦闘で約五十人。蛮族を三百人程殺したとはいえ、蛮族は襲撃の度に数が増えている。次は耐えられない。ロイドは考えるまでもなくそう判断した。
「グミュントが避難を終えていれば良いのですが。現実はうまくいかないでしょうね」
副隊長の想像通りグミュントの村は避難を終えていなかった。それどころか、エルスト子爵の謀略によって村の人間たちは避難すらしていなかったのである。それに彼らが気付くのは次の日の昼過ぎにグミュントへ到着した時だった。
「なぜ避難していないのです!」
状況が理解出来ないロイドは、村長に会うなり激しい剣幕でそう問い詰めた。一方の村長は血塗れのロイドを見て恐怖に顔を歪めながら小さな声で答えた。理由を聞いたロイドは言葉に詰まったが、すぐにテーブルを叩きつけて怒鳴った。
「あの忌々しい豚がっ!」
グミュントの村が避難を終えていない理由。それは逃げるようにカッセルから撤退していったエルスト子爵が村長に告げた言葉が原因だった。
『蛮族はカッセルから撃退されたが、一応領主軍の大半を警戒に残した。彼らが戻るまで避難民はここで保護しておけ』
エルスト子爵は確かにそう告げたというのだ。敗北した事実を告げなかった理由など、カッセルで見た彼の態度で簡単に想像できた。
「つまりエルスト子爵は自分の見栄のために敗北した事実を隠して、さらにこの村の住民を囮に使ったわけですね。自分が逃げるための時間を稼ぐために」
もはや哀れとしかいいようのないエルスト子爵の行動に副隊長は肩を竦め呆れた顔で呟いたが、隊長であるロイドはそんなものでは治まらなかった。カッセルでの敗北と逃走に続いて、今度は守るべき住民を騙して囮にしたのだから当然である。
「時間を稼ぐために戦闘した結果がこれかっ! カッセル騎士隊が昨日の戦闘で何人死んだと思ってやがる! 肥え太った豚の分際で忌々しいっ!」
「今さら何を言っても無駄です」
怒りを通り越して発狂に近い叫びを上げるロイドは、あまりに大人しい副隊長に怒りを覚え思わず剣を抜いた。
「なぜそこまで冷静でいられるっ! カッセルに続いてこれだっ! これでは死んでいった騎士たちが無駄死にだっ! カッセル騎士隊二百二人が命を賭けた結果がこれなんだぞっ! 重傷者の十五人に至っては…………その場に置いて来たというのに…………」
最後は力無く呟いたロイドは向けていた剣を力無く地面に下ろした。移動の障害になる重傷者一人一人に声をかけた彼は、連れて行けないことをしっかりと告げた。重傷を負った騎士たちの殆どが、死を前に恐怖の表情を浮かべていた。そんな中でも、伝令に出したセリーヌと一番仲が良かった若い女性騎士は、苦痛を押し殺して――――。
『この騎士隊の…………名誉に賭けて……敵は通しません……』
笑顔を浮かべて剣を掲げたのである。平民出身の彼女の言葉に思わず涙を流しそうになったロイドだったが、まだ戦い続けるという彼女の想いを無駄にしないためにそれを堪えた。代わりに彼女の存在を忘れないよう、彼はその手で抱きしめて頼りにしていると告げた。
『……お任せ下さい』
そして生き残った騎士たちは、嬉しいような恥ずかしいような表情をする彼女の姿を焼き付けその場を去ってここまで来たのだ。
「なぜ……十七歳の若く将来有望な騎士が死に…………卑劣な奴が生きている……」
あどけなさが残る若い女性騎士が、ここまで必死にその任務を果たしてきた。そして死の間際でさえ、その名誉に賭けて戦い抜くと誓ったのだ。騎士の誇りと、騎士の責任を守り抜くために。
「…………分かっている。嘆いている暇はない」
脳裏に焼き付いた若い女性騎士――ロッテの最後の笑顔を思い出したロイドは小さな声だが、それでもその場にいる全員に聞こえる声で呟いた。死んでいた者たちのために。そして最後まで戦い続けると宣言した彼女のためにも、ここで諦めることは出来ないのだ。
「すぐに避難させるぞ。それが済むまで私たちはこの村を防衛する。何としても守り抜くんだ。笑顔で我々を送り出した彼女のためにも」
「分かっています」
誓いを新たにしたロイドは、副隊長と共に村人たちが集まる広場へと向かった。生き残った者としての責任を果たす為に。




