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晩餐会での出来事

 晩餐会の話を聞いたあと、足取り重いエイミーはディアーナたちに連れられて一度騎士団駐屯地へと戻った。

 そしてそこで正装に着替えた四人は、やって来た侯爵家の馬車に乗って晩餐会が開催される屋敷へと向かったのである。

 もちろんエイミーはドレスなど持っていないため、お茶会で着たあの騎士服を着ていた。


「ようこそお越し下さいました」


 屋敷に到着すると同時に初老の男性執事と大勢のメイドに頭を下げられて出迎えられ、丁寧にサロンまで案内されが、不慣れなエイミーにとってはそれだけで疲れを感じていた。


(それにしてもさすがは皇女と貴族。慣れたものね)


 楽しそうに歓談する目の前の三人はメイドが淹れたお茶を優雅な仕草で飲んでおり、エイミーはそんな光景を憂鬱そうな瞳で眺めながらティーカップを手に取り口を付けた。

 だがすぐにそんな表情を変化させてカップの中身に視線を落としたのだった。


「あれ? このお茶もしかして――――」


 どこかで飲んだことがあると思ったエイミーは、もう一度お茶を口に運んでその味を確かめてから小さな声で呟いた。


「ビトリア産のお茶?」

「その通りですよ。良くお気付きになりましたね」


 エイミーの発した疑問の言葉に答えたのは、そんな優しげな声だった。顔を上げたエイミーは、サロンの入口に佇む若い女性とエリオス団長を発見した。


「本日は突然の招きにお集まり頂きまして、誠にありがとうございます」

「こちらこそご招待頂き、本当に感謝しています」


 洗練された動作でそう挨拶した若い女性に対して、ディアーナが気品ある動作で立ち上がり会釈する。そのあとに続いてマルガレータとミリアムも貴族らしい優雅な動きで会釈する。


「初めまして。私はこのステラ侯爵領を治めるエリオス=ベンフォードの妻エリノアと申します」

「……エイミーと申します。この度は晩餐会へご招待頂きまして、誠にありがとうございます。不作法者ゆえご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします」


 そんな挨拶を返したエイミーにステラ侯爵夫人であるエリノアは、ニコニコと笑顔を見せながらこう言った。


「無理を言って招待したのはこちらですので、お気にならさらず楽しんでいって下さい。それに私が知りたいのはエイミー様ご自身なのですから」


 最後をそんな言葉で締めくくったエリノアは優雅に微笑むと、準備のためにエリオスを連れてその場をあとにした。


(私自身? 何だか疲れるなぁ)


 そんな感想を抱いたエイミーだったが、しばらくすると執事が晩餐の準備が整ったことを告げてきた。彼女にとっての本番はまさにここから。

 気合いを入れ直したエイミーは、戦場という名の晩餐会に向かっていったのだった。





 エイミーの気持ちとは対照的に、和やかな雰囲気のまま晩餐会は進んでいた。会話をしてみれば、ステラ侯爵夫人は優しげで柔らかな雰囲気を持つ女性であることも分かった。

 エイミーも最初のうちは神経を研ぎ澄ませていたが、今ではいつもの可愛らしい表情を浮かべ話に加わっていたが、食事も終わり食後のお茶を楽しんでいた時、エリノアがこんな話をディアーナに振った。


「ディアーナ様は今の帝国をどうご覧になりますか?」


 優しげで柔らかい雰囲気から一転、五大貴族の一員としての顔を覗かせたエリノアの言葉にディアーナは真面目な顔つきになった。


「どう……とは?」

「そのままの意味ですよ? ディアーナ様は皇位継承権を持つお方です。帝国の将来を考えることもありましょう」

「現在の帝国は豊かで住みやすと自負しています。経済も活気に溢れ、皆が平穏に暮らせる国だと」

「確かにその通りですね。ですがそれは、大陸の情勢に陛下が無関心だからではありませんか?」


 このエリノアの言葉にエイミーを除く全員が反応した。

 今の言葉は確実に皇帝陛下の政策を否定したものであり、いくら五大貴族とはいえ直球すぎる言葉だったのである。


「……確かに無関心かもしれません。ですがそれは陛下だけに非のあることではありません」


 その物言いに不満げな顔を見せるディアーナだったが。エリノアはそんなことを全く気にせず今度はエイミーに視線を向け尋ねた。


「帝国の外から来たあなたは、この国をどうご覧になりましたか?」

「…………そういうことですか」


 この晩餐会に呼ばれた理由をようやく察したエイミーは、一度全員を見回してから正直な感想を漏らした。


「皇女殿下の仰る通り帝国は豊かで平穏です。そしてそれはエリノア様が仰る通り、帝国が外の世界に関心を持たない結果でしょう。問題なのは、帝国が外の世界に無関心過ぎることだと私は思います」


 静かな口調でそう語ったエイミーはゆっくりと右手の人差し指を上に向けると、無詠唱で小さな炎を作り出した。

 その光景を見てエリノアは小さく笑顔を浮かべていた。


「私が行使したこの無詠唱魔法。皆さんは大層驚いていましたが、この程度の無詠唱魔法など今や戦場では常識です。それに中級程度の魔法なら簡易詠唱で誰でも発動出来ますよ」

