驕る者たちの会議
「はあぁぁぁぁあ!」
豪快な回し蹴りを決めたべティーナは、前を見据えると大きな声を張り上げ叫んだ。
「敵の重装甲歩兵を先に潰せ! 水魔法で泥濘を作って動きを封じろ! ミリアム隊とマルガレータ隊はその間に敵兵を減らせ! 弓兵は敵の増援をこちらに近づけさせるな。敵を分断するんだ!」
エイミーがステラ騎士隊の指南役に就任してから一カ月が過ぎた。
それまでの個人の技量を磨く訓練から集団戦に重点を置いた訓練に切り替えたエイミーは、戦場で見た実際の例を騎士たちに披露しながらなぜそれが重要なのかを説き続けてきた。
「個の武勇で戦況が変えられることは殆どありません。数千から数万の軍勢が激突する戦場では、いかに味方と連携して戦えるかが重要なのです。騎馬や歩兵。弓や魔法を巧みに使った軍が勝利する。これからの訓練ではそれを学んでもらいます!」
そう告げたエイミーはそれから鬼のような顔で騎士たちの訓練を行った。それこそ身分など一切関係無くである。
これには多少の不満の声も上がったのだが――――。
「戦場において身分など何の意味もない。貴族だろうと平民だろうと倒れた奴から死んでいく!」
その言葉で不満を一蹴したのである。
また隊長であるディアーナが率先して訓練に取り組んだため、その後は不満ながらも口に出す人間はいなくなった。
そして今日、ステラ侯爵領ヴァルスの街にある広大な演習場でステラ騎士隊と領主軍の模擬戦が実施されたのである。
元々は騎士隊の行事などで用いられるこの演習場は、この日のために一般開放され多くの領民たちがその模擬戦を観戦しようと詰め掛けていた。
「領主様が傭兵を指南役に迎えたと聞いた時は驚いたが」
「まぁ十五歳の傭兵じゃ驚きもするさ。でも実際こうして騎士隊を見てみるとすげぇな」
騎士隊は巧みな連携で領主軍の部隊を次々と潰していた。領主軍の総指揮官であるエリオスが不在であるとはいえ、あまりにも一方的な展開であった。
「それにしても…………最初に見た時はこれが年頃の娘の格好かと思ったけど」
「えぇ、こうして眺めると実にいい!」
ステラ騎士隊の女性騎士が着ている制服は、ベルンハルトとエイミーがデザインしたあの制服である。この導入については女性騎士の中でも賛否両論だった。だが実際に着てみると意外にも動きやすく、また見た目が可愛いという理由で導入が決定された。
そして男性騎士にもベルンハルトがロングブーツと命名した靴が導入されたのである。
「やれやれですね~。男の人はどうしてそうなのでしょうかね~」
ちょっと興奮していた領民の男性たちは、そんな間延びした声を聞いて振り返ると目を見開いた。
「確かに若い乙女の太股がチラチラ見えていれば、男の人としてはうれしいのかもしれませんが――」
今やこのヴァルスの街で知らない者はいない風の大精霊風神は、呆れたような視線を二人の男性に向けると残酷な事実を教えて上げた。
「周りのご婦人方に軽蔑の眼差しを向けられていますよ~。発言には気を付けないと~」
そして事実だけを告げて風神はそのまま去っていった。
残された二人の男性は、ご婦人方の無言の圧力に屈して素直に頭を下げるのだった。
騎士隊の後方で馬に乗って戦況を見守るディアーナは、同じように戦況を見守っていたエイミーに向かって言葉を発した。
「ここまで圧倒的だとは思いませんでした」
その感想を聞いたエイミーは真剣な表情で戦況を見つめたまま、気持ちが高揚しているディアーナに対して告げた。
「相手が古き帝国だからです。実際連携が遅すぎます。これでは敵に隙を突かれます。それに指揮を執る各騎士長もまだ部隊運用に不慣れです。一分一秒が戦況を左右する戦場で勝つことはまだ出来ないでしょうね」
各部隊の動きを冷静に観察していたエイミーは、少し興奮した様子のディアーナに現実を突き付けた。これによって落ち着きを取り戻した彼女は一度深く深呼吸した。
「そうですわね。これで満足していては、今の現状からは抜け出せませんわね」
「帝国はようやく歩き出したところです。目指す先はまだ遠い」
穏やかな表情を浮かべたエイミーは、戦況が最終段階に入ったことを確認するとディアーナに視線を向けた。
