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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国動乱編
20/173

決断する者たち

◆トラキア王国 王都エルダート◆



 傭兵団の隊舎――その団長室でイライラした顔つきで歩き回るフィオーナ。

 それを無言で眺めていた副団長のアルバーノ=バルトローネは、やがて大きな体を揺らしてため息を吐いた。この約二カ月、よく同じことを繰り返せるなと。


「少しは落ち着いたらどうですか?」


 年相応の落ち着き払った声でそう告げたアルバーノに対して、フィオーナは両手をテーブルに叩きつけて怒鳴り声を上げた。


「これが落ち着いていられるかっ!」


 フィオーナがイラついている理由。それはレアーヌ王国からの契約依頼にあった。


『レアーヌ王国のザールラント帝国進攻に合わせ傭兵団にはホルステン辺境伯領への進攻を頼みたい』


 王国からやって来た使者は確かにそう告げた。帝国への進攻など冗談ではない。ましてや自分が生まれ家族が住まうホルステンへ進攻するなどあり得ない。使者を鬼の形相で追い返したフィオーナだったが、それからはいつもこの調子である。イライラしては周りの物に当たり散らす。団員に被害がないだけマシだが、それも限界に近い様子だった。


「レアーヌがザールラントに侵攻して勝てるとは思えません。杞憂ではありませんか?」

「腑に落ちないのはそこよ。帝国に侵攻すること自体が正気とは思えない。それなのにあの使者、随分と余裕のある笑みを浮かべていたわ。何かきっと策があるのよ」


 悔しさが混じった表情でフィオーナは答えた。王国侵攻の情報を得た今なら、帝国の実家に知らせることも可能だ。それによって多くの人間の命が救われるだろう。

 だがそれは傭兵団としては致命的だ。契約しなかったとはいえ、その過程で知りえた情報を漏らしたとなれば傭兵団の信用はガタ落ち。ここまで築き上げてきた全てのモノを失うことになるのだから。


「…………ホルステンには家族が住んでいるわ。それに妹も……」


 いつもそばを離れずにいた可愛い妹。それが戦火に巻き込まれることを想像すると胸が痛んだ。

 その妹が今や皇女専属のメイドになっておりホルステンにいないことを知らないフィオーナは、最悪の想像を巡らせ続けた。


「…………帝国に戻ればいいのよ」


 苦悶に歪んでいたフィオーナの口から不意にそんな言葉が飛び出した。

 そんな彼女に問いかけることはせず、アルバーノは黙って続きを待っていた。


「そうよ。帝国に戻ればいいんだわ! そうすれば脅威に立ち向ける。策が何であれ対処は可能よ!」


 解決策を見つけたフィオーナは一転して明るい表情を浮かべた。


「ですがどうやって帝国まで行くのです? 王国から国境を越えるのは今では不可能ですよ」


 このトラキア王国からザールラント帝国へ向かうには、絶対にレアーヌ王国を通過する必要がある。

 戦争を始めようとするレアーヌ王国が、帝国への道を封鎖しているのは容易に想像できた。だがそんなアルバーノの疑問にフィオーナは簡潔に答えた。


「ふふふ。陸路がダメなら海路よ」


 そう言って彼女は最新の情勢が記されている大陸図をテーブルに広げた。


「ビトリア都市国家同盟は、海路を使って帝国と貿易を行っているわ。それを利用すればいいの」

「確かにそれなら王国を通過する必要はありませんね」

「そうと決まれば急げよ。団員から三十人ほど志願を募って頂戴。今日中にここを発つのよ」


 すでに準備を始めたフィオーナを眺めながらアルバーノは心の中で思っていた。

 ビトリアは確かに帝国と貿易を行っていると聞くが決して友好国では無い。寧ろレアーヌ王国と仲が良い国なのだ。


「……簡単に行ければいいが」


 この旅に不安を感じるアルバーノだったが決定した以上は従うしか道は無い。

 それに戦場で何度も彼女には助けられた。ならばこの旅は恩を返すにはちょうどいい。彼は最終的にはそう考えて、団長室をあとにしたのだった。








◆レアーヌ王国 王都バンテオン◆



 国王の決断によって決まった帝国進攻。その準備が進められる中、王宮の庭園ではアリシアが今回軍の総指揮官となった兄ライナス王太子とお茶を飲んでいた。


「帝国は強大な軍事国家だと聞いております。ですからどうかお気をつけて下さい」


 悲壮感漂うアリシアとは対照的に、ライナスは明るい笑顔を浮かべてそれに答えた。


「大丈夫だよアリシア。王国軍の精鋭十万が一緒なのだから。それに父上が私を総指揮官に任命したのだ。立派に責務を果たして王国の勝利と共に凱旋するさ」


 勝利を疑わないライナスはそんな風に自軍を評した。

 だが実際はその殆どが新興貴族の軍で編成されていた。古参の貴族たちは最後までこの帝国進攻に反対したのだ。わざわざ大国の怒りを買う必要はないと。そして戦争反対という意思を不参加という形で示したのである。


