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放浪する少女

「止まれ。ここから先はホルステン辺境伯が治める街ブリュールとなる。どこから来た?」


 レアーヌ王国から川を越えてついにザールラント帝国に到着した少女は、小さな村や町を通り過ぎてようやく大きな街へと到着したのだが、想像していた通り街の入り口に立つ警備兵に呼び止められた。


「ソフィア聖王国から来ました」

「ソフィアだと? 随分遠くから来たのだな」


 その言葉を聞いた警備兵は明らかに驚いた表情を浮かべながら目の前の少女をまじまじと見つめた。

 随分と遠くから来た割には長いブロンド髪はよく手入れており艶もある。そして着ている服も意外と綺麗だと心の中で思いながら。


 一方、そんな視線に対して少女の方は他に何も言うことは無いといった感じでそんな含みのある視線を受け止めていた。どこに行っても同じような反応をされた結果、今やもう慣れてしまっていたのである。


「えっとその……君は一人でここまで来たのか? 誰か一緒では無いのか?」

 

 ソフィア聖王国からザールラント帝国までの道のりは長くて険しい上に、その道中には魔獣や野盗なども数多く出没するため、とても少女が一人で辿り着けるはずが無い。

 だからこそ警備兵が放った質問は当然のものであり、少女もまた質問されると思っていた。


「私が一人に見えますか?」

「まぁ…………人間は一人に見えるな」


 少しだけ強い口調で逆に問いかけて来た少女に、その警備兵は少女の足元を眺めながらそんな答えを返していた。 

 確かに彼の言葉通り人間は少女一人であったが、人間で無い存在もそこにはいた。


「……済まないが確認させてくれ。これは魔獣の白狼だよな? まさかこいつも街の中に入れるつもりか?」


 少女の横に座ってじっと自分を見上げている大型の白い生き物を眺めながら確認する警備兵に、少女はさも当然といった態度でそれに答えた。


「私の相棒です。何か問題がありますか?」

「魔獣が入るのは問題だな」


 人間に害を及ぼす魔獣を街に入れたらどうなるかなど考えるまでも無い。良くて警備兵を解雇。悪ければ罪人として牢獄送りだ。


「この通り身分証もありますが?」


 拒否の姿勢を示す警備兵に、少女は自分の首にぶら下げていた認識票と白狼の首輪に着いていた認識票を外して警備兵に手渡し確認するよう促し、強引に渡されたそれを受け取った警備兵はそこに書かれていた文字を見て目を丸くしたのだった。


 『傭兵ギルド『ヴァルハラ』加盟 一等級傭兵 

  傭兵団『リッターオルデン』所属 

  エイミー・十三歳 十二月二十三日生

  統一歴一五〇八年発行』

 

 『傭兵ギルド『ヴァルハラ』加盟 一等級猟犬

  傭兵団『リッターオルデン』所属

  ライアン・備考「魔獣・白狼」

  統一歴一五〇八年発行』


「……一等級傭兵だと?」


 思わず声に出してしまった警備兵だったが、彼が驚くのも無理は無かった。

 幸いにも帝国は強大な軍事力を保有しているお陰もあって戦火を免れてはいるが、このアグリジェント大陸は十年前から激動の時代を迎えており至る所で戦争が繰り広げられている。

 そして長きに渡って繰り広げられる戦争で活躍しているのがまさに金で雇われる傭兵という存在であるのだが、そんな傭兵の中でも飛び抜けた存在なのが一等級の称号を持つ者たちなのである。


(一五〇八年発行ということは今は十五歳だが……このお嬢ちゃんが?)


 騎士である彼は傭兵社会のことをあまり詳しくは知らなかったが、それでも一等級がどれ程すごいのかは知っていた。

 傭兵王ヴィンセント=ベルサーニや傭兵女王セシル=アルヴェント。最近ではローランド王国の将軍に抜擢された冬将軍クリスティアーヌ=シャリエーリルなどが有名であり、一等級ともなれば戦争の無い帝国でも知れ渡る程なのである。

 そしてよく見れば目に前の少女も軽装とはいえ値が張りそうな防具や剣を装備しており、その雰囲気もとても駆け出しの傭兵とは思えないものを纏っていた。


「だがしかしこれだけでは……っ……いや……わ、分かった。問題を起こさないなら白狼も入れていい」

「……ありがとうございます。行こうライアン」


 認識票はあっても魔獣は魔獣だと考えて再度拒否しようとした警備兵だったが、彼はその言葉を何故か途中で呑みこんで許可を出した。

 そんな彼に向かって柔らかな笑顔を浮かべて認識票を受け取った少女は、白狼を伴ってブリュールの街へと堂々と入って行った。


(なぜ俺は気付かなかった? 俺は馬鹿か?)