「ここからは皇女殿下の見せ場ですよ?」
「ありがとうエイミー。では少し暴れてきます」
軽く言葉を交わしたディアーナは模擬剣を抜くと、背後に控える二十人の騎士に向かって命令した。
「本日の見せ場です。気を引き締めて行きましょうね」
柔らかな微笑みを浮かべながら告げたディアーナは領主軍の本陣に視線を向けると、その瞳に決意を滲ませながら命令を発した。
「全騎、私に続けっ!」
ディアーナ率いる騎士隊が動き出したことにより、領民たちは大きな歓声を上げた。
そんな声に気分が高揚するディアーナは巧みに馬を操りながら領主軍本陣に近づいて行き、そして本日の見せ場がやって来るのだった。
「全騎突撃!」
その言葉と同時に騎士たちは領主軍本陣を蹂躙する突撃を敢行した。それは伝統ある帝国が新しい力を得た帝国に敗北した瞬間でもあった。
◆帝都ザクセンハルト◆
ヴァルスで模擬戦が最高潮を迎えていた頃、エリオスは要請した帝国会議の場で苛立ちを覚えていた。貴族たちの認識に対して。
「エリオス殿はこの帝国がいかに強大か知っているはずです」
「その通り! 大陸最強の帝国に剣を抜く国家など、この世界には存在しません」
「帝国に変革など必要ありません。帝国は今も栄えているのですからな」
認識不足の貴族たちは口々にそんな言葉を吐き出していた。帝国は大陸最強の国家。その幻想を信じて疑うこともしないのだ。
「今や大陸の常識は無詠唱魔法だという。それでも変革は必要ないというのかっ!」
エリオスが怒鳴り声を上げたことに驚いて無言になった貴族たちを見て、彼はエイミーに教わった無詠唱魔法を行使してみせた。
これにはさすがの貴族たちも驚いた様子だったがそれも一瞬のことであった。
「エリオス殿は大精霊『獅子王様』と契約されたお方。それくらい簡単でしょう」
「無詠唱魔法が世界の常識など聞いたことありません。帝国こそがもっとも進んだ国なのですから」
「その通りです。戦争に明け暮れる国に劣るなどありえませんよ」
見たものを一蹴してそれを信じようとしない貴族たち。彼らにとって帝国こそが絶対。伝統ある帝国が他国に劣るなど考えられないのだ。
(私の精霊は大精霊などでは無いというのに)
どうにもならないこの状況に苛立ちを覚えるエリオスに対して、これまで沈黙を保ていた一人の貴族が口を開いた。
「このような会議に陛下を呼ぶまでも無いでしょうエリオス殿。五大貴族なのですから、次は実のあることで会議を招集して頂きたい」
言葉を発したのは同じ五大貴族で将軍のダリウス=カルヴァート=リヒテン侯爵であった。
「ダリウス。貴様は……」
エリオスの気持ちとは裏腹に、会議場にいる貴族たちはダリウスの言葉に同意するような発言を繰り返した。
それを聞いたエリオスは彼らを説得するのを諦め、すぐに閉会を宣言するとそのまま会議場から立ち去って行き、そんな姿を楽しげに眺めていた貴族たちは口々に彼の悪口を言い罵り始めた。
「若くして帝国騎士団長に就任したからといって、偉そうに変革を唱えるなどどうかしている」
「何でも最近、隊の指南役に傭兵を雇ったとか」
「ほう? そんな話があるのか」
「えぇ。噂では美しくて若い少女だとか」
「それはそれは。きっと指南役に迎えたのは何か見返りがあったからでは?」
「エリオス殿も終わりかもしれませんな」
ダリウスを始めとする貴族たちの高笑いが響く会議室。
だがそんな会議室にも、エリオスの話に興味を持った者たちが少なからず存在した。いくら帝国が外の世界に無関心とはいえ全く付き合いが無いわけではない。
外の世界と多少は触れ合う機会があるその者たちは、帝国の現状をしっかりと認識していたのである。ただ問題なのは、そのような認識を持つ貴族があまりに少ないことであった。
そんな彼らはまだ知らない。
この日、大陸西方の大国ロシュエル公国が、北東に十五万の軍勢を派遣したのである。公国軍が向かうのは蛮族や古代種が住む未開の大地であった。
そしてそんな動きに合わせるようにして、隣国のレアーヌ王国も動き出していた。国王が正式に帝国進攻を決定したのである。
最後の楽園と呼ばれたザールラント帝国凋落の日は、すぐそこまで迫っていたのである。




