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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
レアーヌ王国内戦編
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血戦のロアンヌ・降臨編

「レアーヌ解放軍総指揮官アリシア=コールフィールド=レアーヌの名において告げます。名誉と誇りを重んじるザールラント帝国の騎士シュヴァリエたちよ」


 ロアンヌ平原で繰り広げられる血で血を洗う激戦。そんな凄惨な戦場に怯えることも視線を逸らすことも無くただ真っ直ぐにその戦場を見据えるアリシアは、集まった隊長格の帝国騎士たちに向かって言葉を発した。


「これはレアーヌ王国を取り戻すだけの戦いではありません。私が愛する国の大地を荒らして民をいたずらに疲弊させる不遜なる者共に。そしてレアーヌとザールラントに不和を齎す愚か者共に鉄槌を下す戦いの前哨戦です。今こそ叛逆者を打ち破る精強にして獰猛な馬蹄と剣を振るって、今一度奴らに知らしめなさい。帝国の騎士シュヴァリエが誇る武勇を。全軍攻撃を開始せよ」


 号令と同時に胸に手を当てて敬礼した騎士たちは一斉に軍馬に飛び乗ると自らの隊へと駆けていく。

 そして全員が配置についたことを確認したディアーナは、一人一人の顔にしっかりと視線を送りながら口を開いた。


「栄えあるザールラント帝国の騎士たちよ。死が待ち受ける戦場に諸君らを再び送り込むことを申し訳なく思う。だから私は今ここに誓う。未来永劫――常に私は諸君らと共に肩を並べて戦場で戦い、諸君らの進む道を阻む者から身を守る盾として、諸君らの歩む道を切り開く剣として先陣を駆け抜け抜けることを。勇猛果敢な帝国騎士の諸君らに問いたい。愛する者と過ごす時間と思い出を奪ってなお戦場に送り込む私だが――それでも付いて来てくれだろうか?」


 他国の戦争に駆り出してその命を賭けろと命じる自分に後悔を覚えるディアーナの言葉を聞いて、その場にいた誰もが即座に口を開くことが出来なかった。

 その結果、重苦しい空気がその場に流れ始めてしまいさらに声を発する雰囲気では無くなってしまったのだが、それを打ち破ったのは傷だらけの鎧を着るアデーレだった。


「帝国騎士は常にハウゼン家を守護する剣であり盾。故にディアーナ様が戦う場所が我らの行く先で死に場所です。未来永劫――それは変わりません。何よりも私たちのために先陣を駆けると仰せになられたディアーナ様と共に行かないなど、私の中の帝国騎士としての誇りが許しません」


 言葉と同時に剣を抜いて高々と掲げたアデーレは、沈黙する騎士たちを鼓舞するように大きな声を上げ事実だけを口にして問いかけた。


「先の大戦と叛乱において常に先陣を駆け抜けて我らに勝利を齎して下さった敬愛するディアーナ皇女殿下の出陣である。共に行きたい者はただ声を上げよ!」


 大地を揺るがすほどの声を以ってそれに応えた騎士たちを見て、美しい笑顔だけの返答を行ったデイアーナは愛馬を返すと静かに剣を抜いて正面に掲げて腹の底から声を絞り出す。


「全騎突撃!!」


 愛馬の腹を軽く足で叩いて一気に飛び出したディアーナとそれに続く帝国騎士たちは、ただひたすら大地を駆けその速度を上げて突き進む。

 今まさにアルフンォス率いる伝統貴族軍と装甲騎士団を蹂躙せんとする新興貴族軍の側面に向かって。





「開戦から僅か二時間で四千も失ったか。いよいよ最期の時だな」


 正面に展開した新興貴族軍を眺めるアルフォンスは隣に佇む副官に後悔を滲ませた表情で声を掛けたが、意外なことにその副官は彼とは対照的な表情を浮かべて答えた。


「大陸に名を馳せる傭兵団を後退させ、しかも二人の実力者を討ち取った戦いの結果。この戦力でよく健闘した方です。恥じる戦いでは決してありませでした。尤も討ち取ったのが帝国の方々なので、我らが装甲騎士団の武勇を知らしめる必要はありますが」

「……お前の言う通りだな。この疲弊した軍で一矢報いた。王家への忠誠は見事に示した。後は我らが武勇を知らしめるだけだ」

「準備は出来ております。あとは団長殿の号令を待つのみで、皆が蹂躙の時を今か今かと心躍らせています」


 絶望が広がる戦況を前にそれでも勝利を信じる副官の言葉を聞いて、アルフォンスはもう一度敵に視線を送った。

 勝利を確信した新興貴族軍は防御を固め、まるで突撃を誘う布陣を敷いている。


「装甲騎士団の本領は騎士による騎乗突撃。それを徹底的に叩き潰そうというわけか。面白い」


 万全は布陣で待つ敵に対して突撃を行うことは無謀で間違い無く失敗に終わる攻撃であったが、もはやそれを行う以外に選択肢が存在しないアルフォンスは意を決すると、愛場の頭を撫でながら堂々と副官に告げる。


「王家に対する最期の奉公だ。全力で敵を蹂躙する」


 颯爽と愛場に跨ったアルフォンスを見て自分も軍馬に跨ろうとした副官は、これまで抱いていた想いを思わず口にしていた。


「私は……クラリス殿の様な立派な副官だったでしょうか」


 前装甲騎士団の副官で現在は王国大使としてザールラント帝国に赴任しているクラリスは、女性が軽視されるレアーヌという国で立派に副官として装甲騎士団を纏め上げていた。

 

