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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
レアーヌ王国内戦編
172/173

帝国騎士団の猛威

 ロアンヌ平原での戦いは帝国騎士団の参戦によって、最終的には蹂躙という言葉が似つかわしいほど一方的なものへと変貌した。

 

 ディアーナを先頭にヘスティア騎士隊が強固な防御陣型を敷く新興貴族軍の側面に突撃を敢行。そして陣形が崩れた時を見計らってマルガレータが率いるアルテミス騎士隊とミリアム率いるアテナ騎士隊が追い打ちを掛け、前衛に展開する新興貴族部隊二万五千の統制を完全に崩壊へと追い込んだ。


「全騎反転して再度突撃。敵を殲滅せよ!!」


 騎乗突撃による一撃離脱を終えて敵から離れていたディアーナは敵が完全に浮足立っていることを理解し敵を殲滅するためにヘスティア騎士隊へ命令を出すと、背後に控えていたアデーレに別の指示を出した。


「アデーレは敵の退路を断て。ここで敵を逃がしたくない」

「了解しました。すぐに――」


 撤退されて籠城されると厄介だという意図を読み取ったアデーレがそれに答えようとした時、彼女の頭上をセリーヌの乗った純白のドラゴン――シュネーヴァイスが物凄い勢いで通過して行った。


「……セリーヌに先を越されました。すぐに彼女と合流して敵の退路を断ちます」


 どうやらエイミーからも同じ指示が出たらしく後方に控える新興貴族軍に向かって飛翔する彼女たちを少しだけ悔しさを滲ませながら見送ったアデーレは、その後れを取り戻すためすぐに相棒であるヴァ―ミリオンを呼び寄せると、馬から彼に乗り換え空へと飛び立って行った。


(アルフォンス様の装甲騎士団を退けた……これが帝国騎士団の精鋭なのですね)


 統率され無駄の無い動きで敵を追い詰める帝国騎士たちを見れば、武に疎いアリシアでもどれだけの訓練を重ねているのかが理解できた。

 そして何よりも、自分を守るために展開している親衛騎士隊を見ればそれは一目瞭然であった。彼らは戦場から離れていても気を抜くことなく周囲に気を配り、何が起きてもすぐに動けるよう臨戦態勢で直立不動の姿勢を取っているのだ。


「間もなく前衛の敵を掃討出来るでしょう。それが済み次第、アルフォンス殿の軍と合流して……殿下、どうかされましたか?」


 戦況を冷静に見据えていた親衛騎士隊長フランツは合流出来ること告げようとして、初めてアリシアが自分を凝視していることに気づきそんな声を上げた。


「え? い、いえ……何でもありません」


 一方の問われたアリシアは慌てながらそう答えたが、明らかに挙動不審でありそれは誰の目にも明らかだった。

 そんな彼女の心中にそばに控えるクラリスや他の親衛隊騎士たちはすぐ気づいたが、幸いなことになるフランツだけは気づくことは無かった。


(ふむ、フランツ殿は侯爵で親衛隊を束ねる騎士隊長……こうして考えると意外と良縁なのかも。帝国との友好関係を維持する面でも、解放後のレアーヌを考えても。何とかならないものか)


 かつて帝国を侵略した王国の王女でありながらも与えられた職務を全力で果たすべく奮闘するフランツの姿に、アリシアは少なからず好感を覚えている。それはそばに仕えているクラリスはもちろんのこと、彼女を守る親衛隊騎士たちも十分に理解していた。

 何せ気づけばアリシアの瞳はフランツに向けられているのだ。彼女たちにしてみてば気づかない方が無理だった。


(とはいえ、今はこの戦いに勝利することが先決。油断して死んでは意味が無いから――ん? まさか……まだ戦いますか)


 前衛部隊が遂に堪えきれず後退を始めた。

 そんな瞬間を見計らうかのように動き出した一団を見て、クラリスは感心すると同時に畏敬の念を覚えた。

 アルフォンスとエイミー。そしてもう一人の女性騎士の三人を先頭に突撃を開始した装甲騎士団である。


「ここまで奮闘して最後の手柄を帝国に持って行かれては末代までの恥だ! 奮い立て王国の騎士たち。引導を渡すのは装甲騎士団において他には無い。それを今こそ証明してみせよ!」


