傭兵エイミー
新章開始です
ローランド王国は大陸中央部の北側に位置するこの国であり、脅威に晒されてきた歴史を持つ国でもある。
特にローザンヌ連合王国が滅亡したあとは何度もロシュエル公国の侵攻を経験したが、その度にローランドは多くの傭兵を雇いロシュエル軍を追い払った。
そんな傭兵を多く抱えるのが自由都市群である。
ローランド王国・ソフィア聖王国内に複数存在するその国の支配を受けない独立した城塞都市であり、それを可能にするのが強力な傭兵の存在と都市間の強固な相互支援体制。そして国と締結した安全保障条約である。
その内容は『国は自由都市の独立を認める代わりに、自由都市は国の危機に対してその戦力を派遣する義務がある』というものである。
「良い調子でここまで来たな」
「何だか拍子抜けするね」
ソフィア聖王国の聖都で手広く商売をするウィンザード商会。
その商会の一員であるチェスターとブリジットの兄妹は荷馬車を走らせながら自由都市カンタベリを目指していた。自由都市は傭兵や冒険者の都市であり、故に多くの武器職人がそこで生活している。彼らが作る武器は良質な物が多く、それを買い取るために二人はカンタベリに向かっていたのである。
「これじゃあ傭兵雇った意味ないよ」
「何事も無いならそれでいいじゃないか」
聖都からカンタベリまでは約一カ月は掛かり、そしてその道のりは決して楽なものでは無い。魔獣も出れば盗賊も頻繁に出没するのである。
しかもその盗賊はこの辺りでは一般的な傭兵崩れの盗賊であるため、だからこそ商人たちは傭兵を雇い、それらの襲撃を防ぐのが常識となっている。
「でも聞いた話では帝国では騎士が護衛してくれるらしいわよ」
「それは噂だろう? 信じている奴なんていないさ」
妹ブリジットの話を聞いた兄チェスターはそう言って大きく笑った。
二年前にレアーヌ王国と大きな戦争を戦い勝者となった帝国ザールラントでは、商人は騎士の護衛を受けられるという話だった。
だがそれを信じている者は殆どいない。身分の高い騎士が商人を護衛するなどあり得ないからである。
「でも本当かもしれないよ?」
「まぁ確かに騎士が護衛してくれれば楽だけどな……」
騎士とはその国を統治する権力者が任命する存在であるため問題も起こりにくいが、傭兵は手軽に雇える半面、問題が起こりやすいのである。
その問題は金銭面のトラブルから契約の途中放棄など様々であり、それらを解消するために多くの商人たちは傭兵ギルドを仲介して依頼を行う。
傭兵ギルドは多くの傭兵を抱える組織で、その組織には多くの決まり事が存在する。特に契約の途中放棄や契約後の金銭交渉などは禁止しており、それを破れば厳しい罰則が待っている。代わりに傭兵ギルドは所属する傭兵たちへ仕事を斡旋して、仕事の達成率や年に四回ある実技試験に合格することで金額の多い仕事を受けられることになっているのである。
ちなみに大陸で知らない者はいない四大傭兵団も傭兵ギルドには所属しており、傭兵ギルドからの依頼も受けている。
尤もその殆どが入団したばかりの新人教育のために使用されているが。
「とにかく自由都市まであと少しだ。このまま何事も無いことを祈ろう」
「そうだね。せっかく巡って来た機会だからね」
ウィンザード商会に所属する若き兄妹はこれまで確実に利益を上げてきたことが認められ、今回初めて大きな商談を任されたのである。現在所持している金額も大きく盗賊から見れば良い獲物なのである。
だからこそ今回は普通の倍である十人のランクの高い傭兵を自腹で雇ったのであるが、その問題は二人のすぐそばに潜んでいた。
商隊は間も無く林道に差し掛かろうとしていた。
◆ローランド王国 カロッサ村◆