「そんな!」


 エイミーの説明に驚愕の表情を浮かべる四人。何かを期待しているエリノアでさえ、この話には少し驚いた様子だった。


「詠唱によって精霊から魔力を得て魔法を行使する。確かに間違いではありませんが、私たちには元々魔力が備わっています。ならば備わっている量の魔力は自分の力で使えるのが当たり前というものです。それが無詠唱魔法の実態なのです。詠唱は魔力が不足気味の時や大魔法を行使する際に、不足分を補うために使用するのですから」


「で、では…………私たちでも無詠唱魔法が………?」

「習得には訓練が必要ですが、時間はかからないでしょう。早い者で一週間。遅い者でも半月もあれば使えるようになります。訓練を重ねればそれこそ一瞬です」


 それだけ告げたエイミーは小さな炎を消すと今度は小さな水球を作り、そんな質問をぶつけたマルガレータはその光景を見て自分の手に視線を向けて笑っていた。


「それに先日、騎士隊の訓練を見学させていただきましたが正直に言って落胆しました。あれでは帝国を守ることは難しいでしょう」

「………………」


 意外にもこの話に一番憤慨しそうなエリオスは何も反論しなかった。それどころかその表情はどこか納得していたように見えた。


「個々の技量は悪くなくても集団としては全く機能していない。仮に大規模な侵攻を受けた場合は、それなりの犠牲を覚悟するべきです」


 この話にすっかり暗い表情となってしまったエリノア以外の四人。そんな様子を眺めていたエイミーはやがて椅子から腰を上げた。


「素敵な晩餐をありがとうございました。失礼ですが、少し庭園を散策しても宜しいでしょうか?」

「えぇ構いませんよ。イレーネ、案内してくれる?」


 満足げな表情を浮かべるエリノアは、笑顔でメイドの一人を呼びつけるとエイミーを庭園まで案内するよう告げた。

 そしてメイドに連れられてエイミーが去って行ったあと、エリオスがエリノアを見ながら静かに口を開いたのだった。


「それで、実際その目で見てどうだった?」

「確かに聡明な子でしたね。それに可愛らしくて。とても一等級傭兵には見えませんね」


 そんな感想を告げたエリノアはすぐにディアーナに視線を向けた。


「しかし……ディアーナ様も帝国の現状を憂いておられたのですね」

「私とて皇族の一人として考えることもあります。十年経っても終わらぬ動乱…………。被害に遭ってからでは遅いのですから」

「そうですね…………。私も領主代行として商人から様々な話を聞いておりますが、帝国もいつまでも安穏としてはいられないでしょうね」


 ディアーナとエリノアの話に耳を傾けていた貴族令嬢の二人は、思った以上に深刻な会話の内容に厳しい表情を浮かべていた。

 そんな中、エリオスは音もなく立ち上がると去って行ったエイミーに会うため庭園へと向かった。




「案内ありがとうございます」

「いえ、これが私の仕事ですので」


 庭園に足を踏み入れたエイミーはメイドのイレーネにお礼をいうと夜空に輝く月を見上げた。

 自分が生まれた国では世界を創世した女神アスタロトが住む星として崇められていた。


「……創世の力……か」


 ふと言葉を漏らしたエイミーは、腰に吊るしていた剣を抜くと夜空に掲げた。

 月の光に照らされたその剣は幻想的な輝きを放っており、そばで様子を眺めていたイレーネもメイドの立場を忘れ思わず見惚れていたのだった。


「素晴らしい剣だな」


 背後から聞こえてきたエリオスの声に、エイミーは剣を戻すと振り返ること無く答えた。


「素晴らしい剣ですが、剣は人を殺すための道具ですよ」

「……………………」


 その答えに無言のままエイミーの隣まで歩いたエリオスは、同じように夜空を見上げ言った。


「騎士隊の訓練を引き受けてくれないか?」

「……何かの冗談ですか? 騎士の訓練を傭兵が行うなんて」

「真面目な話だ」


 隣に立つエリオスを見上げたエイミーは、その顔が真剣なものであることに気付いた。


「…………私に何をさせたいのですか?」

「帝国騎士の再建だ。君の言う通り帝国は戦争に耐えられない。今の騎士は貴族たちにとって箔を付けるためのものでしかない。仮にこのまま戦争になれば多くの騎士が命を散らすだろう」

「帝国騎士団長である貴方はそれでいいのですか? こんな小娘に任せてしまって」

「私には寝ぼけた貴族どもを叩き起す仕事がある。帝国は今こそ目覚めるべきだ。現実に目を向け、帝国の将来を考えるためにもだ。でなければ、帝国は動乱の時代を生きて行けない。君の話で痛感した」


 今の心境をしっかりと語ったエリオスは、エイミーの方を向くとその大きな手を差し出した。


「帝国の未来のために協力して欲しい。報酬は……ベンフォードの家名でどうだ?」

「家名?」


 普通では無い報酬を提示されて首を傾げたエイミーに、エリオスは思っていた事を口にした。


「君には家名が無い。家は滅んだのではないのか?」


 その質問にエイミーは答えることは無く、ただ同じように手を出した。

 

「いいでしょう。それで協力しますよ」


 固い握手を交わした二人。

 やがて手を離したエリオスは、黙って成り行きを見守っていたメイドのイレーネに向かって告げた。


「部屋を用意してくれ。彼女は今日から我がベンフォード家の正式な客――いや娘だな」

「畏まりました旦那さま」


 国を動かす決意を固めたエリオスはこの時、早急に行動を起こす事を決めたのだった。





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