 連戦続きで疲労困憊のはずの装甲騎士団が突撃していく様は、まさに王国の精鋭と呼ぶに相応しいほどの見事に統率が取れていた。

 そんなかつて所属していた装甲騎士団の面々が奮闘する様子に熱いものが込み上げてくるクラリス。


「前衛部隊はこれで完全に崩壊するでしょう」


 もはや誰の目にも帝国騎士団が圧倒的優位だということは明らかであった。後退する新興貴族軍の前衛部隊の隊列は乱れ、多くの兵が指揮を無視してあらゆる方向に逃げ出すが、それも帝国騎士たちによってすぐに討ち取られていく。


「あとは本隊を潰すだけですが……どうやらその必要も無さそうですね」


 遠目に見える新興貴族軍本隊は帝国騎士団が参戦したことを知ると一気に士気が低下。完全に浮足立ってしまい、もはや戦闘を継続する気持ちの余裕など一片も存在していなかった。先の戦争において帝国騎士に蹂躙された新興貴族たちにとってその存在はまさに戦場の悪魔そのものである。しかもそこに名だたる指揮官たちがいればその恐怖は何倍にも増幅される。

 その結果、新興貴族軍を率いる貴族たちは前衛部隊を立て直すこともせずに仲間を見捨てて後退を始めてしまったのである。

 

「いかが致しましょう殿下。このまま追撃戦を行えば敵の大部分をこの地で討ち取れると確信しますが」


 完全に崩壊している新興貴族軍を見てそんな質問を投げかけたクラリスに対して、アリシアは一瞬だけフランツに視線を送ってから小さく首を振った。


「今は生き残っている王国軍との合流を優先しましょう。それにこれは我がレアーヌ王国の内戦。出来る限り助力して下さる帝国将兵の犠牲は少なくしたい。それに――」


 言葉を途中で区切って視線を新興貴族の本隊へと向けたアリシアは、その瞳に映るものに驚愕を覚えながら言葉を続けた。


「竜騎士の猛攻を受けているのです。追撃を加えずとも、本隊は間もなく壊滅するでしょう」


 帝国騎士の援軍によってもはや地上で剣を振るう必要の無い二組の竜騎士は、得意とする空からの攻撃によって一方的に敵本隊を蹂躙していた。

 純白のドラゴン――シュネーヴァイスと深紅のドラゴン――ヴァーミリオンによる対照的な輝きを放つ二つのブレス魔法。そしてアデーレとセリーヌによって容赦なく暴風が吹き荒れ雷鳴が轟く。


 そんな従来の戦争には無かった直上からの大規模攻撃によって、統率を失った新興貴族軍は効果的な対空戦闘が行えず、将兵たちは次々と命を失っていった。


「戦闘というより狩りですね。あそこまで強力だとは思いもしませんでした」

「指揮官がしっかりしていればあそこまで一方的にはならないでしょう。無能が兵を率いた結果があの惨状というだけで、竜騎士が特別優れているわけではありません。迎撃方法などはい考えればいくらでもあるでしょう」


 離れた場所で繰り広げられる戦闘を狩りと断言したクラリスに対して、フランツは敵の能力不足を指摘してこのような一方的な戦闘が常に可能性だとは思わないよう注意を促した。


「どのような攻撃でも対処方法は必ず存在する。冷静に考えれば確かにその通りです」


 フランツの言葉で冷静な思考を取り戻したクラリスは頭の中で対策を素早く練ると、すぐに彼の言葉通りだと気づいて感謝の意を示した。

 どれも強力な攻撃ではあるがそれでも防げないものでは無く、数も二頭と二人しかいない。冷静な指揮官が数を以て挑めば間違いなくこうも一方的な展開にはならないはずだった。