「これはクローベア……どうして?」
商人の兄妹が林道に入る三日前、小さな村を外套を被った一人の女性傭兵が訪れていた。
その村では多くの人々が涙を流しており、それを見た傭兵はすぐに何が起きたのかを察した。村の各所に残る爪痕は、この地域に生息する大型の爪を持つ黒熊の特徴そのものであった。
ただ彼女にとって不可解だったのは、人里を襲うことが滅多にないはずの黒熊が村に現れて襲撃したという事である。
「それにどう見ても……これは友好的な感じでは無いわね」
村人から向けられる視線は、明らかに敵意を含んだものだった。
それは個人に向けられているというよりは傭兵という存在に向けられている感じで、そんな感情によって何が起きたのかを察する事が出来た。
「……傭兵が禁忌に触れたのか」
黒熊は縄張りを侵されない限りは攻撃を加えてこない上に、その攻撃もその場限りのものでしかないが、子供を攻撃されると一気に豹変する。周囲に存在する敵を根絶やしにするまで攻撃するのである。
故にその行為は傭兵ギルドでは禁忌とされているが、子供の肉は高値で取引されているためわざと破る者も多いのが現実だ。
「あんたも傭兵か?」
「そうだけど何か用かしら?」
明らかに敵意剥き出しの男性に声を掛けられた女性傭兵が普通に対応すると、相手は拳を握りしめながら言葉を吐き出した。
「あんたの仲間がこの惨事を引き起こした。責任を取ってもらいたい」
そんな男性の言葉に同調するかのように、周囲にいた村人たちも傭兵を囲みながら無言の圧力を掛けてきたが、女性傭兵は声色一つ変えずにそれに答えた。
「私は仲間では無い。私に責任なんてないわよ」
「同じ傭兵だろっ!」
「だから? 依頼ならお金を払ってもらわないとね。傭兵は金で動く。感情では動かないわ」
はっきりとそう告げた傭兵に対して村人たちの怒りは頂点に達したが、そんな村人たちが動く前に女性傭兵は先手を打った。村人が無謀な行動に出ないように。
「武器を取ったらその瞬間に私はお前たちを殺す。私は敵対する者に容赦しない。例え誰であろうともな」
一瞬にして雰囲気を変えた女性傭兵は、腰に吊るしていた剣に左手を添えて低い声でそう呟いた。
「……では金を払えば依頼を受けてくれるのかね?」
無言の対立が続く中、沈黙を破ったのは村の村長だった。
六十を過ぎた初老の男性は、静かにフードの奥に見える女性傭兵の目を見つめながら尋ね、それに対して彼女はその瞳を何度か瞬きさせてから質問に答えた。
「本当はお金なんだけど、今回は取引しましょう」
「取引とは? 見ての通りこの村には大した物は……」
突然の申し出に困惑する村長に対して、女性傭兵は被っていた外套のフードを外して言葉を紡いだが、多くの村人たちはフードの中から出てきた顔にも驚いてしまっており、その内容までは聞こえていなかった。
「この村に来た傭兵の特徴を教えてもらいたい。名前が分かると最高だわ。その情報を教えてもらえれば私がクローベアを掃討しましょう。あっ! あと一泊泊めてもらえるかしら?」
長いブロンドの髪を靡かせ、村人たちを透き通るような青い目で見つめた女性傭兵はそう言って静かに笑った。
そんな表情から彼女を傭兵と結び付けることは不可能に近く、誰もが彼女に疑いの眼差しを向けていた。
「私はエイミー。宜しく」
しかしそんな視線もものともせずに、彼女は自身の名前を口にしたのだった。
「傭兵は黒狼の討伐に来ていたのね。欲を出すからこんなことに」
村長宅にお邪魔したエイミーは、出されたお茶を飲んでから静かにそう呟いた。 ヴェアヴォルフと傭兵ギルドでは呼ばれる黒狼は、少し経験を積んだ傭兵が数人いれば誰でも戦える魔獣である。