 仮にそんな彼女がこの場にいれば、もしかしたら状況は変わっていたのではないか。

 もしかしたらもっと敵に損害を与えられたのではないか。

 

 城塞都市に籠城して戦っていた時から副官である彼は、常にそんな感情を抱いていたのである。

 

「……お前を副官にと推挙したのは他ならぬクラリスだ。彼女がお前に任せれば大丈夫だと考え、現にお前は最期の時までこうして装甲騎士団を纏め上げた。立派な副官ではないか」


 本心からありのままに語ったアルフォンスの言葉を聞いて心の痞えが取れた副官は、同じように軍馬に跨ると最期の時まで彼を支えようと心を新たにして装甲騎士団の下に向かっていったが、その先で思わぬ光景を見て言葉を失った。


「……悲壮感に満ちた顔をしているわね」

「もしかしてこれで最期とか思っているのかしら」


 そこには軍馬に跨るエイミーとセシル二人の姿があり、彼女たちは晴れやかな表情を浮かべていたのである。


「二人とも何をしている? まさかこの突撃に加わるつもりなのか? 我々のために死に急ぐことはない。頼むから退いてくれ」


 思わず懇願するように頼んだアルフォンスだったが、それはセシルが身体を引きずって本陣に帰還してきた所をその目で見ており限界なことを知っていたのと、もはや死が確定している戦いにこれ以上付き合ってもらうのは忍びないとも思っていたからである。。

 しかしそんな彼に対してセシルは勝利の女神らしい微笑みを浮かべながら言葉を口にした。

 

「精強な装甲騎士団とはいえ魔法や弓の遠距離攻撃を受ければ隊列が乱れるでしょう。露払いは必要ですよ。そもそも先陣を切り開いて勝利をもたらすのが本来の私の仕事です。尤も今回はお譲りすることになりましたが」


 何を言っているのかすぐに理解出来なかったアルフォンスは隣で小さく笑うエイミーに視線を向けて補足説明を求めると、彼女はすぐに真面目な顔つきで戦場に横たわる戦死者たちを見据え告げたのだった。


「我々が籠城を捨ててロアンヌに移動した理由をお忘れですか? 数多の尊い犠牲は無駄ではなかった。ただ……それだけの話です。アルフォンス殿」


 エイミーの言葉と同時にロアンヌ平原に響いた鬨の声。

 それはまさに彼らが心の底から待ち望んだ援軍のものであり、単眼鏡を取り出して確認したアルフォンスは多数の軍旗が翻る中にそれを発見すると一筋の涙を流しながら呟いていた。


 漆黒の鎧を纏う帝国親衛騎士隊。

 その中央で翻る一角獣ユニコーンの軍旗を掲げていたのはかつての副官クラリスであり、そんな彼女の隣には立派な鎧を身に着けて決意の籠った瞳で戦況を見据えるアリシアの凛々しい姿が存在した。

 

「……まさか本当に自ら救援に来て下さったとは……」


 一方、ロアンヌ平原の戦場を見つめる新興貴族たちの誰もが未だにその光景を信じることが出来ず呆然と立ち尽くしていた。傭兵たちの敗北は想定外だったが、彼らは伝統貴族軍と装甲騎士団に深い傷を負わせることには成功していた。

 もはや勝利は目の前。だからこそ今度こそ引導を渡すために多くの戦力を投入し、挑発まがいの強固な防御陣型を正面に敷いて突撃を待ち受けたのである。


「ば、馬鹿な……。なぜここに奴らがいる……」


 しかし目の前に広がるのは剣と盾を薔薇で囲んだ軍旗を掲げる軍勢が平原を駆け抜け、今まさに味方の側面に突撃しようとする光景であった。

 

「なぜザールラント帝国騎士が……帝国軍がここにいる!? 一体誰が奴らを引き入れた!?」


 ザールラントがこの内戦に介入することはあり得ない。

 そう考えていた新興貴族たちだったが、やがて軍旗の中にレアーヌ王家の軍旗が混じっている事に気付いた一人が声を上げ叫んだ。


「なぜアリシアが生きているのだっ! 死んだのではないのか!?」


 アルフォンスたちを王都から引き離すために行われた誘拐の後、アリシアは逃亡を図ったために殺された。この場にいた新興貴族の誰もがそう報告を受けていたのである。

 しかしそれは失敗を恐れた貴族の一人が、叛乱後に味方から糾弾されないために吐いた小さな嘘であった。尤も魔獣が跋扈する深夜の森に飛び込んだのだ。死んでいると考えるのが当然であり彼を責めるのは間違いだった。まさかそんな深夜の森に帝国の国境警備隊が展開しているとは誰も考えてはいなかったのだから。 


「生きているのはもはや仕方ない。だが帝国が味方をしているとはどういうことだ! まさか……国そのものを売ったのか!?」


 帝国が内戦に介入しないと踏んだ大きな理由は、先の講和条約にあった。復讐の機会を自ら捨ててまで帝国は王国との共存を望んだのだ。故に内戦に乗じて侵攻してくるとは誰も考えなかった。

 戦場に現れたアリシアを見つけるまでは。


「そうだ。あの売国奴が王国を売ったに違いない。そうでなければ帝国が何も持たない王族に味方するはずが無い。そうだ。絶対に間違いない!」


 自らの権力と利益のみを求めて叛乱を起こした新興貴族たちにアリシアの願いや帝国の思惑が理解出来る訳も無く、彼らはただ迫り来る帝国騎士とアリシアを睨みつけながら叫ぶことしか出来なかった。

 突然この地に現れた帝国騎士隊と互角に戦えるほど、彼らは優秀ではないのだ。







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