カッセルからの伝令
目を覚ますとそこには複数の顔があった。
「…………あれ……どうして――――」
なぜ見られているのか分からないエイミーは疑問の声を発しようとしたが、それを風神が大きな声で遮った。
「あぁお姉様っ! 三日も目を覚まさないから心配したのですよっ!」
ベッドで眠っていたエイミーの胸に勢いよく飛び込んだ風神はポロポロと涙を流した。これを聞いたエイミーは彼女の頭を撫でながら小さく呟いた。
「三日?」
未だに状況が掴めないエイミーに、今度はディアーナが不満げな顔でここまでの出来事を簡単に説明した。エイミーが倒れていたこと。意識を取り戻さないこと。そして二日目も意識を取り戻さないことで騎士たちが騒然としたことを。
「最初は過労だと思っていましたので一日眠れば目を覚ますだろうと思っていたのですが、二日目になっても目を覚まさないから…………心配したのですよ」
よく見ればディアーナは泣き腫らしたような顔をしていた。
そばにいたフリーデに聞けば、何でも二日目の夜に大泣きしたらしい。この話にディアーナは顔を赤くして俯いてしまった。
「エイミーさん。私たち、今回の一件で少し反省しましたのよ」
そう言ったのはミリアムだった。彼女は申し訳なさそうな顔で今の心境を告白した。
「エイミーさんは剣も魔法も強くて、何でも知っていて、何でも一人で出来てしまう。私たちとは違うのだと……そんな風に思っていた部分がありました。でもそれは間違いでした。エイミーさんが倒れて、私たちは気付きました。本来は私たちが守るべき帝国の未来を、あなた一人に押し付けていたことを」
そのまま丁寧に頭を下げたミリアムは、最後にごめんなさいと付け足したのである。
「……一人で焦っていた私の自業自得です。私が頼むことをしなかった。悪いのは私もですよ」
心配されたことが素直に嬉しかったエイミーは、そう言ってミリアムと同じようにその場にいた全員に対して謝罪を口にした。
「それはそうと…………いつまで抱きついているつもりなの?」
「それはもう一生なのですよ~」
「……起きるのに邪魔だから退いてね。それとも強制送還されたいの?」
心配されるのは嬉しいが、さすがにこれは鬱陶しいと感じたエイミーは風神を笑顔で軽く脅した。これにすかさず反応した彼女は頬を膨らませて抗議した。
「嫌ですよ~。強制送還なんてごめんです~」
「はいはい。しないから安心しなさい」
風神の頭に手を置いたエイミーは、そんな言葉をかけながら全員に質問を投げかけた。
「この三日間、何か問題は?」
「何も問題は起きておりませんよ。あるとすればエイミー様が倒れて士気が少し下がっていることでしょうかね」
代表として答えたフリーデは、柔らかい笑みを浮かべながらエイミーの質問に答えた。
「本当に悪かったわ。じゃあとりあえず、みんなの前に顔を出すことにするわ」
三日意識不明状態だったエイミーは、ベッドから抜け出ると体を大きく動かてどこも問題ないことを確認してから部屋を出た。
そして全員の前に姿を現したエイミーは飛びかかって来たライアンに押し倒されながら、皆から心配の声を投げかけられたのだった。
「これがご注文頂いていた外套と鞄になります」
「それと俺からは頼まれていた投剣五千本だな」
エイミーが目覚めてから三日後、駐屯地に仕立て屋のベルンハルトと武器屋のアンゼルムがやって来た。エイミーが注文していた品々を納品するためである。
そしてその品々の批評会を兼ねて応接室には主要なメンバーが集まっていた。
「この外套には獅子が刺繍してあるのですね」
「この鞄も両肩から吊るせて便利ですね」
「投剣も実に見事ですね。軽くて丈夫です」
口々に感想を述べるメンバーたちは品々を手にとっては絶賛を口にした。これを聞いたエイミーはベルンハルトとアンゼルムに感謝を述べた。
「この短期間でこれだけの数、本当にありがとうございます」
「いえいえ。このステラ騎士隊――特にエイミー様のお陰でこちらも商売繁盛です。お互い様ということで」
「その通りだぜお嬢ちゃん――おっと、今は騎士隊の指南役だったな」
「お嬢ちゃんで構いませんよ」
「悪いな。それでこの若旦那の言うとおりだぜ。このご時世に投剣五千本と聞いて、鍛冶職人たちは目を輝かせていたぜ。お互い様さ!」
エイミーによる騎士隊改革は様々なところに影響を及ぼしていた。服や装備の刷新はステラ侯爵領の商人たちに利益を与え、その利益を基に彼らは他の領地にそれらを広めていく。
まさに彼らは商売繁盛でエイミー万歳といった状況なのである。
「そう言って頂けるとありがたいです。では代金のお支払はいつもの通りベンフォードの屋敷でお願いします」
メンバーたちの反応を見て納品された品に問題はないと判断したエイミーは、代金引き換えの紙を二人に渡した。
「それにしても私たちの様な商人が領主様のお屋敷に出入りできる日が来るとは。商人としてこれほど嬉しいことはありません」
「美しいエリノア様とお茶までご一緒出来るしな。本当に生きてて良かったぜ!」
それぞれの性格が現れた言葉を残して、二人は再度お礼を告げると応接室をあとにした。
そして会話を終えたエイミーはすぐさまべティーナに向かって告げた。
「納品された品を各騎士たちに配って頂戴。それと投剣も届いたから、女性騎士たちにはガーター兼用の投剣入れも一緒にお願い。倉庫の一番手前に箱で置いてあるから」
「了解しました」