しかしクローベアは全く違う。大きく強靭な体は剣による攻撃を無効化する程であり、一撃必殺を誇る強力な爪による攻撃は人間など簡単に引き裂くのだ。
通常は歴戦の傭兵数人で倒すのが基本で、それも距離を取って遠距離からの魔法攻撃が普通である。
「これで処罰対象なのは確定ね」
処罰の対象には制裁が加えられる。禁忌行為は傭兵ギルドからの追放であり、死者まで出したことにより追加として牢獄行きは間違いなかった。
「まぁ特徴は把握したわ。さてあとは――」
必要なことを聞き終えたエイミーが約束通り魔獣討伐に向かおうとしたその時だった。外から複数の悲鳴が聞こえて来たのである。その悲鳴が何を察しているかはすぐに分かった。
「向こうから来たようね」
ゆっくりと立ち上がったエイミーは村長を見据えると笑顔を向けながら告げた。
「取引成立ですあとはお任せ下さい」
「…………た、頼みます……」
どこまでも傭兵には見えないエイミーに不安を覚える村長だったが、当の本人は肩を回しながら外へと向かって行った。
そこには村人に向かって突っ込んでくるクローベア二匹が存在した。
「はぁ家族だったか……。どこまでも余計なことを」
禁忌を犯した傭兵たちに怒りが込み上げて来たエイミーは大きくため息を吐いた。
正直言えば禁忌を犯すこと自体はエイミーも反対してはいなかった。黒熊は上質な肉で旨い。そしてその子供の肉はさらに旨いのだ。それこそ一度食べてしまえばもう一度食べたいと思う味なのだから。
ただそれはあくまでも自分自身で何とか出来るのならばの話である。
「帝国を離れて古巣に戻って見ればこんなことになっているとはね。ヴァルキューレたちは何をしているのかしら?」
かつての仲間のことを思い出したエイミーは小さな声で悪態を吐くと、怒りの咆哮を発するクローベア二匹を見据えながら、多くの村人たちが腰を抜かして座り込む中を堂々と歩いて近付いていった。
「悪いわね。あなたたちに罪はないけど、取引は成立したから」
二匹が進む進路に立ち塞がったエイミー。
そんな彼女を見てクローベアは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに右手を振り上げてその強力な一撃を叩き込んだ。地面に爪が突き刺さると同時に激しい土煙が舞い村人たちの悲鳴の声を上げたが、すでにその場に彼女はいなかった。
「遅いわ」
クローベアの強力な一撃を懐に飛び込むことで回避したエイミーは、体を沈めながら左手を柄に添えていた。
「私を恨んでくれて構わないわ。だって私はいつだって」
――誰かを殺して生きて来た人間だから――
低く静かにそう呟いたエイミーは一気に剣を振り抜いた。光魔法を宿した輝く剣を。
「まずはお前からだ」
目の前のクローベアの膝を切り裂いたエイミーは、崩れ落ちて来る相手を踏み台にして上空へと舞い上がると左側にいたもう一匹に狙いを定めた。
「これでまず一匹」
剣を頭部を突き刺さすと同時に、エイミーは瞬時に剣に宿していた魔法を光魔法から風魔法に分類される雷に切り替えて、内部から頭部を破壊したのである。
「……女神の下で家族と再会出来るといいわね」
華麗に地面に着地したエイミーは、最初に倒れたクローベアを見据えて祈るように言葉を発した。
そしてそのまま躊躇うことなく頭部に剣を突き立てた。
(魔獣とはいえ……これでは嬉しくもないわ)
村人が大歓声を上げる中、剣を鞘に納めたエイミーは心の中でそんな言葉を呟いていた。同時にこの事態を引き起こした傭兵に怒りを覚えていた。
(こっちの仕事は好きでは無いけど……やるしかないわね)
まずはかつての仕事を再開することを決めたエイミーはこの時、自由都市カンタベリに向かうことを決めたのだった。