「準備があるからもう行かないと。それでは結果を楽しみにしていてくれ」


 爽やかな笑顔で立ち去って行くライナスを精一杯の笑顔で見送ったアリシアは、そばに控えていたマリアに悲壮感を漂わせながら尋ねた。


「兄は大丈夫だと言っていますが、本当に大丈夫なのでしょうか?」


 不安を隠しきれない表情のアリシアの問いに、マリアは少し考えてから答えた。


「きっと大丈夫でしょう。詳しいことは存じませんが王国軍には絶対的な勝利を約束する策があるとか。ライナス王太子殿下はきっと無事に戻ってきますよ」


 アリシアの不安を和らげようと笑顔でそう返したアリアだが、様々な知識に精通している彼女は知っていた。どんなに策が完璧に見えても戦争に絶対はないということを。

 しかも今回は戦争に不慣れな新興貴族が中心となった軍なのだ。


(勝っている時は問題ないでしょうが、敗北した時が怖いですね)


 金で成り上がった新興貴族に誇りや名誉など存在しない。彼らは自らの欲望のために動くのだから。

 仮に敗北した時、彼らが命を賭けて王太子殿下を守るかと言われれば疑問だった。


「お茶を淹れ直しますね」


 マリアはすっかり冷めてしまったアリシアのお茶に目を向けそう告げた。

 マリアにとって一番大事なのは王国でも王太子でもなく、自分が仕える王女その人なのだ。わざわざ不安を煽るような真似はしなかった。


「えぇ。ありがとう」


 少し落ち着いたのか、アリシアは笑顔を浮かべながら礼を告げた。

 その笑顔を眺めながらマリアは心の中で祈った。彼女のためにも、どうかライナス王太子が無事に戻ってきますようにと。








◆ザールラント帝国 エルスト子爵領 カッセル◆



 森を越えて次々と現れてくる古代種たち。その様子を冷静に観察していたロイドは、あまりに怪我人が多いのを見て一分の望みを捨てた。それは蛮族が帝国に侵攻してこないという望みだった。


「蛮族共は見境ない。やはりカッセルに侵攻してくるのは間違いないでしょう」


 隣で怯えた表情を浮かべる執政官にそう告げると、彼は体を震わせてさらに顔を恐怖で歪めた。


「街の住民に避難を命じましょう。このカッセルは最終的には捨てることになるでしょうから」

「か、カッセルを……放棄するというのですか……」


 ロイドの単刀直入な物言いに、執政官は声を詰まらせながら言葉を発した。このカッセルを捨てることは即ち、任務を放棄するということ。それは帝国騎士にとっては恥ずべき行為になるのだ。


「守れるならばそうしますがこのカッセルにそのような戦力はありません。領主軍やランツベルグ騎士隊と合流してこの地を奪還する。それが最善でしょう。でなければ早々に我がカッセル騎士隊は全滅ですよ」


 二百五十人で大移動して来る蛮族と渡り合う。考えただけでも無謀だ。騎士としての誇りや名誉は確かに持っているロイドだったが、だからといって無謀な行動に出るほど彼は愚かな指揮官では無かった。


「大至急住民の避難を始めて下さい。蛮族は早ければ明日、遅くとも明後日にはカッセルに到着するはずです。話によれば彼らは古代種の村でも略奪を働いた。同じ人間の街ならば、さらに悲惨なことになるでしょう」

「わ、分かった。すぐに避難を始める」


 血の気を失った顔のまま立ち去って行った執政官を見送ったロイドは、すぐに主要な騎士たちを集結させた。

 

「カッセルは最終的に放棄することになった。我々に課せられた使命は、住民の避難が完了するまで街に蛮族共を侵入させないことだ。よって我々はカッセルを出て森の入口で敵の侵攻を阻止する」

「確かに森の入口なら、大軍で押し寄せることは出来ませんね。我々の数でも十分戦える」


 未開の大地に続く森の入口は、左右を険しい山々で囲まれているため大規模な軍を展開することは出来ない。よってどれだけの大軍で押し寄せようとも、そこを通って来るのは三百人が限界なのである。


「その通りだ。蛮族共は次々と森を越えて襲ってくるだろうが毎回三百人程度。やれないことはないさ」


 笑顔を見せたロイドは全員を見回すと大きな声で告げた。


「帝国騎士として恥じぬ戦いを見せろ! カッセル騎士隊の栄光を後世に伝えるために!」


 こうしてカッセル騎士隊は街を出た。そして四日後、戦闘は開始されることとなった。


 だがそれは、彼らにとって地獄の始まりだった。







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