表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
レアーヌ王国内戦編
169/173

血戦のロアンヌ・セリーヌ対セレスタン

 視界が血で霞んでいるはずなのにその表情だけははっきりとよく見えた。失望や虚しさが浮かんだ諦めにも似たその表情だけは。


「言ったはずだ。君では私に勝てないと」


 剣を弾いて強烈な蹴りを入れたセレスタンは、吹き飛び無様な姿で地面に転がったセリーヌに冷ややかな視線を送りながら淡々とした口調で告げた。


「ぐっ……随分と余裕ですね。そんなに私では満足出来ませんか?」

「騎士としては満足出来ないな。まぁ女としては満足出来るかもしれないがな」

「それはどうも……」


 セレスタンのどこまでも変わらない表情を見て完全に舐められている事を感じたセリーヌは、眉間にシワを寄せ嫌悪の表情を浮かべたがすぐに気持ちを改めて現状を整理する。

 これまで何度も剣を交えたが全て弾かれ、魔法も強固な防御障壁に阻まれ攻撃を当てることすらほぼ不可能だった。


大山猫ルクス傭兵団の団長セレスタン。さすがは一等級傭兵。でも正直……腹が立つ)


 どこまでも他者を嘲笑う視線と他者を見下す口調は、遭遇して戦場をからここまで一度も変わることは無かった。死闘の最中だというのにどこか心ここにあらずで、自分の命さえどうでもいいという感じなのである。


「セリーヌといったな。帝国騎士であるお前はこの戦いに何を求める? いや、そもそも戦場に何を求める?」

「……戦闘の最中に一体何の話?」


 鎧や騎士服に付着した泥を払いながら立ち上がったセリーヌは、倒せる隙があるにも関わらず一切追撃してこないセレスタンの問いかけに苛立ちを覚えた。


「君は思わないか? この世界は実に退屈だと」

「…………」

「子供の頃から出来ないことは無かった。何をしても、何をやっても私は常に完璧に物事をこなせた。だからこそこの世界は退屈だ。分かるか?」


 質問と発言の意図が分からずただ無言を貫くセリーヌを見て、セレスタンはやはり分かってもらえないかというようにやや肩を落としながら言葉を続けた。


「名を上げるために強者と呼ばれる者と戦っては来たが、どいつもこいつも簡単に死んだ。たった一撃で。私の前に立ち塞がった者は誰一人として満足させてはくれなかった」

「それが何なの? 自慢話かしら?」

「はっきり言ってしまえばどうでもいいということだよ。この戦いも含めてな」

「何だと?」


 命を懸けた戦いをどうでもいいと言い切ったセレスタンの言葉を聞いて、剣を握る手に力が籠ったセリーヌは睨みを利かせた視線を送ったが、それすらも彼は冷めた笑みで受け流すだけだった。


「弱者はどれだけ努力しても真の強者には及ばない。強者は今日も生きて弱者は無様に死んで逝く。実につまらない世界だ」

「勇敢に戦い死んでいった者たちを侮辱するのか……貴様は」

「勇敢? それは勝てない戦いに身を投じた愚か者たちだ。勇敢でもなんでも無い。力の差を認識出来ない愚者そのものだ」


 激情に駆られるセリーヌとはどこまでも対照的なセレスタンは左手を上げると首を横に振り、ため息混じりでそれだけ告げ魔法を行使した。


「君もその愚者の一人だ」【ヴァン・ピック】


 立っているのもやっとだったセリーヌは防御魔法を行使することが出来ず放たれた風の投槍の直撃を受け、キュイラスを砕き騎士服すらも貫通したそれはそのまま彼女の胸を貫いた。

 そして倒れた彼女によって大地は徐々にその色を変え、やがて一面が真っ赤に染まったのだった。




「貴女のその魔法剣。いつ見ても凄いよね」

「そう? セリーヌの魔法だって凄いじゃない」

「ど派手な魔法じゃなくて、私も貴女みたいに繊細な魔法を使いたいのよ。それに騎士なんだから最後は剣で勝ちたいじゃない」

「ふふふ。出来るよセリーヌなら。魔法剣を生み出すのに必要なのは魔力を剣に集束させる力とそれを維持する力だけなんだから。それにしてもセリーヌが魔法剣を覚えたら凄いことになりそうね」

「凄いこと?」

「爆裂系等魔法に優れたセリーヌが魔法剣を使えるようになれば、きっとどんな防壁魔法も意味を為さないものになるわ。だって――」


(今のは……彼女が生きていた時の記憶……私は……)


 途切れたはずの意識が何かによって少しだけ蘇ったセリーヌの視界に飛び込んで来たのは、右腕に装備していた今は亡き親友のガントレット。それを見た瞬間、彼女の脳裏に親友の言葉が鮮明に浮かんだ。