「それより追撃を諦めるべきではないと思われます。奴らがモントレイユに逃げ込んで我々の存在を知られる前に強襲するべきです。籠城準備が整う前に」


 アリシアに異を唱えるように追撃を主張したフランツは到着後から戦場を観察しており、ロアンヌ平原に展開する新興貴族軍の数が、アデーレが報告した城塞戦時の数よりも少ないことに気づいていた。

 つまり残りはモントレイユ城塞都市に残っていると考えるべきで、そんな悠長に構えて無傷の戦力の籠城を許してこの地域の解放が遅れてしまうことを認める余裕など彼には無かった。


「お話は分かりました。ですが見た限りでは王国軍は限界を超えていますので、早急な奪還となれば帝国の方々にお任せすることになるでしょう。それでも宜しいでしょうか」


 帝国の強大な軍事支援を受けて内戦への介入を果たしたアリシアではあったが、なるべく帝国騎士を戦いに投入することは避けたいと思っていた。レアーヌ王国内で起こった問題であるにも係わらず、一切の不平不満も漏らさず任務をこなす帝国騎士を失うのは忍びないと考えていたからである。


「モントレイユ城塞都市を解放して我々の拠点と出来れば、大いに士気は上がるでしょう。それに我が軍の補給線を確固たるものにするためにも、モントレイユ城塞都市は早急に奪還するべきです」


 アリシア王女率いる軍がモントレイユ城塞都市を奪還したとなれば敗戦続きの王国正規軍将兵はもちろん、新興貴族軍に苦しめられてきた国民も大いに湧くことは間違いない。

 そして何より帝国軍にとって広大な城塞都市を拠点と出来れば多くの問題が解決する。今は強大な軍を支える膨大な物資を村や野営地にて管理しているが防衛面では大きな不安が残っていた。

 しかしそれが城壁に囲まれた城塞都市となれば不安は解消され、野営地などを設置する労力からも解放されるのだ。

 帝国軍にとってはまさに喉から手が出るほど確保したい場所なのである。


「そもそも現在の帝国軍指揮官はアリシア王女殿下です。お任せもなにも、ただ命令されれば宜しい。勝利するためのご命令ならば誰も文句など口にしません」


 利点を述べ最後にアリシアの苦悩を一刀両断したフランツの言葉を聞いて、アリシアは考えを素早く纏めると命令を放った。


「ならば命じます。帝国軍は必要な戦力を以てモントレイユ城塞都市を攻撃。敵を排除しなさい」

「了解しました」


 命令と同時に右手を上げて信号魔法を打ち上げたフランツの行動に、アリシアたち王国組は驚いた表情を浮かべたが、すぐにクラリスが戦場の変化に気づいて声を上げた。


「なるほど。最初から計画されていたのですね」


 崩壊していた新興貴族軍の前衛部隊を自由に追い回していた三つの帝国騎士隊が、見事な動きで素早く隊列を組み直して進軍を開始すると同時に、これまで全く動きを見せなかった帝国騎士隊が一気に追撃を開始するその光景を見れば、誰だってそれが場当たり的な行動では無いと気づく。


「あらゆる状況を想定しておくことが勝利に繋がるということを我々は先の戦争で学びました。そして学んだことは生かさないと意味がありません」


 先代騎士団長エイミーに刺激を受けた帝国は、意識面においては既に軍事国家としての復活を遂げつつあった。強大な力に慢心することなく鍛錬を行い、指揮官たちは常に起こりうる最悪の状況を想定することが出来るようになったのだから。


「……ザールラント帝国。願わくば二度と敵にはしたくありません。見捨てられないように私も奮闘せねばなりませんね」


 そんな圧倒的な力を以て戦場を蹂躙していく帝国騎士たちを見据えながら小さな声で呟いたアリシアは、決意を新たにしながら向かって来る一団に視線を移す。


(いつの時代も貴女は苦難の道を歩むのですね)


 かつての人物と瓜二つのエイミーが何を想って戦うのか。

 それをあの日知ったアリシアはこの戦いが終われば彼女のために力を尽くそうと心に決め、勝利の立役者を見つめるのだった。






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