騎士の敬礼をしたべティーに背を向けたエイミーは、少し考えてから自身の用事を済ませようと思いヴァルスの街へと繰り出す事にした。
全ては順調に進んでいる。そんな事を考えながら。
ステラ侯爵領ヴァルスの街にアベルとセリーヌが到着したのは、カッセルの街を出て六日後の昼を大幅に過ぎた頃だった。カッセルで戦闘が開始されてから四日が経過していた。
「これがステラ侯爵のお膝元――ヴァルスの街か。カッセルとは活気が違うな」
帝国最北端のカッセルの人口は二千人程度に対してヴァルスは四万を超える帝国有数の街。その活気は比べるまでもない。
「…………それより急ぎましょう。カッセルを出て六日目。他の騎士たちが心配だわ」
「そうだな。急いでステラ侯爵様にお会いしよう。この時間ならまだ騎士隊の駐屯地にいるはずだ」
活気の違いに圧倒されていたアベルだったが、セリーヌの言葉で目的を思い出した。見れば彼女は仲間を心配して不安げな表情を見せていた。
「大丈夫だよ。ロイド隊長は無謀なことはしない。それよりも行こう」
ヴァルスのステラ騎士隊駐屯地に向け馬を走らせた二人は、それから三十分ほどして目的の場所に到着した。
「エルスト子爵領カッセル騎士隊所属のアベル=クレセントとセリーヌ=スタインです。大至急エリオス騎士団長にお会いしたい」
駐屯地の入口で警備に立つ二人の騎士は、来訪してきた他の隊の騎士に怪訝な表情を向け告げた。
「エリオス騎士団長殿は現在帝都に滞在中でご不在だ。団長殿に御用なら帝都まで伝令を出させるが?」
その言葉に二人は愕然とした表情を浮かべた。
ステラ侯爵領の領主でこの地の騎士隊の隊長でもあるエリオス団長が不在。これでは援軍を出してもらう話など出来るはずもない。
仮に帝都まで伝令を出してもらったとしても往復合わせて一カ月くらいは経ってしまいその間、カッセルが持ちこたえられるはずもない。二人は顔を見合せながら途方に暮れるしかなかった。
「あら? 見慣れない騎士様ですね。他の隊の方ですか?」
そんな二人に声をかけたのは、買い物から帰ってきたフリーデだった。
「ステラ騎士隊に何かご用でしょうか?」
一般的なメイドとは明らかに違う雰囲気を漂わせるフリーデに、二人は来訪の目的を告げた。
「エリオス様に御用だったのですね。その用件は騎士隊の隊長ではダメなのですか?」
「えっ? ステラ騎士隊の隊長はエリオス殿では?」
隊長が代わっていることを知らない二人はフリーデの言葉に耳を疑って疑問の声を上げたが、彼女は微笑みながらそれを否定した。
「いいえ。ステラ騎士隊の隊長はエリオス様が他の者を任命して代わりました。宜しければすぐにご案内しましょうか?」
「…………は、はいっ! ぜひお願いします」
希望が繋がったことに喜びを隠せない二人は、フリーデに案内されて隊長室へと向かった。
(この人が隊長……ていうか皇女殿下じゃない!?)
案内された隊長室でディアーナとアベルは驚きのあまり目を見開き背筋を伸ばしていた。
「エルスト子爵領カッセル騎士隊所属の騎士ですか。帝国最北端に駐屯する騎士が、このステラ騎士隊にどのようなご用件でしょうか?」
笑顔を絶やさない目の前のディアーナに困惑する二人だったが、一刻を争う状況を思い出して用件を語った。
未開の大地から古代種が次々とカッセルに避難してきていこと。
その原因が蛮族の大移動であること。
そして蛮族がカッセルに侵攻してくることが確実なことを、二人は真剣な表情で語った。
「古代種に蛮族……。話は分かりましたが、エルスト子爵からは何も聞いていませんよ?」
同じように伝令を飛ばしたのならばカッセルを治めるエルスト子爵から話がないのはおかしい。
そう考えて質問したディアーナだったが、二人はそれに答えることが出来なかった。何せエルスト子爵への伝令は別の者が行っているのだから。
「…………フリーデ。ここにべティーナを呼んで来てくれるかしら?」
部屋の片隅で無言で立ってたフリーデにお願いしたディアーナ。そんな言葉を聞いて彼女はすぐに動き出した。
「かしこまりましたお嬢様」
一礼して部屋を出て行ったフリーデは五分も経たないでべティーナを隊長室へと連れてきた。
「ねぇ聞きたいのだけど、エルスト子爵ってどんな人間だった?」
「帝都の夜会で何度か見かけたことはありますが、エルスト子爵は古き帝国貴族そのものですね。帝国を絶対とする貴族で、自分たちの力を信じて疑わない人間です」
「そう……なら伝令がないのも納得ね」
エルスト子爵はこの問題を自分たちで解決できる。そう信じているのだろうとディアーナは考えたがだが、話を聞いた限りでは彼らだけで対処出来るとはとても思えなかった。
「ところで、気になっていたのですがこのお二人は? 今のエルスト子爵と関係が?」
突然呼び出されたべティーナは、隊長室にいる見慣れない二人の騎士を見て少し首を傾げた。
「エルスト子爵領カッセル騎士隊所属のアベル=クレセントとセリーヌ=スタインです。ロイド隊長からの伝言をお伝えに参りました」
立ち上がって名前と用件を告げた二人に、べティーナも丁寧に挨拶を返したてから再びディアーナに視線を向けて尋ねた
「もしかしてカッセルで何かあったのですか?」
ディアーナの険しい表情とエルスト子爵のこと。そしてカッセルから伝令に来た二人の騎士。想像を巡らせたべティーナはそんな結論に至り言葉を発した。
そんな彼女に対して、ディアーナはその重い口を開いて告げたのだった。
「カッセルに蛮族が襲来したわ。彼らは…………救援要請に来たのよ」