(私の攻撃は防がれる……でもまだ……試していないことが……ある)


 今なら出来るその攻撃を試していない事に気付いたセリーヌは何とか起き上がろうとするが、瀕死の重傷を負った今では体の感覚そのものを感じる事が出来ず指一つ動かすことが出来なかった。


(今ならあいつを倒すことも出来るのに……どうして動かない。あと少し……力が欲しい。あいつを倒す力。死んで逝った者たちを否定したあいつの間違いを正す力が。お願い。力を貸して――)


 このままでは死んでも死にきれない。そんな想いを強く抱いたセリーヌは、心の奥底からその名前を呼んだ。今はもういないはずの親友の名前を。


 ――力を貸して。ロッテ=バルツァー――

 




「竜騎士と聞いて少しは期待していたのだが……所詮はこんなものか」


 もはや僅かに動くだけで言葉すら返して来ないセリーヌに対して落胆の言葉を放ったセレスタンは、そのまま興味を失い本陣を目指して歩き始めた。

 しかし彼がセリーヌを追い越した時、前触れもなくそれは起こった。晴天の空から突然強大な一本の稲妻が地上に落ちて瀕死のセリーヌに直撃したのである。


「……まさか運すらも無かったとは」


 稲妻の落下によって大地が抉れて大量の土砂と煙が大気中に舞い上がる場所を眺めながらそんな感想を呟いたセレスタンだったが、次の瞬間には初めてその表情を変化させた。

 なぜならその稲妻の落下地点から、先程までとはまるで違う雰囲気を纏ったセリーヌが飛び出して来たのだから。


「貴様にとって退屈な世界だろうが私にとっては大切な世界だ。そして貴様が弱者と罵った者たちの中にも強者は存在した」


 セレスタンを守る強固な防御障壁に強烈な突きを入れたセリーヌは、そのまま渾身の力を込めて剣に宿っていた魔力を解き放ち、かつての盟友が得意とした魔法を発動した。


「これが貴様が弱者と罵る死んで逝ったロッテ=バルツァーと私が得意とした魔法の威力だ! 弱者を舐めるなっ!」【エクレール・エクスプロージオン】

 

 剣から放たれた複数の稲妻の何本かは防御障壁に弾かれ大地を駆け抜けたが、その内の何本かは確実に防御障壁に突き刺さった。そして強烈な爆発を引き起こす事によってそれを破壊したのだった。


「ば、馬鹿な……一体なにが――! 貴様は一体なんだ!?」


 これまで一度も破られた事の無い防御障壁が破られたことに驚き、さらにはあり得ないものを見て目を見開いたセレスタンは完全に動きを止めてしまい、これまで見せなかった隙が僅かに生まれた。


「何でも出来るから退屈だ? 笑わせるな。貴様は出来ない事に挑戦しないで出来る事だけしかして来なかった臆病者だ。竜騎士セリーヌ=スタインの名を刻んでここで消えろっ!」


 防御障壁を突破したセリーヌは声を上げながらそのまま一気に懐へ飛び込むと、放電から一転して白い冷気を放ち始めた剣を両手で握った。今度は自分自身が会得した技を振るうために。


〈終わらぬ永遠を知れ 無情なる極寒の銀世界の中で〉【エテルネル・イヴェール】


 魂すらも凍らせるとされる魔法を纏わせた魔法剣によってセレスタンの腹部を貫いたセリーヌは、そのまま魔法を発動させて体内から瞬時に凍らせるとすぐに剣を引き抜き、今度は上段に剣を構えて身体強化魔法を発動する。


〈強固なる広大な大地よ 我が身にさらなる力を授けよ〉【ヴィグール】


 腕力を強化すると同時に剣を振り下ろしたセリーヌは、木っ端微塵に砕けて地面に散らばった氷の破片の一つに視線を向けた。


「望みが叶った割には嬉しくなさそうね。やっぱり退屈な世界で生きていた方が良かったのかしら?」


 驚愕に見開かれた元セレスタンの両目を見据えて告げたセリーヌはそのまま鉄靴の底でそれを踏み潰すと、周囲に展開していた大山猫ルクスの傭兵たちを睨みつけて声を上げる。


「団長の様に死にたい奴から掛かって来い。いくらでも相手をしてやる」


 既に限界を超えていたセリーヌだったが団長を失った傭兵たちは完全に腰が退けておりそれに気付くことは無かった。何より彼らはセリーヌの背後に浮かぶ守護霊の姿に恐怖した。 

 そして先を競うように傭兵たちがその場から逃げ出し始めた事によってその場の戦闘は一端終わりを告げ、雷を纏った守護霊もまた姿を消したのだった。

 

 セリーヌを見守る様な慈愛に満ちた笑顔と共に。 



  



ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