 少女の小さな背中を見送りながら警備兵は心の中でそう自問自答していた。

 彼が再度拒否しようとしたあの瞬間、背筋も凍る様な殺気が一瞬だけ少女から放たれたのである。その瞳はどこまでも冷たく光っており、それは人を殺すことを躊躇う者の目では無かった。

  

「一等級傭兵……大陸西部や中部にはあんな奴が大勢いるのか。恐ろしい時代だ」


 戦争とは無縁の帝国に生まれて良かったと心の底から思う警備兵は小さく息を吐き出すと、今日は何も見なかったことにして再び街の警備に戻ったのだった。

 

 その日、隊長に呼び出されて激怒されることなど知らないまま。




◆ ◆ ◆ ◆



「傭兵ギルド帝国ブリュール支部へようこそ。ご用件は?」


 ブリュールの街に入った少女エイミーが真っ先に向かった先は傭兵ギルドだった。


「帝国に関する基本資料や地図が見たいの」


 初めての国を訪れる際、大抵の傭兵は最初の街にあるギルドを訪れてその国の基本資料や地図を求めるのが普通で、エイミーもそれに倣って常にそうしていた。

 しかし――。


「大変申し訳ありませんが、傭兵ギルド加入者以外にはお見せできませんので」


 エイミーは受付嬢から満点に近い笑顔を向けられながら拒否されてしまったのである。

 そんな表情を見て、彼女は心の中で小さくため息を吐いていた。


(格好を見れば傭兵だって一目瞭然でしょうに)


 胸部と背部を守るキュイラスに手首を保護するガントレット。そして鉄靴ソールレットを履いて腰には二つの剣を吊しているのだ。普通に見れば誰だって傭兵だと思うはずなのだが、いつも傭兵とは思われないのである。


「えっと私……傭兵なんだけど」

「あははは。冗談が上手い子ね。貴女は騎士じゃなくて傭兵に憧れているのね」


 ザールラント帝国は騎士の国として有名であり、誠実な人柄と職務に忠実なことから多くの民が憧れる存在でもあった。

 そんな環境に身を置く受付嬢だからこそそんな言葉を返してきたのだが、エイミーの方はまさかの言葉にガックリと肩を落とすしか無かった。


「…………はい。ギルドの認識票」


 自分の言葉を全く信じない受付嬢に対して、エイミーは少し不機嫌になりながらカウンターに認識票を置いた。


「あらあら、認識票を持っているということは本当に傭兵だったのね。え~と、名前はエイミーで傭兵ギルド『ヴァルハラ』に加盟済みと。それで傭兵団は……リッターオルデン所属。うそ……あの一等級傭兵セシル=アルヴェントが団長のリッターオルデン!? しかも貴女も――――」

「もう確認は済んだでしょう? だから基本資料と地図を」


 大きな声で一等級と叫びそうになった彼女の口を塞いで笑顔で告げたエイミーは、そのまま認識票を回収するともう一度用件を告げた。


「は、はい。すぐにお持ちします。少々お待ち下さい」


 混乱しながらもすぐに頼まれた物を取りに行った受付嬢を見送ったエイミーは、すぐにその視線をギルド内へと視線を向けた。

 どこか穏やかな空気が流れるこの場所に、羨ましさと一抹の不安を覚えながら。


(これが帝国の傭兵ギルドか。大陸西部や中部のギルドと比べて何と長閑な)


 激しい戦闘が続く大陸西部や中部のギルド支部内は常に殺気が満ち溢れていた。何せ毎日どこかで戦闘が起こり、その度に傭兵たちは戦場へと向かっているのだからそうなるのは当然で、寧ろこの雰囲気が異常とも言えた。


「戦争の無い国……ザールラント帝国か」


 平穏な国は随分と久しぶりだなと考えながらそんな光景を眺めていたエイミーは、思わず笑みを漏らしながら受付嬢が戻って来るのを静かに待ち、やがて非礼を詫びて何度も頭を下げる受付嬢から資料を受け取るとお礼を告げて傭兵ギルドを立ち去った。



「……ベンフォード・バクスター・カルヴァート・ローレンス・オルブライト。実質的に帝国を支配するのはこの五大貴族なのか」


 ギルドから借りて来た帝国の資料。それらを宿屋のベッドに広げながら読み耽るエイミーはこの国について調べを進めていた。

 大陸最大の軍事国家ザールラント帝国は皇帝と五大貴族と呼ばれる五人の貴族が中心となって国を統治しており、豊富な資源に広大な領地と多くの人口を抱える大陸で一番大きな国であった。


「現在の帝国騎士団長はエリオス=ベンフォード=ステラ侯爵。帝国軍将軍はダリウス=カルヴァート=リヒテン侯爵。領地は……こことここか。いずれにせよ通過することになるか」


 大雑把な作りの地図を眺めながら場所を確認したエイミーは再び資料に目を向け、名のある貴族の名前と領地の場所を次々と頭の中に叩き込んでいった。

 そんな作業を昼過ぎから夜になるまで続けていた彼女は、やがて読み終わった資料を机の上に置くと大の字になってベッドに転がった。


「清潔なシーツに温かい布団。本当に最高だなぁ」


 久しぶりの感触にそんな言葉を漏らしたエイミーは、続いて口笛を吹いて床で寝そべっていた白狼ライアンをそばに呼び寄せた。


「それにしてもこの宿の主人は豪快な人だったね」


 ベッドへと飛び乗りエイミーにその体を寄せながら丸くなったライアン。

 そんな白狼の背中を優しく撫でながら、彼女は笑って語り掛ける。何せ魔獣である白狼を見たこの宿屋の主人は全く動じること無く、寧ろ積極的に構って豪華な肉まで与えてくれたのである。


「帝国は本当に良いところね。用事が無ければゆっくりと休んで色々と見てみたかったけど……あまり傭兵団を離れるわけにもいかないか」


 戦乱吹き荒れる国々と比べるとまさに雲泥の差だと感じるエイミーは、いつか観光で訪れる日が来ることを願いながら小さな声でそう呟くと、静かに目を閉じて瞬く間に寝息を立て始めたのだった。


 しかしそんな願いも虚しく、様々な場所で帝国を陥れるために動き出す者たちがいた。

 その者たちはやがてこの大陸全土を絶望で満たすことになるのだが、そのことにエイミーはまだ気付いてはいなかった。





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